スラッタの街から帰ってきた後、俺はすぐに手伝いではなく本格的に働きたいことを店長である父さんにお願いした。意外だと思ったのか最初は動揺して返答に困っていたが、俺の意思を尊重してくれて働かせてくれた。
庭の花たちの土の手入れ、店前の掃除、店番、他の街町に委託する花の選別、売上や出費の計算など、意外にも花屋のやることは多かった。これらを覚えるのに半年の時間を有してしまったが、なんとか1人で全て熟せるようになった。
「なぁ、アスタ。……お前は本当にこの仕事に満足しているのか?他のやりたい事が出来たら気軽に言ってきてもいいのだぞ?父さんは、何でも手伝ってやるからな!」
懸命に仕事をする俺の姿を見ながら、父さんは度々この問い掛けをしてくる。
最初はただの世間話程度で気にしていなかったが、日に日に訊いてくる父さんの表情にいつしか違和感を覚えた。
「今の生活が本当に好きです。決して苦でもなければ、これ以上のモノは望んでいません。自分の育て方で、花たちがどう育ってくれるのか、そんな研鑽する日々に満足しています。だから、この仕事を……続けさせて下さい」
これが今生初めての意志の主張だったのかもしれない。それ位、俺は内気で周りから叩かれる事に恐れていた。だけど、この時の俺は恥も無ければ後悔の念もなかった。それらを打ち消すほどの、言葉での主張での満足感を覚えたから。
そんな小さな勇気から語った俺の希望を聴き、父さんは今までの行動に対して申し訳なさそうな表情を見せた。
「そうか……よし、分かったッ!お前がそうしたいのなら喜んで、この『花屋サーネス』を手伝ってもらうからな!もう野暮な質問はしねぇ、今まで悪かったな。……お前の行動を否定するような聞き方をしちまって」
「もう気にしていません。俺はやりたい事に尊重してくれるだけでも十分に嬉しいので」
「……ふっ、そうか!ならこれからよろしくな、副店長」
「……はい!」
こうして俺は『花屋サーネス』の副店長の座を貰った。まさかこんな結果になるとは予想もしなかった。自分の意志を認めてもらい、そしてあまりの大昇格に頬が緩んでしまった。
◇
星暦2026年 夏の06日 木の日 早朝
ナエナちゃんがペレーハ村から去って早くも1年の時が経った。唯一の幼馴染が去った寂しさに少し慣れて、今日も夏の暑さで汗を流しながら仕事をしていたある日、村に乗客を乗せた1台の馬車がやって来た。乗客は運んでくれた御者にお礼を言って大きなリュックを背負い、馬車を降りて真っ直ぐ『花屋サーネス』に向かう。
店に入った乗客に、店番をしていた父さんが対応する。
「いらっしゃい!……ってクミルじゃねーか!?」
「久しぶり、兄さん!」
なんと乗客はクミル叔父であった。
父さんと叔父さんは軽く握手をして談笑を始める。
「よく来てくれたなぁ!今日はどうしたんだ?また依頼で近くまで来たのか?」
「いいや。今日は俺個人で用があってね」
「個人的な用?一体何だ?」
「アスタと約束していたんだ!今、アスタいる?」
父さん、叔父さんで交互に会話をする中、俺の名前が出てきた。叔父さんに言われ父さんは庭にいる俺を、その場から呼びかける。
「いるぜ、少し待ってな!すぅぅぅぅぅ……アァァァァスタァァァァァ!!」
他の客がいないおかげで、父さんは遠慮なく大声で俺の名を叫ぶ。
あまりの大声に、一緒に花の手入れをしていた母さんと共に店の方角に振り向く。一体何事だと、俺は急いで店の方へ向かった。
「どうしたんですか、大声で呼ん……って、クミル叔父さん!?」
「よっ、久しぶりアスタ!少しデカくなったな!」
意外な来客に驚愕してしまった。以前もそうだったが、本当に何の前触れもなく現れる人だ。
叔父さんたちの方へ歩み寄って、俺も会話に混ざる。
「お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」
「お前に魔法を教えに来たんだよ。ほら、恩恵の日に約束しただろ?」
3年前以上も前になる俺との約束を果たすため、わざわざペレーハ村まで来てくれたようだ。普段なら歓喜をしてしまうだろう。しかし今の俺の反応は、硬直。ただ固まってしまった。
花屋の仕事に集中していたため、3年以上前の叔父さんとの約束を完全に忘れていた。今になってあの時の約束を思い出した。
「……もしかして忘れていたか?」
「……はい、すいません……」
「まあ、あれから随分時間が経ったからなぁ。仕方がないか!」
叔父さんは笑って許してくれた。心底申し訳ない。
ウエスト大陸の最端にある村まで足を運んでくれたというのに、約束を言い出した本人が忘れているなんてあってはいけない。一度下を向けた頭は、なかなか上げられない。
「それでアスタ、明日からどうよ?」
「えっ……はい?」
「だから、明日から魔法教えられるけど、大丈夫かってこと!」
「……えっ!?」
叔父さんの唐突な提案に驚きを隠せれなかった。忘れられたのにも関わらず、叔父さんは律義に魔法を指導してくれるそうだ。
なんでも、叔父さんが組んでいたパーティメンバーが他のパーティと騒動問題を起こしたらしい。冒険者を取り巻く組織はこれを重く見て、双方ともにしばらく活動休止にされたらしく、暇を持て余していたらしい。だからこの機会に、俺との約束を果たすために訪問してくれたそうだ。
この時期に来た理由を説明してもらい、叔父さんはもう一度、今後のついて問いかけてくれた。攻撃魔法については昔から興味があり、叔父さんの誘いはとても魅力的だ。だけど、すぐには承諾することはできない。明日は平日、店を手伝う日だ。そんな自分勝手に急な休暇を取るなんて出来るわけがない。
叔父さんの提案を断ろうとした時、俺の様子に違和感を抱いた父さんが声をかけてきた。
「……どうしたアスタ?何か都合悪いのか?」
「え、えっと……明日も仕事があるので……」
「あぁ~、そういうことか。別にいいよ。クミルがこの村にいる間はしなくても」
攻撃魔法を覚えたい気持ちを察したのか、父さんは休暇の許可をくれた。
「いいんですか?!」
そう再確認する父さんは笑顔で答えてくれる。
「おう!せっかくクミルが来ているんだ、教えてもらえ!なんだったらクミル、お前も冒険者なんか辞めて、この村に住んで俺の花屋を手伝うか?」
「いやだよ、こんな儲けが少なそうな花店に働くなんて!?」
「っんだとゴラ!?割といい暮らしで過ごしているぞ!花屋なめんな!」
まるで前もって組んでいた漫才の様な2人のやり取りに思わず笑ってしまった。とにかく明日、叔父さんに魔法を教えてもらえる事になった。
しばらく3人で話していると今日初めての客が来店してきた。父さんは仕事に取り掛かり、俺と叔父さんは家に入った。
「あら、クミル!」
「お久しぶりです、義姉さん!」
ちょうど庭の花たちの手入れが終わった母さんと鉢合わせた。
母さんにも叔父さんがペレーハ村に来たのか順を追って説明した。明日、俺に魔法を教えてくれる件についても。
「……ふ~ん、そうだったんだ。じゃあ明日から魔法の練習をするの?」
「はい。村を出てすぐの森でやろうと思って。あそこら辺なら、そんなモンスターいなかったと思うので」
「……まあ、アンタなら心配ないわね。でもあまり遠出しないでね。アスタはまだ子供なんだから」
叔父さんの実力を知っているのか、母さんは叔父さんの話に納得して攻撃魔法の練習の許可をくれた。父さんの時もそうだが、こうもあっさりと承諾してくれるとは。
「よかったわね、アスタ。気を付けるのよ?」
「はい!ありがとうございます!」
母さんに深く頭を下げる。
正直、母さんには止められるかもしれないと思っていたけど、まさかここまで都合が良い展開になるとは。
「そういえばさっきの大声、あれクミルだったの?営業妨害になるからもうやめてよね」
「いやいやいやいや!?俺、あんなオジィみたいな声じゃないですよ!あれは兄さんです!それに景気の悪いこんな花屋を営業妨害しても仕方がないでしょ!」
「はぁ~、なによ!?割と景気は良くなっている方よ!花屋なめるな!」
じゃあ前までは景気良くなかったの?まあ……最端の村にある花屋だしなぁ。そりゃどう頑張っても売り上げは伸びにくいよな。というか母さん、身内だとそんな荒れた言葉遣いになるんだ。父さんだけかと思った……。
「……ところでクミル、そのリュックは何?かなりデカいけど、私たちの手土産?」
母さんの言う通り、叔父さんが背負っているリュックは成人男性1人が入れる程の幅と高さはある。俺も会合一番に叔父さんの次にそのリュックが目に入って気になっていた。
「ああ、これ?しばらくここに泊めてもらおうと思って、替えの服を用意した!」
叔父さんはリュックを下ろして中身を見せる。
中身を確認すると、確かに衣類がずっしりと詰め込まれていた。リュックの大きさを考えて相当の量の衣類が入っている。これに何を思ったのか、母さんは不安げな表情になって叔父さんを見る。
「アンタ何日泊まるつもりよ!?」
「いや~、前は仕事だったとはいえ何日も同じパンツを履き続けるのは辛かったから!あとは自分用の歯ブラシとコップ……ああ大丈夫です!洗濯は自分でしますんで!」
「当り前よ!はぁ~、今日から4人分のご飯となるとまた家計簿の計算が……。クミル、アンタこの家に泊まっている間、また手頃なモンスター倒して持って帰りなさい!それでご飯代を浮かすから!」
「了解!じゃあ報酬はここの宿泊代で!」
どうやら食費云々で予想外の出費による不安だったようだ。だけど母さんは折れることなく、早速対策を考えて叔父さんにモンスター討伐を依頼する。依頼と言うより強制に近い。叔父さんはそれに嫌な顔を見せず良い笑顔で了承した。
世情に疎い俺でも、その依頼の危険性については十分理解している。お互い信用しているだからこそ出来る会話なのだろう。
「というわけでアスタ、今日からよろしく!」
「はい……!」
この日、クミル叔父さんの訪問以外、特に何事もなく和気藹々と過ごした。
◇
星暦2026年 夏の07日 氷の日 早朝
翌朝、カーテン越しから照らす微かな太陽の光で目が覚めた。
ベッドから起きて寝間着から着替えて居間へ向かおうとすると、1階から美味そうな匂いが漂っている。いつもの朝食とは違う、良い匂いだ。降りると、なんと食卓の上には肉のある豪華な朝食が並べられてあった。普段滅多には食べられないのに、多くの肉は野菜の上に盛り付けられてある。
「んっ?おっ、アスタおはよう!」
階段に降りてきた俺に気付いた父さんが挨拶してきた。
先に席について食べ終わったところの様だ。
「おはようございます。あの、このお肉は?」
「ああ、これか?なんか母さんがクミルと約束らしくてなぁ。ここに泊まる代わりに、その間の朝・昼・夕の食料の調達をクミルがしてくれるそうだ!」
あぁ~、昨日のあの約束か。もう調理された後ってことは、結構前から起きて出掛けたってことなるよな?約束とはいえ大変そう。……んっ、今「朝・昼・夕の食料の調達」って言った?!えっ、っていうことは毎日3食分を調達するって事なの!?
確かに今思い出すと、約束の際に回数や限度などの指定はなかった。強いといえば「今日から4人分のご飯」は主張して言っていた気がする。確かに1食分とは一言も言っていなかった。どうやらあの約束はそういう意図が隠れていたようだ。良い笑顔で今も料理をしている母さんを見て、意外と抜け目がない人だなと思った。
ここで1つ気になっていたことがある。
「そういえば……叔父さんは?」
これ程の豪華な食料をほぼ無償で提供してくれたんだから、是非ともお礼が言いたい。しかし、この場にいるのは席に座っている父さんと母さん、そして俺の3人だけ。どこかへ出掛けたのだろうか。
「あいつは庭にいるぞ。なんでもモンスターを狩る時に、返り血が服に付いたんだってよ。だから今、洗濯をしているよ」
庭に出られる扉に指をさしながら答えてくれた。
少し様子が気になり、扉に近付いてガラス越しで庭を覗き見る。父さんの言うとおり、叔父さんは庭にいた。何故か上半身裸で、うちの洗濯板とタライでゴシゴシと服を洗っている。
「あああああッ!俺のお気に入りの服がぁぁぁぁぁあああああッ!!」
よほど大事な服だったのか、荒々し口調で叫びながら懸命に洗い続けている。そんな叔父さんの姿に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
朝から元気だなぁ……流石は冒険者。ってか、そんなに大切な服だったのなら着替えて行けばよかったのに。母さんにその格好のまま行けって言われたのかな?いや、流石の母さんでもそこまではしない……よな?
「ほらアスタ。叔父さんは放っといて、先に食べなさい」
「でも、叔父さんが獲ってきてくれたのですよね?先に食べるのはちょっと……」
「いいのよ。ちゃんと叔父さんの分はあるんだから。それに服が汚れたのは叔父さんのせいでもあるのに」
「……どういうことですか?」
「クミル叔父さん、眠いからって寝間着のまま狩りに行ったのよ!モンスターを剣で倒したら、そりゃあ返り血が付くわよ。はぁ~、強いくせに変なところで抜けているのよね……」
母さん曰く、ちゃんとした格好で狩りに行くようにと注意をしてあげたそうだ。だけど叔父さんは面倒くさいし問題ないと適当な台詞で一蹴して出掛けたようだ。その結果、狩り自体は上手くいったがお気に入りの寝間着に大量の返り血を浴びてしまった。
この説明から、欠伸をしながら剣を持って出ていく叔父さんの姿を何故か容易に想像ができた。とりあえず心の中で、少しでも疑ってしまった母さんに謝罪した。本当に申し訳ない。
朝食を済ませた後、ちょうど洗濯が終わって家に入ってきた叔父さんに最初の注意を告げられた。
「魔法の練習だけだが、一応動きやすい格好に着替えてきてくれ。念を押しておくが、お気に入りの服は絶対ダメだぞ?」
「アンタじゃあるまいし、うちのアスタがそんなアホみたいな事しないわよ」
とりあえず叔父さんの言う通り、今ある衣類から比較的に動きやすい尚且つ、汚れてもいいような服に着替えるため自室に戻る。といっても俺の私物はそこまで多い訳ではない。神の恩恵の時、母さんが王都で多くの衣類を俺のために買ってくれたが、ここ数年で身体が大きくなったせいで着られなくなり、今ではほとんどが父さんのお下がりである。それを知った時の母さんはとても悲しそうにしていたのは今でも覚えている。
すぐに身支度を終えて1階の居間へ向かうと、まだテーブルの席にいると思っていた叔父さんがいなかった。使い終わった食器を洗っている母さんに聞いてみる。
「クミルなら、お父さんの所にいるわよ。アスタ、危なくなったらすぐに逃げて帰るのよ?」
「はい、分かりました」
「なら、よろしい!はい、これ2人のお弁当。クミル叔父さんが朝ご飯のと一緒に獲ってきたの。ちゃんと食べなさいね」
母さんから籠を手渡された。2人分の弁当だけでなく、水筒やタオルなども入っているため、サイズはやや大きめだ。恐らくさっき食べたお肉も入っている。これを作るためにずっとキッチンに立っていたみたい。
「ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」
母さんに一礼して叔父さんの下へ向かった。付き添いがいるとはいえ、一人息子が村の外へ出るのだから心配する気持ちは重々分かる。でも安心してほしい、逃げる意識だけは人より高いと自負している。
家から店に入ると、店内には誰もいなかった。店の出入り口を見てみると、叔父さんと父さんが談笑していた。父さんが箒を持っている、どうやらこれから店を開いたところのようだ。
談笑している2人に歩み寄ると、叔父さんが先に俺の存在に気付く。
「おっ、来たか、アスタ!」
叔父さんの今の姿は、まさに冒険者と呼ぶに相応しい勇ましい防具や鞄を装着していた。どうやら自室に入っている間に着替えていたようだ。俺の練習のためにわざわざ重そうな格好をしてくれるなんて。懸命に洗濯していた者と同一人物とは思えないくらいカッコよく見える。
「準備はいいか?」
叔父さんの確認に首大きく縦に振る。
攻撃魔法が使えるかもという高揚感のせいで、言葉で返事ができなかった。だけどこれが平常運転だと思ったのか、叔父さんは承諾の意味での笑みを見せる。
「よっしゃ、それじゃあ行こうか!兄さん、行ってくるよ!」
「おう、今日の夕飯の分も期待して待っているぞ!」
「いや、今回はアスタに魔法教えるだけだから狩りじゃないよ!?」
「んっ、そうなのか?なら帰って来たらまた狩りに出かけてくれ!」
「それ二度手間じゃん!?はぁ……今年最悪な宿に宿泊してしまったな。んじゃあ、行ってくるわ」
それを最後に叔父さんは父さんの下から去り、俺はその後を追いかける様についていく。攻撃魔法を学べることに、今から心が躍り始める。