ファンタヘルム。
それは地球とは別次元に存在する、もう1つの青い惑星の名前。その文明の発展や大陸の形や色などは地球と大きく異なる。
ファンタヘルムには頭の中でイメージをすれば誰でも発動できる“魔法”、巨大な体を持つ者や水中に生きられる者や大空を自由に舞う者などがいる“他種族”、自身の現状を文字化して確認できる“ステータスウィンドウ”が存在する。それらを駆使して、この世界ならではの日常を送っている。
ファンタヘルムには、大きく5つの大陸に分かれている。
広大な砂漠を有している“イースト大陸”。
緑豊かな自然に恵まれている“ウエスト大陸”。
様々な鉱脈が発見される“サウス大陸”。
絶えることのない美しい銀世界の“ノース大陸”。
大小の小島を含む世界の中心地の“センター大陸”と名を付けられており、人類はそれぞれの特有の環境を巧く活用して生活をしている。
一種のファンタヘルムの醍醐味とも言える。
舞台はウエスト大陸の最端にある小さな村、名はペレーハ村。
人口は約1000人。都会の地から数千キロも離れており、物資の運搬等で不便を感じることが多々ある。だが、それが気にならない程の美しい自然に囲まれ、緑色の環境に恵まれている。苦労や苦悩がなく平和に暮らしている。
この村なら大丈夫だろうと判断した転生の神は、1人の魂をこの村に転生させた。
「アスタ、お母さんだけど……ちょっといいかしら?」
ペレーハ村にある、とある一軒家の2階にて1人の女性がコンッコンッと扉をロックして中にいる者を呼び出す。名前を呼ばれ、1人の青髪の少年が扉を開けて顔を出す。
「はい。……何ですか、母さん?」
そう、彼こそが神によって転生した者である。
後、この者が果てしない遠い将来にて、“
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<アスタ視点>
星暦2019年 夏の24日 水の日 昼
俺の名前はアスタ・サーネス。
先週の水の日で7歳になった、花屋を経営している家庭の1人息子。
前世は新井流一として別の世界、地球で生きていたが若くして他界してしまった。そんな俺を、転生の神様がご厚意でこうして異世界にて第2の人生を送れるようになった。
この世界に生まれた時は赤ん坊という状態だったせいで、正直何が起こるのか分からず不安と恐怖で心底怯えていた。だけど、そんな心配は生後数ヶ月で杞憂だったと悟った。この世界の生活は地球と比べて文化や常識が違うだけで、特に大きな危険はなく心配する必要がなかった。案外、快適で充実した日々を過ごせている。住めば都とはこのこと。
「母さん、話って何ですか?」
「下に着いたら話すわ。お父さんも待っているし、早く行きましょう」
ある日、何故か突拍子もなく母さんが2階にある俺の自室に訪れてきた。
今日の母さんの表情はいつもよりかたく見える。怒っている感じではなさそうだが、決して明るいとも言えない。とりあえず自室から出て、母さんと共に階段で1階に降りる。階段と居間は繋がっており、降りるとテーブルに父さんが自分の席に座って待っていた。
時間帯的に昼食の時間だから父さんも家に帰っていたのか。あれ、母さんもまだ家にいるけど……店番は?普段この時間だと交代して母さんが店に残っているはずなのに、何で2人とも家にいるの?
「おっ、来たか。アスタ、ちょっとそこに座りなさい」
俺たちが降りて来たのを気付くと、父さんは対面して話せるようにテーブルの反対側の席を指定して座らせた。というよりここが俺のいつもの席だ。
「アスタ、少し話があるんだが……」
彼の名はポスロ・サーネス。ここ『花屋サーネス』の店長でもあり、今世の俺の父親。お店に来るお客さん、そして家族にいつも笑顔で接してくれる良識的な人だ。だが、何故か今は真剣な表情で俺を見つめている。
そして父さんの隣の席に座った女性の名はヨスナ・サーネス。今世の俺の母親。どんな人でも優しく対応してくれる人だが、その表情は父さんと同様に何処か緊迫感があった。
えっ、もしかして2人とも怒っている!?俺、何かしたか?お店の手伝いもせず部屋にこもっているのが原因か?いやでも、それは2人が手伝わなくていいって言ってくれたことだし。……ヤバい、本当に心当たりがない。
「アスタ、正直に答えてくれ。お前……誰かにいじめられているのか?」
はい……?い、いじめ?どういうこと?
「あなたここ最近ずっと部屋にこもっているじゃない?だからお父さんもお母さんも心配しているの。何かあったのなら相談してくれてもいいのよ?」
あぁ~……なるほど。大方だけど理解できた。
多分、俺が他の子供みたいに外へ遊びに行こうとせずに、部屋にずっと閉じこもっていることに不安を感じたのか。そりゃそうだ、我が子が1日中部屋の中に引きこもり続けたら、どんな親だって心配するはず。
自分がまだ子供だってことをたまに忘れてしまう。これは完全に俺の落ち度だな。
「別にいじめとか受けていません。外に出ないのはただ本を読むのが好きだから。遊ぶより読書の方が楽しいので……心配してくれてありがとうございます」
正直に言うと、精神年齢27歳にもなって子供のように無邪気に外で遊ぶのはちょっとなぁ……。はっきり言うと疲れる、精神的に。
それに前世の記憶のせいか、自宅にいる方が落ち着くっていう習慣があるからなぁ。まあ、それらが外出をしない一番の理由ではないけど……。
「本当?いじめられていないのね?」
「本当に大丈夫ですよ、母さん。俺がただ家に居たいだけです」
「……本当に?」
意外に母さんが疑い深い。本当のこと話しているというのに。それほど俺のために思ってくれているってことか。別に鬱陶しいとは思ってはいない、寧ろここまで大事にしてくれて嬉しく思う。
「そうか、ならいいが……。因みにどんな本を読んでいるんだ?」
今まで読んできた本は主にファンタヘルムに関する書物。常識的な知識や知恵は両親から教えてもらい、この世界の文化については本で学んできた。その成果もあっていくつか面白い知識も得られた。
その内の1つは、この世界には魔法が存在していること。
ファンタヘルムには光・闇・火・水・土・木・氷・雷・風・無の10個の『初級魔法』という魔法を基準に、多種多様な魔法が存在している。魔法は生活から仕事まで幅広い場面や状況で活躍しており、言わばこの世界にとって無くてはならない存在と言ってもいい。地球でいう科学のようなもの。
ちょうど目の前で父さんが魔法を発動している。
【水魔法:ザ・ウォーター】
コーヒーを飲むため父さんがコップの上に指をかざし、指先から水を出した。しかもホットにして飲むため熱湯だ。この世界の魔法は俺が想像して以上にかなり使い勝手がいい。
ファンタヘルムに生まれた誰もが体内にある魔力という、体力とはまた違った内に秘めた力を宿している。魔法はその魔力を消費して初めて発動できる。当然この世界に生まれた俺にも魔力はある。つまり俺も頑張れば魔法が使える。今はまだ使えないけど。
話を戻すと地球とは違う、ファンタヘルム特有の物事や概念について理解と考察をし続けてきた。幸運にも母さんはかなりの読書家で、昔から面白そうな文学本や図鑑等を集めていた。家の3階である屋根裏にはそういった書物が大量に置いかれてある。様々な分野の本があり、そこから本を借りて読み続けてきた。
説明し終わると、少しは感心してくれたのか父さんは顎を触りながらやや驚きの顔を見せる。
「ほぉ~、なるほどねぇ……。アスタ、そんなに勉強が楽しいのか?勉強なんかいいから外に遊びに行けッ、外にッ!俺がアスタくらいの歳の頃はよく外でぶらぶらと遊んでいたもんだぞ!」
父さんは笑いながらそう言ってきた。
まさか親から勉強を否定されるとは思いもしなかった。必死に勉強してきた前世を否定された気分だ。
「そうよ。勉強は良いことなのだけど……日光浴だけでもいいから、たまには外に出て遊びなさい。このままじゃ根暗になっちゃうわよ?」
うわぁ……。今の母さんの言葉、グサッと心に刺さるな。前世の最後の生活がほぼ根暗みたいだったから何とも言えない。
だけど……そうだな。せっかく生まれ変わったのに前世みたいな生活を……人生を送るわけにはいかない。それに……両親の顔を見ると、2人は本当に心配してくれている。これ以上不安な思いをさせたくない。あまり乗り気にはなれないけど。
「……分かりました。今日は晴れているので、今から少し外に行ってきます」
「そうしな!せっかくの快晴なのに、家で過ごすなんて勿体ない、ガンガン遊べッ!あっ、でももうお昼だから先にご飯を済ませるか?」
「はい、頂きます」
「だってよぉ母さん。アスタの分も頼むわ!」
隣で会話を聞いていた母さんは、すでに席から離れて昼食の準備を始めていた。俺たち、もとい父さんの言うことを先に読み取ってすぐに行動に移す。流石は夫婦、といったところだ。
要件が終わって緊張が無くなって肩の力が抜けたおかげで、その後の父さんたちとの談笑は何の気兼ねなく楽しめた。やっぱり2人との距離感は普段通りが一番落ち着く。
「ところで母さん、店番はどうしているのですか?」
「「……あっ」」
両親は声を揃えて店のことを思い出す。この反応、どうやら完全に忘れていたようだ。俺なんかの心配をしてくれるのはとても嬉しいけど、それでも店に誰もいないままにするのはマズいだろ。昼食を作り終えると母さんは即座に店の方へ走り出した。ここまで焦っている母さんは珍しいな。
昼食を済ませた俺は、約束通り身支度を整えて外出した。……とはいってもペレーハ村は前世で住んでいた所と比べてかなり小さな村。行きたい所もやれることも限られている。子供の足でも村を一周するのに1時間も掛からない。
とりあえず馴染みの場所へと向かって時間を潰すか。
「まだ実感が湧かないな……異世界に来たって」
この環境に馴染んでしまったせいか、それともあまりに神秘的な体験のせいか、未だに転生したことを実感した気がしない。ペレーハ村の風景、村人の顔立ち、衣食住の文化、どれも日本のとは異なっている。だけど、ふと上を見上げると、そこにあるのは前世から見慣れている青空。この景色があるおかげで、すぐにこの異世界にも馴染めたのかもしれない。
よくあるファンタジー小説では、誰かと冒険したり敵と争ったり命懸けで戦ったりするのだっけ?……正直に言って、俺にはどれも魅力的には思えない。刺激を求めていないという訳ではない、ただ単に過激なことが苦手なだけ。せっかく神様から貰った第2の人生なのだ、危険なく静かに過ごしたい。
◇
<??視点>
この世界にまた新たな魂がやって来た。しかも今回は2人。
1人はウエスト大陸、もう1人はイースト大陸で誕生した。見事に間反対の土地で生まれたものだよ。……もしかして敢えてなのかな?何にしても一体どんな人物たちなのか、一度この目で確認しなければならない。この世界に害をもたらす者かどうかを。しかし、それは今ではない。
生誕してからまだ7年の時しか経っていない。今はまだ新たな環境や常識、そして知恵を蓄えてこの世界に順応している頃だろう。その知恵と前世での経験をどう活かして生活するのか、ある程度見守ってからでも遅くはない。そうだな……身体がある程度まで成長した15歳になる年で訪れてもいいかも。それまでの残り8年間は静観するとしよう。
それにしても今日は非常に気分が良い。夢心地の良い目覚め、窓から入る快晴の日差し、まさに理想的な朝だ。これ程の優雅な気分になると普段はやらないモーニングコーヒーをしてみたくなる。まあコーヒーを一から淹れたことがないから自分ではできないけど。
そんな時、部屋の扉の前に人の気配を感じ取った。……知っている者だ、ノックしてくる前に声を掛けよう。
「おはよう。どうしたの、こんな朝早くに?」
そう呼び掛けると、1人の少女が静かに僕の自室へ入って来た。
彼女は昔から見知った友、いや親友と呼べる存在だ。そんな彼女は僕の挨拶は無視して歩み寄って来た。因みにこれは通常運転である。
「……これ、見て」
口下手な彼女はそう言いながら、手に持っている数枚の紙を僕に手渡す。どうやらまた仕事関連の報告書が届いたようだ。今度はいったい何だろうか。椅子に腰を掛けて資料を精読する。
「どれどれ。……これってマジ?」
「……問題、発生」
長々と書かれてある報告書に目を疑い、再び彼女の方へ向いて確認する。どうやら彼女も既にこの内容を把握していたようだ。
報告書の内容を簡潔にまとめると、イースト大陸とウエスト大陸で大事が起きてしまったようだ。公の場では絶対に口外できない程の規模が。今日は快晴でとても目覚めが良かったっていうのに、こんな報告書のせいで気分を害されてしまうとは思いもしなかった。
「……イースト大陸、ウエスト大陸。……転生者たちの、仕業?」
「確かに誕生した場所は丁度それぞれの大陸だけど……考えられる?たった生後7年程度の子供がこんな事、起こせられると思う?」
僕の意見を聞いて考えを改めると、彼女は首を横に振る。
ファンタヘルムで生を受ける者は皆、等しく魔力を得られる。それは転生者も例外ではない。しかし、どんなに恵まれた身体や環境で生まれたとしても、たった7年程度でこんな大事を起せられるとは到底思えない。
「考えられるのはただ1つ。……数十年に1度起る、モンスターの活性化だろうね。はぁ~……不定期的とはいえ、ホント毎度なんの予兆もなく起きるなぁ~」
ファンタヘルムの自然現象の1つに毎回、僕は頭を抱えさせられる。大自然の前ではどんな屈強な種族だろうと、どんな強力な魔法だろうと、抗うだけが関の山。
これで弱音を吐くなんていつものことか。それに、これをなんとかしてみせるのが僕の仕事……いや、使命だから。まあ今回の件は今までにないモノだから一筋縄ではいかないけど。
「……力に、なるよ」
心配してくれる彼女は、そっと僕の肩に手を置いてそう言ってくれた。やや無愛想にも見える口調だけど、彼女なりの励ましの言葉。そのおかげで滅入りそうな気分が少し軽くなった。
「ああ、いつも助かるよ」
「……うん」
「さて……じゃあすぐにでも取り掛かろうとしようか!」
気持ちを切り替えた僕はそう言って、部屋から退出してこの件の対処法の考案に尽力する。
それにしても……今回の転生してきた子たちは何とも不運なものだろうか。あまりにもタイミングが悪過ぎる。よりにもよって各々の転生先である大陸で問題が起きるとは。モンスターの活性化の被害は発生した直後だけではなく、その余波は数年以上に渡って続く。
どうか転生者たちにその脅威が降り注がないことを祈ろう。