英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

37 / 72
第36話 ペレーハ村 大乱戦

 さっきまでパニック状態だった住民たちは、ペレーハ村から出た時には至って冷静になっている。いや、正確には冷静でいようとしている。

 本当は泣けるのなら声にして泣きたい、速く逃げられるなら全力で走りたい。そんな焦りと不安を押し殺して、村長の指示通りに静かにゆっくりと歩き続けている。

 

「チッ、もう少し早く進めねぇのかよッ!」

 

「ちょっと押さないでよっ!?」

 

「おいッ、追い抜きするなッ!」

 

「うわぁぁぁぁぁん!!」

 

「誰かその子供を泣き止ませろ!?」

 

 住民たちの心は宛らギリギリまで無理矢理、風船を膨らませた状態。ほんの些細な刺激ですぐに壊れてしまう。しかも後から遅れて逃げてきた住民たちは、さっきの村長の話を知らないため隊列を乱してしまう。このままでは統制が取れなくなってしまうのも時間の問題だ。

 だけど幸運にも、周りには俺たち以外の気配が全くしない。安全に避難はできている。だけど逆に嵐の前の静けさ、というものだろうか。ここまで物静かだとかえって不気味さを覚えてしまう。それは多分、他の住民たちも少なからず思っているはず。誰かが警戒心すると周りの人にも伝播して、そして警戒心とともに緊張感が高まるという今の悪循環ができあがっている。

 

 それを理解しているというのに何もできないなんて……本当に俺って無力だ。……もう余計なことを考えるのは止めよう。今はただ祈るだけにしよう。母さんと父さん、そしてナエナちゃんの無事を……。

 

「……おかしい、アイツらどこに行った?」

 

 ここで先頭の方で声が聞こえた。さっき北東門付近を調査してくれた人だ。その人の言葉に疑問を持った村長が声を掛ける。

 

「どうかしたのか?」

 

「俺と一緒に出ていた者たちなんですが……一向に姿が見当たらなくて」

 

「……どこで落ち合う予定だったんじゃ?」

 

「もうこの辺はずなんですけど……」

 

 すると道に外れている近くの草木がガサガサと音を立てた。風は吹いていない、何かがそこにいる。音を聞いて怯える住民たちを後ろに、戦おうと数名の者が前に出る。護身用に持ってきた農具を構えて草木に歩み寄る。

 そして音を立てた原因となる人物が向こうから姿を見せる。

 

「……なんだよ、お前だったのか。驚かせやがって」

 

 調査してくれた人がそう安どのため息を吐く。どうやら一緒に調査してくれた住民のようだ。

 俺の所からは暗くてよく顔が見えないが向かった者たちの反応を見て、怯えていた住民たちは落ち着きを取り戻した。脅威じゃないと分かり、住民たちもう一度歩みを進める。だけど、俺だけは立ち止まってその者を注視している。

 

「アスタ、どうかしたの?」

 

 隣にいる母さんの呼びかけに気付かず、ただその者に集中している。

 一体何故そうしているのか。それは、その者に違和感を覚えたから。

 

「ったく、そんな所に突っ立って何していたんだよ?こんな状況で冗談のつもりだったのならはっ倒すぞ?」

 

「み、んな……く……げ、ろ……」

 

「あっ、何?なんて……」

 

 前に出た者たちすら聞き取れないほどの小言。聞きとろうと前の人が近付こうとすると、何かを眼にして足を止めた。それは夜の影のせいで見えなかった、痛々しく傷付いたその者の姿であった。

 次の瞬間、この森に生き物全てに聞こえるように、その者は大声で叫ぶ。

 

「みんな速く逃げろォォォォォッ……!!」

 

 その刹那、背後から1本の矢が飛んできて、その者の後頭部にグサッと刺さる。鈍い音が鳴るとその者は前から倒れて、背後には多数のゴブリンたちがこちらを睨んでいた。

 

「う、うわぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 目の前で人が殺され、恐れていた事態になり発狂。すぐさま恐怖は周りの住民たちに伝播し、隊列はドミノ倒しのように一気に崩れた。

 

「で、出たァァァァァ!!モンスターだァァァァァ!?」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「あ、あぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 村長の注意など関係なく、住民たちは四方八方へ逃げ出していった。我先へと周りのことを気にせず強い当たりに、俺と母さんは巻き込まれ地面に倒される。

 

「痛いっ!?」

 

「母さんッ!」

 

 住民たちにゴブリンたちは装備している弓矢を構え、1体の合図と共に一斉に発射。水しぶきのように森の中を飛来して、逃げていく住民たちに命中していく。俺たちは幸いにも伏せていたおかげで、矢が頭上を通っただけで無傷。だけど他の住民たちは、半数以上は射抜かれてしまっている。中にはそれで致命傷を負った者、更には死者が出てしまった。

 

 あぁ……そんな……。

 

 目の前で飛び散る鮮明な血の色。瞬きを忘れてしまう程の衝撃的な現状。俺の思考を止めるのには十分な光景であった。

 ゴブリンたちの攻撃の手は緩むことはなかった。今度は腰に添えてある近接用の武器を手に取り、住民たちにとどめを刺さそうと一斉に走り出した。迫ってくるゴブリンの集団に住民たちの悲鳴は止まなかった。

 

【土魔法:グランド・インパクト】

 

 見えない所で地面が盛り上がり、大きく爆散した。近くにいたゴブリンたちが吹っ飛んでいく。場所は俺のすぐ背後。全く気付かなかった。

 この魔法を発動されたのは、俺の横にいる母さんだった。手を地面に触れて発動させたようだ。こんな芸当できるとは知らなかった。

 

「うちの子から離れなさいっ!」

 

「か、母さん……!」

 

「アスタっ!こっち!」

 

 母さんはすぐさま立ち上がり、俺の腕を掴んで走り出した。向かう先は進んでいた方向に対して真横、森のより深い所だ。

 

「そっちは……!?」

 

「このまま道なりで森を抜けるのは無理っ!だったら……この奥にある川沿いで逃げるしかないっ!」

 

 森の中は阿鼻叫喚と化し、俺も含め誰もがパニック状態になっている。だけど母さんだけは冷静さを欠かさず、頭を働かせていた。

 母さんは走りながら背後を一瞥する。そこには数体ほどの俺たちを追いかけるゴブリンと、更に後方には弓矢を構える3体のゴブリンがいた。不味いと感じ、母さんは俺の手を離して後ろを振り返る。

 

「ふんっ……!!」

 

【土魔法:ザ・フォール】

 

 母さんは両手を地面にドンッと触れると、ゴブリンたちとの間に土の壁が出現した。壁の高さも幅も申し分なし、これなら十分な時間稼ぎになる。だけど反対側からガリガリと土が掘られる音が聞こえる。耐久力はそこまでのないみたいだ。

 

「今のうちに逃げるわよっ!」

 

 母さんは再び俺の腕を掴み、森の奥へと走り出した。

 それから一体どれくらいは知ったのだろう。1分?10分?30分?体感時間が狂って分からない程、俺たちは必死に森の中を走り続けた。唯一分かっていることと言えば、他の住民たちの叫び声が徐々に減っていっき、いつの間にかもう消えていたということだけ。

 

 

 しばらく走り続けると、目的地である川沿いに着いた。背後にゴブリンはいない。なんとか逃げ切れたみたいだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!ここまでは、追って来ないみたいね……!」

 

 とりあえずは一安心と母さんは俺の腕から手を放して呼吸を整える。母さんが率先してくれたおかげで、俺自身は母さんほど疲れてはいない。

 川は思っていた以上に底が深くて横幅が広い。反対側まで逃げられたらよかったのだが、これでは簡単には渡れない。まあ仮に渡れたとしても今の季節は冬。冷え切っている流水に入るのはかなりの体力を消耗してしまう。

 それに問題はそれだけではない。

 

「アスタ、脚……大丈夫?」

 

「はい……なんとか……」

 

 慣れない全力疾走で脚の疲労に加え、森の草木による切傷で俺の脚はボロボロ。当然それは母さんも同じだ。だけど母さんは自分の怪我を気にせず、ただ俺の心配をしてくれる。

 

「まだ……歩けます……。本当に……大丈夫です……」

 

「そう、無理はダメよ。……静かになったわね」

 

 母さんは走ってきた方へ振り返り、そう小さく呟きた。

 本当にさっきまでの阿鼻叫喚が噓のように静まり返っている。恐らく、村のみんなはもう……。

 

「きっとみんなも逃げ切って、森の外へ出ているに違いないわ!」

 

「そうだと……いいですね」

 

「きっとそうよ!さあ、私たちも速く、隣の町に向かいま……何か、聞こえない?」

 

 母さんは元気付けるように声を掛けてくれた時、微かな風切り音が聞こえ始めてきた。小さい音は徐々に迫ってくるように大きくなってくる。一体何の音だ、どこからの音だと、周りを見渡す。しかし暗闇のせいか周囲には何も見えない。

 ここでふと空を見上げた時、風切り音の正体が分かった。それは、空に打ち上げられた無数の矢であった。

 

 一体何でこんな状況になったんだ、何だこの空は、何だあの数は、理解できない。曲射してきた鋭利な刃が迫る中、俺はそんなどうでもいいことを考え続けてしまった。その結果、俺は回避という一手に移せなかった。ついには矢が目前まで迫ってきた時、ようやく別の事を考える。

 終わった、第2の人生……。

 

「アスターーーーーっ!!」

 

 その刹那、母さんが大声は出しながら俺の方へ飛び込んで来た。母さんは覆うように俺を押し倒して上に乗る。

 色んな事が起こり過ぎて混乱していた俺の思考は、グサッと刺さる音に一瞬で止まる。痛みは感じない、だけどその生々しい音が俺の耳によく響いた。しばらくして次に考えたのは、とある1つの事だった。

 

「……母さん……?」

 

 返答してくれない。恐る恐る、乗りかかっている母さんの体を横にずらしながらゆっくりと起き上がってみると、母さんの後頭部や背中に数本の矢が刺さっていた。

 森の草木が揺れる音がすると、そこから複数のゴブリンたちが姿を見せてこっちに歩み寄って来ていた。恐らく矢はコイツらの仕業なのだろう。だけど今はそんなことどうでもいい。

 

「母さんッ!母さんッ!母さんッ……!!」

 

 頭では理解している。俺を庇ったせいで、数本の矢が母さんに深く刺さって絶命したと。だけど現実を受け入れられずに、動くはずもない母さんの体を何度も揺すって問いかけ続けた。その返答は返って来ず、耳に入ってくるのはゴブリンたちの憎たらしい笑い声と自分の涙声だけ。

 

「なんで……俺だけ生きている?どうして……俺なんかが?転生者だから?昔ゴブリンと関わったからなの?誰か……誰か教えてよ……。どうして……俺なんかがァァァァァッ!!」

 

その場に膝から倒れて固まる。今の心境はまさに人生最大の絶望。これ以上の無いと言うほど孤独感が俺を襲う。

 

【スキル:狂人化】

 

 スキルを発動してしまった。使わないように決めていたスキルだったのに、無意識に発動してしまった。それ程、今の俺にはもう余裕はないってこと。

 いつも優しく愛情をくれた母さんは死んだ。俺なんかより生き残るべき人が、俺より先に死んでしまった。目の前で大切な人が失って何も考えられない。3年前、初めてゴブリンと戦った日のように、暴れ狂いたいこの感情に身を全て委ねた。

 【狂人化】を発動すると体中の魔力が分かるほど速く巡り始めた。全身に薄青いオーラが覆い、力があふれ出てきた。それと同時に、少しずつ意識が遠くなっていく。このスキルの代償だ。

 

 意識が消えかけていく中、俺は自分自身に……いや正確には【狂人化】の俺にある指示を頭の中でいい残した。それは……「全てのゴブリンを殺せ!」だ。こんなことに意味があるのかは分からない、言うなればただの願望。そう思うほど消えかける俺には、ゴブリンに対して強い憎しみを抱いている。

 ゴブリンたちが攻撃してきた瞬間、俺の意識は完全に消えた。だからこの先どうなるのか、知ることはない。

 

 

「ギィィィィィァァァァァアアアアアッ!!」

 

 数分後、ペレーハ村の方角から何らかの重音が響き渡った。まるで巨大な怪物の咆哮のような音は、瞬く間にこの森まで届いき、全ての樹木を揺らす。

 当然それ程までの重音だったら、この森にいる全ての生物の耳に入る。【スキル:狂人化】を発動した俺も例外ではない。

 

「スゥゥゥ……スゥゥゥ……」

 

 人の呼吸音とは思えない荒々しい息吹を立てながら、俺はペレーハ村の方角へ視線を動かす。次の獲物を見つけたかのような反応をすると、俺はゴブリンから奪った粗悪な剣を持って村の方へ走り出した。

 母さんの遺体、そして俺の願望通りこの場にいた全てのゴブリンを殲滅させた跡を残して、血まみれの姿のまま颯爽と森の中を駆け抜ける。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。