どうなっているの……あれが【狂人化】の力なの?昨晩、アスタくんにステータスウィンドウを見せてもらったけど、説明には“痛覚、知能、状況判断が鈍くなる”と書いてあったけど……あれで鈍くなっているの?状況判断して狙いを定ませないように横移動、臨機応変に対応して武器での投てき、知能を働かせてより効率の良い方から迎撃……とても鈍っているようには思えない……。
それにさっきの剣裁き、【剣術】のレベル1ができるような動きではなかった!説明に“一時的身体能力が向上される”って書いてあってけど……熟練度のレベルも一時的に向上するものなの?力任せで剣筋に軌道のブレがあったけど、あの剣裁きは間違いなく数値的にレベル10以上はある……。何で……何でそんな力を、アスタくんが持っているの……。
そう考えているうちにアスタくんは後方へ下がっていた近接部隊との接近戦が始まっていた。矢、斧、剣を使って反撃していた彼は、今度は素手で戦っている。ゴブリンたちはそれぞれ装備している鋭い刃でアスタくんに囲い込み襲い掛かるけど、彼の体術によって誰一人その身を傷つけることが出来ていない。向かって来るゴブリンに対して、彼は殴る、蹴る、受け流す等、その技量高い体術で次々と倒していく。
だけど軽く倒しているだけで戦闘不能にまでには至らない。倒されたゴブリンたちはまた立ち上がり、アスタくんにその刃と牙を向ける。20体のゴブリンが彼に攻撃をして、徐々に体力を削っていく。戦況は彼が不利な一方、全く変わる兆候が見えない。どんなに強くなっても彼は村人、正直絶望的だ。そんな戦況なのに彼の眼は、ただ暗かった。まるで大事なものが無くなったかのように絶望し、大事なものを守れなかったかのように後悔し、頼る相手がいなくなり死にたいと訴えているような孤独感を感じさせるような眼だった。暗く恐ろしく、こんな状況の中その顔色一つ変えない彼はまさに狂戦士。
怖い……アスタくんが、だんだんアスタくんじゃなくなっていくみたい……。止めないと、アスタくんを止めないと!何か確証があるわけじゃない、けどこのままじゃあアスタくんが、優しいアスタくんが変わってしまう!身体は痛い、辛い、苦しい……でも、私も……戦わなくちゃ……!アスタくんを……アスタくんをゴブリンから、あの絶望しきった感情から助けないとッ!!
私は再び剣を強く握って立ち上がった。痛みにも多少は慣れて、ふらつきそうになる足を地団駄して落ち着かせる。生じた音でゴブリンたちがすっかり忘れていた私という存在を再認識する。そんな中、アスタくんだけは私を見てくれなかった。正直に言って寂しい。だけど私のために戦ってくれている彼に文句なんか言えない。
「アスタくん……ずっと1人で戦わせてごめんね。今……助けに行くね。すぅぅ……はぁああああぁぁぁぁ!!」
アスタくんのように深呼吸をして、気合を込めた声を上げながらゴブリンたちの群れに突撃する。彼が私に攻撃をしてこないとは限らない。もしかしたら攻撃を仕掛けてくるかもしれないけど、私は構わない。例えそうなっても私は彼を助ける。この気持ちに揺るぎはない。
私の行動を見てゴブリンたち躊躇した。目の前にいるボロボロのアスタくんを先に倒すべきか、向かってくる私に応戦するべきか。どちらに優先するべきか迷う。考えて立ち止まるとアスタくんの格好の餌食にされる。彼の容赦ない拳がゴブリンたちをかき乱す。そのおかげで【俊敏化】を使うことなく難なく接近することが出来た。
今の魔力量を考えて……魔法やスキルが使えるのはせいぜい2、3回くらい。それ以上使うと今度は魔力欠乏で激しい吐き気と酔いに襲われて、また動けなくなってしまう。もうこれ以上アスタくんに負担はかけられない。……ここからは剣で戦うしかない!
ゴブリンを射程範囲に入れた瞬間、私は次々と敵を切り始めた。1体1体への攻撃は浅くしている。無理に力を使って深く切りつける必要はない。ゴブリンたちの体力はアスタくんとの戦いでもう十分減っている。後はじわじわとダメージを蓄積させて、確実に倒していく算段だ。
集まっているゴブリンたちに攻撃をし続けて、その間をかき分けるように進んで行く。今の私は速くアスタくんに合流したい一心だった。攻撃を繰り返していくうちに、体術だけでゴブリンたちと激しい攻防を繰り広げているアスタくんに合流することができた。ここまで接近してようやく彼は私の存在に気付いて、振り向いてくれた。
「アスタくんッ……!」
歓喜するように名を呼んだ。彼はそんな私に対して、望んでいなかった対応をしてきた。
【水魔法:アクア・ピストル】
アスタくんは私に指を向けて魔法を発動した。至近距離で発動されたその魔法は一瞬にして私の顔に接近する。しかし着弾はしなかった。玉は私の顔の横を通って、私の背後から攻撃をしようとするゴブリンに命中する。ゴブリンは私が振り返る前に彼の魔法によって絶命させられる。
あ、危なかったッ……!!全然、気付かなかった!前にいたアスタくんのことで頭いっぱいになっていて、後ろの警戒していなかった!……あれ?じゃあさっきの魔法って……私を助けるために……?
自分から乱戦に入った私は悠長に物事を考えてしまった。その隙でまたゴブリンに仕掛けられてしまう。何とかギリギリのところで剣で受け流し反撃をするが、やはりさっきのアスタくんの行動が気になって仕方がない。
何故この乱戦になってやっと魔法を発動したのか。何故、拳に血が出る程赤くなるまで体術を使い続けるのか。本当に【狂人化】によって知能が劣っているのか、理解できないことが増えてきた。だけど私のやることには変わりない。この状況を打開して、アスタくんをゴブリンからも、【狂人化】からも助ける。
私が参戦した乱戦は数十秒の時間が経った。
普段はあっという間に過ぎていく時間だが、戦闘においての数十秒はとても長い。戦力差で圧倒的に私たちが不利だが、消耗しているのはゴブリンたちだ。私の剣術とアスタくんの体術で徐々に体力を削られたゴブリンたちは少しずつ気絶するように倒れていき、立っている数は10体程度。戦況は順当に進んでいる。しかし体力が奪われているのは私たちも同様。疲労感を耐えながら何とか立っていられる状態だ。完全にゴブリンたちに囲まれた私たちは、お互いの背中を向け合う状況になった。
「はぁ……はぁ……はぁ……!ねぇねぇ~、アスタくん……。お願いだから……返事してよ……」
息が荒くなる中、アスタくんに声をかけ続ける。しかし彼は無言、返答どころか振り向こうともしてくれなかった。それでも諦めない。【狂人化】が解けるまで何度でも彼に声をかけ続ける。
私たちを囲むゴブリンたちは攻撃を仕掛けるのを止めると、何やらお互いに見合って話し出した。まるでこの戦況ひっくり返す作戦を思いついたかのようにゴブリンたちの中で頷き合う。話し合いが終わると囲っていたゴブリンの1体がおもむろに西門に向かって走り出した。全力疾走する姿は敵前逃亡というよりも、また別の目的によるもののように見える。そんな背中を向けるゴブリンにすかさずアスタくんは魔法の体勢になって、狙いを定める。
【水魔法:アクア・ピストル】
標準を合わせてアスタくんは魔法を発動する。しかし、まるでそれを予知していたかのように私たち囲っていた1体のゴブリンが壁になって攻撃を防いだ。
なに今の動き!?ゴブリンが他のゴブリンをあんな方法で助けるなんて……!そこまでして何で今のゴブリンを逃がしたかったの!?
アスタくんはもう1度魔法を発動しようとする。【狂人化】した彼はどうやら1体も逃がすつもりはないようだ。しかし魔法を発動しようとした瞬間、彼に異変が起きた。
構えた手元が小刻みに震え始めて、息も心なしか荒くなっている。気になってアスタくんの体を見てみると、両手は血で真っ赤になって腫れ上がり、前半分の服は先の攻撃でできた傷口からの流血で濃い赤色の面積が広がっており、足元には大量の血のしずくが落ちていた。
そうか、今までは【狂人化】のおかげで痛みが感じにくくて気付いていなかった!そのせいで蓄積されていた痛みにも気付けず戦っていた!アスタくんの身体はもうボロボロだったんだ!
アスタくんの小刻みな震えは身体的機能の低下によるもの。身体からの警告だった。彼自身気付いていないようだが彼の身体はもう限界を越えていた。
「アスタくん、休んでいて!あとは私がやるから……ね?」
逃亡したゴブリンはそのまま西門の外へと逃げられてしまったけど、今はもうどうでもいい。もしこれ以上、アスタくんが痛みに気付かずに戦い続けたら本当に命を落としてしまう。
私は彼を止めようとする。しかし彼は魔法の体勢を解くと、拳を強く握りしめてまた接近戦の体勢に入る。
「もう止めてよ……。本当に死んじゃうかもしれないんだよ?」
前方のゴブリンに剣を向けながら背後からアスタくんに忠告する。しかし彼は全く戦闘態勢を解く気はなかった。
「お願いだからもう止めてよ……私ならまだ大丈夫だから。アスタくんを守りながら戦えるから。もうこれ以上傷つけさせないようにするから。お願いだからもう動かないで。ねぇねぇ~……アスタくん!!」
アスタくんの危機に察して涙目ながらも私は忠告を続ける。なりふり構わず大声で言って、彼の反応を待った。しかしその返答はアスタくんからではなく、予想もしないモノからだった。
「ギィィィィァァァァァアアアアア!!」
西門の向こう側からまたさっきと同じの咆哮が村中に響き渡る。だけど、さっきのとは少し違った。今回は咆哮の後、何やら地揺れが感じられる。地揺れは徐々に近づくように大きく鳴っていき、不安を募らせる。
囲っているゴブリンたちは、この地揺れに対して明らかに表情を変える。立ち残っている者全員が歓喜の舞をする。まるで自分たちの勝利が確定したかのようだ。
忘れていた、この門の先にはまだあの声の主がいたんだ!?いったい何なの!?まさかこの地揺れも!?
そう考えているうちに、地揺れは唐突にして止んだ。ゴブリンたちの様子に理解できないまま、後方を振り返ってみるとアスタくんは西門の上空を見つめていた。それにつられて私も燃えている西門の上空を見てみる。そこには先までなかったはずの何やら黒くて大きな山があった。その黒い山はもう1度地揺れを起こすと燃えている西門に近づいて、その正体が炎の光によって明白に理解した。
認めたくないけど認めるしかない。あれは山じゃあない。頭から鋭利な3本角を生やした巨大なモンスターだ。