このホーンラビットがアンデッド化したのは、アスタくんが原因らしい。
3年前、森に入ってゴブリンの探索している時、アスタくんは偶然このホーンラビットと出会った。当時は近付いてくる音だけが聞こえて、それがゴブリンと勘違いをしてしまって咄嗟に気に隠れた。近付いて来たところで持っていたスコップで攻撃してしまい、その際、ホーンラビットの一本角を折って瀕死にしてしまったらしい。
アンデット化して身体が腐肉と化しても簡単に取れる物ではないから、どうして亡くなっているんだろうって思っていたけど……そういうことだったんだ。
そして私が最初に討伐したゴブリン……あれもアスタくんが殺してアンデット化してしまったそうだ。ホーンラビットを攻撃した後、ゴブリンたちに見つかってしまい、実物を見て恐ろしく感じて逃亡。だけど、片足を攻撃されて動けなくなり絶体絶命な状況になったそうだ。その時に牽制のつもりで発動した【アクア・ピストル】が、運良く1体に命中して倒すことができた。
私が切ったゴブリンの頭部を見てみると、額に魔法じゃないと開けられそうにない丸い跡がある。間違えなく、3年前アスタくんが討伐したゴブリンだ。
つまりこのアンデッド集団は、アスタくんが倒したモンスターの死体がそのまま放置されて、数年の時をかけてアンデッド化してしまい増殖していったことになる。「全ての原因は俺だ」、そう嘆くように彼は語った。この状況を作った原因である自分自身に後悔するかのように膝から地面に落ちて両手で頭を抱える。
それでも私は……アスタくんが悪いとは思わないよ?だって……仕方がないと思う。その時のアスタくんは生きようと必死だったんだから……本当に仕方がないと思う。何も悔いる必要がないと思うよ?
そう思っても口には出さなかった。こんな言葉でアスタくんが納得できるとは思えない。そう考えると彼はホーンラビットの腐肉に触れようとする。
「アスタくん触っちゃダメ!?それに触ると腐食になっちゃう!」
腐食という単語を知っているのかは分からないが、とにかく触るのを止めさせた。アスタくんは両手を止めると強く握りしめて、ゆっくりと自分の膝の上に置いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。俺のせいで……俺なんかのせいで、こんな姿に……。本当に……ごめんなさい……」
ホーンラビットに涙を流しながら深く謝罪をする。何度も何度も謝罪して、自分を貶した。長い前髪でその表情は見えないけど、頬を伝って涙が流れているのが分かる。そんなアスタくんの背中を黙って見続けている私は、何も声を掛けられなかった。
◇
星暦2032年 冬の42日 闇の日 夕暮れ
暫くしてアスタくんが落ち着いてくれた。まだ精神的に疲弊しているようだけど、それでも立ち上がってくれた。アスタくんに協力してもらって討伐したアンデットの腐肉を処理した。私の【火魔法】で腐肉を灰になるまで燃やして、周囲の草に燃え広がないように彼が【水魔法】で消化する。
「手伝ってくれてありがとう、アスタくん。助かったよ」
そうお礼を言ったけど、アスタくんは頷くだけで返答をしてくれなかった。腐肉が完全に灰になったのを確認すると、私たちはその場で黙祷をする。仕事で何度か討伐してその命を奪ってきたけど、今回ほど命の尊いと感じたのは初めてかもしれない。それが例えモンスターでも。黙祷を終えて、私たちは静かに西門の方へと振り返って村へ帰った。
「おっ、2人ともおかえり~!どうだ、久々の草原は?懐かしめることはできたか?」
「は、はい!子供の頃に戻った気分でした!」
西門に近付くと門番さんが笑顔で迎え入れてくれた。
ここの門は左右に数本の気が隣接しているせいで、門番さんの位置からでは草原の様子を広く確認することができない。私のお気に入りに至っては完全に木が邪魔で見えることなんて無理だ。だから予想通り、門番さんはさっきまでの戦闘の様子なんて気付かなかったみたい。時間帯が夜だったらスキルの火でバレていたかもしれないけど。
「……アスタ、大丈夫か?なんか顔色が悪いぞ?」
「……」
「あぁー、えっと、疲れちゃったみたい!」
気が滅入っているアスタくんの様子をなんとか誤魔化した。まだあのアンデット集団のことを気にしている彼を速くに家に帰した方がいい。
「それじゃ私たちはこれで!失礼します!」
「おうっ!またいつでも遊びに来いよ!」
門番さんと別れて私たちはアスタくんの家へと向かう。
その道中、まだ帰宅していない村人から奇異の目で見られる。やはり家の中に閉じこもっていたアスタくんのことが物珍しいのだろう。実際に私が逆の立場だったら、一度や二度凝視してしまうかもしれない。
そんな視線の中を通り、西門からやや離れたアスタくんの家の前に到着した。だけど彼の表情は曇ったまま。流石にこの状態のアスタくんをご両親に見せるわけにはいかない。なんとかここで少しでも元の状態に戻ってもらわないと。
「アスタくん……もう気にしない方がいいと思うよ?終わらったことだし、それに……いつまでもそうやって悩み続けると、きっとあのホーンラビットもちゃんと成仏できないと思うよ?」
結果論で説得した。正直これでアスタくんが納得してくれるとは思えないけど、何も言わないよりかはマシだと思う。
そんな時、アスタくんがやっと何か言ってくれた。小さく呟く言葉を聞き逃さない様に耳を立てる。
「……確かにまだ少し気にしているよ。あのホーンラビットだけじゃない、アンデットになったゴブリン達のことも。……でも、もう大丈夫。正直まだ頭の中が整理できていないけど、それでも……ちゃんと前を向くよ。励ましてくれてありがとう、ナエナちゃん」
アスタくんは最後に小さく微笑んでくれた。
どうやら私は少し、アスタくんを過小評価していたかもしれない。私が思っていた以上に彼の心は強く、逞しく、そして優しかった。家から出ている光で僅かに見えた彼の顔がカッコよく思えるくらいに。
「そっか。……よかった!じゃあ入ろう、お家に!」
「うん」
アスタくんの家に入ると、おばさんがすでに夕食の準備をしてくれていた。その間、先にお風呂を貸してもらって身体を綺麗にする。汚れ仕事に多い冒険者とはいえ、ずっと汚いままでいたいわけではない。ましてや人の家にお邪魔しているんだ、常に清潔でいないといけない。昔からガサツな性格なのは認めているけど、流石にそれくらいの節度はある。
アスタくんの家の人たちが後でもよかったけど、まさか客人という理由で私が一番風呂を入らせてもらえた。サーネス家の人たちって本当に良い人ばかりだ。次にペレーハ村に帰ってきた時は、王都から飛び切り良いお土産を用意しないと。
私の後にアスタくんがお風呂に入ったため、出るまで屋根裏で待つことにした。理由としては最近伸びてきた髪と体をテキトーに歩きながら乾かしたかったのと、今日使った装備を手入れしたかったから。本当はお風呂に入る前にしたかったけど、アスタくんの両親から好意を無下にするわけにはいかなかったから仕方がない。
ある程度、装備の手入れを終えた頃に1階からアスタくんのおばさんの呼び声が聞こえてきた。ちょうどアスタくんがお風呂から上がって、夕飯の準備が終えたのだろう。急いで1階に下りて居間に向かうと、すでに私以外の3人が席についている。私も空いている椅子に腰を掛けて、4人で夕食を頂く。
「う~ん……!おばさんの料理、本当に美味しいです!」
「もう、ナエナちゃんったら!そんなお世辞を言ったって、特別に何か出てくるわけじゃないのよ?」
「いやいや、本当に美味しいですもん!こんな料理、久しぶり!」
確かに私が拠点としている王都は都会だから、街町と比べたら沢山の引力点がある。だけど、それを凌ぐほどにおばさんの手作り料理は美味しい。
「今日は一体どこに行ったんだ?」
「昔みたいに草原に行ってきました!変わらない景色に気持ちが舞い上がっちゃって、この時間まで遊んじゃいましたよ」
おじさんの質問にそう答えると、アスタくんの両親はまるで時間を止められたかのように、ピタッと食事の手を止める。2人の様子に違和感を抱き、顔を向けると驚愕した眼で私とアスタくんを交互に見ている。もしかして、不味いこと言っちゃったかな。
「2人で……草原に……!?」
「……ねぇアスタ、大丈夫だった?」
驚きつつも心配して声を掛けるおばさん。対してアスタくんは、その手を止めることなく食事を進める。彼は今朝、私に言ってくれたことを気にして、まだ両親と対話ができないみたい。ここは私が代わりに返答しないと。
「特に問題はなかったですよ!子供の頃みたいに遊び回る……みたいなことはできなかったけど、草原にある丘の上で景色を眺めながら話していました!」
「そ、そうなのか?……それならよかった!」
おじさんの返答の後、2人はあからさまにほっと胸を撫でおろす。アスタくんを引きこもりとなった原因の場所だからね。これ以上、なにか彼の身に何か起こるのではないかと危惧していたのだろう。この返答で間違いはなかったみたい。
1つ気になる点があるとすれば、さっきまで食事にしか目に行っていなかったアスタくんが、私の返答を聞いてこっちに一瞥してきたことかな。
なんだったの、今の「ナエナちゃんでも嘘つくんだな」って眼は?だって仕方がないじゃん!2人に「森からアンデットの集団が出てきたけど、私が討伐しました!」なんて言える訳ないじゃん!?ただえさえアスタくんの件で、草原に対してちょっと不安感を抱いているんだから!それに隠しているだけで嘘はついてない!
まあ多分、アスタくんが思っていることは、それだけじゃないと思うけど。……安心して。討伐できたからって、あの森をそのままにするつもりはないから!私の故郷なんだから、みんなの安全のために徹底的に、なんとかするよ!
心の中でそう決心した後、別の話題で変えて楽しく夕食を済ませた。
今日もご馳走になった私は、まだ食べているおばさんの代わりに皿洗いをする。昨日も本当はしてもよかったけど、客人とそんなことしなくてもいいと遠慮された。だけど、こうも連日でただ飯を食らう程、私は惨めな人ではない。食費を削ってまで私の分も創ってくれたんだ、皿洗いどころか掃除に洗濯とかも任せてほしい。そんな私の熱意が伝わり、おばさんは折れて今日は皿洗いをさせてもらえた。
私の次に完食したのが、意外にもアスタくんだった。
草原で走ったせいか昨日より食事のペースが速かった。アスタくんも一応、男の人だからこれくらいが普通なんだろう。その程度でしか思っていなかった。だけど、ふと横目でアスタくんの両親を見てみると、2人とも目を丸くして彼の食いつきように驚いていた。恐らく、こんな彼の姿を見るのは久しぶりなんだろう。2人の視線に気付いているのか分からないけど、少しは役に立てたかなと私は彼の食べる姿を見て微笑んでしまった。
「おやすみ、アスタくん!」
「おやすみなさい、アスタ」
自分の食器を私に手渡して、自室に戻ろうとするアスタくんにおじさんとおばさんが今日も声を掛ける。昨晩と同じ光景だ。その時、アスタくんが軽く頷いただけで2人はかなり驚いていた。
今まで何も応答を見せなかったアスタくんが、急に反応してくれたのだからね。今日はどうするのかなと、皿洗う手を止めて私もアスタくんの方へ振り向く。すると彼も上がる足を止めて、私たちの方へ視線を送る。
「……おやすみ」
「「……ッ!?」」
そう言い残してアスタくんは自室へ向かう。
アスタくんの行動に彼の両親は昨晩より大きく驚きの表情を浮かべる。
「……な、なぁ母さん!今……アスタ、「おやすみ」って言わなかったか?それとも俺の幻聴だったのか……?」
「わ、私も聞こえたわ……!アスタの返事が、確かに……!」
「は、はは……!なんだよ、アイツ!しばらく聞かないうちに、随分と男らしい声になってんじゃねぇか……!」
「ええ、本当にね……。あぁ……数年ぶりに、またあの子に声を聴けるなんて……!」
テーブルにまだ座っている2人がそう感慨深そうに話していた。おばさんに至っては今にも泣きだしそうだ。
そっか、私は当たり前のように会話できていたけど、ずっと傍にいたのに声すら聞けなかった2人にとっては、歓喜極まりないことなんだろう。だけど、それは私も同様。
「俺だって話したい……謝りたい……。でも、最初に……なんて言えばいいのか……分からない……」
今朝はこんなこと言っていたくせに、アスタくんはもう変わろうとしている。少しずつではあるけど、着実にこの現状を変えようと前に進んでいる。私のおかげなのか?草原のおかげなのか?それは別にどうでもいい。成長しようとする幼馴染の姿に、私は2人とはまた別の喜びの感情が芽生える。
明日はどんな変化を見せてくれるのかな。今からもう楽しみだ。