意識が戻った時、俺は辺り一面真っ暗の場所にいた。転生の神様と対談した場所とはまるで真逆の世界。暗くて、何もなく、まるで深海にいるのかと思わせるのかの様に、無の世界にいた。
何故こんな場所にいるのか心当たりはある。今も鮮明に覚えている。あの巨大モンスターに殺されたからだ。
ヤバい、最悪……本当に最悪だ。せっかく神様のご厚意で第2の人生を送れたのに、まさかモンスターに叩き潰されて殺されるなんて。こんな惨めすぎる殺され方なんてあるか?しかも、また20歳で死んだ。別に長寿したかったわけじゃないけど……。せめて……せめてもう少しあの世界で生き続けたかった。魔法があって、面倒な経済問題がなくて、日本とはまた違った美味しいごはんがあって、そして何より……あの温かい家庭。
ようやく……ようやくこれから両親に恩返し出来るって言うのに、また……また俺は家族に迷惑をかけたまま、死んでしまったのか……。
一体どこで何を間違えていたんだ?ゴブリンの集団が襲ってきたあの夜、俺は選択を間違えたのか?ナエナちゃんの言うとおりに、彼女を置いて村の住民たちを先導して避難したのは正しかったのか?勇気をもってナエナちゃんと共に戦っていればよかったのか?それとも……ナエナちゃんがまだ俺の家にいた時に、ナエナちゃんを止めて一緒に逃げればよかった?どれが正解なの?どれがよかった?あんな状況の中……一体俺はどうすればよかった?
……もう、いいか。全ては終わったんだ……何もかも全部。どうせ今に考えても結果は変わらない。あんな惨劇が起きてしまったっていう現実は変わらない。せめて、両親2人が無事であることを願う。他の住民たちも無事だといいけど。今の俺にはただ祈ることしかできない。どうかみんな無事に村から逃げていてください……そして、ナエナちゃん……ごめんね。俺なんか一緒に殺されてしまって……本当に、ごめんね……。
両手あれば祈りたかった。眼があれば涙を流したかった。刃物があれば自身を切り刻みたかった。だけど俺は何もできない。何故ならもう魂だけの存在、身体なんてものは無い、死んだのだから。
何もない無の世界に意識を取り戻して少しの時間が経った。時間という概念があるのか怪しいこの空間に、無重力を感じさせられながらさ迷っている。終わりのない空間に気が滅入りそうになる。これはきっと罰なのだろう。自分の自己勝手な判断で村の住民たちを巻き込んだのだから当然の報い。
そう解釈した俺は、自分からこの空間を受け入れた。もう何も考えずにずっとこの世界で1人になろうと考えた、独りでいようと覚悟した。もう何も考えないようにした。その瞬間、唐突に一筋に光が見えた。黄白色に輝く光は米粒にも満たない小さなものだが、徐々に近づいてくるのかのように大きくなり、やがて俺の意識は光に取り込まれた。そして俺はまた意識をなくした。
◇
星暦2033年 秋の77日 氷の日 朝
目を覚ますとそこは知らない天井だった。俺の家と同じ木造建築だけど、うちのとは微妙に違う。横を見ると視界の端で木の柵が見えた。ペレーハ村の隙間の無い柵とは違って、等間隔に間があって柵の外が見える。仰向けに目覚めた俺はしばらく呆然となる。
どういうこと?俺……生きている?あの惨劇から生き残れたのか?……いやいやいやいや、そんなわけはない!俺は確実にあの巨大モンスターに殺されたはず!?あんな攻撃を受けて生きているなんてありえない!?……だけど、生きて……いるよな?
身体は動かせない、声はうまく出ない、何故か全身だるい、だけど俺は生きていた。まだ状況の整理がつかないけど、俺は助かったんだ。他に情報を得ようと動こうとするけど、何故か身体だけではなく首も以前のように自由に動かせない。恐らく巨大モンスターの最後の攻撃を受けたせいで身体がかなりの重傷を負ったせいで動けないのだろう。普通に考えれば当然だ。生きているだけでも奇跡と思わないと。しかし多少揺れる程度で動くことはできる。試しにゆさゆさと動いてみた。
「……あら、起きたのね。おはよう。貴方~、起きましたよ~」
柵の上から女の人がのぞき込んできた。俺を囲んでいる柵を大きく超えるその身長はまさに巨人。女の人は嬉しそうな表情で俺を見つめる。あの巨大モンスターがまた現れたのかと思い正直かなりビビった。
女の人が大声で誰かを呼ぶと、遠くから足音が聞こえ始めた。走るその足音は徐々に近づき、最後に扉が開くような音がした。制限された視覚の範囲で何も見えないけど、誰かがこの部屋に入って来たということだけは理解できた。その者は少しずつ俺の視界に入ってきて、顔を確認できた。
叔父さん……クミル叔父!?えっ……どういうこと!何で叔父さんが巨人みたいにそんな大きくなっているの!?
なんと部屋に入って来たのはクミル叔父さんだった。お互い色々と事情があったせいで6年ぶりの再会だ。少し老け込んでいるけどすぐに気付いた。しかし以前会った時とは打って変わって叔父さんの姿は巨人のように大きくなっていた。
「お、起きたか!おはよう~、マイベイビ~!」
そう言いながら叔父さんは柵の中に手を入れて、俺の腹部をくすぐり始める。まるで赤子のような扱いだ。叔父さんの唐突なおふざけにどう反応すればいいのか困った。何とか意思疎通をしようとするけど、身体は揺らせるだけで声は上手く発することもできない。ただ叔父さんのおふざけに付き合わされた。
ある程度ふざけると叔父さんはようやく俺から手を離すと、その光景を傍観していた女の人が俺に指を指して、とあることを言い出した。
「ねえ貴方、そろそろ決めませんか?……この子の名前」
「ユシア……そのことなんだが、良いのを思いついたんだ」
……えっ?何で叔父さん俺に名前つけようとしているの?俺の名はアスタだよ?まさか忘れられたの?……いやいやいやいや、流石にそれはないと思う。もしかして俺……あの巨大モンスターの攻撃で顔の形が変わったの?
「……アムヌ、アムヌ・サーネスなんてどうだ?」
「アムヌ……良いですね!きっと貴方みたいに活発な男の子に育ちそうです」
「よっしゃ決まり!よしよしベイビー、今日からお前は……アムヌ・サーネスだ!」
2人は嬉しそうに話し合うと叔父さんは再び柵の中に手を入れて、その大きな腕と手で寝ている俺を天高く持ち上げた。上から見下ろした巨大な世界は、家具、ベッド、全てがごく一般的な家庭の部屋だった。それを見て瞬間ようやく2人の会話、そして俺自身の状況に理解できた。叔父さんが大きくなったのではない、俺が小さくなったのだ。いや、もっと正確に言うと2人の会話から考察するに、また俺は赤子になったのだ。
「よしよしアムヌ~!一緒にご飯食べましょうね~!」
「ふふ、もう貴方ったら。もっと優しく持ってください。首が座ったばかりとは言え、まだ赤ちゃんなんですから。」
2人は俺を抱えたまま部屋から出て、食卓へと向かい始めた。叔父さんに大切に運ばれる俺は、抱えられる際にようやく自身の今の身体の状態を確認できた。小さな拳、短い脚、可愛らしい白いベイビー服、推察通り俺は何故か赤子になってしまっていた。笑顔で歩く大人2人とは反対に、俺の脳内はこの現状について深刻に考え始める。
一体どういうこと……何でこんな姿に……。もしかしてまた転生の神様が生き返してくれたのか?もしそうなら何で1回目の時とのように、対面させてくれなかったんだ?それに……俺みたいな奴にそう何回も転生してもらってもいいものなのか?……いや、そもそも神様の力なのか?でも他に思い当たる節はない。まさか……あの化け物に何かされたのか?!そういえば……攻撃される前に何かされたんだ!!
断面的な記憶を必死に模索し続けて、あの時の状況を振り返った。そして思い出せたのが、殺される寸前に俺は額に巨大モンスターの爪を押し当てられたこと。その後、意思とは無関係に俺の前にウィンドウが開いたことだ。巨大モンスターのあの行動は何らかの意味があったと今になって気付けた。
そうだ、ステータスウィンドウ!ウィンドウで表示されたということは、俺のステータスに変化が起きたということだよな。この2人に見られないように自分だけ目視するように意識して……よし、“ステータスオープン”!……あれ、開かない、何でだ?もう一度……“ステータスオープン”。……ダメだ、開かない。もしかして、この身体だから開かないのか?
ステータスウィンドウは春の10日、通称神の恩恵で10歳になった子供たちが王都の教会に集まって、その日に配られる神菓子を口にすることで表示できるようになるもの。恐らく表示できないのは、この身体はまだ神菓子を口にしていないからだろう。
つまり現状、俺は何もできない。ただ叔父さんに抱かれて運ばれるだけ。そして断面的とはいえあの時の悲劇を思い出したせいで、俺はあの時の自身の行動に腹を立てながら深く後悔し始めた。何故あの時、もっと意識して自身の変化に見つめなかったのだと。何故あの時、簡単に生きることを諦めてしまったのだと。しかし今そんな感情を抱いても何も変わらない。もう変えることが出来ない。
◇
食卓へと移動した俺たちはそれぞれの料理を食べた。叔父さんたち大人はテーブルの上の料理を食べて、俺はユシアという女性の母乳で食事を済ました。唐突に服を脱ぎだした瞬間は本当にびっくりした。見た目は赤ん坊でも中身は40歳の男には刺激が強い。最初は抵抗したけど、赤ちゃんの本能なのか淡々と済ましてしまった。その後、食休みで俺はソファーの上で寝かされ、ただ天井を見つめている。
「そういえば貴方、あと2日で一周忌が経ちますよ。そろそろお墓参りに向かって方がいいではないのかしら?」
横に座っているユシアが暗い表情で叔父さんに問いかける。叔父さんも少し暗い表情になって固まる。
「そうか……もう1年が経ったのか、早いな。そうだな、お前やアムヌも紹介したいし行くか。本当はもっと早くお前を死んだ兄さんたちに紹介してかったんだけどな……。絶対に気があったと思うぞ、義姉さんや……アスタに。本当に紹介したかった……」
……一周忌?死んだ兄さん?紹介してやりたかった?……なんで全部過去形なの?何でまるでもうできないみたいな言い方なの?叔父さんの兄さんって、俺の父さんのことだよね?何でそんな言い方するの、それじゃあまるで父さんたちはもう……。
叔父さんたちの話を聞いた瞬間、断面的な記憶を全て思い出すことが出来た。ペレーハ村から逃げたが待ち伏せていたゴブリンに襲われ、俺を庇って母さんが目の前で死んでしまったこと。そのショックで自分勝手に【狂人化】を発動してしまったこと。全てを思い出した。それだけではない。
その後、ペレーハ村に戻って西門に向かい、ゴブリンの集団に無謀にも突撃したり、巨大モンスターに戦いに挑んだ挙句その反撃で体が動けないほどの重傷を負ったり、最後の最後まで止めようとしてくれるナエナちゃんを無視したりと、意識のなかった自身の行動まで思い出してきた。フラッシュバックで脳裏に流れるその映像により、俺の心境は気が狂いそうなくらい歪んでいく。
そうだ……母さんはあの時に!?ナエナちゃんの横には、父さんも血を流して倒れていた。それに他の住民たちも……みんな……みんな死んじゃったんだ。思い出した……思い出した……思イ出シタ……。じゃあもう、みんなにはもう……会エナイ?ソンナ……父サンヤ母サン、……なえなチャンニモ?ウゥ……ウワアアアアアァァァァァ!!
一ヶ所空いていたパズルのピースがはまったかのように記憶の全てを、あの惨劇の全容を鮮明に思い出した俺は、大きく喚くように泣き始める。赤ん坊が唐突に泣くと大人2人は驚き、何とか必死に慰めようとするけど、俺は泣き止まなかった。声が枯れるまで泣いた。心の底から泣いた。赤ん坊の持てる全ての力を使って泣いた。とにかく泣き続けた。もうあの人たちには会えない、俺のせいで多くの人の人生を終わらせてしまったと思いと泣き止むことはできなかった。
しばらくすると俺は無意識に泣き止み、さっきまで騒いでいたとは思えないほど静かに眠った。それまでずっと世話をしてくれた大人2人はそんな俺の姿を見て安堵のため息をつく。2人は“赤ちゃんは泣くのは仕事”と思い、この騒動を深く追求しようとしなかった。原因不明の号泣に疲れ果てた2人は俺をさっきの部屋に連れて行き、ベッドの上に静かに寝かせて退出する。部屋で1人になった俺は夢の中でもあの時の記憶が鮮明に蘇り、悪夢の如くうなされ続けた。
この時、俺は気付かなかった。これが苦難の続く人生の入り口だということに。ここからが本当の生き地獄の始まりだとは、誰も予期していなかった。そして俺はこの日から笑うのを止めた。多くの人たちの人生を潰した俺に、笑う資格がない。