英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

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第39話 怪物の咆哮

「ギイイイイイィィィィィァァァァァアアアアア!!」

 

 うっ……何!?

 

 燃えて今も崩れ落ちそうな西門の向こう側で、まるで大型の化け物が叫んだような声が聞こえた。私たちは咄嗟に耳を塞ぎ、攻撃の手を止める。学校でモンスターについて学び、冒険者になって多くのモンスターと対峙してきたつもりだけど、こんな地揺れする程の鳴き声は初めてだ。

 ゴブリンがその声を聞いて動きを止まり、乱戦はピタッと静まる。この先にもっと恐ろしいモンスターがいると察して、私たちの額に冷汗が流れる。姿は見えないものの、その咆哮で脅威さは十分に伝わってしまった。一方で、ゴブリンたちはまるで待望の指示が来たかのように、全員が不気味な笑みを浮かび始める。嫌な予感がする。

 

「おじさん、【俊敏化】は使える?」

 

「ああ。でも大昔に一度使ったきりで、上手く発動するか不安だけどな」

 

「今すぐ【憤怒の水蒸気】を解除して、【俊敏化】を発動できるようにして」

 

「……退き際か?」

 

「うんッ」

 

 私の即答にアスタくんのお父さんはすぐに従い、ゴブリンたちから大きく後退して離れる。あの咆哮がどれだけ脅威なのか、農民なりに理解してくれたみたい。

 

【憤怒の水蒸気:解除】

 

 アスタくんのお父さんの体から湯気が徐々に薄れ始める。【憤怒の水蒸気】を解除してくれた証拠だ。

 私の様子を見てゴブリンたちが一斉に西門へと走り出した。ゴブリンは次々と門をくぐって村の外へ行き、燃える西門の炎の中に消えていった。

 

 一体どういうこと?!さっきまで殺気を放っていたのに、何で全員があんなにすんなりと逃げていったの!?……いや、本当に逃げたの?もしかしてさっきの鳴き声は何かしらの命令……まさか、後退している?それこそ何で……どっちにしても何か嫌な予感がする……。

 

「あッ……おい、ゴブリンたちが逃げていくぞ!いったいどういうことだ?」

 

「分からない。でも、異常なことだってことは確かみたい。あんな軍隊みたいに一斉に後退するなんて、見たことがない」

 

「……もしかして、今が逃げるチャンスか?」

 

 確かにこれは好機とも言える。

 相手から距離を取ってくれるのなら私たちも逃げやすくなるというもの。しかも下がったのはほとんどが弓矢を持ったゴブリンばかり。残った近距離武器のゴブリンたちもこちらに武器を構えているけど、向かってくる気配がない。これほど都合が良い展開はもう無い。

 そう考えていると、何やら風切り音が聞こえてきた。音は最初大きかったが、心なしか何故か徐々に小さくなり、そして帰ってきたかのようにまた大きくなる。すぐに上を向くと、その正体にいち早く気付けた。風切り音を発していたのは西門の向こう側で放させた無数の火矢だ。その尋常じゃない数は私たちの頭上に降り注ぐ。

 

「上ッ!!」

 

「ヤッべ……!?」

 

 私の言葉に咄嗟に反応するアスタくんのお父さん。

 私たちは頭上の火矢に向かって、防除系の魔法の構えを取る。

 

【火魔法:ガルファイ・アシルト】

 

【水魔法:アグア・リカーテン】

 

 両手を上に掲げて発動すると、火が渦巻く分厚い円状の盾が展開される。盾は勢いよく振ってくる火矢を一切通さず、全て跳ね飛ばすか、逆に燃やして焼失させた。アスタくんのお父さんも、さっき見せた魔法を発動して身を護ってみせる。

 足元に落ちる矢はかなり異常な数だ。とても小部隊が放てる数ではない。もし被弾していれば即死は間違えない。防除系の魔法がなければ本当に危なかった。

 

「あっぶねぇ……!ナエナちゃん、大丈夫か?!」

 

「うん、なんとか!それよりさっきの……」

 

 お互いに安否を確認した後、私たちは再び燃える西門の方へ向く。

 ニヤニヤと醜く笑うゴブリンたち。この展開を知っていなければ、とても浮かび上がらないその表情に悍ましさを感じる。まるで前もって、こういう作戦を練っていたかのように。

 

「……やっぱもう少しシバいてから逃げるか?どうにもあのゲテモノ集団、調子乗っている様に見えるんだが」

 

「むやみに近付いたらダメ。正直、ゴブリン相手でも、次何をしてくるのか予想ができない」

 

 アスタくんのお父さんの気持ちはよく分かる。

 さっきの戦闘で個々の力量は圧倒的に私のたちの方が上。また魔法やスキルを発動して一暴れをすれば、あの憎たらしい笑みも消えて、私たちの怖気づいてくれるかもしれない。

 だけど、あの正体不明の咆哮のせいで容易にその行動が起こせない。ゴブリンたちの背後に何がいるのか判明できない以上、今は慎重に次の一手を思案しなきゃいけない。

 

「危ないッ!!」

 

「わっ!?」

 

 そう叫びながらアスタくんのお父さんは私に向かって飛び込んできた。

 勢いよく抱きつくようにきたアスタくんのお父さんに倒され、私は地面に伏せてしまう。いったい何があったのか分からず、倒れた痛みに耐えながら体を起こす。

 

「イッタァ……!おじさん、どうし……えっ」

 

 アスタくんのお父さんの背中に、3本の矢が突き刺さっていた。

 まさかアスタくんのお父さんは、これらから私を護るために体を張ってくれたの?なんで、矢はさっき全部さばき切ったはず。それに、この矢はどこから……。

 

「右後ろッ!」

 

 大声で叫ぶアスタくんのお父さんに身体が咄嗟に反応して、私の背後に迫る数本の矢を抜刀と同時に弾く。振り返った先には、矢と同じ数のゴブリンたちが民家の陰にいた。私たちが戦っている間に、息を潜んで回り込んでいた。アスタくんのお父さんはあのゴブリンたちにやられたんだ。……もっと私が周囲に気を張っていれば。

 不意打ちが失敗して少し動揺するも、次の矢を放とうと構える。そんな隙を与えるつもりはない。すかさず片腕を前に出して魔法を発動する。

 

【火魔法:ファイア・ショット】

 

 放った数発の火の玉はゴブリンたちに被弾。しかも運よく弓矢にも引火できたおかげで、あのゴブリンたちの攻撃手段を封じられた。今日ほど【射撃術】のレベルを上げておいて良かったと思う。

 

「へへっ……かっけぇなおい。流石は学校上がりの冒険者……ぐぅう」

 

 アスタくんのお父さんが今にも死にそうな程、弱り始めている。

 私にも回復系の魔法を覚えていないし、応急措置の知識も曖昧で上手くできる自信がない。とりあえずアスタくんのお父さんを安全な場所に隠さないと。背中の矢は……抜いたら傷口から開いて余計に出血させてしまうから、上からタオルで押さえておけばよかったはず。それから……。

 

「ナエナちゃん……今、俺を引きずって運ぼうって、考えてんだろ?」

 

 考えを先読みしたアスタくんのお父さんがそう言いながら見つめる。

 

「大の大人を引っ張って逃げ切れるほど、モンスターってのはお優しい生き物なんか?」

 

 いいや、現実的に無理。

 特にゴブリンなんかは弱った敵は見失うまで追いかけ続ける、悪辣なモンスターとも呼ばれている。それが武装した上に集団となれば、例え【俊敏化】や【筋力強化】を同時に発動したとしても、アスタくんのお父さんを抱えながら逃げ切ることは無理に等しい。

 

 そんなこと私の方が分かっている!

 だけど、子供の頃から知っているおじさんを、せっかく助けに来てくれたおじさんを、見捨てることなんてできない……。

 

 息がどんどん弱々しくなっていくアスタくんのお父さんをどうにかしようと考えていると、ふと西門の方から気配を感じて視線を向ける。

 西門から多くのゴブリンたちが村の敷地へと入って来た。その武装はさっきまで戦っていた者とは異なり、装備も全員弓を持っていた。このゴブリンたちが先の火矢を放ったのだろう。そして、その後ろからまた別の服装のゴブリンたちが入ってくる。

 

 あのゴブリンたちはさっきの私たちと戦った奴ら。……あの後退は火矢に巻き込まれないためだったんだ。あの大きな鳴き声は何らかの伝達の役割を……。

 やっぱりおかしい……。ゴブリンがこんな状況を予想していたかのように計画を立てるなんて……絶対におかしい!もしかして……アスタくんの言うとおり、ゴブリンに戦い方を教えている個体がいるってこと!?だとしたら一体だれが……まさかあの鳴き声の主が……!?

 

「ナ、エナちゃん……」

 

 またアスタくんのお父さんの方を見ると、私の眼だけを真っ直ぐ見つめていた。

 

「キミだけでも逃げろ」

 

「……イヤ」

 

「農民のくせにしゃしゃり出た報いだ。俺はもう、無理だ」

 

「……イヤだ」

 

「2人に、言伝を頼む。……約束守れなくてすまん、愛している、って」

 

「……お願い、そんなこと、依頼しないで」

 

「たった数日だけど、ナエナちゃんとの生活、楽しかったよ。……さぁ、早く逃げて」

 

「イヤだッ!!」

 

 まるで遺言を託すように語りかけるアスタくんのお父さんに、私は拳を握りしめながら泣くしかなかった。こんな受け入れがたい現状にそっぽ向けたい気持ちとは裏腹に、アスタくんのお父さんの言葉を一言たりとも逃さぬよう聞き入れる自分がいる。無意識のうちに、置いて逃げようとする自分が芽生え始めている証拠。この状況を打破できない自身の無力さに涙が止まらない。

 ゴブリンたちは、無情にもそんな別れの時間をくれなかった。動きを止めた私たちを見て好機だと思い、増援と共に走り出してきた。不気味な笑みを見せながら狩りを楽しもうとする姿に、今までにない程の怒りを覚える。

 

【火魔法:ジャイロ・リヴ・ファイア】

 

 片手を上にあげて魔法を発動すると、手の平の上に【ファイア・ショット】の何倍の大きさの火の球体を作り、向かってくるゴブリンたちに投げつける。着弾した瞬間、広範囲に火が広がり、半数近くのゴブリンたちが火だるまと化した。この魔法は発動するための魔力量が多い上に、景観を破壊するから使いたくなかった。だけどもう、それを気にする程、今の私には余裕がない。

 予想もしていない火の玉による奇襲に大ダメージを受けるゴブリンたち。体に引火した火を消そうと、必死に地面に這いずり回る。魔法を逃れた残りのゴブリンたちの眼光が私を睨んだ。私にまだ余力があることを確認すると、弓のゴブリンたちは少し後退して、剣や斧のゴブリンたちがまた前進する。いつの間にか眠る様に気絶しているアスタくんのお父さんを横目に、私は立ち上がって剣を構える。

 

 アスタくん……ごめんね。私も、約束破るね。今から無茶しちゃうね。こいつらには捨て身の攻撃じゃないと全滅できない。それに門の向こうに親玉も控えている……無茶でもしないと絶対に勝てない!……きっとこの戦い終わったらボロボロだろうなぁ……。またアスタくんに心配させるだろうなぁ……。

 

「それでも……やるしかないもんね。だって、私は……冒険者だからッ!!」

 

 ペレーハ村も、アスタくんのお父さんも、全部捨てない。逃げるなんて選択はしない。この命が尽きるまでゴブリンの集団に抗ってみせる。例え、その先が誰もが予想できる最悪な未来になろうとも。

 

 覚悟を決めた私は剣に少しずつ魔力を注ぎ込む。魔力は魔法やスキルを発動しない限り普通の眼では見えないけど、大量に流れたり一ヶ所に蓄積されるとオーラの様に浮き出て目視される。【ファイア・セブン・ブレード】を連続で発動するために蓄積した結果、私の剣から赤色のオーラが溢れ出ている。まるで火のようにゆらゆらと揺れている。自分の魔力ながら美しく思える。

 そんな私の魔力に恐れたのか、ゴブリンの集団は後ずさる。どんなに数がいても、やはり低級モンスター。あからさまな強者の前だと本能でたじろいでしまう。その隙を付いて一気に畳みかけてやる。

 

 だけど、ゴブリンたちの視線が私を向けているようで、私を見ていないように思えた。いいや、間違えなく私を見ていない。他に何がモンスター達の視線を独占しているのだろうか。私の背後に一体何があるのだろうか。一種の好奇心、不安、そして希望という複雑な気持ちで、私も視線の先へと振り返る。

 

「……えっ……」

 

 北東門の方から1人の農民がこっちに歩いて向かっている。戦闘経験のある者なら誰しもはだしで逃げるこの状況に、マイペースに真っ直ぐ進んでいる。その農民は強そうな武器を装備しているわけでもなく、丈夫そうな防具を着ているわけでもない。本当にただの農民が気兼ねなく散歩をしに来たかのように歩いてきている。

 そして何より、その農民は見覚えのある髪色をしていた。空よりも濃い青髪。王都でも【水魔法】の使い手の特徴的な髪色でたくさん見てきたはずなのに、その髪色だけ印象的に覚えている。

 

 こんな時に来るなんてありえない。来るはずがない。きっと疲れて見間違いをしている。そう自分に言い聞かせても、私はおもむろに向かってくる農民の、その青髪の男性の名を呟く。

 

「……アスタくん?」

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