<アスタ視点>
星暦2032年 冬の43日 火の日 昼
結局、昨晩はナエナちゃんとの話が思いのほか弾んでしまった。
ふと俺が用を足しに1階へ向かった際、時計を見てみると時針は4時を指していた。流石にまずいと、自室に戻ってナエナちゃんにそろそろ寝ないかと言おうとしたが、離れている間に彼女は俺のベッドで寝ていた。
マジか……何を考えているんだ、この人は?ここ俺の部屋、男の部屋だぞ……。冒険者っていう仕事でそういうのは慣れているのか?
あまりに呆れた行動にナエナちゃんの神経を疑った。
流石にこのまま添い寝をするわけにはいかず、ナエナちゃんの体を揺らして起こそうと試みたけど、全く起きる気がしなかった。今日は色々あったことだし疲れているのだろう。無理に起こすのは酷な話か。ナエナちゃんにそっと布団をかけて、俺は静かに自室を出て屋根裏に行き、彼女の布団を借りて就寝した。
ということで俺は4時過ぎに屋根裏で一晩過ごし、今さっき目覚めた。
ナエナちゃんの布団を片付けた後、階段を降りて2階の自室の扉をゆっくりと開けて見ると、ベッドの上に彼女の姿はない。先に起きて1階に降りたのだろう。人がいないことを確認して自室に入り、寝間着から着替えて俺も1階へ向かった。
1階の居間には、母さんとナエナちゃんがテーブルの席に着いていた。俺の階段を降りる足音に真っ先に反応した母さんと目が合った。お互いしばらく見つめる。
「おはよう、アスタ」
「……おはようございます、母さん」
「……ッ!……ご飯もうすぐできるから待ってて!」
とても嬉しそうに声を出して、母さんは料理を続ける。
何故、突如として両親と会話ができたのか分からない。あれ程、無視し続けてきて、どんなことを言えばいいのか迷い続けていたのに、ふと声にして意思を伝えられることができた。別に何か思い当たる大きなきっかけがあった訳でもないのに、一体どうしてだろうか。
いや、またそんなごちゃごちゃ考えるのは止めよう。ただ言えることは、こうして俺がちゃんと返事をするだけで、まだ喜んで応えてくれる人がいる。また昔みたいに流暢に会話出来るわけではないけど、少しずつ直していこう。
料理ができるまで自分の席で座って待つと、隣に座っているナエナちゃんの様子に少し違和感を覚えた。彼女は俺の存在に気付かない程、集中して手紙を書いていた。あまりに真剣な表情で取り組んでいたから、声を掛けずに頬杖をつく。
しばらく経つと、母さんは俺とナエナちゃんの昼食を運んでくれた。献立はいつもの朝食と同じ。寝起きの俺たちに気を遣ってくれたみたいだ。
「はい、2人とも、おまちどうさま」
「ふぅ~……やっと終わった。わぁ、今日のご飯も美味しそう!」
ちょうどナエナちゃんも手紙を書き終わった。
額に流れる汗を袖でふき取りながら一息つこうとナエナちゃんは食べようとするが、ふと横にいる俺の方へ顔を向ける。ようやく俺の存在に気付いたみたいだ。
「あっ……。お、おはよう……!」
なにか気まずそうに挨拶するナエナちゃん。
どうやら俺のベッドで眠ったことに羞恥しているみたい。ちゃんと淑女としての一面も持っていたようで少し安心した。ここで変に弄るわけにもいかないし、普通に返そう。
「おはよう……」
「そういえば何で今朝、アスタの部屋からナエナちゃんだけ出て来たの?アスタは部屋に居なかったし……」
不意を突くような母さんの質問に、ナエナちゃんは顔を赤くして下に向く。
どうやら俺の部屋からナエナちゃんが退室するところを、運悪く母さんに見られていたみたい。お互い気まずくなったのか、母さんからは何も聞いていないようだ。息子の部屋から女性が出て来たのだ、そんな反応もなるだろう。ナエナちゃんは嘘偽りなく昨晩の事を母さんに話した。
「……という訳でアスタくんの部屋で熟睡しちゃいました。ごめんアスタくん!勝手にベッドを借りちゃって!」
そんなこと気にしないけど別にいいけど。俺だって無断でナエナちゃんの布団を使わせてもらったし。
「なるほどねぇ、そういうことだったんだ。それにしても、ナエナちゃん……いくら幼馴染でも男の部屋で寝るのわね~」
母さんに言葉にナエナちゃんは顔を隠すようにテーブルに伏せた。しかも更に頬が火照り、赤色の髪のせいで分かりにくいけど耳まで見事に真っ赤だ。
それにしても大人になって恥じらいを覚えたのか、ナエナちゃん……本当にいい反応をするようになったな。そういえば昨日の反応といい、男にあんまり慣れていないのか?でも俺とは昔の感じで話せているよな……何で?……深く考えることでもないか。
ようやく落ち着いたナエナちゃんは顔を上げて、両手をうちわ代わりにして自分の顔を扇ぐ。その時、彼女が書いていた手紙が目に入った。当然すぐに目を逸らす。変に動いてしまったせいで彼女にのぞき見してしまったことを勘違いされる。
「もしかして、これが気になるの?……ダメ~、見せてやんな~い!」
そう言いながら手紙を裏側にひっくり返した。さっきの意趣返しのつもりだろうけど、俺は見る気はない。
「……ねぇねぇ~アスタくん、昨日の続き聞かせてくれない?」
あからさまに話題を変えてきた。下手にも程がある。それほど手紙について、あまり触れられたくないのだろうか。
「いいけど……どこまで話したっけ?」
「ほら、クミル叔父さんに魔法を教えてもらったところだよ!」
眠気があったにも関わらず、よく昨晩の話した内容を覚えていたな。因みに俺はどこまで話したのか全く思い出せない。あまり行儀はよくはないけど、用意してくれた昼食を食べながら蓮とするか。
◇
昼食を済ませた俺は庭に出て、今日も花たちの世話をする。
暇だからとナエナちゃんもついて来て、手伝ってくれている。俺が花の点検と摘芯をしている間、彼女には水やりと施肥をしてもらった。真面目に取り組んでくれたおかげで、作業はかなり速く進んだ。
「まさか2人でやるとこんなに速く済むなんて……」
「当り前でしょ?冒険者も一緒っ、1人より2人でやった方が効率いいんだから!ところで、こっちの水やり終わったよ~。次は何をすればいいの?」
「ありがとう、もう大丈夫だよ。あとは俺がやっとくから休んでいていいよ」
「は~い!」
ナエナちゃんは仕事を終えると持っていたじょうろを片付けて、自分が水やりをした花たちはしゃがんで見続ける。
「……そういえばナエナちゃん、いつまでこの村にいるの?」
ふと気になったことをナエナちゃんに質問した。すると何故か彼女は不安そうな表情でこっちに振り向く。
「えっ、どうしたの急に……」
「いや、ただ単にいつまでいられるのかなぁって思って。俺の偏見だけど冒険者は忙しいってイメージだから」
「……アスタくんは私がもう少しここにいて欲しい?」
真顔でとんでもない事を聞き返してきた。その顔から察するに何も考えずに聞いてきたのだろう。返答に迷うな。もう少し残ってほしい気持ちがあるが、それで彼女の仕事に支障をきたしたくはない。
「……俺がこうして人と話せられるようになったのはナエナちゃんのおかげだからね。出来れば何か恩返しができるまで残ってほしいかな」
こうして堂々と外に出られているだけじゃなく、両親に言葉を発せられたのは少なからずナエナちゃんのおかげ。当然、恩を返したい気持ちがある。現状、彼女に対して何ができるのかは分からないけど、その旨を伝えてみた。
「そう、だったんだ……。ふふっ、大丈夫!私は他の冒険者よりかは稼げているんだ!お金には少し余裕があるから!迷惑じゃなかったらまだ残る予定だよ!」
不安な表情は無くなり、いい笑顔で返答してくれた。まだ村に居てくれることに正直嬉しく思う。
だけど、どうしたものか……。恩返しできるまでって言ったけど、俺に何ができるんだ?そもそも、よく考えたらナエナちゃんの好みなんて知らないぞ?……ヤバい、今日中に考えないと。
作業の手を止めて深く考えてみるが、何をすればいいのか本当に何も浮かばない。相手は王都に住んでいる冒険者だ。並大抵のプレゼントなどでは満足してくれないはず。
「アスタくんのことだから恩返しもまた深く考えて、すごい凝った物を用意するつもりでしょ?」
「……」
「……もしかして図星だった?はぁ~……あのね、私は別に恩を創りにアスタくんの所に来たんじゃないんだよ?冒険者になった報告ついでに遊びに来ただけ。そんな無理に何か物をもらっても、私がちっとも嬉しくないから!」
正論過ぎる言葉に何も返せない。
ナエナちゃんの言う通りだ。これではただ恩返しと言いながら、自己満足して解決したかっただけになる。それじゃあ彼女に迷惑なだけ。そんなことも考えなかったなんて、やっぱり俺は駄目だな。
「……まあ、どうしても何か恩を返したいっていうのなら……ここにある花たちのどれかちょ~だい!……なんてぇ」
ナエナちゃん立ち上がって、庭にある花たちを見ながらそう言った。
思いもつかなかった物の要求に驚きを隠せない。
「……本当に花なんかでいいの?王都にもっと綺麗な花が沢山あると思うけど……」
「ううん、この花たちがいいの!……アスタくんの花たちが!ここにある花たちも綺麗で、不思議と落ち着けるんだ。これを毎日見られたら、どんなに辛い依頼でもまた頑張れる気がする。だからアスタくんの花たちがいい……!」
無意識に否定するように質問してしまった。怒ってもいいような質問なのにナエナちゃんは怒らなかった。寧ろ笑って俺が育てた花たちは欲してくれた。常連の奥様方とはまた違った誰かから求められたこの感じ、無性に嬉しい。
本当に俺の花たちを求めてくれているのなら喜んで渡そう。花たちもきっと喜んでくれる。
「分かった……何度も聞いてごめんね。どの花がいい?好きなのを選んで、いくつでも」
「全部綺麗だからどれでもいいよ!あっ、でも、植木鉢1個分でいいかな。たくさん貰っても、ちゃんと全部に世話ができるかどうか分からないから……」
冒険者というのは家を空ける時間が多いのか。だけどファンタヘルムには魔石という便利な物がある。ある程度の環境に問題がなければ、植木鉢の中に事前に水の魔石を入れておけば、水やり程度は長期間しなくても問題ない。なら後は、どんな花にするかだ。
見栄えが良く、色鮮やかで、尚且つ長持ちする花になると……アレなんかどうかな?
少し移動して1つの植木鉢を手に取った。その植木鉢は以前、ナエナちゃんが綺麗といってくれた花だ。それを彼女の前に運ぶ。
「じゃあ、これをあげるよ」
「ええ、いいの!?こんな綺麗な花をもらっても!?」
この花は非売品、言い換えれば俺が趣味で育てた花だ。気に入っていたこともあって他のより気にかけて育てたおかげか、庭の花たちの中で一番綺麗になった。このまま俺だけに愛でられたまま腐ってなくなるより、ナエナちゃんにも愛でられたらこの花も嬉しいだろう。
「名前はアネモネ。この花たちの中で俺が一番気に入っていた花。……受け取ってくれる?」
植木鉢を前に出すと、ナエナちゃんは恐る恐る受け取ってくれた。本当に受け取っていいのかと何度も聞かれたが、俺の決定に変わりはない。
「……うん、このお花貰うね!……ありがとうっ!……ねぇねぇ~、ペレーハ村にいる間、このお花この庭に置かせてもらってもいいかな?できれば育て方とかも教えてくれない?」
確かにその通りだ、何で俺はわざわざ持ち上げたんだろう……。どうせまだナエナちゃんはこの村にいるんだから今手渡す必要なかったよな?……うわぁ~、ヤバい、すごく恥ずかしいッ!ロマンチストみたいなことしているの!?カッコつけすぎた……!
赤くなった顔を隠しながら、ナエナちゃんの物となった植木鉢を元の位置に場所に戻す。まだ残っている作業に戻って、さっきの行動を忘れよう。ふと彼女の方を振り向くと、しゃがんでアネモネを見続けていた。その瞳は8年前、別れたあの日のように嬉しそうな眼をしていた。この花を選んで正解だったみたいだ。それを見て心底良かったと思い、自分の作業に取り掛かった。
そういえばアネモネの花言葉……何だったっけ?人にあげる前提で育てていなかったから調べていなかったなぁ。変な意味だったらどうしよう……。花言葉って意外に変な言葉が多いからなぁ。