星暦2019年 夏の32日 闇の日 朝
うっ……眩しい……!?
昨晩はナエナちゃんと遊んだせいで俺の身体は疲労困憊、瞼を閉じないようにするので必死だった。そんな状態のままお風呂と晩ご飯を済ませ、自室に帰ると倒れる様にベッドに横たわった。もう我慢の限界、そのまま深い眠りについた。そのせいで全開だったカーテンを閉めるのに気付かず、今日の朝日の光が部屋に入って眼に刺激を与える。
因みに、遊びすぎて服がボロボロに汚れた件については、両親からと怒られることはなかった。それどころか父さんに「何だぁ、たったそれぐらいしか汚れなかったのか??まだ外が明るいうちにもっと汚してこい!」と言われた。全く勘弁してほしいものだ、もうこれ以上動きたくないというのに。反して怒られずに済んだのはいいことなのだが、朝になると筋肉痛により今生初めて俺の身体は悲鳴を上げている。
「ヤバい、めっちゃ痛い……。やっぱり昨日無理に動きすぎたかぁ……今日はまともに動けないぞ。はぁ~……朝から気が滅入るなぁ」
とりあえずベッドから起き上がり、時間を確認するため部屋から出て1階に降りた。この家は花屋と繋がっており、お店と家の居間に1個ずつ時計が置かれている。時間を確認する度に降りなければならないから、なにかと不便。
痛む身体を必死に動かして1階に着くと、いつも父さんが座っている席に知らない男の人が座って本を読んでいた。最初は驚いてその場で硬直したが、よく見ると見たことがある顔であった。
「あら、アスタおはよう。今日はずいぶん起きるのが遅かったのね」
皿を洗っている母さんが俺に気付き声をかける。それに反応して男の人も俺の方を向く。
「おお~、おはようアスタ!大きくなったな~」
「お、おはようございます……」
声をかけられた俺は緊張し、2人に軽く一礼をした。頭を下げると、この人について思い出せた。
男性の名はクミル・サーネス。父さんの実弟、つまり俺の叔父だ。俺が生まれたての幼少期の頃、数回この家に訪れて俺の子守りをしてくれた。あれから数年経ち、叔父さんの雰囲気が多少変わっていたせいで、すぐには思い出せなかった。
「大きくなったな、アスタ。叔父さんのこと覚えているか?」
これにはどう返答しようか。正直に「覚えています」って言えばいいのか?でも最後に会ったのが幼少期の頃だったし、普通の子は微塵も覚えていないよな。逆に「覚えていません」って言うのは、それはそれで失礼だし。
「覚えているわけないじゃない。最後に顔を見たのは1歳か2歳の時でしょ。アスタ、この人はお父さんの弟のクミル叔父さん」
「あはは、分かってますよ、それくらい!ちょっと揶揄いたかっただけですよ!」
なんともまあ愉快な性格の人だ。本当に覚えていなかったら焦っていたよ、全く。
改めて見ると……確かに顔付とか雰囲気が、父さんと少し似ているな。やっぱりこの人の髪色も、俺や父さんと同じサーネス家特有の濃い青色の髪をだなぁ。
ファンタヘルムの住民が地球の住民と違って様々な髪色をしているのは理由がある。例えばナエナちゃんの髪が赤色なのは、彼女の家系が火魔法に特化しているから。母さんの髪が茶色なのは、その家系が土魔法に特化しているから。このように髪色は各家系の特化している初級魔法の属性に影響されている。つまり髪色でその者の得意とする魔法を示しているということ。
サーネス家の場合は水魔法に特化しており、血を受け継いでいる者の大体は青色の髪の毛らしい。だから俺も母さんのように茶色の髪ではなく青色の髪で生まれたというわけだ。
「そんじゃまぁ、ちゃんと挨拶するのは初めてというわけだな。俺はクミル、冒険者をしている。よろしくな、アスタ!」
「えっ、あっ、アスタ……です。お久しぶりです」
んっ……ちょっと待って?今、冒険者って!?
冒険者とは、住民の支援からモンスター討伐まで幅広い尚且つ仕事量が多い職業。異世界ならではの仕事で多くの者が憧れる。しかし当然仕事によってはかなりのリスクがあり、場合によっては命も簡単に落としてしまうこともあるらしい。
因みにナエナちゃんの両親が引退した理由は、彼女の誕生と同時にこれ以上危険を冒す必要がないと判断したというのは余談である。
「いや~、本当に大きくなったな。時間が経つのは早いもんだなぁ。最後に会ったのが5年……いや6年も前かぁ」
「本当にねぇ、ここまであっという間に成長しちゃったんだから。アスタ、朝ご飯用意するから席について少し待っていなさい」
母さんに言われて俺は叔父さんと一緒に自分たちの席に座った。席に座ると時間を確認しに来たことを思い出して壁にかけてある時計を見た。
えっと時間は……10時前かぁ。
普段は6時半ぐらいに起きて両親と朝ご飯を食べているが、今日は確かに起きるのが遅い。間違えなく昨日のナエナちゃんとの遊びのせいだろう。筋肉痛や間接に痛みはないけど、思い出すだけでまた疲労感が出てきそうだ。
食事を終え食器を片付けた俺はテーブルに座ってまた本を読んでいる叔父さんに歩み寄った。この世界に来て初の現役冒険者との対面。聞きたいことがたくさんある。
「……ぁ……」
「ん?どうしたアスタ?」
叔父さんの席の隣まで歩み寄ったのは良いが前世からのコミュ障のせいで中々言い出せなかった。逆に俺に気付いて叔父さんの方から声をかけてくれた。
「えっと……叔父さん……冒険者……ですよね?魔法……使えます……か?」
カタコトだが聞きたいことを聞けた。自分の中では頑張った方だと思う。
「もちろん使えるぞ。でも戦闘じゃあ主に剣で戦うから、あんまし使わないがな」
そう言いながら叔父さんは、横に置いてあった剣を手に取り見せてくれた。鞘はシンプルな造形だが、初めて見た剣に俺は無意識のうちに心躍らせてしまった。柄には強く握った跡がある。素人の俺でもよく使い込まれていることが伝わってくる。
「んっ?まさかアスタ、魔法見たことないのか?」
「……見たこと……あり……ます。でも……」
なんというか……かなり地味。指の先からシャワー状の水を出して花を育てたり、手から弱い風を出して洗濯物を乾かしたりと、俺が求めていた魔法とは根本的に違う。そう、迫力が無い。初めて見た時はすごいって思ったけど、すぐに見飽きてしまった。
「そうかぁ、ないんか……見たいか、冒険者の魔法?」
「えっ、いいんですか!?」
確かに冒険者が使う魔法を見てみたいという好奇心はある。しかし母さんは許してくれるのだろうか。
「おう、もちろん!
「大丈夫なの?」
「はい、ちょっと大きめの獣を狩るつもりなので。まぁ最悪モンスターに出会したとしても、この周辺にいるのは低級モンスターばかりだから特に問題はありませんよ。夕方までには帰ってきますんで」
「……分かった、いいわよ。あんまり無茶なことしないでね」
母さんは簡単に許可をくれた。嬉しさのあまり性格に合わず小さくガッツポーズをとった。これでようやく派手な魔法が見られる。俺は自室に戻りすぐに身支度を済ませて外に出ようとした。
「あっ、アスタ、出かけるついでにお店にいるお父さんにこれを渡してきて」
これは……花瓶の中に埋めているやつか。
母さんに呼び止められて、魔石を5、6個渡された。うちの花屋は花の鮮度を保つために、花瓶や花壇の中に土と一緒に木の魔石を入れている。他にも魔石の効果で花の綺麗さが増す。そのおかげでうちの花は近くの町から言い値で買われている。
「分かりました。では、行ってきます」
家とお店が繫がっているので、お店の入り口でそのまま外に出ようと考えた。店番をしている父さんに近づき、軽く一礼した。
「父さん、おはようございます」
「おはよう。今日はずいぶん遅かったな」
父さんも母さんと同じことを言ってきた。叔父さんはすでに外で待っているので、急いで要件を済ませよう。
「これ、母さんからです」
「ん?……あ~、これか!ありがとう、ちょうど欲しかったところだったんだ!」
頼まれていた魔石を渡すと、父さんは早速商品棚に置いてある花瓶の中に1個ずつ入れ始めた。このまま叔父さんも下へ向かおうとしたが、一応父さんからも狩りに出かける許可をもらおうと後ろから声をかける。
「父さん、叔父さんと一緒に村の外に出かけたいのですが……良いですか?」
「クミルと?……ああ、いいぞ。ただし気をつけるんだぞ」
少し間があったが許可をくれた。よほど叔父さんの信頼が厚いという事なんだろう。
「では、行ってきます」
お店の入り口から外へ出て、待っている叔父さんと合流して村の外に出た。
◇
星暦2019年 夏の32日 闇の日 昼
ペレーハ村は全体を高い木の策で囲まれている。モンスターが入り込まない様に隙間は全くなく、外の景色から完全に遮断されている。村を出入りできるための門は2つあり、1つは他の村や町へ行き帰りに使われる北東門。もう1つは村に隣接してある草原へ出られる西門。先日ナエナちゃんと遊びに出たのは西門で、叔父さんと共に通ったのは北東門。草原以外で外に出るのは初めてだ。
ペレーハ村から出て2時間近くの時間が経ち、俺たちは森の中を歩いていた。今にも周辺の茂みからモンスターが出そうだ。とても子供を連れて入るような所ではない気がする。
「それにしても雰囲気は落ち着いているわりには、やっぱりアスタも男の子だなぁ~!」
「どういう……意味……ですか?」
「んっ?だってよぉ、冒険者の魔法を見てみたいってことは、いつかは自分も冒険者になりたいってことなんだろ?分かるぞぉ~その気持ち!叔父さんもなぁ、子供の頃から冒険者になることを夢にしてきたんだ。男はみんなどうしても憧れちゃうんだよなぁ~」
別にそういうつまりはない。ただ純粋に派手な魔法が見たいだけ。なんか変に勘ぐっている叔父さんには申し訳ないけど、本当にただそれだけです。
冒険者かぁ……。確かにカッコいいとは思うけど、なりたいとまでは思わないかな。毎回仕事に命をかけるのはちょっとなぁ……。それに俺は自分で認める程のビビりだから合うわけがない。
「……叔父さんは……何で……冒険者に……なろうって……」
「よくぞ聞いてくれたッ!!」
興味本位で叔父さんが冒険者になった理由を尋ねると食い気味で返答してくれた。こうも興奮するあたり色々と語りたいのだろう。
冒険者をしている人達はそれぞれの理由でなるそうだ。名誉、お金、スリル、命に関わる危険な仕事ではあるが、普通に生活では得られないモノが欲しくてなったのは間違えないらしい。
因みに叔父さんはお金のためだそうだ。大金があれば綺麗な女性が寄ってくるという下心丸出しの理由。それでも俺は叔父さんをすごいと思う。恐らく叔父さんは今いるこの森以上の危険な場所に行って冒険しているのだから。叔父さんは話の度々決め顔をして、それを見て思わず笑みをこぼし森に入った時の不安が少し緩んだ。
そんな話をしばらくすると、少し離れた草むらがガサガサッと音を出した。それに気づいた俺たちは、叔父さんが先頭でその後ろに俺がついていく隊列になってゆっくり前進した。音がした草を回りこむように歩くと、音を出した何かが見えてきた。その姿を確認した俺たちは、バレないようにその場の草むらに座り込んで観察をし始める。
緑色の……犬?いや……狼か?
「ほお~、こりゃ当たりだな。アスタ、あれはグリーンウルフだ。……1匹だけか?珍しいな」
叔父さんは小声で教えてくれた。
どうやらわざわざここまで歩いた理由は、あのモンスターのような上等の肉を確保のためでもあったようだ。なんでもグリーンウルフは比較的に狩りやすく尚且つ肉が美味いらしい。
「さて、おしゃべりもここまで。アスタ、俺の横に来い。今からあいつを魔法で倒すから、よ~く見とけよ」
討伐宣言するけど、ここからグリーンウルフまで少し距離がある。とてもじゃないが普通では攻撃する前に気付かれてしまう。しかし叔父さんには謎の自信があった。
叔父さんは右手の親指と人差し指を立てて拳銃のような形にし、ブレないように左手で右手首をつかむ。片眼をつぶって人差し指をグリーンウルフに向けて静かに深呼吸をする。どんな魔法が出るのか今から心が躍り始めた。やっぱり叔父さんもサーネス家の人間だから水魔法を使うのだろうか。
「……うまく当たるかなぁ……」
今一瞬、不安な一言が聞こえたような……。
【水魔法:アクア・ピストル】
そう考えている途端、叔父さんの人差し指から水の球が発射されてグリーンウルフの頭を貫いた。グリーンウルフは声を上げる暇もなく撃たれた衝撃で横に倒れる。見事に仕留めた。予想していた通り水の魔法だったが、それよりも発動した魔法に対して驚いている。派手さはなかったが、それ以上の迫力にやっと魔法らしい魔法を見られた気分だ。
「ふぅ~、当たってよかったぁ~」
不安だったのなら先の自信ある宣言は何だったのだろうか。俺は死体を見ようと立ち上がろうとすると、叔父さんが俺の肩をつかみ動かぬよう押さえた。
ガサガサッと奥の草むらが揺れると、そこから更にグリーンウルフが5匹現れた。
「やっぱり群れだったかぁ……」
どうやら叔父さんはグリーンウルフが群れで行動するのを知っていたようだ。だから見つからないように、俺が立つのを阻止したのだろう。しかし残りのグリーンウルフの視線が明らかにこっちに向けている。しかもガルルルルと威嚇の声も出している。
ヤバい、かなりのご立腹だ……。これ絶対に場所バレているよな……。
「……アスタ、悪いがあいつらには
叔父さんは腰にある剣と手に取り笑いながら提案してきた。それに対してすぐさま首を縦に振った。俺のわがままで2人仲良く魔獣に食べられたくない。
「よし!それじゃあここにじっとしとけよ!」
そういうと叔父さんは柄を握り静かに剣を抜いて、叔父さんの周りの空気の流れが変わる。
【スキル:俊敏化】
その瞬間、叔父さんは俺を置いて草むらから飛び出した。グリーンウルフに向かって走りかける叔父さんはとても速く、眼で追うのが精一杯だった。突然の登場に驚いたグリーンウルフたちは四方八方に散ったが、運悪く先頭にいたものは呆気なく叔父さんの剣に餌食になった。的確に首元を切られ、そこから血が噴き出した。
すごい……!あれが、冒険者……!
そのまま叔父さんの戦いを見ているうちに、いつの間にか5匹のグリーンウルフを倒していた。立ち向かうグリーンウルフに対し、叔父さんは豪快に力強く剣を振って切り倒したのだ。しかもすべて的確に首元を狙ったため一撃である。改めてすごい叔父を持ったと自覚した。
「ふぃ~、大量大量!よ~しアスタ、これ持って帰るぞ!今日はごちそうだ!」
剣を鞘に納めて嬉しそうに叔父さんは俺を呼んだ。呼ばれて叔父さんとグリーンウルフの死体に近づくと、これをどうやって持ち帰るのかと疑問に思った。
……えっ?まさか手で持って帰るの?!
血で汚れたモンスターの死体を見て明らかに嫌な顔が出そうになったが、それを討伐してくれた叔父さんの前では堪えて見せないようにした。