<ナエナ視点>
8年ぶりに懐かしの故郷、ペレーハ村に帰ってきたと言うのに、何故こうも物事は思い通りに行かないものだろうか。
幼馴染のアスタくんに久しぶりに会えて、昔みたいに何気ない会話で盛り上がったのは嬉しかった。その勢いで私たちが昔よく来ていた草原へもう一度きたというのに、まさかの草原の奥にある森からモンスター御一行様の登場でムードを壊される。
本当に何なの?今日は厄日なの?これでも普段は礼儀正しくしているつもりだよ??それなのに……なぁぁぁぁぁんで全然、楽しい思いができないのよぉ!!
私は今、かなり機嫌が悪い。大激怒一歩手前と言っても過言ではない。思惑通りに物事が進まなかったのも要因の1つだけど、一番の原因は……アスタくんを不快な思いをさせてしまったこと。
あんな青ざめた顔をしたアスタくんは初めて見た。心底恐怖というのを痛感している。楽しませようと思っていたのに、それが逆に不快な思いにさせてしまうなんて。楽しい思いになれるわけがない。
だけど物の捉えようによっては、これは一種の好機かもしれない。8年間、王都で学校通いながら冒険者になった私の力を披露できる。アスタくんとの楽しいムードを壊した罰として、モンスター達には討伐されてもらおう。
私はモンスター達の方へ歩き出し、腰にある剣に手を添える。
「えっ、ちょっ、ナエナちゃん……!?」
「アスタくん、見てて。私を……冒険者になった私を……!」
決まったぁ……!カッコよく台詞が決まったぁ!!
一度は言ってみたかったんだよねぇ~!ただの帰郷のつもりだったけれど、念のために装備一式も持ってきておいて本当に良かったぁ~!!
カッコよく戦地に向かう自分にもっと酔いしれたい。だけど敵の数的に意外と苦戦するかもしれない。すぐに気持ちを切り替える。
森から現れたモンスターの数は遠くて種類までは判明しにくいけど、少なくとも姿形で全てが同種類ではないのは間違えない。不自然に体を左右に揺らしながらゆっくりとペレーハ村へ向かって来ている。全くもって不気味な集団だ。とりあえずモンスターたちの明確な正体を知りたい。歩きながら目を細めて、1体1体視認する。
ゴブリンにホーンラビット、グリーンラビット……パッと見は下級モンスターばかり。ゴブリンは何かしらの武器を装備する習性があるけど……あのゴブリンは何も持っていない。なら好都合!
それにしてもやっぱりモンスター達の様子が変……。あんなにフラフラしているのもそうだけど、全くの別種のモンスターが群れのように行動するなんて。それに真っ直ぐペレーハ村に向かっている、これは明らかな敵意!でも一体何で村に向かって来ているの?……まあいいか!さっさと剣でスパッと叩き切って……んっ!?あいつら、もしかしてッ……!
モンスター達にある違和感を覚え、私は思わず足を止めてしまう。まさかこんな田舎にありえるだろうか。確証を得る為、再び目を凝らしてモンスター達を観る。
骨が見えるほど腐った肌、眼の焦点のズレ具合、そして死臭を思わせる雰囲気……やっぱり間違えないっ!?あのモンスター達……アンデット化しているっ!!
なんでアンデットがあんな森から?!……いいや、それよりも少しまずいな。
アンデッド化とはモンスターの死骸が肉や骨が残ったまま処理されずに放置されると生まれる、一種のモンスターのこと。アンデッド化したモンスターは魔法耐性がかなり上がり、特定の魔法以外の効果が効きにくくなる。
アンデットについて知識は学校で習ったから知っていた。知っているからこそ、この状況はまずい。それは、ここが草原であること。運よく私の【火魔法】もアンデッドに有効打ではある。発動さえすれば一気に討伐できるけど、燃えたアンデッドが倒れて火が草に移り、一気にここが焼け野原になってしまう可能性がある。ここの草はかなり密集しており十分ありえる。手持ちに水筒や近くに川があれば消化できるけど、生憎その両方はない。私の好きな場所が私のせいで汚れてしまうなんて、それだけは絶対にいやだ。だからここで【火魔法】を発動できない。
一体どの手段で討伐するのが最適なのか思案を巡らせる。
魔法が使えなくても一瞬だけ火力を出せる
後ろにはアスタくんがいる。このまま立ち止まっちゃったら、また不安になっちゃうかもしれない。それに……せっかく見てくれているんだ、カッコいい所見せないと!
そうと決まれば……一気に距離を詰めるっ!!
【スキル:俊敏化】
王都で最初に会得したスキルを発動して素早さを上げて、いつでも抜刀できるように柄を握ったままモンスター達に向かって走り出す。久々に草原を全力疾走する感覚を楽しみながらも、戦闘態勢も意識する。
別種のモンスターというのもあり、やはり向かって来るペースが各々異なっているせいでモンスター同士に距離感ができている。単身で戦う私にとって都合が良い。このまま1体ずつ討伐しよう。先頭を歩くゴブリンまで約10メートル。モンスター達も私の存在はとっくに気付いている。全員の意識が明らかに私の方へ向けているけど、今の私にはそんな脅しにもならない。
姿勢を低くして剣の攻撃範囲ギリギリまで近付き、抜刀と同時に剣先でゴブリンの首を切った。その刹那、ゴブリンの頭部は空へと飛んでいく。狙った通りに軌道、文句なしの一閃、しかし手応えがあまりに脆い。アンデット化したモンスターの耐久値ではこんなものか。
頭が無くなった胴体はそのまま前から倒れようとし、それを大きく2歩後ろに下がって避ける。アンデットは四肢が切り落とされても動き続ける事例があるから念の為に下がったけど、流石に頭部を切断されたら何もできないみたい。ゴブリンの戦闘不能を確認して、すぐ後ろにいる他のモンスター達に剣を構える。
「うわっ!?えっ、ちょっ、待っ!」
すると残り9体のモンスター達が我先と一斉に襲い掛かってきた。攻撃手段は噛みつく、ひっかきのどっちらか。大したダメージにはならないと思うけど、問題はその攻撃を受けた後だ。
アンデッドの最も厄介な所は、アンデッドからの攻撃を受けるとステータスが【状態:腐食】になってしまい。攻撃を受けた個所から侵食して動けなくなり、最悪の場合……病死する。過去に冒険者の仲間と一緒に依頼でモンスターを討伐しに行った時、たまたまアンデッドと出くわしてしまった事がある。そのアンデッドも討伐はできたが仲間の1人が腐食になってしまい、急いで王都に連れて帰って数十日間の治療に専念した。結論からいえば仲間は無事に完治できたけど、腐食中の仲間の顔は今でも覚えている。まさに激しい苦痛を味わい続けるように顔だった。
あれだけは体感したくない。ここは下手にガードするより、安全に回避するしかない。【俊敏化】を発動しているおかげで回避自体は容易ではある。しかし、それは有限な体力があることに限った話だ。
くっ、こいつら……ちょこまかと同時に攻撃してきて!全然反撃できない!ダメージ覚悟で仕留めることができるけど、もしそれで傷でもつけられたら……。ペレーハ村や周辺の街町に腐食を治せる医者がいるとは思えないし、王都や街から要請しても早くて3日は掛かるはず。って考えると……間違いなく腐食したら私は死ぬ。
ここは一旦距離を取るしかない!
モンスター達に剣を向けたまま後方に下がって離脱する。そんな私をモンスター達は諦めず走って追いかけてくる。
さっきまでは特に狙う獲物がいるわけでもなかったからノロノロと歩いていたが、アンデッドは一度獲物を見つけると見失うまで追いかけ続ける。この性質は冒険者内で特に嫌われている。だけど【俊敏化】を発動中の私に追い付くことができず、その差はどんどん広がっていく。モンスター達の間に体格の大きさからそれぞれ差ができてしまい、一回り体が大きいグリーンラビット4体が先になり、残り4体のホーンラビットが後ろになった。しかも偶然にもモンスター達は、私の
めちゃくちゃラッキーじゃんっ……!!
ふふふっ!これなら余裕もって派手に発動ができる!アンデットが反応できない速さで走るだめの助走も確保できている!あとは剣に少しずつ魔力を流して……今だっ!!
向かい討とうと後退から体を反転させて、先頭のグリーンラビットに向かって走り出す。走りながら剣に魔力を込めてグリーンラビットが間合いに入ったのを確認。
すぐさま強化系スキルから、攻撃系スキルに切り替える。
【俊敏化:解除】
【スキル:ファイア・フォー・ブレード】
「おりゃぁぁぁぁぁあああああ!!」
銀色の剣は抜刀と同時に微かな火を帯びて、4匹のアンデッドに対して描くように4連撃する。剣がアンデッドに触れた瞬間、帯びていた火は一瞬だけ爆発するように大きく燃え上がり、切れた肉の断面を黒く焦がす。飛び込んできたアンデッドたちを一刀両断にし、8つの腐肉が草原に転がった。腐肉にはもう生命、というより動く気配はなく、完全に絶命した。
ふっ……決まったっ!
手応えが脆いとはいえ攻撃系スキルを豪快に発動できたことに爽快感を浸ってしまう。しかし、それもつかの間、後ろにいた残りのホーンラビット4匹も私に向かって来た。気持ちを切り替えて、同じ手法で残りの討伐をする。
【スキル:ファイア・フォー・ブレード】
「そぉぉぉぉぉれっ、もぉぉぉぉぉう1回っ!!」
再び火を纏う剣で、ホーンラビットという小柄なモンスターの体を的確に切り裂く。ホーンラビットは体を半分にされて草原に転がった。更にできた8個の腐肉からは動く気配はなく、ホーンラビットたちも絶命を確認する。
「討伐完了っ!ふぅ~、疲れたぁ!張り切って一気にスキル3連続も発動しちゃったぁ~!」
討伐を完了して剣を鞘に納め、私はその場で背筋を大きく背伸びする。この瞬間、私は完全に油断した。いや、忘れていた。森から出てきたモンスターの数は……10体ということに。討伐したのは、最初に切り倒した1体のゴブリン、追いかけてきた4匹のグリーンラビット、その後ろの4匹のホーンラビット、合計9体のみ。そう……1体足りない。
鞘に収めた瞬間、モンスター達に遅れて1匹のホーンラビットが飛び出してきた。全く気付かなかった。そのホーンラビットは何故か角が折られており、体型もやや小さめで上手く草に隠れていた。油断したタイミングにそのホーンラビットは草から飛び出して、私に目掛けて噛みつこうする。
「っ……!?」
間合い的にもう無傷では助からないと悟った。攻撃を受けて腐食の状態になること覚悟をした。その刹那、私の背後から声が聞こえた。
「左ィッ!!」
その声を聞いて、条件反射で身体を少し左に傾けた。
対処しようがないと分かっていても、私はその声を信じた。
【水魔法:アクア・ピストル】
3つの水の玉が私の右側を通った。3つとも軌道がブレることなく、宙に浮くホーンラビットに着弾した。被弾した勢いで飛び出した勢いが空中で静止して、ホーンラビットは私に届かず地面へ落ちる。私も急な体重移動でバランスを崩してしりもちをする。
ここで漸く状況を整理できるようになる。
今のって……【アクア・ピストル】っ!?学校で他の生徒が使っているのを見たことはあるけど、私が知っているのはもっと丸っこいような……。いやそれよりも……。
私を助けてくれた人物が一体誰か、そんなの容易に想像できる。だけど信じられない。さっきまであれ程……怯えていたというのに、あからさまに気分が悪そうだったのに、それなのに……本当に来てくれたの。
否定的な思考と期待の眼でゆっくりと声がした方へ振り向く。私の後ろには、少し離れたところにアスタくんがいた。見て分かるくらい肩で息をして、呼吸が荒々しかった。全力疾走で追いかけて来たのだろう。私はまた彼に助けてもらった、あの時のように。
「ハァ……ハァ……ハァ……。ナエナちゃん……大丈夫?」
まだ呼吸を整えていないのに走って近付いて来て、そう言いながら手を刺し伸ばしてくれた。私は手を取って起こしてもらうけど、不自然にそっぽを向いてしまう。
これはアスタくんに対して不機嫌になったからではない。彼の顔を会わせないのは、今の私の顔を見られたくないから。
カ、カ、カ、カカカカカ……カッコ良過ぎるぅっ~~~!!
えっ、えっ!?今のアスタくんの攻撃魔法?!初めて見たっ、しかも私を助けるために使ってくれたっ!待って、本当にちょっと待ってっ!こんなシチュエーション、ちょ~~~う私の好みっ!!幼馴染が危険を覚悟に私を助けに来て、しかもクールに討伐するなんてっ!こんなの……感激するに決まっているじゃんっ!!
うわぁ~~~~~……今の私、絶対に変な顔になっているよね??助けてくれた人に、アスタくんに見せられない様な表情になっているよね??だって自分でも分かるくらい表情筋がふにゃふにゃになっているもんっ!!一瞬で色々なことがあり過ぎて情緒が滅茶苦茶!!
暫くあっち向いて夜風に当たって落ち着こう……。
「……ナエナちゃん?どうしたの、どこかケガし……」
「だ、大丈夫!大丈夫だから!ちょっと、あの、その……疲れちゃってぇ」
「そう、だよね……。9体も倒してくれたからね……。ナエナちゃん、本当にすごかったよ。……カッコよかった」
あぁ~、今褒められちゃうと余計に顔が熱くなっちゃうっ!ないこれ、新手の精神系の魔法でも使われちゃっている?すぐに「アスタくんの方が全っ然カッコよかったよ!」って言い返したいのに、今の言葉が嬉しくて顔がずっとにやけちゃう。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まだ呼吸の荒いアスタくんの方を少し振り向くと、顔は額から大量の汗が流れ、肩は大きく上下して、目線は不自然というほど下に向いていた。ずっと引きこもっていた人が無理して走ったら当然こうなるのは眼に見えていた。賢い彼なら分かっていたはず。
それでも私を助けてくれるなんて。昔と変わらないアスタくんの優しさを見られて、感激とは別の嬉しい気持ちが湧き上がってきた。
「……あのモンスターは?見たことないけど……」
呼吸を整えたアスタくんは1匹のモンスターの腐肉に指をさす。
「えっ?あぁ~、あれはグリーンラビット。元々は緑色の毛をした兎だよ。本来なら体は少し硬くて斬るのに手間取るけど……これはアンデッド化して色も防御力もこんなのになっちゃっているけど……」
アスタくんはグリーンラビットの腐肉をまじまじ見る。いくら本を読んでいても生を見るのは初めてなのかな。ずっと村にいたのだから知らなくて当然。
気付けば日は完全に沈み、辺りが暗くなった。そろそろ討伐したモンスターの腐肉を処理して帰らなきゃ。そう言い出そうにも、アスタくんは未だにモンスターの腐肉を凝視している。
もしかして……ここに来たのってモンスターを見るため?……いやいやいやいや、そんなことのためにわざわざあんなに一生懸命走ったりしない……よね?私のため……だよね??
「……この子はッ!?」
今度はアスタくんが討伐したホーンラビットを指摘した。
次はホーンラビットについて聞いてくるのだろうか。自慢じゃないが私も勉強は真面目にしてきた方だ。アスタくんが望む答えを言える自信はある。
「それはホーンラビット。額に一本角を生やした兎のモンスターで……」
「……知っている」
あっ、ホーンラビットについては知っていたんだ。攻撃魔法も覚えていたし、もしかして狩りとかして見たことがあったのかな?ていうか、さっきからアスタくんの様子が変……。
ホーンラビットを見つめるアスタくんの眼はとても悲しそうだった。まるで罪悪感で心が締め付けられているかの様な眼だった。
「どうしたの?そのモンスターが殺したことを気にしているの?……もしそうなら気にしなくてもいいよ。その子は汚れから見て……相当前に死んでアンデットになったみたいだから、アスタくんが気に病む必要はないよ?」
そのホーンラビットは他のモンスター達と比べて、酷く汚れて腐っていた。私もアンデットを見るのは2度目だから詳しくは分からないが、少なくとも死んでからかなりの年数は経っているはず。元々死んでいたのだから本当にアスタくんが気にすることでもない。
「違う……俺なんだ。このホーンラビットを殺したのは……俺なんだ……!」
アスタくんはまだ納得していないようだ。
そう思い私はもう一度説得すると、何でアスタくんがそんなにそのホーンラビットだけを気にしているのか話してくれた。どうやら私は勘違いをしていたようだ。