自室のベッドで就寝していたはず。なのに、何故かペレーハ村の草原にいた。時刻も真夜中だったはずが今は昼間。一体何でこうなったのか訳が分からない。
何も力を入れていないはずなのに草原に立っている。奇妙な現象はそれだけじゃない。視界に見えているのは、血を流している4日前の当時と無傷の17体のゴブリン、そして死傷して草原に転がっている3体のゴブリンだ。
なんだよ、これ……。夢、なのか……?
今の俺の立ち位置は例えるなら、当時の戦いを第三者視点で見ているような感覚だ。まるで前世の映画のようだ。しかし映る光景はとても生々しい。そして何故か、俺はここから一歩も動けない、話せない、視線を変えられない。金縛りにであっているかのように。今はただ、これから起こる出来事に静観することしかできなかった。
夢の始まりは、当時が3体目のゴブリンを倒したところから。
当時の周囲には3体のゴブリンに囲まれ、少し離れた所に14体のゴブリンが控えているという絶望的な状況だった。当時は左脚の重傷に加え、返り血で体だけではなく表情が窺えない程、顔は赤く染まっていた。
あんなに……酷くボロボロだったんだ。本当によく五体満足で生還できたな。改めてゴブリンの顔を見てみると……ははっ、やっぱり怖っ。当時はよく面と向かって戦えたものだよ。
夢とはいえ、こうして自分の戦いの様子を観られるのは良いかもな。今後の反省に生かせれると思うし……んっ?
当時は突如として周囲のゴブリンたちを無視し、何故か距離のある14体のゴブリンたちの元へ走り出した。その走り方は左脚に重傷を負っている者とは思えない全力疾走。向かい討とうと石槍のゴブリンが当時に向けて投げる。石槍が真正面に飛んできているにも関わらず、当時は避けようともせずにただ真っ直ぐに走り続けた。
その結果、石槍はそのまま当時体に突き刺さった。場所は左脇腹、母さんが重傷だと言っていた個所だ。
なッ……!?さ、刺さっている!あんな物が身体に……うぅッ……!?
夢とはいえ、あまりの残酷な出来事に吐き気がした。いつもなら涙を流しながら発狂、最悪失神するほどの重傷。これには当時も足を止めてしまう。しかし、その様子は不気味という程の平然さを保っていた。
当時は麻袋を被せた左手で石槍を体から引き抜き、何事もなかったかの様に石槍を装備して再び走り出した。刺さった部位から痛々しく血が流れているのに、当時は表情どころか顔色すら変えなかった。奇怪な行動を見せ付けられ、ゴブリンたちは立ち止まって硬直する。流石のモンスターでも動揺したようだ。武器を失ったゴブリンは危機感を覚えて周囲を見渡すと、倒された仲間が装備していた剣を見つけ、それを拾おうと振り返って向かう。
残ったのは13体のゴブリンたちは、各々の武器を構えながら当時の方へと走り出す。恐らく向かって来る当時と正面衝突して、ごり押しで袋叩きにするつもりだろう。だけど、そんな思惑通りに当時は動かなかった。
ゴブリンたちを見つけると、当時は力強い一歩を踏み込んで石槍を投擲した。狙った先は当然ゴブリン。だが、その一直線上に3体が縦に並ぶタイミング狙ったんだ。渾身の力で投げられた石槍は先頭にいたゴブリンの頭部を貫通させ、すぐ後ろにいたゴブリンの頭部までも突き刺さる。流石に3体目まで攻撃は通らなかったが、石槍の勢いで前の2体に押し倒されてしまう。あまりにも呆気なく、予想外に仲間が続いて2体も殺された。これに数体のゴブリンが一瞬、動揺して立ち止まる。その隙に当時は一気に近付き、そのゴブリンたちを殴る蹴るの攻撃をする。躊躇のない攻撃で流れるような無駄のない動き、生々しい鈍い音と共にゴブリンたちは次々と倒されていく。
なんだ、あの動き……!?本当に、俺なのか?俺はあんな動きはやったことないし、できわけがない!夢だから自分がカッコよく映っているって思いたいけど……。
宛らコミックやアニメの登場人物の様な凄まじく、尚且つ荒々しい攻撃にとても俺ではないと思わせる。だが、都合の良い展開はいつまでも続かない。ゴブリンの方が数は多く、数体を相手している間に当時はあっという間に囲まれてしまった。警戒して距離を取っているが、武器を向けながら徐々に迫っていく。まさにリンチの構図。
それに対して当時は殴り倒したゴブリンから剣を奪って装備し、再び自らゴブリンの方へ走り出した。ぶつかり合う武器と武器の音。この草原には似合わない音がまたも響く。そして次に聞こえるのは、生々しく切られる肉の音。切傷から盛大に血が流れ、肉は力を抜ける様に地面に倒れる。その肉の正体は、当時によって絶命したゴブリンたちだった。前世で剣道なんてしたこともない、今世で剣なんて握ったことなんてないのに、当時は初めて装備した石剣でゴブリンたちを切り裂いていった。その一太刀は明確に敵の急所を狙っている。力任せではあるが、それでも素人とは思えない程に剣を使いこなしている。しかし、ゴブリンから攻撃も受けてしまい当時の体にも傷が出来てしまい、痛々しく血がにじみ出ていく。
自分の体がこうもボコボコにされているのを見るのは気分が悪いものだな……。さっきの石槍ほどではないが決して軽症ではない。というか当時の神経はどうなっているんだ?あんなギリギリな戦い方をして……ゴブリンが怖くないのか?
そう考えていると形勢は大きく変わり、気付けばそこに立っているのは当時1人だけだった。囲っていたゴブリンたちは全員地面に這いつくばっている。軽傷で済んで倒されている者もいれば、深く斬られてピクリとも動かなくなった者もいる。当時も殺されそうになったんだけど、こうも容易く生き物が絶命する所を見るのはかなりの抵抗感が生まれる。正直、もうこんな夢見たくない。早く覚めないだろうか。
さっきの激戦で石剣はボロボロになり使い物にならなくなった。返り血で分かりにくいが大きくヒビが入っている。今にも折れそうだ。それを理解したのか当時は石剣を捨て、ゴブリンが装備していた石斧を手にする。今後は離れている3体のゴブリンたちを攻撃するのだろう。さっきまで勝利を確信して踊っていた3体は仲間たちが無残に倒されていくのを見ていたせいか、硬直してその場から動いていなかった。しかし、俺の予想に反して当時は3体のゴブリンたちの方には見向きもせず反対方向へ歩く。そこはさっきほど殴打で未だに倒れているゴブリンたちの元であった。まだ息があるとはいえ何故倒したゴブリンたちの方へ向かったのだろう。その疑念は一瞬にして分かった。
1体のゴブリンの前に着くと、当時は身動きが取れない様に上から踏みつける。そして装備した石斧を上に上げて、そのゴブリンの頭部に目掛けて振り下ろす。ドゴンッという重い音を出しながら石斧はゴブリンの頭部に深く突き刺さった。十分なダメージを与えてもう戦う気力が残っていなかったはずなのに、当時はゴブリンを完全に絶命させた。力一杯に振り下ろしたせいで石斧も使い物にならなくなり、また近くにある武器を手にする。そして倒れているゴブリンに近付き武器を急所に目掛けて振り下ろす。これを淡々と繰り返した。中には必死に足掻こうとするゴブリンもいれば、踏みつける足に噛みつくゴブリン等もいた。2発目の【アクア・ピストル】に被弾したゴブリンも近くにいたせいで、無慈悲な攻撃を受けて絶命する。しかし、それでも容赦なく当時は武器を振り下ろし続けた。
そこまでするのか……!?確かに怖い目にあったッ!痛い目にあったッ!殺されかけた!だけど……ここまで徹底的にゴブリンを倒すなんて!?
ヤバい……俺って追い込まれると、こんなにヤバい事を仕出かすのか……。
15体のゴブリンたちは全員ただの動かない肉へと変わった。絶命まで徹底的に追い込んだせいで、当時の麻袋を被った左手と素手のままの右手は、返り血で赤色に染まってしまっている。とても花屋の店長とは思えない姿に、俺はゴブリンに追い詰められた時とは別の絶望感を味わう。
周囲にもう息をしているゴブリンがいなくなると、当時は次に離れている3体のゴブリンたちの方に振り返る。目が合うとゴブリンたちは当時に恐怖心を抱いたのかビクンッと体を跳ねる。周りにはもう使える武器が無くなったからか、当時はそのままゴブリンたちの方へ歩き出した。暫く硬直していたゴブリンたちだが覚悟を決め、3体も俺の方へ向かって走り出す。だけど、直線では向かわず左右に分かれて大回りして向かって来る。この方法が有効だと思ったのか、また同じことをしている。
左側に2体と右側に1体。ゴブリンたちの思惑を理解したのか当時は歩みを止めて、何故かその場に動こうとしなかった。蓄積された痛みと疲弊のせいなのか、体力温存のつもりなのかは分からない。だけど、流石に動こうとしないのはマズいと危惧していたが、決着は意外にも早くついた。右側から来たゴブリンに対して、武器の間合いに入る前に素早く右手を銃の形にして向ける。
【水魔法:アクア・ピストル】
ゴブリンは完全に油断していた。突如としてきた水の玉に避けることが出来ず、そのまま心臓部を貫いた。動かなかったのは確実に魔法を当てるためだったようだ。計画してやったのか、それとも本能で出来たのか、俺はそんな意外な行動に目を疑った。
次に左側から来たゴブリンは、2体のうち1体が先走って当時の背後から攻撃を仕掛ける。だが、それを目視していないはずなのに当時はゴブリンの顔面に目掛けて肘打ちをする。そのゴブリンも予想外の攻撃に両手で顔面を覆い、地面に這いつくばる。しかし、2体目までは対応できなかった。2体目のゴブリンの間合いに完全に入ってしまい、武器が当時の身に迫る。当時は咄嗟に麻袋を被った左手でガードするも、ゴブリンの勢いに負けてしまい背中から地面に倒されてしまう。さっきと同じ様に馬乗りにされてしまい、当時は動きを封じられてしまう。だけど、再び振りかぶって攻撃されない様に麻袋越しで武器を握りしめて、ゴブリンの行動にも制限させた。痛々しく麻袋から流れる左手からの血にゴブリンは思わず余裕の笑みを見せる。しかし、その笑みは一瞬にして消えた。
【水魔法:アクア・ピストル】
開いている右手をゴブリンの顔の眼に出し、至近距離で水の球を放った。これ程の距離なら構える必要もないだろう。額を撃ち抜いたゴブリンは当時の上に倒れる。それを押しのけて当時は立ち上がると、さっき肘打ちで倒したゴブリンと目が合う。終始これを見ていたせいか、そのゴブリンは酷く怯えて逃げようとした。完全に腰を抜かしたせいか、足がおぼつかない様子だ。当時は別に追いかけようとはせず、その場から中の形にした右手をゴブリンの背中に狙う。
【水魔法:アクア・ピストル】
なんとも呆気ない最後だろうか。予想通り、ゴブリンは背中から頭部を撃ち抜かれて絶命した。ゴブリンの死に対しては爽快感より気持ち悪さだけが感じる。だけど、そんな俺と同一人物であるはずの当時は、未だに表情を全く変わっていない。
この日、森から出て来たゴブリンは20体。完全に狂人の様に化した当時は血を流しながらも19体も倒した。初めて握るはずの武器を巧みに扱い倒したのだ。とても信じられない光景に複雑な感情になりながら当時の戦いを最後まで見守る。
最後の残ったのは、1発目の【アクア・ピストル】に被弾したゴブリンだ。そのゴブリンは怯えて逃げようともせず、今も変わらず鋭い殺気のこもった眼で睨んでいる。近くにあった俺のスコップを手に取り、それを松葉杖の代わりにして起き上がって、ゆっくりと当時に歩み寄る。当時は、その場に動かずに棒立ちしていた。確実に当てられる様に、魔法の射程距離まで来るのを待つつもりだろう。残り20メートル、15メートル、10メートルと迫ってきたゴブリンは、痛みに慣れてスコップを持ち上げて走り出した。対して当時は再び両手で【アクア・ピストル】の構えに入り、ゴブリンに指先を向けて狙いを定める。ゴブリンはそれを見ても動じず、ただ真っ直ぐ当時の方へ向かう。
【水魔法:アクア・ピストル】
水の玉はゴブリン目掛けて発射された瞬間、俺は理解した。このゴブリンを完全に舐めていたと。
ゴブリンは水の玉が発射される瞬間を見切り、素早く横へ飛び込んで射線から逃げた。恐らく当時の魔法を見続けて、発射されるタイミングを直感的に把握したのだ。ゴブリンはそのまま前転をしてから体勢を戻して、再び当時の方へ走り出した。
ヤバいヤバいヤバいヤバいッ!!まさかゴブリンがあんな動きをするなんて……!?速く、もう1回魔法を……えっ?
視線を当時の方へ移すと、何故か魔法を発動した直後に気絶する様に膝から崩れて、うつ伏せで倒れた。演技でもなく本当に気絶していた。
う、うそでしょ……何で急に、このタイミングでッ!?疲労のせいか?!痛みのせいか?!いや、そんなことはどうでもいいッ、この後……後どうなるの?
気が付くとゴブリンはもう当時の傍まで来ていた。ゴブリンは倒れている当時の頭を強く踏んづける。何度も蹴っては踏むを繰り返し、ため込んでいた鬱憤を晴らす様に攻撃を続ける。最後に、ゴブリンは動けないように片足を当時の腹部に乗せ、息の根を止めようと当時の首元を狙ってと大きくスコップを天高く振り上げた。
えっ、ちょっ、まっ……。俺、このまま死ぬの……?や……やめろぉぉぉぉぉ!!
そんな俺の声は届かず、ゴブリンはスコップを振り下ろした。