英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

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第2話 活発過ぎる幼馴染

<アスタ視点>

星暦2019年 夏の31日 光の日 昼

 

 子供らしく外出する様にと両親と話してから7日が経った。

 あの一件から毎日ではないけど、一回1時間以上の散歩をしている。都会の喧騒のない青空の下での軽い運動は予想以上に気分が良い。日常的に運動を続けるとメンタルケアにも繋がるって聞いたことがあるが、まさにその効果が出ているのかもしれない。なにより、これで両親の不安も払拭されたはず。

 

「アスタ、またお父さんと話しがあるからすぐに下に降りてきなさい」

 

 そう思っていたら自室の扉の向こうから母さんの声が聞こえてきた。以前にもあった同じ状況に少し動揺してしまう。

 呼び出されて1階の居間へ向かい、父さんと対面して話せる様に自分の席へ腰を下ろす。前回と全く同じで、また2人とも家に居る。田舎とはいえ営業時間中に店を留守にするのはマズいだろ。

 

「アスタ、正直に答えてくれ。お前……具合でも悪いのか?」

 

 またも似たようなセリフと現状に既視感を覚える。

 

「あなた全然、外で遊ばないじゃない。ちゃんと外出はしてくれているけど、すぐに帰ってくるでしょ。前にも言ったと思うけど、本当に相談してくれてもいいからね?」

 

 外出するだけで両親の不安を払拭できると思っていたけど……まさか余計に心配を掛けてしまうとは。俺にとって散歩も立派な運動、もとい遊びではあるのだけどな。子供の遊びが散歩って認識していた俺が可笑しいかもしれないが。

 

「別に具合も悪くありません。寧ろ良好なくらいです。ただ他の子みたいにずっと走ったりとか疲れることはあまり……」

 

「あら、そうなの?昔はあんなに燥いで走り回っていたのに」

 

 幼少期の四足歩行から二足歩行に慣れた頃の話か。

 確かに燥いでしまった……というより感激して動き回った。前世ぶりの歩きと走りだったから、感情が高まってしまっていた。ただ、そこまで体力がついていないというのに無駄に動き回ったせいで、ヒィーヒィーと呼吸が荒くなって倒れてしまってから、もうそんなことはしなくなった。そういえばあの時も、かなり両親に心配を掛けてしまったな。

 

「子供のうちからそんなこと言ってちゃ、この先大変だぞ!若いうちからもっと動いて体力はつけておけ、体力を!」

 

「だったらそういうお父さんがアスタの相手をしてあげたら?せっかくの休日なんだから」

 

「すまん。今日は村の野郎共とチョーダさんの所でお茶会する約束してて……」

 

「なんでそんな婦人の嗜みみたいなことをしているの?」

 

 そっか、今日は休日である光の日だったか。だから店番せずに2人共、家に居るわけか。ダメだ……完全に曜日感覚が狂っている。

 遊ぶとは言ってもどうしたものか……。この村の同い年の子とは仲が良いわけじゃない。いや、そもそも俺が交流を深めようと接していなかったのが原因か。仕方がない……。今日から散歩の時間と距離を伸ばそう。早く帰って来ても特にやることなんてないし、体力はあって損はない。もう少しで昼食だから、それを食べてから……。

 

「母さんこそ、昔みたいに相手してやったらどうだ?」

 

「そうねぇ……私でもいいけど、アスタも年の近い子の方がいいよね?う~ん……あっ、そうだわ!ナエナちゃんがいるじゃない!」

 

 不都合な提案が聞こえた気がする。

 きっと聞き間違いだ、聞かなかったフリをしよう。

 

「おお、いいじゃないか!ナエナちゃんとは仲がいいからな!」

 

「最近ナエナちゃん、あなたに会えなくて寂しがっていたわよ。久しぶりに外に出るのだから一緒に遊びに行きなさい」

 

 聞き間違いではなかったみたい。

 ナエナちゃんとは、うちの近所にある一軒家に住んでいるマーシェナ家の1人娘のこと。同い年ということもあり、幼少の頃はよく一緒に遊んでくれた子だ。

 

 遊び相手で、あの子の名前が出るのは予想していた。久しぶりの遊びは許容できても、その相手がナエナちゃんは個人的に……嫌だ!どうにかして理由を作って断らないと……。

 

「お母さん丁度ナエナちゃんの家に用があったから、今日遊べるか聞いてくるわね」

 

「いってらっしゃい!」

 

 考え付く前に母さんが先に出て行ってしまった。

 

「んっ?アスタ、どした?」

 

「……いいえ、何でもないです」

 

 ああ、どうしよう……。他の子供でも緊張するのに、よりにもよってナエナちゃんか。って、よく考えたらナエナちゃん以外で気楽に話せる子はいないか。

 

「はは~ん、さてはナエナちゃんと会うのが緊張するのか?」

 

 父さんは茶化すけど、あながち間違ってはいない。

 正直、ナエナちゃんとは会いたくない。別に人として嫌な子ではない、寧ろ良い子だ。ペレーハ村にいる同い年の子からご老人まで、誰にでも明るく接する、とても気さくな子だ。現に引き籠っているこんな俺でも遊びたいと言ってくれている。

 それでもナエナちゃんに会いたくない。これには俺なりのちゃんとした理由がある。

 

「すいませ~ん、アスタくん居ますか~?」

 

 母さんが家から出て行って1分も経たないうちに、家の扉からコンッコンッとノック音と女の子の声が聞こえた。

 

「ハイハ~イ!今開けるよ~!」

 

 父さんが席から立ち上がり、入り口の方へ向かってドアノブを回す。

 開いた先には1人の女の子が立っていた。

 

「おお、ナエナちゃん!おはよう!」

 

「おはようございます、アスタくんのお父さん!今日アスタくんと遊べるって聞いたんですけど……あっ、アスタくん!」

 

 女の子は家の中を覗き込み、席に座ったままの俺と目が合う。女の子はそのまま家の中に入り、俺の方へ近付く。

 

「久しぶり、アスタくん!」

 

「……久しぶり……ナエナちゃん」

 

 この子がナエナ・マーシェナ。肩まで届く長い赤色の髪の毛が特徴を持ち、唯一俺と話してくれる同い年の女の子。

 彼女の両親は2人とも冒険者という仕事をしていたらしく、現役時代にかなり稼いだそうだ。今は引退して故郷であるペレーハ村で畑を耕しているが、その貯金のおかげで彼女の家は村一番のお金持ち。彼女の服装も他の住民と比べて少しおしゃれだ。

 

「ず~~~っと、外に出ないから心配していたんだよ!今まで何していたの?ていうか髪の毛伸びた?アスタくん短い方が似合うから切ったら?ねぇねぇ~、ねぇ~ってば!」

 

 相変わらずの質問の量……。答えなくても疲れてきた……。

 こうして話すのは本当に何日ぶりだろう……。ってか、何で光の日になのに何でナエナちゃんは遊びに出ずに家にいたんだ?この子の性格上、1人でも外で遊びに行くはずなのに。

 そんなこと気にしても仕方がないか。とりあえず席から降りて話すか。ヤバい……近くにいられると緊張してきた。口臭とか大丈夫かな……。

 

「ねぇねぇ~、今までずっと家から出ないで何していたの?」

 

「勉強、してた……。ごめん……」

 

 前世から人と話すのが不得意だったせいで、親以外の人とは上手く話せられない。幼馴染のナエナちゃんも例外ではない。

 前に遊んだ時は普通に会話ができたはずなのに。久しぶりのせいか緊張が込み上がり、上手くしたが回らない。

 

「すご~い、勉強なんてしているの!私だったらすぐに飽きるのに!ねぇねぇ~、他には何かやっていたの?」

 

 すごいグイグイ来るなぁ。ホントこういう所は相変わらずだな。

 

「へいへいへ~いっ、御二人さん!今日はこんなにも良い天気なんだから、話すなら外で話したらどうだ?」

 

 いつの間にかナエナちゃんの背後にいる父さんがそう提案する。

 できれば家で過ごしたかったけど、そういう訳にはいかないか。上手く断る理由が思い浮かばないし、ここは言う通りにしよう。

 

「分かりました」

 

「は~い!じゃあアスタくん行こうっ!」

 

「えっ、ちょっ!?」

 

 笑顔で返事したナエナちゃんは強引に俺の手首を掴んで外へ連れて行く。いきなりのことに言葉を失う。そんな俺たちを見ながら、手を振って見送る父さんの姿を最後に家から出た。

 

 俺たちが向かったのはペレーハ村に隣接している草原。

 面積は村以上の広さはあり、建築物のない緑色の草だけの光景しかない。だが、ここは村の住民にとって唯一の遊び場である。現に俺たちが草原に到着した時には、すでに他の子供たちや老人たちが和気藹々と遊びや散歩に来ていた。

 家からずっと俺を引っ張りながら走り続けるナエナちゃんは、草原についても止まらなかった。彼女はそのまま草原にある斜面を上り、草原の中で一番高い丘に向かう。

 到着すると漸く手首を離してくれた。終始無理矢理走り続け、俺の体力はもう限界を迎えていた。息が上がり、すぐさま崩し四つん這いになって呼吸を整える。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

「あはははは!アスタくん全然体力ないじゃん!」

 

 俺の姿が滑稽に見えるのかナエナちゃんは腹を抱えて爆笑する。楽しそうに笑う彼女とは逆に、俺はこの状態に情けなく感じる。

 

 ヤバいッ……ヤバいッ……本当にヤバいッ……!!

 こんなに体力がないなんて思わなかった!……って何もせずにずっと家の中で毎日過ごしていれば、この程度の体力なのも当然か。明日から頻繁に散歩しようかな……。

 

 呼吸を整えて落ち着いた俺はゆっくりと体勢を変えて座り、丘の上からの草原は眺めた。

 一番高い丘だけあって、その鮮明な緑一色の草が一望できる。奥の森から強い風が吹くと、草原の隅々の草たちが波の様に揺らぎ、最後に風が俺たちに優しく当たり、心地よさ感じさせる。

 

「アスタくんとここに来るの久しぶりだね~!」

 

「うん、そうだね……」

 

 本当に久しぶりだな……。ここってこんなにも綺麗な場所だったな。本当に自然に恵まれた所に転生したんだな……。こんな景色、前世でも中々観られなかった。

 

「それでナエナちゃん……ここで何する?」

 

「ふふ、アスタくん!……昔ここで何して遊んだか覚えている?」

 

 ここは俺たちがまだ4歳くらいの頃、何回も一緒に遊んだ場所でもある。

 遊んだというか、今回のようにナエナちゃんに連れられて来たという方が正しいけど。当時も確かこんな風にやや強引気味だった気がする。

 

「ほら、昔ここから下まで転がって遊んだじゃん!覚えていないの、あれ!」

 

 恐らく目前にある緩やかな坂を前転して下まで転がり、到着したら坂を上がり、また転がっては上がりを繰り返す遊びのことだろう。

 当時は1人で転がるナエナちゃんが心配で、俺は走って追いかけていただけ。正確には参加していない。どうやら彼女には俺も転がっていると勘違いしているらしい。

 

「もしかして……あの転がり続ける奴、のこと?」

 

「そうそう!昔みたいにまたやろう!」

 

 ナエナちゃんは良い笑顔で坂を指すが、その坂は昨日の雨のせいで少し濡れており、しかも所々に点々と水だまりも出来ている。

 

 絶対にいやだッ……!!

 なんとか別の遊びにしてもらおう。……ナエナちゃん相手にそれは無理な気がする。

 

「じゃあ どっちが先に下に着くか競争ね!」

 

 ナエナちゃんはすでに座り込み、前転の体勢になっている。この子には返答待ちというのがないみたい。

 

「よ~~~い、ドン!」

 

 掛け声と同時にナエナちゃんは坂を転がり始めた。

 下に進むにつれてナエナちゃんの服はどんどん汚れていく。せっかく綺麗な服なのに、なんとも勿体ない。一応は俺も後を追うが、転がらず普通に走る。彼女は真剣に転がっているおかげで俺がズルしているは気付かない。

 何故だろう、少し罪悪感を覚えてしまう。そう思っていると不運が起きた。踏んだ草が濡れていたせいで豪快に滑り、俺は地面に倒れた。

 

「グヘッ!!」

 

 そのまま変に勢いが付いたせいで、俺も転び始める。

 

「ぅうわあああぁぁぁぁ!」

 

 しかもナエナちゃんの前転に対して、俺は横になって転がっている。間違えなく汚れる面積は俺の方が多い。地面に何度も跳ねながら転がり、俺の服は直実に汚れていく。もうここまで来たら手遅れだ。

 

 あぁ……もういいや……。

 

 そう諦めて、流れに身を任せ転がり続けた。

 坂を下り終わると俺はうつ伏せになって休憩する。横になって転がったせいで頭がくらくらする。吐き気はしないが、かなり気持ちが悪いし、とても疲れた。思っていた以上に坂が長かったせいで、ほとんどの体力を持っていかれた。

 

「あはははは!アスタくんすごい汚れている!」

 

 先に着いたナエナちゃんは、俺の姿を見て再び爆笑。ここまで笑われれば、いっそ清々しく思えてくる。

 気持ち悪さが無くなり、起き上がって自分の服の状態を確認すると、思わずため息を吐いてしまった。全身見事に土や砂などが付いてかなり汚れてしまっている。だけど、それは俺だけではない。今も爆笑しているナエナちゃんも負けず劣らず服が汚れていた。

 

「ねぇねぇ~、もう1回やろう!もう1回ッ!」

 

「……えっ!?」

 

 ナエナちゃんはそう言いながら坂の上を指す。俺は体力が限界だというのになんともタフな子だ。

 返答は当然拒否、すぐさま首を横に振るが、その反応を見ていなかったのか、ナエナちゃんはまたも俺の手首を掴んで無理矢理起こし坂を上がり始めた。もう勘弁してほしい。ちゃんと声に出して断ろうと一瞬思案を巡るが、彼女の屈託の笑みに言う気が失せてしまう。

 結局その後も、ナエナちゃんと共に何度もこの遊び、いや苦行を繰り返したのであった。

 

 

星暦2019年 夏の31日 光の日 夕方

 

 時間を忘れて草原で遊び続け、日が落ちて空の色が変わっていることに気付く。周りを見渡すと草原には俺たち以外の人はいない。みんな村に帰ったのだろう。俺達も遊びはここまでにして、丘の上から少し休憩してから帰ろうとした。

 

「う~~~ん、楽しかった!2人とも服汚れちゃったね!」

 

「うん……特に俺がね」

 

 満足気な表情で背筋を伸ばすナエナちゃんの言う通り、今の2人の服や顔は土や砂、草で汚れている。まさにボロボロ状態。ここまで見事に汚れると、一種の達成感すら覚えてしまう。だけど、それ以上にあの遊びを、ナエナちゃんとの過ごした時間を楽しんでいた。

 

「……今日はありがとう。俺なんかと遊んでくれて」

 

 一緒にいたおかげか、今朝あった緊張が少し解れている。まだ言葉にぎこちなさがあるが、今朝と比べればまだマシな方だ。

 

「全然いいよ!私も楽しかったし!それに、お留守番していても退屈だったから」

 

 んっ、お留守番?どういうこと?

 話を聞くと、ナエナちゃんの両親は朝から用事で出かけていたらしい。彼女自身、今日は特に予定がなかったからお留守番を頼まれていたそうだ。

 

 あぁ~、だから休日なのに家に居たんだ。……んっ、待てよ!?留守番していたのなら、家から出ちゃまずいじゃないのか!?

 

「それ、大丈夫なの……お留守番?」

 

「大丈夫!アスタくんのお母さんが代わりにやってくれるって言ったもん!」

 

 今朝ナエナちゃん家に訪れた母さんに、お留守番をしていることを話すと「代わりにお留守番をあげる。今日アスタも外に出るから一緒に遊んできなさい」と言ってくれたそうだ。お留守番の退屈さを知って時間を持て余していた彼女にとって魅力的な提案だと思い、即座に首を縦に振って俺の家に向かったそうだ。

 母さんは人柄が良いと評判がある。だからといって他人に留守番をしてもらうというナエナちゃんの行動には驚いた。子供とは言えもう少し警戒心を持つべきだ。

 

「はぁ……今日は本当に疲れたぁ……」

 

「あははは、アスタくんの体力がないからだよ!でもこれから光の日は私と遊ぶから、すぐに体力がつくと思うよ?」

 

 ナエナちゃんの中ではすでに毎週一緒に遊ぶことになっているようだ。勘弁してくれと思いながら小さく笑うだけで、その先は何も言おうとも思わない。

 

「もう空も暗くなってきたし、そろそろ村に戻ろうか」

 

「うん、そうだね。……あっ、そうだ!ねぇねぇ~アスタくん、ちょっと待って!」

 

 何かを思い出したかのように声を上げると、ナエナちゃんは立ち上がろうとした俺を服の袖を掴み再び地面に座らせる。このタイミングでの思い付きだからか、一体何を言い出すのか予想できず若干不安になる。

 

「な、なに?どうしたの?」

 

「ふっふっふっ、アスタくんに見て欲しいものがあるんだ!見てて見てて……」

 

 ナエナちゃんは自身の人差し指を立て、指先に何か念じる様に強く睨み始める。一体何をするのか不安から興味へと変わり、俺もその指先を見つめ続ける。

 徐々に無意識にナエナちゃんの指先に顔を近付いてしまったその時、あることが起きた。

 

【火魔法:リ・ファイア】

 

 ナエナちゃんの指先から小さな火が点火された。

 指先に顔を近付いていたせいで、急に出てきた火に大きく驚いてしまった。

 

「うわぁッ!?」

 

「あはははは!大丈夫、アスタくん?」

 

「び、びっくりした~。……ま、魔法?」

 

「うん!この間、出来るようになったの!ねぇねぇ~、どう?すごいでしょ?」

 

「うん……すごいね。とても綺麗な炎だね」

 

 これはお世辞でも何でもない。周りが暗くなっているおかげでナエナちゃんの【火魔法】は一段と綺麗に光を放している。暑い夏の季節とは関係なく彼女の火はとても温かい。

 

「えへへ、ありがとう!でもアスタくん、これ炎じゃなくて火だよ?そんなことも分からないの?」

 

「えっ、そ、そうなんだ……」

 

 火と炎、どっちも似た様ものだと思うけど……何が違うんだ?使い手にしか分からないものかな……。

 

 その後、俺たちは服に付いた汚れを掃いながらペレーハ村へ帰った。

 歩きながら今日の出来事を談笑するナエナちゃんの表情は、本当に心の底から楽しんでいた。きっと四つん這いになる俺の姿も思い出したのだろう。よほど滑稽だったのだろうか、なんとも無邪気に笑い続ける。だけどそんな彼女影響なのか、無意識に微笑んでしまう。

 暫く歩くと俺たちの家が見えてきた。

 

「あっ、パパだ!」

 

 ナエナちゃんは急に声を出し、自身の家の前に指をさす。家の前には彼女の父親がいた。俺たちと同じく帰宅してきたのだろう。

 

「じゃあ私はここで!バイバイ、アスタくん!また遊ぼうね!」

 

 そう言い残してナエナちゃんは自宅へ走り去って行った。家に訪れる時が急であれば去るときも急である。まさに嵐のような子だ。とりあえず手を振り見送った。

 やっぱり……似ているな。

 

 ナエナちゃんの元気な姿を見ると、優しい声が耳に入ると、眩しい笑顔が目に映ると、いつも思い出してしまう。思い出してしまうから、彼女とは会いたくなかった。何故、彼女に会いたくなかったのか、その一番の理由はナエナちゃんの容姿と声色。

 前世の新井流一には、とある女性(ひと)に好意を抱いていた。その女性(ひと)はナエナちゃんみたいに前世では俺の幼馴染であった。幼少期からの顔見知りで、お互いに成長過程を知っている。何故もう出会えるはずもない女性(ひと)のことをまた思い出してしまったのかというと……ナエナちゃんの容姿と声色がその女性(ひと)にとても似ているからだ。

 今のナエナちゃんは前に会った時と比べて大きくなり、より似始めてきている。性格も幼い頃と全く一緒。このまま成長すればきっと、いや間違えなくあの女性(ひと)の様に綺麗になるのだろう。

 

 そう想像してしまうと嫌でも意識してしまう。意識してしまうから緊張してしまう。そして、前世での辛い思い出が鮮明に蘇ってしまう。あの記憶が脳裏で映し出される度に、心が痛くなり気が滅入ってしまう。だからナエナちゃんに会いたくなかった。彼女自身とは全く関係ないのは分かっているが、俺はもうあの記憶を思い出したくない。

 去って行ったナエナちゃんの顔を見て、ふとあの女性(ひと)の面影をまたも思い出してしまう。そのせいで前世での嫌な記憶を思い出してしまい、さっきまであった笑みがいつの間にか無くなっていた。

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