「起きて色々と考えて、ちょっと疲れちゃったでしょ?お母さん、少し部屋から出ようか?」
思案を巡らすことにさほど疲労感はないが、確かに気持ちを落ち着かせる時間が欲しい。できれば1人でいる時間が。首を微かに縦に振って承諾の意を伝えると、母さんは使い終えたタライを持って立ち上がる。
「分かったわ。もし何か欲しいものがあったら、いつでも呼んでね。私たちは一階にいるから」
母さんはそう言い残して退室した。音を立てないようにゆっくりと。そんな繊細に気を遣わせてしまう母さんの様子に、肩の力を抜くと同時にため息を吐く。
なんで……こんな疲れた気持ちになるんだろう。寝過ぎた……とはまた別の感じの疲労感かな。とにかく今は言葉に甘えて、ゆっくりと時間をかけて落ち着こうかな……眠気とか全くないけど。
◇
母さんが退室してから一時間が経過した。その間、俺はずっと窓で外の晴天を眺めていた。正確には特に動く理由がないから、それしかすることがなかった。そのおかげで多少なりとも気持ちに余裕が持てるようになった。
そんな漠然とした時間の中、コンッコンッと誰かが扉をノックしてきた。
「……はい?」
「アスタ、父さんだ。入ってもいいか?」
「……どうぞ」
承諾すると扉が開き、父さんが入室してきた。
音を立てて呼んだわけでもないのに、一体どうしたのだろうか。父さんはさっきまで母さんがいた場所に座る。多少動かせるようになった体を起こして、壁に待たれるように体勢になって対面する。
「無理に動かなくてもいいぞ?楽な姿勢のままでも構わない」
「……ずっと横になっていたので、今は座りたいなぁって……」
「そりゃそうだな!気分はどうだ?吐きそうとか、目眩とかはないか?」
「……特に問題はないです」
「そうか、それはよかった……」
そう言い終わると、父さんは何か物言いたそうな表情を浮かべながら顔を伏せる。この顔でどんな要件で来たのか、何となく理解してしまう。
季節が夏ということもあり、自室内も十分暑い。母さんに体を拭いて冷やしてもらわなければ、今頃汗をかいていただろう。だけど今、暑さとは関係なく別の意味の汗をかきそうな状況になっている。
「アスタ……何であの時、あんなことになっていた?」
やっぱりそこをついてくるか……。聞きたくなるのも当然か。俺もそっちの立場ならそれ聞くだろうし。
意を決したのか父さんは顔を上げて、真剣な眼差しで見つめながらとある事について聞いてきた。それは“何故俺がゴブリンと一緒に倒れていたのか”という事。何となく予想していた通りだが、他にも聞きたいことはたくさんあるはず。病み上がりの俺に気を遣いあえて多くは質問するつもりはないのだろう。ここまでの事を仕出かしたのだ、怒られる覚悟で正直に話した。
あの日の前日に常連さんから聞いた話の事、ゴブリンが本当に草原の奥の森に生息しているのかと不安になった事、母さんに嘘をついて勝手に1人で調査に行った事、ゴブリンと遭遇してクミル叔父さんに教わった魔法で撃退した事など、何も隠さずに全てを話した。俺は自分が行った行動を淡々と詳細を話し続けた。父さんの眼は全く疑っていなかった。
「まさか……そんなことが……」
最後まで聞いてくれた父さんの顔は戸惑うような表情を浮かべていた。こんな表情になるのも仕方がない。無自覚だったとは言え、自分の息子がペレーハ村を危険に晒したのだから。
そんな俺の愚行に失望したのか、父さんは中々次の言葉を言い出せなかった。これ以上俺から言うことはない、怯えながらの説教が来るのを黙って待った。
「アスタ、お前……自分が何をしたのか分かっているのか?」
「……はい」
「本当に分かっているのかァ!?お前……もう少しで死ぬところだったんだぞッ!!どうしてあの時、母さんや他の人に頼らなかったッ?!」
「……えっ……」
予想通り、父さんは激怒した。今まで見たことがない程に。しかし、その話の内容は予想と大きく違った。思わず戸惑いの声を出してしまった。
「自分が強いと思っていたのか?!母さんや他の人が弱いって思っていたのか?!だから誰にも相談せず、1人であんな所に行ったのか?!お前がずっと眠っていたこの4日間、俺や母さん、それに他のみんなもどれほど心配したと思っているッ!!お前がもし死んだら……俺は……俺たちは……どうすればいいんだよ……」
そう話し続けていくにつれ、父さんの瞳から一粒の涙が流れていた。先のが喜びによる涙であれば、今回は悲しみによる涙。この言葉と涙で漸く、父さんの言っている意味を理解できた。
それは、俺が死んで悲しむ人の事を考えていなかったという事。俺はあの時、ペレーハ村や住民のみんなの安全を第一にして行動を起こした。当然その“住民のみんな”の中に俺自身を含んでいなく、半ば自己犠牲の覚悟をしていた。
「アスタ……お前の眼には、俺たち大人は頼りなく見えているのか?俺や母さん、親に助けられる存在でいるのが嫌なのか?」
「そんなことはないッ!俺は、ただ……」
「なら頼れよ。大人はお前より何十年生きていると思っているんだ。分からないのならバカなりの知恵を教える。不安ならいくらでも力になる。お前が1人暴走して考えた妄想や仮説だろうが、一言だけでもいい……頼れッ!もし誰も信用や手助けされなくても、俺だけは必ずお前の味方になる!」
そうだ……俺は、この家族の元に生まれて本当によかったって思っていたんだ。それなのに俺は、そんな家族を信頼していないみたい考え方を、無意識にしていたんだ。そんなことも気付かなかったなんて……俺は……。
「……ごめんなさいッ。本当に……ごめんなさい……!」
自分の愚かさに気付き、また泣きながら謝罪をした。何度も、何度も謝った。またの号泣に目元が痛みを感じてきたが、そんなの関係なく泣きながら謝罪を続けた。
「ったく、ゴブリンの集団を倒した奴とは思えないくらいの泣き面だな!……本当に、生きててよかった」
そう言うと父さんは俺の頭に手を置き、優しく撫で始める。大きく雄々しい手から感じる力強さは、不思議と心に余裕を与えてくれる。
「散々説教しておいてアレだが、お前はお前なりに村を守ってくれたんだよな?……ありがとう。母さんや他のみんなを守ってくれて、ありがとう。でも、もうこんな無茶をするんじゃねぇぞ?」
「……はい!」
その後、母さんも入室して家族で話し合いをした結果、もう無茶をしないことを条件に両親から許しを得た。これからは何かしらの危険な事に関与する際は、まずは両親に相談しなさいということ。当然そんな条件を言い渡されなくても、俺自身そうするつもりだ。もう両親の悲しむ顔は見たくないから。
◇
星暦2029年 夏の48日 雷の日 夜
時間はあっという間に経ち、月明かりが良く照らされる夜になった。
部屋は暗く僅かなカーテンの隙間から入ってくる月光だけが部屋を明るくしていた。現在、ベッドの上で大の字になって部屋の天井を見続けている。つまりは何もしていない。もう就寝の時間なのだが、四日間も昏睡状態だったせいで中々寝付けられず、ただ呆然としている。目元がまだ少し痛いのも理由だろう。
因みに両親は自分たちの部屋で就寝している。まだ俺の状態に心配で「添い寝してあげる」と言っていたが拒否した。そこまで両親に負荷をかけたくなかったし、何よりもうこれ以上の恥ずかしい思いをしたくなかったから。
あぁ~、目が痛い。絶対に腫れているよな、これ。鏡があったらすぐに見てみたいけど……一階の手洗い場にしかないからなぁ。まあ明日は治っているだろう。……それにしても、目以外どこも痛くない。本当に綺麗に治っているなぁ。
流石は噂の治癒師……。確かにこれほどの魔法があるなら医学の発展に力を入れない訳だ。……でも、筋肉の低下までは治してくれなかったか。まあ流石にそこまでは都合よくないか。痛みが感じないだけ感謝しないと。
ある程度、動ける様になって体を起こして状態を再確認する。左手に麻袋を被せていて実際どれ程かは分からなかったが、間違いなく深い傷跡が残るほどの重傷を受けた。だけど今は左手だけではなく、脹脛などに出来た傷や痛みが見事に治されている。昏睡状態だったといえ、名のある治癒師の魔法を受けられたことに感激を覚える。
だけど一方で、さっきの両親との談笑である疑問をふと思い出した。それは、軽傷を合わせて全身の所々に出来ていた、という事。特に酷かったのが顔に右側、左手の平、右手の人差し指、左脇腹、そして左足の脹脛の六ヶ所だったらしい。
左手と脹脛はどうしてそうなったのか今でもハッキリと覚えている、あの恐怖と痛みも。けど……残りの三ヶ所の原因は全く思い出せない。せめてどんな傷だったのか見れたらなぁ……。
そう思って指摘した五ヶ所を手探りなどで確認するが、【治癒魔法】によってそれらしき傷跡の感触はなく消えていた。まさかこんな形の弊害が出るとは思いもしなかった。これでは仕方がない。詮索を諦めて、壁に背中を預けて胡坐をかいて、別の体勢で一息つく。
「はぁ……本当に暇だな」
本とか読みたいけどもう暗いし、まともに文字が見えないな。眠気が来るまで、ぼぉ~っとしておくか。……今夜中くるかどうか分からないけど。
そういえば父さん、いつまでここに残るかちゃんと聞いていなかったな。明日の店番は父さんがしてくれるのか?いや、向こうの店もあるし流石に明日にはここを出るか。じゃあ明日は母さんが店番するのか?……そうだったら俺も明日手伝わなきゃ。少し頑張れば店番ぐらいはできるだろうし、良いリハビリにもなるかもしれない。多分母さんが止めるだろうけど、そこは自分の意思を貫き通さないとな。……それにしても本当に眠れないな。軽くストレッチでもして体を解そうかな。
とりあえずベッドで仰向けになって軽くストレッチを始める。明日仕事を手伝うのだから良いリハビリになるだろう。両手を前に伸ばして拳に力を入れたり抜いたり、膝を胸元まで上げて太股の筋肉を伸ばしたりした。本当に軽めのストレッチだが、寝込んでいた身体には良い刺激となった。
そういえば……ゴブリンに勝って生き残ったんだから、俺のステータスも何かしら変わっているのかな?【アクア・ピストル】をたった数回しか使っていないけど……試しに開いてみよ。
ストレッチしながら顔の前にステータスウィンドウを開いた。ステータスウィンドウは高原の有無関係なく、ハッキリと文字化したデータを写してくれた。
「……えっ!?何だよ、これ……!?」
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アスタ・サーネス
種族:人族
性別:男
年齢:17
状態:やや体調不良 筋力低下
《適正魔法一覧》
・水 ・無
《スキル一覧》
・【狂人化】
《熟練度一覧》
・剣術 2
・槍術 2
・射撃術 7
・歩行術 5
・水魔法 10
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何気なく開いたステータスウィンドウに自分の眼を疑った。今までにはないウィンドウの縦の長さに驚いた。思わずストレッチを止めてベッドに起き上がってしまう程。その原因は、新しく追加されていた項目だ。
新しく追加されたのは《熟練度》に2つ、そして念願の《スキル一覧》に1つだった。
《熟練度》は、前まで【射撃術】と【歩行術】のレベルは3、【水魔法】のレベルは5だったはず。3つともレベルが数段越えて数値が上がっていた。レベルは低いうちから上がり易いと聞くが、これは明らかに異常だ。たった一戦でここまで上がるのだろうか。
新しく追加されていた【剣術】と【槍術】は少し心当たりがある。恐らくゴブリンたちの武器を奪って戦ったからだろう。剣はともかく槍に関しては、確かに握りはしたけど戦った記憶はない。ステータスウィンドウに載ってあるから1回は握ったのだろう。だけど1回装備した程度で載るとは思えない。理由を懸命に考えるが、結論は出すことはできなかった。今度、本などで調べてみよう。
そして《スキル一覧》だが、これは素直に喜ぶべき代物なのか迷ってしまう程、異名なスキルを取得してしまった。
【狂人化】……名前からして間違いなく発動してはいけない気がする。とりあえず発動効果の詳細を知るために【狂人化】の文字に意識を向けて、ステータスウィンドウを再公開させる。
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・【狂人化】
発動した時点から意識は無くなり、外敵と認識した者と戦い続ける。発動中は身体能力が向上されると共に、痛覚、知能、状況判断が鈍くなる。外敵の殲滅、もしくは魔力量が全体の8割程度まで減少すると自動解除される。
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これは絶対に使ってはいけない危険なスキルだと瞬時に理解した。
何故こんなスキルを取得してしまったのか分からない。恐らくこれもゴブリンたちとの戦いで手に入れたのだろう。だけど本当にそれだけが理由か。
【狂人化】、か……。そんなに俺って情緒不安定だったのか。確かにあの状況は怖かったけど、そこまで錯乱していたのか……。俺って……何なんだよ……。
少し自分に不安になった。臆病な性格面は把握していたが、まさか発狂する一面もあったとは。俺の事なのに、俺が全く分からない。
一旦全てを忘れようとステータスウィンドウを閉じて、再びベッドに横たわる。先のストレッチのおかげか、それとも色々と考えたせいか、身体の疲労感で眠気を感じるようになった。やがて不安が募って苦しくなった心境が少しずつ和らぎ始め、そしてゆっくりと眠りにつく。