3年前、最初にゴブリンを見たという門番は「ゴブリン1体見た」と言っていた。だけど実際には、森には20体だった。もし門番の話が本当なら、草原で見たというゴブリンは何故、1体だけペレーハ村に近付いたのだろうか。
ここからは俺の仮説になるが、恐らくその1体は偵察としてペレーハ村の近くまで来たのではないか。そこを運悪く門番に見つかってしまい、すぐに森に戻り仲間たちに情報を共有した。もし合っているのなら色々と辻褄が合う。
あの森で最初に1体のゴブリンを倒した時、奴らの反応は本に載っているゴブリンとは思えないくらい知的だった。魔法を使える俺と戦うのは不利と考えて一時撤退をして仲間を連れて来たり、何も知らせていない仲間たちを囮に横から俺に奇襲してきたりなど、明らかに知恵があっての行動だった。
「う~ん……少なくともゴブリンが作戦を立てるなんて聞いたことないよ?」
的は外れた。だけど仮説はまだある。
床に置いてある本を手あたり次第見て、とある本を探し始めた。
「……あった」
タイトルは『モンスター生態系の秘密』。小学生の図鑑みたいな名前だが、その内容は本格的に記載されている。
本を手に取り、ナエナちゃんの隣に座ってページを開く。
「……ここだ。ナエナちゃん、これ見て」
「これって……ゴブリンの習性?」
10ページにもわたる中で、ゴブリンの気になる習性が記したページを見せる。「ゴブリンは個体差によるが、ほとんどが手先の器用さに長けている。人の生活を模倣して自分たちで道具などを生成して、狩りなどを行っている光景も発見されている。また学習能力も下級モンスターの中では比較的に高く、1度見た物や行為を、精度はさほど高くないが再現することもある。」という内容。
「それは私も知っているよ。確かにゴブリンの頭はモンスターの中だと比較的に働くけど、作戦を立てたりはしないと思うよ?あの森から草原に出て来たのも、それほど考えがあって行動していたわけじゃ……。……ッ!?」
ナエナちゃんは話すのをやめて急に黙り込み、そして口元に手を当てて深く考え始める。
「昨日話したこと覚えている?俺がゴブリンと戦ったあの話?」
あの日のゴブリンには知的な行動を見せる場面があったが、その反面、本当に同一人物とは思えないほどのありえない行動もしていた。それは俺が奇襲を受けて草原で倒れた隙にゴブリンが体の上を取った時、残りのゴブリンたちが勝利を確信して、その周りを踊りだした時だ。
普通に考えたら攻撃している仲間の手助けをしたり、とどめを横取りしたりなど、事を素早く終わらそうとするもの。だが、明らかにあのゴブリンたちはそんなことを考えず、俺が死ぬ瞬間をじっくりと楽しみに待っていた。知恵のある者からしたら明らかに非効率的な行動。あの時は切羽詰まって全く気にしていなかったが、今ならすぐに気付けた。いや、もっと早く気付くべきだった。
「もしも、ゴブリンの集団の活発化の原因が、その集団の中に……先導者がいたとしたら?」
その言葉にナエナちゃんにすぐさま俺の方を振り向く。
想像もしなかった仮説に、その表情は見たことがないほど驚いていた。
そう、あの時のゴブリンたちの戦力的撤退は自分たちで状況判断して動いたのではなく、事前に
それにゴブリンたちが装備していた武器、今思うとあれもおかしい。ゴブリンは自分で武器を作って装備することがあるから持っていることに何も思わないが、問題はその質だ。剣、斧、槍ともに、あの鋭い切れ味は少なくとも独学なうえに自然の中で作るのは不可能と思う。だからといって人から強奪した物としては見栄えが悪すぎる、手作り感が満載だった。3年前、村長の命令で燃やして廃棄にしてしまったが、今思うともう少し見てみたかった。
「それって、ゴブリンに戦略や戦い方を教えている個体がいるってこと?」
ヤバい、不安になるようなことをまた何も考えずベラベラと言ってしまったか。何も知らない田舎者がいけしゃあしゃあと出しゃばり過ぎた……。
「えっと……ただの俺の妄想だよ。いつもみたいに悪い方ばかり考えすぎただけ。村の外も知らない田舎者が言い過ぎたね、ごめん」
「いやいやいやいや、そんなことないよ!逆にすごいと思うよ、そこまで考えられるなんて!」
そう言った後、ナエナちゃんはまた静かになった。やはり冒険者として、どうしても考えてしまうのだろう。無意識に彼女に答えのない不安を取り付けてしまったかもしれない。
「……うああああ!!もう考えたせいで頭も疲れてきた!もうこの話はやめよっやめよっ!」
突如ナエナちゃんは爆発した。ギリギリまで膨らんだ風船が割れたように大声で叫んでベッドに倒れる。
ナエナちゃんの言うことには賛成だ。こんな不安になるような会話をしていても仕方がない。それに2週間後には依頼で冒険者たちが来てくれて、あの森を捜査してくれる。どうせ考えるのなら、その時でもいいだろう。
ベッドから立ち上がって、閉じた本を机の上に置いた。
「ねぇねぇ~アスタくん、何か面白い話してぇ~!」
かなり無茶な要求をしてきたな。
引きこもりの俺にはそれは流石に酷だろ。しかも前世からのコミュ障ときた。人との会話の中で面白いことを言える自信なんてない。
「ねぇねぇ~、何かないの~」
「そう言われてもなぁ……。ずっとこの村、ってかこの家で過ごしていたからね。昨日みたいにナエナちゃんが俺に質問してよ。何か気になることとかない?」
「え~~!また考えなくちゃいけないじゃん!う~~~ん……」
文句を言うわりにはちゃんと考えてくれている。本当に真面目な人だ。しかしその体勢は完全に俺のベッドで寝ている。今晩もこの部屋に寝る気か。
「それじゃあ……アスタくんの夢を聞かせてよ!」
これはまた突発した質問がきた。
夢か……。20歳にもなって言うのもあれだが、この世界でなりたいものとかは特にないな。でもせっかく聞いてくれたし……。しかし、なんて答えれば……。
「……もしかしてアスタくん、まだ自分の夢がないの?」
ナエナちゃんは視線を合わせようとするが俺は逸らした。
何も言わなかった、無言の肯定。
「うっそぉ~、まだ自分のなりたいもの見つかっていないの!?この質問10年前にもしたのに、何も考えていなかったの!」
「10年前?」
「そうだよ!ほらっ、神の恩恵の時にも聞いたじゃん!忘れたの?」
言われて思い出してみると……うん、確かにそんな事あった。どこかの定食屋で俺が返答しなかったあの時か?
「本当になりたいものや、やりたいこととかないの?」
やりたいこと……正直に言ってないな。強いと言えば、今まで迷惑をかけてきた両親にこれから親孝行していきたいというのがあるけど、多分ナエナちゃんが聞いているのは夢とは違うな。
今さらやりたいことが出来たとしても、それこそ更に両親に迷惑をかけるだけ。今の俺には夢がない方が、丁度いいのかもしれない。
「今のところないかな。こうしてこの村で平穏で暮らすことに満足しているよ」
「ふ~ん、アスタくんはないんだ。……ねぇねぇ~、それじゃあ私がアスタくんの夢を創ってあげようか!」
無いから創ってあげようとはすごい発想だな。
ナエナちゃんが創りそうな夢は間違いなく目標が高そう。でも逆にどんなことを言いだすのか気になる自分がいる。
「冒険者は嫌なんでしょ?」
「できればそう言った過激的な職はちょっと遠慮したいかな……」
「別に冒険者は、アスタくんが思っている程、過激なことばかりじゃないけどね?う~~ん……アスタくんって何ができるの?」
まるで面接だな。自己評価は苦手な方だけど……確かに俺って何ができるんだ?魔法もそれほど熟練度高くないしなぁ。唯一毎日頑張ったことと言えば、花たちを育てたことぐらいかな?
「花の世話……くらいかな?」
「あぁ~、確かにっ!アスタくん、昔からお花の手入れとかしていたもんね!……そうだっ!アスタくん西門を出てすぐの草原に花を咲かせてよ!辺り一面に全種類の花をいっぱいに咲かせて見せてよ!」
ベッドから起き上がったナエナちゃんは閃いた様な顔をして、想像もしなかった目標を口にした。驚くのを通り越して少し呆れてしまう。
「……あの草原に?」
ナエナちゃんはうんうんと頷く。
「全種類の花を同時に?」
ナエナちゃんはいい笑顔でまた頷く。
「辺り一面に?」
ナエナちゃんの純粋な目でまた頷いた。まるで頑張ったらいけると大真面目に首を縦に振る彼女を見て、思わずため息をこぼす。
要約すると、あの草原に全種類の花を咲かせた花畑を造るということだが、はっきり言って生態系状不可能だ。花にはそれぞれの適した育て方や環境が必要。確かにあの草原の広さならファンタヘルムの花の全種類を咲かせることは出来るかもしれないが、その労働量と必要経費は想像がつかない。俺1人で一から育てるのは無理だ。
「はぁ~……確かにあの草原を埋め尽くす程の花畑を造れたらすごいと思うよ。でもどう考えてもなぁ……」
「……ねぇねぇ~、花畑って何?」
ナエナちゃんに聞くと“花畑”という言葉は初めて聞いたそうだ。たくさんの花が一定の区域に咲いている、言わば一種の絶景スポットだと説明すると、彼女は見たことも聞いたこともがない首を横に振る。王都にある観賞用の花関連としたら街路樹くらいらしい。
他の大陸は知らないが、どうやらウエスト大陸では花はそれほど観賞用としての価値は高くないようだ。だから王都などの大きな街では花で場所を埋めるくらいなら建築物を優先的に立てる傾向のようだ。王都ほど安全かつ静かに花を咲かせそうな場所なのに、正直勿体ない。
「じゃあこの村がウエスト大陸で初めて、その花畑ができるわけだね!」
説明が終わるとナエナちゃんは嬉しそうにそう言いだす。もう彼女の中で、それが俺の夢として決められていた。流石にこれほどデカい規模の難題な夢は遠慮したい。
「正直に言って無理だよ。全種類の花を咲かせるなんて」
「えぇ~、なんで~?」
「花にはそれぞれの好んだ季節や環境がある。下手に合わない所で育てても花は咲かない。それに、あの草原の土はかなり固い。仮に村のみんなにあの草原での作業を認めてもらえたとしても、土を解したり栄養与えたり、明日から始めたとしても何十年かかるか分からない……」
「なら私も手伝う、私も見てみたいし!花のことはよく分からないけど、色んな魔法や魔石を使って育ててみようよ!そうすればきっと咲くし、何年経ってもずっと長待ちすると思うよ!……アスタくんは、それでも嫌?」
あの草原全体を花畑に、かぁ……。
もし理想通りの夢が達成できたら、その景色は間違えなく最初の人生も含め、見たこともない絶景になるだろう。軽く想像しただけでその幻想的な風景が目に浮かぶ。紅い花に青い花、大きい花に小さい花、綺麗は花に奇怪な花。ファンタヘルムにどんな花があるのか分からない。だけど、そんな色々な花が一ヶ所に募ったら、間違えなく俺の心は達成感に満たされる。
全種類の花を同時に咲かせるなんてほぼ不可能。だけど、俺の第二の人生を費やすには十分すぎる目標、いや夢に申し分ない。ナエナちゃんの言うとおりここは魔法がある世界だ。科学では不可能でも魔法でなら試行錯誤で実現できるかもしれない。
「あっ、笑った!ねぇねぇ~、何を想像したの?もしかしてやる気になった?」
無意識に口角が上がっていたようだ。まさか夢を考えることに楽しさを覚えるとはな。正直、自分でも驚いている。
「……うん。やっぱり、いいかもね。あの草原に花畑を作ってみるの」
返答を聞いたナエナちゃんは嬉しそうに微笑んだ。確かに面白そうな目標だけど、他人の夢にここまでの反応を見せるとは。本当に変わっている人だ。
「そうと決まれば明日からいろいろと頑張らないと。まずは花屋の手伝いをして家の経済を早く回復させないとな。そして種や魔石をたくさん発注して……想像するだけでもう完成像が遠いって分かってしまうな」
「私は……明日1人であの森を調査してみようかな?早く花畑を作ってみたいし!」
「危ないからやめたほしいかな。……そういえば手伝ってくれるって言っていたけど、冒険者の仕事があるからほとんど参加は無理じゃない?」
「休みの合間に着てあげる!あの草原もみたいし、気分転換で!あぁ~、早く作ってみたーい!」
果てしなく叶うか分からない夢を、2人で語り合った。前世も含めて、初めてできた夢に俺は年相応もなく心を躍らせた。
時計の時針は間もなく12時を指そうとしていた。静かな夜に聞こえる秒針の動く音。さながら喧騒から縁遠いペレーハ村による平和の演奏でもある。しかし、そんな平和もいつまでも続くわけはなかった。カッチカッチと秒針が進み、秒針、分針、時針が1つに重なった瞬間、ペレーハ村にかつてない異変は突如としてやってきた。