「本当に大丈夫?ケガしていない?1人で立てる?」
ナエナちゃんは倒れている俺に手を差し伸べて起こそうとする。だけど俺はそれを無視して自力でゆっくりと立ち上がった。
俺と同じ今年で20歳になり、ナエナちゃんは前世の初恋の
ヤバい、予想通り……。やっぱりあの
「……大きくなったね、アスタくん!」
立ち上がって自分の身長を越える俺の姿に、ナエナちゃんは無邪気に笑った。昔と同じ、心の底から笑っていると分かる良い笑顔だ。だけど、俺の心境はその逆である。
扉を壊されただけじゃ飽き足らず、無断で自室に入られた事に不快感を覚えている。ナエナちゃんでも関係ない、すぐに出て行ってもらいたい。本当はこれ以上人と話したくないけど、ここで言わないと退出してもらえないだろう。特にナエナちゃんには。
「……出て行って」
「いやっ!せっかく会えたんだからもう少し話そうよっ!」
そうだった……この子、いやこの人はそう易々とこっちの思い通りに動いてくれる性格ではなかった。少し落ち着いた雰囲気に見えたけど気のせいだった、子供の頃と大して変わっていない。
「いいから……出て行って」
「いっ、やっ、だっ!何で出て行かなきゃいけないの?」
「人と話したくないんだ。……1人にさせて」
「じゃあ何時になったら話してくれるの?私は今アスタくんと話したい!」
「昔から話すのは苦手。……知っているでしょ」
「そうかな~?でも今は普通に話せているじゃん!このままもっと話そうよ!」
「いい加減にして。……本気で怒るよ」
「あっ、それはそれでレアだから見てみたいかも?試しに怒ってみてよ!……ふふっ!」
ナエナちゃんはこの状況を楽しんでいる。前言撤回、昔より
そんな口論していると廊下で足音が聞こえてきた。
「どうしたの!?さっきすごい音がしたけど!」
足音の主は母さんだった。突然の扉の破壊音に驚いて1階から来たのだろう。恐る恐る自室に覗き見てきた。
母さんを見てナエナちゃんはすぐさま頭を下げる。
「あっ……ごめんなさい、おばさん!アスタくんがなかなか部屋に入れてくれないからつい……あとで弁償します!!」
「それはいいのだけど……どうやったの、それ?」
そう言いながら母さんは壊れた扉に指をさす。長方形の扉は綺麗に半分に折れて、中心にはナエナちゃんの蹴った際に付いた足形があった。気になるのも無理はない。
「はい、思いっきり蹴飛ばしました!引きこもっているって聞いたから、てっきりカギとかかけているのかと思って!」
「へ、へぇー……。そうなんだ……」
ナエナちゃんのいい笑顔での返答に母さんは苦笑いする。淑女とは思えない行動にそんな表情にもなる。うちの家の扉には基本玄関以外はカギなんてついていない。俺の自室もそうだ。今は何もしていないが、以前は扉の前に本などを置いてドアストッパー代わりにして開けられないようにしていた。恐らくあの蹴りなら、何かを置いていたとしても関係なかったな。
「あっ……アスタ、おはよう。ごめんね、勝手に入っちゃって」
ナエナちゃんとは普通に話せられたが、母さんに対してはそうはいかない。ここ数年無視してきたんだ、今更どんなことを話せばいいんだ。
返答する言葉が分からず、とりあえず無言のまま頷いた。
「……ッ!?ね、ねぇ……よかったらナエナちゃんと一緒に朝食、食べない?もうすぐできるし!」
心なしか母さんは嬉しそうに話し出した。
頷いただけなのに、そんなに嬉しかったのか?……いや、気のせいか。ただ単にナエナちゃんが来ていることでテンションが上がっているだけだな。
「いいですね!朝ご飯は何ですか?」
「王都と比べて大した料理はできないけど期待はしていて!とびっきり美味しい料理を作るから!」
「わ~い!ほらアスタくん、速く行こう!」
そう言いながらナエナちゃんは俺の右手首を掴む。振り払おうとしても相変わらずの力に、成す術もなく自室から連れ出されてしまう。
本当に何なんだよ、この人は……。俺の嫌がることばっかりして。さっきからわざとか?学校で一体何を習ったんだよ。あれか、新しい環境で出来た悪い友達の影響でグレた感じか?高校デビュー的なあれか?
……いや、ナエナちゃんに限ってはそんなことはないか。さっきだって乱暴ではあったけど、ちゃんと確認してから扉を蹴飛ばした。俺の身のことを考えないと絶対に出ない言葉だ。それに今だって、勝手に俺を引っ張っているがその握る強さは明らかに加減してくれているのが分かる。引っ張られても痛くないように。あの頃の真面目さと優しさは今でも残っているみたいだ。
もうどうでもよくなり、そのままナエナちゃんに身を任せた。抵抗しても時間と体力の無駄だろう。俺たちはそのまま1階に向かい、先にテーブルに座っていた父さんも含めて4人で朝食を食べた。
うちの朝食は決して豪華とは言えない。量も至って普通ぐらい。俺が完食するのに数分は掛かるのだが、ナエナちゃんは5分と掛からないうちにペロッと完食した。
「ああ、おいしいっ!ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様。そんなに美味しそうに食べてくれて嬉しいわ。後でおばさんが運ぶから、お皿はそこに置いといて。」
「いいえ、自分で持っていきます。あそこでいいんですよね?」
女性の食事ってこんなにガツガツした感じだっけ?ちゃんと噛んで食べているのか、今の?傍から見て飲み込んでいるようにしか見えないけど。それに朝からそんなに食べられないよな?……いや、それは俺だけか。
「それにしてもナエナちゃん、本当に大きくなったな!こうしてアスタと横に並ぶと2人が成長したってよく分かる!」
「ええ、子供の成長って速いものね。もう20歳かぁ……。2人とも立派になったわね」
「えへへ、そうですかぁ~!」
両親の褒め言葉にナエナちゃんは照れる。
ナエナちゃんはともかく、親のすねを限り続けている俺なんか立派なものか。……こう考えるのはもう何回目だろう。もういいか。このまま静かに食べよう。
横に座っているナエナちゃんが時々、視線を合わそうとするが俺は一向に振り向こうとしなかった。食事の時こそ静かにさせてほしい。出来ればもう関わってほしくない。そう思いながら黙々と食べ続けた。
◇
数分後、ナエナちゃんに続き、父さん、母さんも完食して、最後に俺も食べ終わった。
テーブルには俺しか座っておらず、父さんは仕事に、母さんは皿を洗っていた。いつも通りの光景だ。
俺も部屋に戻……そういえば、ナエナちゃんはどこだ?
視線を下げて食事をしていたせいで、ナエナちゃんがどこに行ったのか分からない。どうやら俺は何かに集中すると周りが見えなくなるらしい。何故彼女がペレーハ村に帰ってきたのかは知らないが、消えたのなら好都合。
「アスタ、ナエナちゃんなら庭で花たちを見ているわよ」
考えていることを察したのか、食器を洗いながら母さんが教えてくれた。……だからどうしたという話だ。俺に迷惑を掛けないのであれば、彼女がどこで何をしようと興味はない。母さんの言葉に特に反応を示さず、俺はそのまま自室へ向かう。
部屋の前まで歩くと、ある事を思いだす。それは彼女によって破壊された自室のドアだ。母さんが「あとで直しておく」と言ってくれていたが、それは何分後だろうか。それまでの間、自室のベッドにまた一眠り……しようと思ったが、こんな開きっぱなしの自室では落ち着いて眠れないだろう。かと言って、両親の寝室やナエナちゃんが使っている屋根裏に行くのも抵抗がある。どうしたものか。
自室の前で黙々と考えていると、後ろの窓から指していた陽の光が突如として消える。パッと廊下の光の消え方に違和感を覚える。
「んっ?」
振り返って窓を見てみると、外側から窓を覆うように張り付いていたナエナちゃんがそこにいた。
「ア~ス~タ~く~ん~!」
「……ッ!?」
なんとも奇妙の光景に思わず腰を抜かすところだった。その姿はモンスターと何ら遜色ないナエナちゃんに、一瞬だが恐怖心を抱いてしまう。そして次に抱いた感情は、困惑と呆れ。
一体何をしているんだ、この人……。っていうか、ここ2階だぞ?
「なんでそんな眼で見つめているの?ねぇねぇ~、それより早く開けて~」
ナエナちゃんはトントンと窓を軽く叩く。
このまま無視してもいいのだが、後がどうなのか解らないため渋々いうことをきく。窓の鍵を開けると、彼女は自分だけで器用に窓を開けて家に入る。
「よっと!ありがとう、アスタくん!……アスタくん?」
ナエナちゃんの呼びかけを無視して俺は窓の下を覗き見る。
梯子も台座もない。それどころか、ナエナちゃんがこの窓に登ってきた形跡らしきものが見つからない。一軒家の2階といっても決して低い訳ではない。少なくとも大人のジャンプでは窓の縁に手が触れられない。
一体どうやってここまで登ってきた?……まあいいか、そんなこと。とりあえず扉がないのを我慢して、また自室で夜まで休むか。
「アスタくんはこれから何するの?」
ベッドに腰を掛けると何故かナエナちゃんも自室に入ってきて、俺の隣でベッドに座る。しかも隣に。幼馴染とはいえ数年ぶり、しかも異性相手にどうしてそんな距離を縮められる?……そういえば彼女は昔から誰でも気兼ねなく接せれるフレンドリーな性格だったな。数年間、離れていたことで忘れていた。
「今日はお仕事休み?」
「……働いてないよ、ずっと」
「えっ?」
俺の返答にナエナちゃんは意外そうに声をこぼす。
このままではずっと付き纏われそうだと思い、なんとか俺への興味を無くさせよう。その方法をすぐに思いついた。それは俺の数年間の行い、言わば何もしていないダメ男であることを話せばいい。
「ここ数年間、俺はこの部屋で過ごしてきた。ずっと、ずっと、家の手伝いもせず、ただ食べて寝るを繰り返していた。こんな自堕落な生活をしている俺を、村の住民から後ろ指を指されていることに気付いている。両親に苦労を掛けていることも知っている。でも反省する気もない、この生活を変える気もない。俺はこれからも、この家から出るつもりはない」
ここまで話せば流石のナエナちゃんも俺のこと幻滅してくれるはず。そうすればまた、いつもの様な静かで1人の生活が戻ってくるはず。それにしても我ながら酷い人生を歩んだものだな。語っているこっちは精神的に疲弊してくる。
「アスタくん。……普通に話せれるんだ」
今の話を聞いて最初に出る言葉がそれか??
「昔はあんまりお喋りが好きじゃなかったから口数が少なかったけど、今はこんなに話せれるようになったんだ!時の流れっていうのはすごいね~!」
お喋りが好きじゃないというより、ナエナちゃんの前だから緊張して巧く話せられなかっただけだけど。それにしても人が性格には合わず長々と語ったというのに、出た感想があまりに素っ気ない。何にしても、彼女の表情には俺に対する拒絶的な感情どころか、興味が薄れた様子が見えない。目論見は失敗みたいだ。相変わらず読めない彼女の性格に思わずため息が出てしまう。
「まあとにかく今日は暇、ってことでいいんだよね?」
何故かにやけた顔を見せながらナエナちゃんは俺の方を見る。
確かに暇ではあるけれども。だからといってナエナちゃんと何かをする気はない。いい加減こっちの気持ちを察してほしいとため息を吐く。そんな俺の様子を気にもせず、ナエナちゃんは続ける。
「ねぇねぇ~、これから私と外に出て見ない?」
「……はぁ??」
その言葉で場が凍り付いた。
この人は一体何を言っているんだ?それを口にせず顔に出てしまう程、この発言に困惑してしまう。「家から出るつもりはない」とはっきり言い切った後で、どうしてそんな提案が出るのか全く理解できない。
「話、聞いていた?家から出るつもりはない」
「この窓の左側に丁度、北東門があるね。うわぁ~、アスタくんの部屋に入るのは今日が初めてだったけど、ペレーハ村の全体が観れて結構いいじゃん!」
俺の言葉を耳にせず、ナエナちゃんは勝手に自室の窓をバッと全開にして外を眺める。流石に自由にしすぎる。例えナエナちゃん相手でも、これ以上の行動は看過できない。
「人の部屋で何好き勝手に……」
今後こそ怒りを露わにしようとした。ナエナちゃんでも容赦なく怒気をぶつけようとした。しかし窓から入ってくる風が自室中を走ると、不思議とそんな気が消えてなくなってしまった。
あの日以来、外の世界とは遮断しようと自室に1つだけある窓を開けてこなかった。ゴブリンが入ってくるかもしれない、俺の存在を気付かせたくはない。そんな強い妄想のせいでカーテンと共に閉ざしていた。それが今、解放されるように開いた瞬間、外から流れ入ってくる新しい空気が自室中に充満していき、ここ数年間では味合わなかった気持ちの軽さを感じる。扉がない分、風の流れはとてもスムーズだ。
「んっ?アスタくん、何か言った?」
もうすっかり怒る気力を失ってしまった。
傍から見れば完全にナエナちゃんのペースに飲まれてしまっている様に見えるだろう。悔しいがその通りであり、今の気分も決して悪くないと思っている。
だけど、それとさっきの提案については別だ。
「……外に出る気はない」
「アスタくんは昔から体力がないからね~!歩いて疲れるのが嫌なんでしょ?」
ナエナちゃんのその勝手な解釈で疲れそうだ。思わず頭を抱えたくなる程に。
確かに体力は衰えているし疲れるような思いはしたくはないが、そうではない。根本的に俺が家に出たくないという気持ちを理解してほしい。
「大丈夫!私に任せて!」
そう言いながらナエナちゃんは胸を張る。
ふざけるのもいい加減してほしい。どうせ昔みたいに強引に手を掴んで連れ出すつもりだろう。いつまでもそんな方法で簡単に家から出される俺ではない。不格好だろうが、ナエナちゃんが何かしてくるならベッドにしがみ付いてでも反抗してやる。
そう思った矢先、ナエナちゃんは予想外の行動をする。
【スキル:筋力強化】
俺の有無を聞く前にナエナちゃんは、俺の体を軽々と肩で抱える。分かり易く言い直そう、まるで荷物は運ぶような感覚で彼女はスッと俺の体を持ち上げた。自分が一体何をされたのか理解できず、俺の頭の中は真っ白になってしまう。
「……??」
「それじゃあ、レッツゴー!」
そう言うとナエナちゃんは俺を抱えたまま自室の窓に足をかけて、窓から家を飛び出す。窓から他所の家の屋根を足場にして、ぴょんぴょん跳ねながら北東門へ向かう。普通の人族の女性には絶対できない偉業に、俺はこれ以上考えるのを止める。
一方、鳥のように空を舞うナエナちゃんの表情は、曇りのない満面の笑みを浮かべている。子供のと同じ、遊びに出かける無邪気な笑顔と似ていた。