<ナエナ視点>
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
アスタくんの家から飛び出して、疲労している身体に鞭を撃つようにしてゴブリンたちがいる西門へ向かっている。ゴブリンの数を考えて長期戦になるのは目に見える。【火魔法】とかで魔力を酷使するかもしれないから【俊敏化】は発動せずに魔力を温存したい。
向かう道中、さっきの悲鳴でゴブリンの襲撃と気付き始めて、民家から次々と住民たちが出てきて避難をしている。どうにかゴブリンたちがここまで来る前に逃げ切ってくれるだろうか。
あのゴブリンの尋常ではない数は、間違いなく冒険者本部から報告があったゴブリンの集団。最近では、王都フォンオートの武者修行の旅に出た跡継ぎが行方不明になったのは原因ではと噂される程、活発化しているモンスター達。まさか私の故郷にまで、その手が及んでくるとは思いもしなかった。
相手は下級モンスターとはいえ全員何かしらの装備していた。普通の村人では太刀打ちできない。ペレーハ村でまともに戦えるのは私しかいない、私がみんなを守るしかない。
でも、アスタくんなら……一緒に戦ってくれたかな。……いや、ダメ!それだけは絶対にダメ!せっかく恐怖を克服できたのに、「一緒に戦って」なんてお願いできない!
先日、草原で見せたアスタくんの射撃術はすごかった。冒険者でもあれ程の正確に狙うのは至難の業。正直どうやってそこまで射撃術のレベルを上げたのか教えて欲しいくらい。でもゴブリンと対峙したせいで、またゴブリンへの恐怖を思い出させるかもしれない。ただへさえ、あの日の戦いを教えてもらったのにこれ以上掘り返すわけにもいかない。
アスタくんには笑顔でいて欲しい。小さい頃から彼はあんまり笑ってくれなかった。まるでこの世のすべてに対して恐怖を抱いているように、周りに恐れて素直になれなかったように見えた。そんな彼がようやく私の前で笑ってくれた。笑顔を見せてくれた。もうこれ以上、彼から笑顔を奪わせたくない。私は守る、ペレーハ村も、彼の笑顔も。
そう心の中で決心した頃に、ようやくゴブリンの集団が見えてきた。
立ち止まって周囲を見渡すと、もうすでに何人かの住民が殺されてペレーハ村の中で血が流れていた。その死体は老若男女様々、殺され方も様々だ。ある者は切られ、ある者は刺され、そしてある者は引き千切られていた。運悪く西門近くの民家に住んでいた家族が襲われていた。
手遅れになってしまった、もう少し私が速かったら。そんな住民たちの死体にゴブリンたちは満面の笑みを浮かべながら大きく笑っていた。人の死に対して楽しんでいた。
「……ッ!!」
一番近いゴブリンまで約20メートル、数は7体。各々異なる武器を装備している。私からは目視できるがゴブリンたちはまだ気づいていない。何故ならゴブリンたちは、住民たちの遺体を何度も必要のない攻撃を繰り返していたから。外道の一線を越えたその暴行に、私の感情は烈火の如く熱く燃え上がらせた。
あのゴブリンたち……楽しんで住民たちを殺しているっ!まさかそんなくだらない事のためにこの村を……。許さない……絶対に許さないっ!!
完全に怒りは頂点に来し、ゴブリンたちの元へ一気に駆けだす。
残り10メートルまで迫ると、流石にゴブリンたちからも私の存在が確認された。だけど、私はすでに攻撃態勢に入っている。完全に不意を突かれたゴブリンたちにはもう対処することもできない。
ゴブリンたちが私の射程圏内に入れた瞬間、その首に目掛けて静かに抜刀しながらスキルを発動する。
「はぁあああああ!!」
【スキル:ファイア・セブン・ブレード】
鞘から抜いた剣は赤い火が纏い、近くにいたゴブリンの首を焼き切る。その瞬間に出た火力は私の感情を再現しているのか、いつもより大きく火柱を上げる。
攻撃はまだ終わらない。突如として現れた私の奇襲に、残りのゴブリンたちは距離を詰める。今も熱と火を帯び続けている剣を踊るように空を舞い、ゴブリン1体1体の横を駆け抜けて、その首を切り離す。打ち上げられたゴブリンたちの頭部は地面に落下し、立ち尽くしている胴体はすぐに力が抜けてバタバタと倒れる。
7体のゴブリンたちの絶命を確認し、後方にいる20体は超えているゴブリンたちの集団の方へも剣を向ける。
出だしは上々っ……!足の疲労が取れていないけど、まだ動ける!
だけど問題は魔力量。昼間、【俊敏化】を酷使したせいで本調子じゃない。しかもこの数……囲まれたらおしまい。魔力の配分を考えて上手く立ち回らないと。
敵が現れたと認識したゴブリンたちは、住民たちの遺体をいたぶるのをやめて、私の方へ歩み寄ってくる。全力疾走して後、最大連撃のスキルを発動したせいで私の呼吸は少し荒くなっている。その様子に気付いたゴブリンたちは余裕の笑みを浮かべる。
普通なら、あの表情を見てれば誰しも恐怖を抱くだろう。訓練を受けている者でも背筋が凍るだろう。あの数、この状況、どんな冒険者や騎士でもたちまち退避したくなる。だけど私は逃げない、絶対に引かない。だって私は、強くてカッコいい冒険者だから。
大丈夫……まだ何とかなる!
数が多いなら魔法で距離を取って攻撃すればいい!もし外しても、西門方向はほとんど燃えているから多分問題ない……。体力がもつか……いや、なんともたせる!
一度大きく深呼吸をする。
恐怖を覚悟に変えて次の攻撃のイメージをして、剣を持っていない左手を迫ってくるゴブリンたちの方へ向けて、中距離の火魔法を連発して発動する。
【火魔法:ファイア・ショット】
手の平から火の玉を乱射して放った。
1球ずつ握り拳ほどの大きさのある火の玉は数体のゴブリンに命中して、その個所に重症の火傷を負わす。予想外の攻撃に奇声を上げる仲間たちを見て、被弾していないゴブリンたちは武器を前にして身構える。盾代わりにするつもりだろうけど、私の【火魔法】はそれで防げるほど弱くはない。
火の玉は盾にした武器をも貫き、同様にゴブリンにダメージを与える。雑に乱射したせいで数球ほど外してしまったけど、それでも10体近くは火傷に負わすことができて数体は倒れ始めている。だけど夜襲してきたゴブリンたちだけあって、その攻撃の勢いはまだ止められなかった。
攻撃を受けてゴブリンたちはさっきまでの不気味な笑みを止めて、今後は怒りを覚えたような表情で私を睨む。まるで逆ギレだ、なんて忌々しい。今も【火魔法】を発動し続けている私に、ゴブリンたちは横に大きく広がって走りだす。数的有利でゴリ押して、一気に距離を詰めて接近戦に持ち込むつもりだ。ゴブリンにしては少し知恵が回るようだけど甘い。
1球ずつだと当てづらくなるのなら、広範囲で一気に撃退すればいい。ペレーハ村の中だけど、幸い周りには生存者がいないから躊躇いなく発動できる。【火魔法】を一旦止めて、両手を胸の前で結んで別の魔法を構える。
「喰らえええええ!!」
【雷魔法:カウル・フル・ボルト】
発動すると、私を中心に雷が瞬く間に周囲に走った。
ゴブリンたちの方から来てくれたおかげで1体が攻撃を受けると、連鎖する様に一気に感電させることができた。【雷魔法】を止めた時にはゴブリンたちの肌は少し焦げてバタバタと倒れていく。
しかし一向にゴブリンたちの数が減る気配がしない。魔法で倒しているだけでゴブリンたちにはまだ息があるし、燃える西門から更に増援が来続けている。
一体……どうなっているの!?なんでこんなにゴブリンが、しかもあの草原から現れているの!?もしかして、あの奥の森にずっと隠れていた?いいや、これだけの数なら、この前、行った時、気配で気付けたはず。……考えても仕方がない、今はなんとかここでゴブリンたちを食い止めないとっ!
このままゴブリン増え続けていくのなら、魔法で戦い続けるのは得策じゃない。下手に魔力を酷使したら魔力枯渇になって一気に戦局が不利になる。……ここは剣で倒していくしかない!そっちの方が確実にゴブリンたちを討伐できるし、スキルや体術を使えば巧く立ち回れるはず!
「それに、やっぱり私には剣の方が性に合うしね!行くぞッ……!!」
剣を前に出してゴブリンたちと接近戦を始める。
ゴブリンたちは剣、斧、槍のいずれかを装備している。先頭にいるゴブリンたちは私に目掛けて武器を振り下ろす。森で生息するゴブリンには勿体ないほどのその鋭利な刃物が私に襲い掛かる。だけど訓練を受けてきた私からしたら、その攻撃は下流の川に流れる1枚の木の葉のように遅く、はっきりと軌道が見える。
振り下ろすゴブリンの武器を真正面で打ち跳ね返して、体勢を崩した敵のお腹にローキックで横に吹き飛ばす。次の数体には間合いを詰めて同じように武器には武器で跳ね返し、体勢を崩している隙に何体かは蹴りで吹き飛ばして、何体かは剣で切り倒した。手にかかる返り血はとても気持ち悪いがそれを我慢して、その後も吹き飛ばしたゴブリンたちも切りにかかった。
冷静に考えてみるとゴブリンにスキルを使う必要はなかった。
私の剣術の熟練度は29、体術が27。例え集団では脅威であるゴブリンでも、個々での戦闘なら負けるはずがない。無駄に魔力を消費させる必要はない。襲い掛かってきたゴブリンを10体ほど切り倒すと、急に他のゴブリンたちが私への攻撃をやめた。武器はまだ私に向けている、戦闘態勢は解いていない。最初は実力差を知ってむやみに攻撃するのを止めたのかと思ったが、そのゴブリンたちの後方を見てみるとそうじゃあないと分かった。
更に後方から増援がきて、徐々に私の周りを囲もうとしていた。恐らくゴブリンたちは私の体力の消耗、持久戦を持ちかけようとしているのだろう。なんとも命知らずで、統率感のあるモンスターだ。現にさっきまで激しい攻撃で私は少し息が上がっている。認めたくはないけど、私はまんまとゴブリンたちの策にはまっていたみたいだ。
そんな……ゴブリンがそんな計画的な事をするなんて……!?
ウエスト大陸中の騒ぎと言い、今回の夜襲といい……一体どうなっているの!?ここまでくるとアスタくんの言った通り、ゴブリンの集団の中に戦術の心得を教えている個体がいるかもしれない。格上の相手には数で囲い込み一気に叩く……まさかそれをゴブリンが使って来るとは思いもしなかった。にしてもこの状況……。
「ははっ……。ちょっと、まずいかな……」
ゴブリンたちの思惑通り、このまま持久戦に持ち込まれたら間違いなく私の敗北。つまりはペレーハ村が終わる。【俊敏化】や【筋力強化】を使ったヒット&アウェイ戦法をしたとしても、この数でそれをしたら当然、魔力がもたいない。それにもう疲弊してきている脚がどこまで持つのか分からない。
さっきみたいに【雷魔法】で広範囲に一気に片付けたいけど、さっきからゴブリンたちは射程範囲外まで距離を取っている。攻撃する際も複数体同時ではなく1体ずつ、これはもう間違いなく【雷魔法】を警戒されている。あの魔法は基本、攻めてきた敵にカウンターをする代物。つまり私からの攻めには使えない。魔力の消費量を増やせば雷の範囲は広げられるし他の【雷魔法】も発動できるけど、そんなことすれば当然、魔力枯渇になって終わる。
潔く退避するのもあるが、これほどの数が密集している好機をみすみす逃すわけにはいかない。
せめてゴブリンの数的有利な状況を何とかしたい。西門の外……草原にまだゴブリンが控えていることを仮定して、西門を崩すべきかな?……本当はそんなことしたくはないけど、今は仕方がない。
アレを使ったら一発で破壊できるけど、できれば発動したくない。他にどうすれば……んっ?ゴブリンたち……なんか私のこと見てなくない?
ふとゴブリンたちの顔を見ると方向は私に向けているが、その眼は明らかに私ではなかった。視線の先は私の後方。ほとんどのゴブリンたちがそっちに向いている、正直何があるのかめちゃくちゃ気になる。だけど敵の前で背を見せるのは愚の骨頂。それに私を油断させるための作戦かもしれない。
「ナエナちゃぁぁぁぁぁんッ!伏せろぉぉぉぉぉおおおおお!!」
そんな予想を裏切るように、私の後方から男性の大声が聞こえてきた。
パッと振り返ると、真っ先に目に入ったのは勢いよく空を飛来するペレーハ村の石橋だった。
「……はぁっ?!」