英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

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第40話 狂戦士 アスタ・サーネス

 あれって……アスタくん?間違いない、アスタくんだ!

 何で……何で戻ってきたの?!おじさんに続いて何でアスタくんも来ちゃったの?!何を思って戻ってきたのか知らないけど、止めないと!

 

「アスタくん、来ちゃダメェッ!今すぐ逃げてッ!!」

 

 普段アスタくんに言い放つことのない程の大声でなんと止めようとした。だけど彼からの応答がないどころか、全く止まる気配が感じ取れなかった。というより、まるで私の言葉が耳に入っていないかのように、無心で向かっている。なにか違和感を覚えるけど、それよりも彼の安全が最優先だ。

 

「……アスタくん、だよね?私の話聞いている?!お願いだから逃げ、て……」

 

 ここで漸く、心の中に小さく芽生えた違和感に気付けた。

 徐々に歩み寄ってくるアスタくんの体から魔力が溢れ出ていた。だけど、私の剣から出ているものとは違い、彼のは禍々しくうねっている様に見える。ゴブリンの集団が私ではなく彼に注目していたのは、あれが原因だったのか。それにしてもなんて魔力の流れだ。色んな冒険者と組んだりして色んな魔力の流れを見てきたけど、あんなのは今までで見たことがない。

 何より、向かって来るアスタくんの表情は、まさに狂った者の様だった。目元は泣いた後なのか少し赤くそして強い殺気がこもり、身体はどこも傷がないように見えるが、その歩く姿はどこか疲労感を思わせる。ここである疑念が浮かぶ。

 

 まさかアスタくん……【狂人化】を発動したの?なんで、なんで発動させちゃったの?!……いや、それよりも話に聞いていた通り、本当に理性が無くなっている!このままじゃゴブリンとの戦闘になっちゃう!

 いくら強化系スキルだとしても、アスタくんじゃゴブリンに太刀打ちなんてできない!何とかして……アスタくんを止めないと!!

 

「アスタくん止まって!こっちに来ちゃダメ!お願いだから止まってぇぇ!!」

 

 無意味なのは分かっている。だけど私はただ叫んだ。スキルによって身体を支配されているアスタくんを、なんとしても止めたいから。

 そんな私の声が響いたのか、さっきまで視線が下向きであったアスタくんは、おもむろに私の方へ視線を向ける。断片的な知識だけど【狂人化】は一度発動してしまったら、とても他者とコミュニケーションが取れないって聞いていた。じゃあ何で、彼は私の言葉に反応したの?……いいや、違う。ただ(おと)がする方へ向いただけだ。しかも私を見ていない。彼の視線はあからさまに、西門のゴブリンの集団に向いていた。

 

 ゴブリンとの視線があった瞬間、アスタくんの魔力は大きく歪んだ。まるで癇癪に障ったかのように荒々しく。そして彼は姿勢を低くして、ゴブリンの集団に向かって走り出した。まるで【俊敏化】を彷彿とさせる程の速度で、倒れているアスタくんのお父さんと私を一瞥すらせずに走り抜ける。普段の彼なら絶対にしない行動に大きく驚愕させられた。それは当然、ゴブリンの集団もだ。

 脅威が向かってきたとゴブリンの集団は剣を構えて、弓を引いて立ち向かおうとする。このままじゃアスタくんもおじさんの二の舞を踏んでしまう。それだけは阻止しないと。

 

「させないっ!!」

 

【火魔法:ファイア・ショット】

 

 アスタくんを狙うゴブリン達にすかさず魔法を発動した。

 火の玉は走っているアスタくんの横を通り過ぎて、弓のゴブリンの方へ数発を放った。だけど先に構えていたゴブリン達の方が早く、私の魔法がゴブリンたちに命中する前に矢は彼の方へ飛んでいった。

 

 しまったッ!?アスタくん避けて!!

 

 その思いは空しく届かず、アスタくんの体に5本の矢が刺さってしまった。運よく急所には刺さらなかったけど重症に変わりはない。攻撃を受けた彼は立ったまま立ち止まった。そして顔を下に向けたままピタッと動かなくなった。

 

 そ、そんな……。もしかして……死んじゃった?……いや……。そんなの……いやだよ……。アスタくんも……死んだなんて……。

 

「いやぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

 守れなかったアスタくんの姿を見て叫んだ。今までにない絶望を味わってしまった。そう思った矢先、彼はもう一度動き始めて。私は安堵と同時に歓喜した。アスタくんが生きていたことに、すごく嬉しかった。情緒が不安定になる程、感情の起伏が激しくなってしまう。しかし、その感情は一瞬で無くなった。

 アスタくんは自分に刺さった矢を1本1本、力強く抜き始めた。激痛が走るはずなのに彼は黙々と表情一つ変えずに動き続ける。その様子を見て、私もゴブリンも硬直する。全て抜き終わると、彼は5本の矢を右手に集めて強く握ると、そのままゴブリンたちに投げ返した。

 

「えっ……」

 

 ゴブリンが放った時よりも速く、大きく風切り音を立てたその矢はそれぞれ5体のゴブリンに命中する。5体とも倒れたが絶命こそしなかった。だけど、その各部刺さった矢はとても深く、叫びながら苦しむ姿はかなり痛々しく感じさせた。

 

 嘘でしょ……。なに、今の力……?あんなの普通の人族の筋力じゃ出せないはず。これが【狂人化】の力なの……。

 

 もう一度アスタくんを見ると、矢が刺さった個所から血が流れ始めて服に染み付き始めた。徐々に広がる赤い色の面積は私の心境を一転させた。それを気にもしない素振りのまま、彼の目線は常にゴブリンの集団に向けている。全く私のことを見ていない。寧ろ、気付いていないように見えてきた。

 

「スゥゥーー……」

 

 不気味な呼吸を始める。ゴブリンによる蹂躙が始まろうとしていた場所で、民家を燃やす炎の音よりも彼の呼吸音だけ響き渡る。肺に入れた空気を静かに出すと、時が動き出したかのようにもう一度ゴブリンに向かって走り出した。

 

 どうしちゃったの、アスタくん……一体向こうで何があったの……?何が君をそこまで変えたの……?お願いだからもうそんな顔はやめて、アスタくんには似合わないよ……?お願いだからもう戦わないで、アスタくんは戦いたくないんでしょ……?お願いだから……もう、止めて……。

 

 【狂人化】を発動したアスタくんは、痛覚、知能、そして理性が無くなったかのような奇行を次々と見せる。私の知っているアスタ・サーネスとは姿形が似ているだけの全くの別人。そんな彼が次にとった行動は、ゴブリンたちのもとへ無謀にも素手で真っ直ぐに進み始めた。

 

「アスタくんッ!」

 

 今のアスタくんはもう言葉では止まってくれない。力づくでも止めようと思い立ち上がろうした瞬間、全身に激痛が走った。

 

「うぐっ……!?こ、こんな時に……!」

 

 無理にスキルや魔法を連発した疲労が今になって全身に走ってきた。動けない私を置いて、アスタくんは前に行ってしまった。

 アスタくんが直進する中、ゴブリンたちは近接部隊をもう一度後退させて、弓部隊を彼の前に移動して次の矢を準備し始める。もしまた、あの数で弓矢を一斉に放たれたら、例え中級冒険者でも完璧に防ぐのは困難。ましてや、ただの農民の彼にこの状況から生き残れと言うのは無理に等しい。

 

 ゴブリンたちの行動を見たアスタくんは、直線的な軌道から少し斜めにずらして走る軌道を変えた。その進路先には、さっき私が倒したゴブリンたちの死体がある。弓の部隊は矢の装填が終わっているが、素早く横向きに移動するアスタくんに中々照準が合わせられなかった。彼はゴブリンの死体に近付くと、その走る速度を落とさないまま手際よくゴブリンが装備していた武器を奪うように手に取る。両手にそれぞれ1個ずつ斧を装備。そして装備した瞬間、大きく上へ飛びあがりその2個の斧をゴブリンたちに向けて投げた。

 力強く投げられた斧は円盤に見える程の高速回転をして、2体の弓のゴブリンの脳天に深くめり込みながら刺さった。ゴブリンたちは自分が何をされたのか全く理解できないまま2体の仲間が絶命して、倒れる瞬間まで呆然としていた。しかし理解できなかったのはゴブリンたちにだけではない、私もだ。彼は何故あんなに素早い行動をできるのか、何故空中であの体勢のまま攻撃をできるのか、何故ただの農民があんな力を持っているのか、次々と疑問は出てくる。今の彼の状態はもう【狂人化】の影響という一言では納得できない。そう考え続けると、彼はすでに次の行動に移っていた。

 

 地面に着地してアスタくんは、仲間の死に動揺して自分に注意が逸れているこの瞬間を好機と思い、一気にゴブリンたちとの距離を詰める。道中、さっきと同様にゴブリンの死体があり、それから今度は2本の剣を拾って装備する。両手の刃を敵に向けて全速力で進むアスタくん。その足音でゴブリンたちは彼の存在に気付くけど、もう遅かった。

 ゴブリンたちがアスタくんを視界に入れた時にはすでに射程距離に入った。複数体、集まっているゴブリンたちに飛び込むと、彼は装備した2本の剣を2体の弓のゴブリンに突き刺す。これで残りの弓のゴブリンは6体、彼はそれを確認すると片方の剣を指したまま捨てて、もう片方の剣に両手で握り、それに刺されたゴブリンの肉を切り裂きながら引き抜く。

 

 アスタくんが飛び込んだ際にゴブリンたちは左右に2対4と2組に分かれた。装備、人数差、陣形からしてゴブリンが有利なはずなのに、ゴブリンたちの表情は私から見てわかるほど怯えている。ゴブリンたちの心境を無視するかのように彼は獲物を定めたかのように4体で固まっている弓のゴブリンたちを睨む。そのゴブリンたちは彼に睨まれた瞬間、さっきまであった余裕の笑みが完全に無くなり死を覚悟したかのように固まる。

 片手剣を持ち直したアスタくんは4体のゴブリンたちとの距離を一気に縮めて、今度は斬撃での攻撃を仕掛ける。流れるように1体1体のゴブリンの横に並び、去り際に確実にその首元に刃を通す。軽いフットワークで反撃の余地を与えず、瞬く間に4体のゴブリンたちは頭と胴体を切り離されて絶命した。

 

 アスタくんが4体のゴブリンを倒すが、その背中を的に残り2体のゴブリンが弓矢を引っ張る。完全に背後を取られた状況だが、彼の獲物は最初からその2体も含まれていた。彼が4体目のゴブリンを切り終わると即座に後方へ振り返る。さっきの斧と同じように装備していた剣をその2体の弓のゴブリンに投げつける。これはどう見ても悪手だ。剣は斧と違って全長が長く、そして重いせいで速度は遅く。しかもさっきの攻撃を見ていたこともあって、ゴブリンたちに剣の軌道を読まれてしまいギリギリで回避される。

 これで彼の武器は無くなった。もう攻撃手段はないと察した2体のゴブリンはもう一度笑みを浮かべて、避けた際に解いてしまった構えを再び入り直す。しかし彼にはまだ攻撃手段があった。

 

【水魔法:アクア・ピストル】

 

 弓のゴブリンたちが弓矢を引こうとした瞬間、前から2つの水の玉が飛んできた。2つの玉はそれぞれ2体のゴブリンの額に着弾して、そのままの肉と骨を貫いた。唐突に表れた水の玉はアスタくんの攻撃魔法だった。彼は剣を投げた後、すぐに魔法の発動体勢に入り、2回連続で発動した。どうやらさっきの行動はゴブリンへの攻撃ではなく、相手の反撃を遅らせるための僅かな時間稼ぎだった。

 アスタくんは弓のゴブリンを全員倒すと体勢を戻して、もう一度深呼吸する。静かに立つアスタくん、そしてその彼を囲っているゴブリンの死体の光景を見ながら私は驚愕している。6体のゴブリンを瞬く間に倒す瞬間よりも、彼の次々に繰り出す攻撃方法に驚かされている。

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