英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

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第23話 アスタ・サーネス 20歳

 あれから俺の生活は大きく変わった。人と会話をしようとするだけでゴブリンとの戦いを思い出してしまい、身震いが止まらなくなり、時には嘔吐を催すこともあった。そのせいで人と接するのを避けるようになった、両親も例外ではない。必要最小限で接するようになり、あの日から会話なんてほとんどしていない。こんな状態では満足に店番もできず、庭を除いて家から外出しなくなった。前までは陽の温もりの方が好きだったのに、何故か太陽の光よりも月の光に安心感を覚えてしまう。本当に変わってしまった。

 そんな生活を送って早くも3年の時間が経過した。身長は変わらず髪が長くなった程度の外面の変化はしたが、内面は酷く暗くなっていた。

 

 俺の名前はアスタ・サーネス、20歳。引きこもりだ。

 

 

星暦2032年 冬の39日 風の日 昼

 

 あの戦いの記憶のせいで自室から出たくなくなり、毎回両親のどちらかに自室の前に料理を持ってきてもらってきた。だけど、ここ数週間は多少なりの落ち着きを取り戻して、なんとか自室から出るようになった。

 現在、居間のテーブルで母さんと一緒に昼食をとるようになった。

 

「ねえアスタ、今日の料理どうかしら?今日は気分が変わるようにちょっと味を変えてみたのだけど……どう、おいしい?」

 

 母さんは毎回話しかけてくれるが俺は返答しない。返答しないと言うより無視だ。

 何が楽しいのか母さんは毎日料理を工夫して話題を作ってくる。料理は毎日美味しいと思ってはいるが、わざわざ口にする程ではない。それよりも放っていてほしいという気持ちの方が強いけど、それも口にしたくない。両親が嫌いでもないのに何故か話したくないという気持ちに、俺は言葉を発したくなくなった。

 

「今日も夕方頃に花の世話をするの?お母さんが先に水をあげちゃったから、もう水やりはしなくていいわよ」

 

 新たな日課で、夕暮れ時になると庭に出て花の世話をすることにしている。本当は庭にも出たくないが、それでも花が見たかった。花を見ている時、花の世話をしている時、唯一心地良さが得られる。綺麗な花たちが嫌な記憶を忘れさせてくれる。

 料理を食べ終わり、食器を片付けて2階へ上ろうとした。その間、母さんとは目を合わさず黙々と向かう。

 

「アスタ……夕食が出来たらまた呼ぶからね」

 

 ゆっくりと階段を上って、静かに扉を開けて自室に入る。そのままベッドに倒れるように横になり、夕食になるまでボーっとする。やはり1人になっている時が一番落ち着く。因みに店番は、引きこもる様になってから父さんがしてくれている。朝から夕方まで毎日だ。何で街の店じゃなくうちにいるのかと言うと、街に建てた店を売ったからだ。

 何故売ったのかと言うと、3年前に俺の重傷を治してくれた治癒師オンさんに急遽の依頼の報酬として8桁の大金を請求された。治癒師は、その高度な回復魔法により予約で常に殺到しているらしく、先約していた人へ遅れた謝罪料としてその額になったらしい。当然うちにそんな大金はすぐに用意できなかった。少しの時間を待ってもらい、父さんはその出稼ぎ先の店を売って用意した。しかし、それでも当然足りずにペレーハ村のみんなや遠い所に住んでいる親戚からお金を借りて、ようやく支払うことができた。

 

 父さんが自分の店を売ることになったのは……俺のせいだ。あの時、独断で勝手に大怪我したせいで……父さんが自分の店を売ることになった。……自分が憎い。結局第2の人生でも親に迷惑をかけてしまい、果てには引きこもりになってしまった。もう嫌だ……こんな人生。……やり直した……。

 

 ベッドで横になって蹲り、自分の人生に後悔する。

 何回死んでしまいたいと思っただろうか。何回消えてなくなりたいと思っただろうか。だけどそれでは結局また両親に迷惑をかけるだけ。何よりせっかく助けてくれたこの命を無駄にすることになる。

 本当は両親の役に立ちたい。助けてくれた村のみんなにお礼を言いたい。面と向かって話した。だけど、あの記憶の恐怖のせいで対面できない。なんとも意味の分からない矛盾だろうか。

 俺は……本当に自分自身に嫌いだ。

 

 

星暦2032年 冬の39日 風の日 夕暮れ

 

 呆然とベッドの上で過ごしていると時間はあっという間に経ち、窓を除けば外は暗くなり始めていた。とりあえず自室から出て、今日も花を見ようと庭へ向かった。その道中、1階の居間に両親がいた。2人ともテーブルの椅子に腰を掛けていて、俺の存在に気付くと以前と変わらない明るさで接しようとする。

 

「あらアスタ!お腹空いたの?これからご飯の支度をするから少し待っていてね。あっ、お花を見てくるの?今日も冷えるから気を付けてね」

 

「いやぁ~こんな冷えた日でも、毎日母さんの手料理を食うと疲れが吹っ飛ぶぜ!しかも味も年々……いや、日々美味くなってきているときた!こんな良い女房を手に入れた俺やアスタは、このままじゃ幸せ過ぎて幸せ太りしちまうぜ!」

 

「ちょっと~、“手に入れた”って何よ?人を物みたいに言って。それに私はちゃんと家族の健康を考えて、ご飯の量とか考えているのよ?そう易々と太らせないし、瘦せさせないわよ」

 

「なんだよ、せっかく褒めたのに!?本当に美味いから“美味い”って言っただけなのに、あんまりだと思わないかアスタ?」

 

「今のはお父さんの言い方が悪いでしょ。そう思うわよね、アスタ?」

 

 和気藹々と話す両親はそう話題を振る。だが俺は全く2人の方に視線を向けなかった。はっきり言えば無視だ。話題に返答することなく、俺はそのまま庭へ出る。

 

「……まだダメか」

 

「ゆっくり待ちましょう。いつか……また話してくれるわよ」

 

 ガチャッと扉をゆっくり閉め、家の中から2人の会話が微かに耳に入って来た。まだ諦めない様だ。そんな両親の優しさに心を痛める。

 庭にある花たちの栽培だけは日々、怠らずやってきた唯一の日課。今日も花たちの状態を確認するために庭に出た。商品の量産と質の向上という点では、店の手伝いができているのかもしれない。だけど俺自身は手伝っているように思えない。これは誰かのためでもない、趣味としてやっているだけ。

 しばらく花たちを見続けると、冬の寒さに負けて家に戻った。タイミングよく入った時に母さんは夕食の用意ができていた。自分の席に着き、家族3人で夕食を食べた。当然その間も俺は一言の話さず、黙々と済ました。それでも関係なく両親は俺に話題を振る。

 

「今日はかなり儲かったぞ!何か嬉しいことがあったのかチョーダさんがたくさん買ってくれたんだ!ここ最近、隣町の発注の量も増えてきたし、これもアスタの育でてくれたおかげだな!」

 

「本当にすごいよね~。魔石を使わなくてもあんなに鮮度や質が高いのだから。きっとアスタは花屋が天職なんだわ」

 

「なあ、せっかくの黒字なんだし何か上等な食材を注文して、久々に豪華なディナーでもしないか?」

 

「あら、いいわね!家族3人でお腹いっぱいになるまで食べましょう!」

 

「まあ提案しておいて俺は何もできねぇけど。料理が下手すぎて……」

 

「それくらい構わないわよ。私が腕によりをかけてあげるから。その代わり、ちょっとは手伝ってもらうわよ?」

 

「へいへい!楽しみだな、アスタ!」

 

「アスタはどんなのが食べたい?」

 

 俺との目線を合わせていないのに、両親は楽しそうに話しかけてくる。顔を上げればきっと、2人との視線も合うのだろう。そう分かっていても俺は顔を上げる勇気が持てず、そのまま黙々と夕食を済ませた。

 自分の食器を片付けて2階へ上がろうとした。

 

「アスタ、おやすみ」

 

「おやすみなさい、アスタ」

 

 毎回無視しているのに父さんと母さんはまた声をかける。だけどそれも返答はせず2階へ上がり、そのまま自室に入る。ガチャッとドアが閉まる音を聞くと、不思議と肩の力が抜ける。こんな閉鎖的な生活をし続けたせいで、自室にとてつもない安心感を覚えてしまった。

 月明かりがよく入る様にカーテンを全開にして、ゆっくりとベッドに腰を下ろす。夕暮れだった空はもう夜となっている。時間の進みが速く感じる。もうこれ以上することはない。今はただベッドから見える月をボーと眺める。

 

 もうあれから3年も経ったのか……。自分でも改善するべきだと理解している。だけど、この恐怖を克服することはできない気がする。前世よりも人としてクズになったな。この先ずっと……こんな生活が……。もしそうなったら……本当に生きていく価値なんてないな。両親に申し訳なさすぎる……。

 

 3年前のあの日、悶絶する俺の叫び声に両親は扉を壊すのを止めて、そっとするようにしてくれた。その後、1日1回は自室の前に立って話をかけたり、3食分の料理を置いてくれたりと丁重に扱ってくれた。「店を売ったことは気にするな!また建てればいい!」と父さんから励ましの言葉をくれるが、俺にとってそれは逆効果で寧ろ害悪感を抱くきっかけとなった。食事もあまり喉を通らなかった。生々しい記憶で食欲を失せて、飲み込んでも吐いたことも何回もあった。そのせいで俺の体型は少しやせ気味だ。

 そんな生活を1年が経とうとした時、ふと部屋から出られるようになった。特別なきっかけがあったわけでもない、ただ自然と自室以外の光景を受け入れられるようになった。そんな俺の姿を見た両親の反応はまさに歓喜そのものだった。俺が返答しない事は気にせず、姿を見られただけで嬉しかったようだ。そんな両親の反応とは一方で、俺は深く後悔した。こんなにも自分を大切にしてくれるのに、俺は心配させるようなことしかしていない。あの時すぐに謝りたかった。だけど謝れなかった。両親と対面してそう思った後に、またあの恐怖が蘇ったのだ。結局その日は謝罪を言えず、こんな生活が現在まで続いたのだ。

 

「なにもしていないのに……心が、疲れてきた……」

 

 そう呟きながらベッドに横になって静かに眠ろうとした。だが、眠れない。当然だ、ほとんど体を動かしていないのだから、眠気がくる訳がない。もうこんな事も何百回思ってやったことか。

 ベッドの横にある火の魔石を使い、ロウソクを模した照明灯をつけて自室を明るくする。光が灯った自室を見渡すと、床には山積みされた本が多く立てられている。これらの全て屋根裏にあった物、つまり母さんの私物だ。

 

「アスタ、前から読書が好きだったわよね?どんな本が好みなのか分からないけど、少しは気晴らしになるかもしれないから幾つか見繕ってきたの!……ドアの横に、置いておくわね」

 

 引きこもっている俺に気を遣い、以前から母さんが自室の前に置いてくれた。

 正直、この差し入れは嬉しかった。母さんの言う通り、読書は好きな方だ。知識や知恵、ファンタヘルムの文化などを知ることができる。何より、1人でマイペースに本という舞台を堪能することができ、花の世話同様に嫌な記憶を忘れさせてくれる。「どんな本が好みなのか分からない」というが、母さんが持ってきてくれる本はどれも悪くない。大抵の本は読み終わった後、元の場所に置き直すが、また読み返すかもと自室に残している本もある。用意した本が読まれたと思い、母さんはまた新たに本を持ってくる繰り返した結果、自室に大量の本が溜まった現状となった。

 

 さて、今日はどの本を読もうか。自室に残してある本は本当にどれも気に入っている。本によっては5回も読んだ物もある。昨晩、読み終えた本をもう一度読み返すのも悪くはない。ベッドから立ち上がって吟味していると、ふと1冊の本に目が止まる。

 それはここ1年間近く放置して全く読まなかった、ファンタヘルムの歴史に関する本だ。これは他の本とは違った描写がかなり印象だったから覚えている。

 

「久々に……これにするか」

 

 何故かその本に惹かれ、被った埃を払って手に取り、ベッドに戻ってページをめくる。

 

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表題《ファンタヘルムの伝説 五芒星勇者》

 

 

 

 かつてファンタヘルムに王都や街町といった集落が続々と建設された時代。馬車を考案して集落の行き来を楽にし、船を発明して大海を渡って貿易が行われる様になり、人々の文明が発展して平穏な日々を過ごしていた。そこには種族による差別や貧富の差を生じさせることなく、醜悪の象徴となるモンスターを共に討伐し、皆が手を取り合って支え合う、まさに理想的な世界が生まれようとした。

 だが、そんなある日のこと。突如としてファンタヘルムの各大陸から謎の瘴気が吹き出すようにして現れた。全てものを飲み込むようなどす黒く、禍々しい瘴気は、各大陸に存在する1体のモンスターの体内へ侵入して、その身体を乗っ取った。乗っ取られたモンスター達は、原型を失う程に姿かたちを変えて肥大化し、ファンタヘルムの生物とは思えない魔力量に有する新種モンスターへと変貌した。圧倒的な存在感に惹かれ、他のモンスター達は導かれるように募り、瞬く間にモンスターによる軍団が誕生した。

 

 軍団の頂点となったそのモンスター達を畏怖の対象として、後に“魔王”と呼ばれることとなった。

 ここから魔王による悪夢が始まった。魔王たちはその力で各大陸を……否、ファンタヘルムを破壊の限りを尽くした。

 

 ある大陸では、大地を息ができない灼熱に変えた。

 

 ある大陸では、水を触れるだけで腐らせる毒に犯した。

 

 ある大陸では、緑色に輝かせる植物を瞬く間に枯らした。

 

 ある大陸では、築き上げてきた文明を氷塊の中に消した。

 

 ある大陸では、晴天の空を陽の光を通さない暗雲に覆った。

 

 これらの魔王たちの所業にモンスター達は感化され、今までにない程の活性を見せて、幾度となく集落は襲っては人々の命を奪い取った。更には農作物や家畜なども全て失い、救援物資による貿易路も断たれ、飢えで苦しみ餓死するものも後を絶たなかった。まさに地獄と化していくファンタヘルムに怯える日々が続いた。

 

 当然、人々はただ黙っていたわけじゃない。

 各王都や街町の重鎮たちは結束し、騎士と冒険者から戦闘に優れた者たちを選び出した。その者たちを討伐隊の任に就かせ、魔王討伐という目標を掲げて魔王の元へ向かった。人々は漸く悪夢が終わるのだと希望を抱いた。漸く前のような生活が送れると夢を見た。

 討伐隊が出撃してから早くも数百日が経ってが、ファンタヘルムは地獄のまま。何も変わらなかった。何をしている、何処で手間を取っている、何時になったら討伐するのだ。そう人々は吉報を待ち続けた。討伐隊が出撃してから1年が経った時、各王都や街町の重鎮たちはある事を察した。討伐隊は空しく惨敗した、と。魔王に傷を負わせるどころか、帰ってくる者が1人としていなかった、と。

 

 人々は大きく絶望した。

 選び抜いた者たちが無残に散った結果に、変わることのない地獄の現状に。そして重鎮たちはある事を予想し、危惧をした。魔王からの報復があるのではないだろうか、と。このままでは次に殺されるのは自分たちではないかと、重鎮たちは討伐の代替案を模索しようとはせず、この責任を誰に取らせるべきか、どう魔王の手から逃れられるのか、我が命を優先しようとした。親族総出で無人離島へ移った者たちもいれば、自暴自棄になり殺人や強盗を快楽とする者たちも現れた。手を取り合っていた時代に生きて人々がこうも変わってしまう程、この地獄に酷く疲弊していた。もう変わってしまったこの世界に生きていくしかない、そう人々は諦めかけた。

 

 そんな時、魔王によって閉ざされていた夜空から、5つの光がファンタヘルムに舞い降りた。

 神々しく太陽にも負けない程、眩い輝きを放つ光たちは各大陸に1つずつ降り、5人の若者たちが手にしていた武器に呑まれる様に一体化した。まるで瘴気の出現を彷彿とさせる光たちは、武器の形を変えて魔王に匹敵する程の魔力を蓄え、若者たちに力を与えた。人智を超えた力を手に入れた若者たちは、これは神からの宿命だと受け取り、その武器を装備して単身で魔王討伐へと向かった。

 

 後にこれら武器は“五芒星の神器”、光に選ばれし5人の若者たちは“五芒星勇者”と呼ばれるようになった。

 

 勇者たちは旅の道中、幾度の障害にぶつかり妨害を受ける。1つ、また1つと解決していくが、次々とまた新たに障害が待ち受けていた。魔王まで途方もない旅路、常人ならもう心が折れてしまう程であった。だが、それらは神器を完璧にコントロール下に収め、未熟な勇者たちに力を与える試練でもあった。苦難を乗り越えていく勇者たちは、その度に数々の偉業を成し遂げた。

 

 イースト大陸の勇者は、邪な覇道を断ち切るべく剣を振る。

 

 ウエスト大陸の勇者は、大地の恵みを護るべく盾を構え。

 

 サウス大陸の勇者は、立ち塞がる障壁を突破するべく槌を打ち。

 

 ノース大陸の勇者は、人々の生気を取り戻すべく槍を掲げ。

 

 センター大陸の勇者は、暗雲の空を切り開くべく弓を射抜く。

 

 そして遂に、勇者たちはファンタヘルムの厄災である魔王の元へ辿り着き、見事、打ち取ることができた。人類の希望の光となった勇者の登場、圧倒的な力量を有していた魔王の消息、それらが相まって他のモンスター達の活動は徐々に鎮静していき、やがて集落を襲うことなく奥地へと姿を消していった。

 こうして、ファンタヘルムを救った五芒星勇者は伝説や御伽噺として、語り継がれることとなった。

 

 

 

著者 トウィー・イチューコ

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