「……ごめん。……また、質問したい。……今度は、個人的なことも、含めて」
“個人的に”?じゃあ今までのは何だったんだ?
……ヤバい、また変な所で考察しようとしてしまう。気にしても仕方がないというのに。無意識とはいえ相変わらず悪い癖だな、これは。
「構いません。今度は何を?」
「……あのスキル、どうやって、会得した?」
「……【狂人化】のことですか?」
そう聞き返すとクロは頷く。
心なしか、この質問に関してさっきとはまた別の真剣さを感じる。
「俺にも解らない……。あの戦いの後、目覚めてステータスウィンドウを開いた時に初めて確認しました。少なくとも、森に向かう直前まではなかった……」
「……戦いの中、会得した?」
「そう、なります……。スキルって、こんな風に会得するものなんですか?」
「……そういう、ケースもある」
クロの推測だと、ゴブリンの斧が迫った時に俺の感情と生存本能が今までにない程に昂り、それが【狂人化】を目覚めたのかもしれないらしい。スキルの会得は、【アクア・ピストル】の様に指導してもらって伝授する事例もあれば、激しい戦闘の中で才能が開花する事例もあるそうだ。だから今回の様な事は特別珍しい訳ではない。
だが、クロが気にする訳は、俺が発動した【狂人化】が彼女の知っているものとは非なるものだったらしいから。そもそも【狂人化】とは、その名の通り発動者の精神を強制的に狂わせて、望みのままに暴れたいという感情で動き回るもの。しかし当時の俺の戦い方は、“無作為に暴れたい”というより“外敵を殺した”という明確な目的を持っていた様に見えた。
そういえばスキルを発動させる直前、「ゴブリンから村を護りたい」という気持ちで一杯だった。まさか、それが影響したか?
【狂人化】……もしあれが本当に俺の命令通りに動いて戦ってくれたのなら、意外と使い道があるかもな。またゴブリンみたいなモンスターに出くわした時とか。……いや、あんな危ないスキルは使わない方がいいに決まっている。もし両親にあんな姿を見られたら、きっと軽蔑するだろう……。これ以上、2人に嫌わる様なことはしたくない……。
「……【狂人化】、容易に発動しない方が、いい。……あの戦い、全部が偶然。……自分の身、大切にするなら」
「はい、そのつもりです。クロのおかげで、どれだけ厄介なスキルなのか重々しれましたので。……もうこのスキルは、余程のことがない限りは……二度と発動しません」
俺がそう誓うと、クロは小さく頷く。
「……次、最後の質問。……キミ、この世界に生まれて幸せ?」
「えっ……?幸せって……今の生活のことに対して?」
「……うん」
これまた抽象的な質問が来たな。モンスターのいる世界に生まれて幸せかって聞かれたら、そうですってはっきり言い切れないな。現にそのモンスターのせいで重傷を負っていたから。
……振り返ると悪い事だけが先に思いつくけど、この世界に生まれて良い事も沢山あった。前世では気にしていなかった花の美しさ、人と話す楽しさ、お金に追われるような事がない生活、密かに憧れていた魔法。そして何より、こんな両親に愛される家庭に生まれたんだ。不幸せなわけがない。
「……はい、幸せです。とても」
結論に至った俺は小さく笑って返答した。
初めて見せた笑顔だからか、クロは少し驚いた様子を見せる。そして、ずっと無表情だったその顔は、何故か少しほっとした表情に変わった様に見えた。どういう意図があったのかは分からないが、どうやらこれが彼女の求めていた返答だったのかもしれない。
「……答えてくれて、ありがとう。……こんな、夜更けに」
「俺の方こそ、本当に色々と……ありがとう」
「……じゃあ、帰る」
「……えっ!?」
そう言うとクロはベッドから降りて立ち上がり、窓の方へ歩き出した。いきなりの事に少し戸惑った。
「えっ、帰る!?」
「……うん。……言ったでしょ、“話しがしたいだけ”って」
確かにそう言っていたけど、まさか要件が終わったらこうもすぐに撤退するとは思わなかった。どうやらクロにとって、これ以上干渉する必要がないようだ。
「ま、待って!今はもう夜中ですよ!それに……帰るってどこに?この村の子じゃないんでしょ?」
「……うん、あっち」
クロはまた北東に指をさした。ここからじゃあ部屋の壁しか見えないが、クロの言っている意思がなんとなくだが分かってきた。クロの指先は恐らく北東門の先のことだろう。
「……まさか、村の……外?」
「……うん」
「こんな夜中に!?もしモンスターに襲われたらどうするのですか!……今晩は家に泊まってはどうです?恩人をこのまま夜間に外に出すのも気が引けるし、両親には俺から話しますので……」
何時かは分からないが外は完全に真夜中。村の中で外出ならまだしも、村の外なんて絶対にダメだ。北東門から隣町に続くけもの道は、陽が出ている時は別に問題はないけど、夜になると夜行性なのか獣やモンスターなどがうじゃうじゃと湧いて出る。年下の少女を泊まりに誘うのはかなり事件性を感じるが、そんなことを気にしている場合ではない。
【闇魔法:シャドウ・ベール】
「……んっ」
自慢気に先ほど見せてくれた魔法を再度発動した。片手から出て来た5本の黒い紐は元気よくなびいている。その態度は「これで文句はないでしょ」と言わんばかりである。
あぁ~、転生者の称号とかですっかり忘れていたけど、この人は透明化できるスキルとか魔法を支援する魔法とか使えて、俺より強いんだった……。そういえばクミル叔父さんもこの辺のモンスターは、他の地域と比べて弱い方って言っていたな。なら大丈夫……か?
……って、いやいやいやいや!何考えているんだ俺は!どう考えてもダメだろ、倫理的に!いや……この世界じゃ当たり前……なのか?……そういえばこの人、どうやってペレーハ村まで来たんだ?まさか歩きか?この人だからありえないとは言い切れないけど……。止めるべき……だよ……なぁ?
なかなか結論を出せない俺を放って、クロは疲労していた魔法を解除して勝手に部屋の窓を開けた。窓の開く音で気付き、クロはそこから飛び出そうとしていた。
「ま……待って!」
そう言いながらベッドから立ち上がろうとするが、筋肉が衰弱しているため一度起き上がれたが力が入らず座り込んでしまった。頑張って立ち上がろうとするが、身体が思うように動かない。
「……あっ、忘れてた」
クロはそう言うと飛び出すのをやめて俺の方に近づいてきた。俺の言葉を聞き入れてくれたのだろうか。いや、雰囲気からそうには見えない。
俺の前までに来たクロは、また右手を俺の顔に近づける。信用しているおかげか全く警戒せず、その手の動きを見続けた。右手は人差し指がトンっと俺の額に優しく突く。クロは何も言わずに少しの間、指を当て続ける。そしてもう用が終わったかの様に指を離して俺からまた離れた。
「……これで、よし。……じゃあね」
そう別れの言葉を告げて、クロは再び窓の方へ振り返る。何がしたかったのか分からずに呆然としてしまったがすぐに我に返った。
「だから今は夜……あれ?」
急に……眠気が……。
睡魔が唐突に襲い、瞼が重く感じ始めてきた。まるで休息を求めるように俺の身体はそのままベッドに倒れてしまう。上手く力が入らない。
恐らく先の行為で、クロはまた眼に見えない何かをしたのだろう。そう気付いた時はもう遅かった。眠る直前、なんとか抗おうと僅かに開ける視界に、彼女が窓から飛び出そうとしている姿が映る。
「……また、いつか」
クロの最後の一言が耳に入る。そこから俺は声を出すことも出来ず、深い眠りへと入った。
◇
星暦2029年 夏の49日 風の日 朝
何故かカーテンだけが全開になっていた窓から、眩い朝日の光が部屋に入りこむ。あまりの眩しさに俺は目が覚めて、ゆっくりとベッドから体を起こす。
「……はぁ~、酷い夢を見た」
まさかゴブリンとの戦闘を夢で見るとは思いもしなかった。しかもご丁寧な事に、俺の視点ではなく
「それにしても……本当によく生きていたな……。あの戦局を
……“1人”?……“熟睡”?
あれ、どうして……。何か、辻褄が合わない様な……。でも、間違えはないはず。あの時の草原には
なのに、どうして……こんなモヤモヤな気持ちになるんだ……?
「あらアスタ、起きていたのね。……もう体は大丈夫?」
寝起き早々に疑念を抱いて考え込んでいると、母さんが部屋に入って来た。いつもならノックしてから入ってくるのだが、今日は静かな入室。まだ就寝していると思い、気を遣ってくれたのだろう。
「……おはようございます。身体は見ての通り、もう大丈夫です。もう1人で起き上がれます」
「そう、ならよかったわ。でも、ちゃんと動けるまであんまり無理しないでね。今から朝食の準備できるけど……食べる?」
「はい。……まだ思うように体が動かないので、先に行ってもらっていいですか?僕はゆっくり行きます」
「本当に1人で大丈夫?1階まで肩貸してあげようか?なんだったら部屋にご飯を運んであげようか?」
「丁度いい運動になりますから、1人で行きます」
母さんは本当に心配性である。だけど最終的には相手の意思は尊重してくれるから、今回もやや不安そうな様子ではあったけどお願いを聞いてくれる。
「……分かったわ。じゃあ先に行って作っておくわね。本当に無理しちゃだめよ?ゆっくりでいいからね?」
「分かりました」
母さんはそれを言って部屋から出た。
心配してくれる母さんに対して嬉しいが、ずっと甘えるわけにはいかない。今日は俺も店番の手伝いをするつもりだったのだが、身体は思った以上にだるい。これでは手伝いどころか迷惑をかけるだけ。これ以上両親に負担をかけたくはない。
本当に情けないな……。子供の頃の体力と全然変わっていない。少し腕を上げるだけで疲れが感じる……前世より酷くなっているかも。せめて明日は少しでも動ける様に、今日は徹底してストレッチしないとな。まずは……朝食を食べるか。
ベッドの端を持ちながらゆっくりと立ち上がった。下半身の筋力は思ったより低下していなく、何かを持ちながらなら立ち上がることはできた。部屋の壁に沿って扉へ向かい、数十秒に掛けてようやく扉の前に着いた。
思ったより疲れる……!しかもこの後階段とかあるんだよなぁ。……転びそうで怖い。まあ母さんもゆっくりでいいって言っていたし、一段一段気を付けていけば……うっ!?
ドアノブを握る瞬間、またあの日の戦いを唐突に思い出してしまった。しかし今回のは違う。前回のとは違い、ゴブリンたちの奇声と迫力までもが生々しく鮮明に思い出してしまった。フラッシュバックしたその映像に、恐怖という感情が最高潮まで高まる。
「ぅうあぁぁぁぁぁあああああ!!」
荒れた声を出しながらドアノブから手を放し、腰を抜かしてしまった。両手で力一杯にして頭を押さえた。何度ども消えろと念じて意識を逸らそうとしてみるが、脳裏から流れるその映像は決して消えない。
「……アスタ?アスタどうしたの!何か変な音が聞こえたけど、何かあったの?アスタ……アスタ!!」
母さんが部屋の前に戻ってきた。俺の悲鳴で心配になって来たのだろう。母さんが部屋に入ろうとドアノブが回転した瞬間、何故か俺は扉を背もたれして抑え込み、母さんが入れない様にした。身体がそう勝手に反応した、誰かを部屋に入れることを拒んだ。
「おい、どうした!」
「あなた、アスタが急に悲鳴を上げて……!中に入りたいけど何故かドアが開かないのよ!さっきは開いたのに!」
「なに!おいアスタ、聞こえるか!おいアスタ!」
今度は後から来た父さんが中を確認しようとドンッドンッとドアを叩く。抑えていると同時に苦しんでいる俺にはまともな返答ができなかった。父さんも扉を開けようと試みるが、何故か俺に力負けして全く扉を動かせられなかった。両親は混乱して、一体どうすればいいのか不安の声が漏れる。
「あなた、どうしよう……アスタが!お願い、何とかして!」
「……分かった、このドアをぶっ壊す!アスタ、ドアから離れていろ!」
強硬手段で扉を壊すようだ。俺が抑えていることを知らずに、体当たりをするつもりだ。
「来るなぁぁ!!」
ようやく返答の言葉が出た。しかしそれは、普段両親に言い放つ事の無い荒々しい口調だった。意識していったわけでも、思って言ったわけでもない。口がそう勝手に動いてしまった。
両親は当然思ってもしなかった返答に動揺し始める。
「えっ……ア、アスタ?」
「だ、誰も……この部屋に来るなぁぁぁ!!」
記憶と現実の区別がつかなくなり、両親でも関係なくその荒々しい口調をやめなかった。
「アスタ、どうしたの!?そこで何があったの!?ねえアスタ、開けなさい!」
「うるさいうるさいうるさい……うるさいッ!!」
「ア、アスタ……!?」
両親は絶句した。自分たちの息子の意外な一面を見せられて言葉を失う。記憶の恐怖に俺は泣き始めて、自分が今誰と話しているのか分からなくてなっていた。
誰かが部屋に入られるのを拒んだ。誰かと対面するのを拒んだ。誰かと話すのを拒んだ。安心が欲しかった。
俺は……独りになりたい。