英雄たちが求めるエンディング   作:岩ノ川

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第45話 ポスロ・サーネスの過去

<ポスロ視点>

 俺の名前はポスロ・サーネス、19歳。

 ウエスト大陸のサロッジュの街で育ってきたサーネス家の長男坊。

 

 お袋は俺が11の時に病気で他界して、今は親父と弟の男3人で暮らしている。趣味は勇気をもって女性に話しかけられる(ナンパ)こと、学歴はなしだが算数はできる。普段は木こりを商いとしている親父の手伝いをして小遣い稼ぎをしている。彼女いない歴オール年齢の絶賛彼女募集中で未来栄光ある若者だ。

 

 いや~、何で彼女できないだろうね~?自分で言うのもあれだけど顔には自信があるんだよな。やっぱり勉強が出来ないのはまずいかな?でも普段仕事で丸太を掛け算とかで数えて計算はできる方なんだよ。まあ逆に漢字とか読めないけど……あと朗読もできない……追加で難しい文字も書けない……やっぱり最低限の勉強はした方がいいのかな?……まあいいや、さっきかわいい娘見つけたから今日も今日とて楽しんでいくか!

 

 

星暦2009 夏の74日 水の日 朝

 

 今日は清々しい朝を迎えられた。昨日、声を掛けたかわいい娘のスラッシュビンタをくらい、今でも左頬に痕が残っているがとにかく良い朝だ。くらって分かった、絶対あの娘は格闘家だ。攻撃をくらうまでその娘の手が全く見えなかった。何故ビンタされたのか心当たりはある。恐らくほんの少し、俺の誘い方がしつこ過ぎたのだろう。頑張って食いついたつもりだけど、あの娘にとってそれが迷惑だったのだろう。まぁ今後の反省点としてこの身と共にしっかりと覚えておこう。

 部屋から出ると朝食の臭いに連れられて食卓へと向かう。着くと早く起きしていたクミルが調理をしている。

 

「お~っす、クミル」

 

「おはよう、兄さん。……昨日の敗戦の後がよく似合うね」

 

「うるせぇッ!」

 

 クミルは俺の6歳下の弟。男だらけの家庭で唯一料理できる。クミルがいなかったら間違いなく俺と親父はとっくに飢え死にしている。それぐらいクミルの料理は俺たちに木こりという重労働ができるくらいの力をくれる。

 そんなクミルの夢は冒険者になること。男なら一度は憧れる職業だ。冒険者になるために今はこの街にある学校へ通っている。つまりは学生だ。俺とは違って毎日勉学に明け暮れている。

 

「親父は?」

 

「もうとっくに仕事場に向かったよ。今日は東門付近でやっている建築現場まで丸太運びだって。父さんが出て1時間以内に来ないと、大木に縛り付けて一緒に木こりしてやるって言ってたよ」

 

「お~う、()ぇ~。それじゃとっとと朝飯済まそうか、いただきま~す!……ってそういえばお前学校は?今日はバリバリの平日だぞ」

 

「ああ、今日は学校休みなんだ。先生が女子生徒の下着を盗んでね、それについて学校側がどう対処しようかとかで今日会議するんだって。あと2日は休みだよ」

 

 そういえば昨日ビンタをくらった後、家に帰る途中そんな話聞いたな。やっぱり、こんな田舎の街の学校じゃ教師のレベルが低いな。クミルには王都とかの一流の学校に行かせたかったけど、うちにはそんな金がないうえに今の生活で精一杯だ。クミルには本当に申し訳ないと思う。

 

「……兄さん、食事中にちょっといい?」

 

「んっ、どうした藪から棒に?まさか……お前彼女できたのか!?」

 

 久々に真剣な表情のクミルを見てそう解釈した。お兄ちゃんは絶対に許しませんよ。13歳の子供で、何より俺よりも先に彼女を持つことは許しませんよ。

 

「……本当はさ、兄さんも学校に通いたかったんじゃないの?俺なんかよりも、兄さんの方が冒険者になりたかったんだよね?」

 

「またその話しか。何回も言っているだろ?俺はお前とは違って12歳の時、字の読み書きすらできなかったんだ。そんな俺よりもお前が行った方がいいに決まっている。そうだろ?」

 

 返答を聞いてクミルは固まった。

 クミルは入学前から自分が通うよりも俺を入学した方がいいのではないのかと何回も思いを告げてきた。もっと言うのであれば、俺と一緒に学校に通いたかったのだろう。だけど、うちは名の知られていない木こり、衣食住には困っていないけど貧乏な方だ。そんな家庭から2人分の授業を払えるわけがない。だから俺は12歳の時、学校に入学するのを止めて、小さい頃から冒険者に憧れている6歳のクミルに譲ることにした。

 

「……じゃあ、何で冒険者にならないの?別に学校に行かなくても冒険者の試験は受けられるんだよ?」

 

「剣や魔法が使えないうえに知識もない。そんな奴が冒険者試験に合格できると思うか?それに、例え合格できて冒険者になったとしても、すぐにモンスターに殺されるわ。お前は俺に死んで欲しいのかぁ??」

 

「別にそう言うわけじゃ……」

 

「はいはい、この話は終わり。ごちそうさま。んじゃ俺は仕事場に向かうわ。親父に胴体真っ二つにされたくないし」

 

 食べ終わった皿を洗い場に置き、部屋にある仕事道具を取って、そのまま家を出ようとした。

 

「いってらっしゃい。……学校に行ったら彼女できるのに」

 

「行って来る。……学歴なしでも作ってみせてやるよ!」

 

 そんな捨て台詞を吐いて家を出た。東門はここから走って5分弱は掛かる。親父に切り裂かれる前に走って向かう。走っている中、クミルが言っていたことが少し過ってしまう。

 クミルの言う通り、俺も小さい頃は冒険者に憧れていた。少なくても8年前までは冒険者になろうという意思はクミルより強かった。そんな時、不治の病を患っていたお袋が唐突に逝っちまった。誰よりも愛していて家族の中心的な存在の人だった。残された男3人はお袋の墓標の前で泣いた。男というプライドなど捨ててただひたすらに泣いた。

 そんな中ふと俺は冷静になった。本当に唐突だった。周りの光景や変化に視界が入られるようになり、うちの経済について把握することが出来た。そして知ってしまった、これでは俺たち2人が学校には行けないと。仮に先に俺が入学したとして、クミルが12歳になるまでに同等の入学金と学費を用意して払おうとするのは、現実的に無理だ。だから俺は夢を諦めて、クミルに託した。お袋が亡くなった現実と比べれば意外に平気だった。

 19歳になった今でも少し心残りはある。だけどもういい、俺よりもクミルの方が優秀なのは確かなのだから。クミルが強い冒険者になってくれるのならそれでいい。俺は俺なりに新しい夢を見つけるために、今日も仕事帰りに女性に話しかける。そう考えると仕事前から精が出てき始めた。早く行って早く終わらせよう。

 

 

星暦2009 夏の74日 水の日 夜

 

 時間は21時。日は完全に沈み、暗くなった道に街路灯が灯り、その光に当たりながら重たい身体で懸命に家に帰っている。朝にはあった女性に話しかける気力はすっかり無くなり、飢えた動物のように猫背になって歩く。因みに親父は仕事が終わった後、今回の依頼主と明日の仕事について話し合うため残り、俺だけ家に帰らせた。

 

 やっと仕事が終わった……まさか日が沈むまで働かされるとは思わなかった。確かに寝過ごした俺が悪いけど、普段の倍の重労働に昼食なしって……ひどい、ひどすぎるッ!親父には心底怒りを覚えたぞ!寝ている間、鼻の穴に水をぶっかけて夢の中で溺れさせてやろうか!……いや、今回は俺が悪いか。

 

 木こりは商人とかとは違った部類の仕事だが、当然ながらその仕事の質で信用は成り立っている。良い仕事ができるからこそまた次も依頼される。うちは仕事の質はそこまで悪くないが知名度が低い。ただでさえ仕事の依頼量が少ないのにこれ以上顧客を減らすわけにはいかないのだ。もし今日俺の遅刻で相手の機嫌を損ねたらうちの収入はまた減ってしまうところだった。今回は本当に悪かったと自重しよう。

 そう思いながら暗い街を歩く中、反対側から1人の女性が歩いてきた。僅かない街路灯で見えるその茶色の髪の毛は綺麗に小さくなびいている。容姿は小顔で可愛らしく、まさに俺の好みだった。普段ならすぐに声をかけるところだけど、今日はやめようと思う。

 

 理由は3つある。1つ、俺自身が心身ともに疲れ切っているから。こんな状態じゃ上手く話せる自信がない、何より話し続ける気力が持たない。それに多少汗のにおいが目立つ。これは女性相手に失礼だ、論外としか言いようがない。2つ、時間的に問題だから。こんな太陽が沈み切った夜にもし声を掛けたとしたら、相手が俺のこと闇夜にさまよう不埒者と勘違いして憲兵に通告するかもしれない。それに“何故か”俺はこの街の女性の間であまり良くない噂が流れている。本当に“何故”だろう、心当たりがない。そして3つ、俺はあの子を知っているから。近付いてはっきりと思い出した、あの子は昨日俺にスラッシュビンタをくらわした娘だ。現に相手も俺のことを思い出したのか、明らかに不機嫌な表情で睨み始めてきた。この反応には少し苛立ちを覚え、ぶたれた左頬に手を添えて俺も睨み返した。別にその娘にもう一度声をかけてもいいのだが、またあのビンタをくらうと考えるとぞっとする。正直に言ってもう勘弁してほしい。

 お互い睨んだまま少し距離を取り、無視するかのように通り過ぎた。少し背後の警戒をしながら目的地まで歩き続けると、しばらくして街の暗さがお互いの姿を隠した。

 

 今日は本当に散々だな……。夜まで仕事はさせられて、美女には睨まれて、もしかして今日は厄日か?はぁ~……とっとと家に帰って飯食おう。

 

 

星暦2009 夏の75日 土の日 昼

 

 昨日に引き続き、俺たちは同じ現場にて切り倒した木を運んでいた。街の外で伐採した木を直径2メートルと3メートルの2種類の丸太にして、複数同時に運ぶためリアカーに詰めるだけ詰めて、力を振り絞ってリアカーを動かしている。因みに今日も暇を持て余していたクミルを連れてきた。そのおかげで作業ペースは昨日より少し早く進んでいた。

 街の外から指定の場所まで3往復した時には、いつの間にか太陽は真上まで上って昼になっていた。夏の暑さもあって全身から労働の汗が流れる。丸太を計21本運び終わった事を親父に伝えて、俺たちは日陰の中で休憩を取る。

 

「アチィ……。兄さん、何でこんな炎天下の中で仕事しなきゃいけないの?」

 

「……何でも依頼主が晴れているうちに早く仕事を終わらせたいんだと。多分あれだろ?木造建築だから雨とかで材料の木とかが腐る前にやりたんだろう?ったく、レンガで外装を作ってから、木で内装作ればいいのに」

 

「兄さん、おもちゃの家じゃないんだよ?家を建てるっていうのはそんなに簡単なものじゃないと思うけど」

 

 流石は学生だけあって無駄に説得力がある。適当な愚痴を言っただけなのにその内容を根本から否定されてしまった。だけど楽しい。クミルは普段学校に、俺は早くて夕方まで仕事、2人一緒に居られる時間はそう長くない。こうして兄弟で何の特別でもない会話をしながら、一緒に働いた身体を休めるこの時間がとっても楽しかった。

 だけどそんな時、ちょっとした事件が起きた。

 

「な、何だ何だッ!?」

 

「危ない避けろ避けろッ!」

 

「おい誰か止めろよ!?」

 

 近くの門である東門周辺から、なにやら騒動が起き始めた。異変に気付いた俺たちは立ち上がり、確かめるために東門に歩み寄った。

 

「どうしたどうした?絶景の美女でも来たのか?」

 

「いや明らかに違うと思うけど……何あれ?何か動物が暴れているみたいけど……鹿かな?」

 

 目を凝らして見てみると、クミルの言うとおり東門で大きな鹿が暴れていた。鹿はその角で次々と大人たちを上に吹き飛ばし、暴行を抑えようとしなかった。

 

「おうおう、人が吹っ飛んで行くね~!」

 

「言っている場合じゃないと思うよ兄さん。多分あれブラウン・デアだよ」

 

 ブラウン・デアはサロッジュの街の周辺にある森に生息するモンスター。

 普段は森を縄張りにしてそこから出ずに、群れで行動している。しかし何故か森から離れたこの街に、しかも1匹で来ていた。恐らく群れからはぐれた個体が料理などの匂いにつられて入って来たのだろう。

 

「どうしよう……流石にモンスターが街に入って来ちゃまずいよね?」

 

「別に?あんなに大人数で対応しているんだから、すぐに止められるだろう。それにいざとなったら憲兵が来てくれるだろうし」

 

 ブラウン・デアは下級モンスターの中でも最弱と言われるほど戦闘能力は低い。唯一の攻撃手段はその大きな体と角で、外敵を吹き飛ばす程度しかできない。モンスターと言ってもそこまで恐れる必要はない。群れならともかく単体なら武器を持った一般人でも討伐ができる。あと数分したらあのブラウン・デアを制止させられるだろう。そう思いながらしばらくモンスターと住民たちの格闘を見続けた。

 

「……ねえ兄さん」

 

「……分かっている。お前の言うとおり……本当にまずいかもな」

 

 街に入って来たブラウン・デアを抑えようと立ち向かう大人たちが次々と、その大きな角によって吹き飛ばされ続ける。中には地面や建築物にぶつかってケガを負った者が出始めている。

 よく見るとそのブラウン・デアは普通の個体と比べて一回り大きかった。恐らく長く生き続けて普通のブラウン・デアのより戦闘能力が高い個体なのだろう。

 

 うわ~、めんどくさくなってきた……これは逃げた方がいいな。あんな風に吹き飛ばされたら流石の俺でも大怪我しちゃうな。……よし、全力で逃げるか!

 

 そう思って隣にいるクミルに伝えようとする時、ブラウン・デアが俺たちの方に顔を向ける。モンスターと目が合うと、何をしてくるのか察してしまい硬直する。さっきのとは違う汗をかき始めてしまう。

 次の瞬間、予想通りモンスターは東門から離れて俺たちの方へかけ走って来た。真っ直ぐに向かって来るモンスターにどう対処すればいいのか一瞬困惑した。

 

 落ち着け落ち着け……所詮はブラウン・デア、下級モンスターだ、避けるなんて簡単だ!直線的な動きしかできないからギリギリで避ければ大丈夫だ!俺もクミルもそれくらいならできる……問題はない!

 

「クミルッ!奴がギリギリまで来たら避け……」

 

 そう伝えようとした瞬間、少し離れた後方に他の一般人が沢山いた。時間帯的にもそうだが、騒動で気になり集まって来たのだろう。これは非常にまずい、このまま俺たちが避けるとブラウン・デアは真っ直ぐにその住民たちに突っ込み、大惨事を招いてしまう。なら避けるという選択を外すしかない。

 俺は迷った、自分はどうすれば良いのかと。普段使わない脳を使って、迫ってくるブラウン・デアの前に思案を巡らせた。だけどその必要はなかった。身体は脳で答えを見つける前に行動を起こした。俺は近くにあったリアカーに近付いて、積んである数本の丸太のうちの1本を鷲掴みにして上に持ち上げた。

 

「に、兄さん?!」

 

「すぅぅぅぅ……おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 ブラウン・デアの進路を妨害するように、持ち上げた丸太を地面に向けて力一杯にして振り下ろした。丸太と地面がぶつかり合う音、進路上に現れた障害物、俺のフルパワーによる迫力により、走って来たブラウン・デアは急ブレーキをして足を止めた。モンスターは俺を睨むように見つめてくる。この状況を見てまずいと感じたクミルが援護しようと近付いて来ようとするけど、俺は拒んだ。

 

「クミル、他の人たちを近付けさせるな!こいつは俺が何とかする!」

 

「何とかって……どうするの?!」

 

「分からんッ!!」

 

 自分でこんな状況にしたのもあれだが、本当にどうすればいいのか分からない。生まれてからこの19年間、俺はモンスターを対峙したことも、戦闘経験も皆無だ。せめて武器が欲しいけど、生憎近くにあるのは1回振るのがやっとの丸太だけ、到底武器とは言えない。だけどこうなった以上、やるしかない。

 

「……こいよ、このデカ鹿ッ!うちの晩餐と資金してやる!」

 

 丸太を手放して両手で煽り、ブラウン・デアとの距離を保ちつつ攻撃のチャンスを見計らう。筋力には自信はあるけどモンスターを相手に正面で倒せるほどではない。だから相手が攻撃してきた直後に反撃する。その方法は、今のところ思いつかない。

 お互いがしばらく睨み合うと、ブラウン・デアの方から動き出した。モンスターはその大きな角を俺に向けながら突進してきた。距離を取っていたこともあり、それほど早くない相手の飛び出しに目が追い付き、ギリギリのところで回避することが出来た。横に避けた瞬間、俺は咄嗟にその背中に食らいつくように飛び乗り、モンスターの首を両腕で絞め始めた。

 

 よっしゃ捕えたッ!放さねぇぞゴラァッ!

 

 反撃に驚いたブラウン・デアは前後に大きく飛び跳ねて、俺を振り払おうとしてきた。必死に抵抗するけど俺も抗い、両足でモンスターの体にしがみ付いて離れないようする。

 

 おうおうおう、俺をなめてもらっちゃ困る!これでもしつこさで言うならこの街でピカ1だ!本当なら美女に抱きつきたいがここまで来たらもう成り行きだ!そんな簡単には放さないぞ!!

 

 今ある体力と気力でブラウン・デアの首を絞め続けた。ここで生命への危機感を覚えたのか、モンスターは更に激しく暴れ始めた。自分の体ごと建築物にぶつかり俺を振り払おうとする。この様子から察するにあと少しだろう。そう察すると疲労してきたのか、それとも首を絞められて苦しんできたのか、モンスターの動きは弱々しくなってきた。

 ここまでおとなしくなったらあとは俺の反撃だけだ。ここから両腕にだけ力を集中してブラウン・デアの首を折ろうとした。必死に支え続けている4本の足が生まれたての小鹿のように震え始める、死の前兆だ。

 

 炎天下で行われた素手の人族対モンスターの奮闘は、生々しいゴキッという音と共に閉幕となった。ブラウン・デア、首の骨折により絶命、俺の勝ちだ。

 未だにモンスターに抱きついたままの俺は、その遺体と共に地面に倒れた。流石はモンスター、小動物や家畜と違って息の根を止めるのにかなり手間取った。いや、逆に無傷で討伐できた事に奇跡だと思うべきだろう。倒れた俺は数秒間そのまま硬直して、徐々に思考が働き出す。

 

 マジで最悪……。息は荒くなって、体力と気力は無くなって、ブラウン・デアの獣臭が全身に染み付いて、勝利の後なのに俺の状態は本当に最悪だ。でも、モンスターを討伐した後から湧き出るこの達成感と高揚感……最高だッ……!!

 

「「「「「うおおおおお―――――!!」」」」」

 

 仰向けになっている俺の周りで大勢の人による喝采の声が上がった。それに反応して疲れ切った身体を少し起して周りを見渡すと、戦いに夢中で気付かなかったけど何故か俺とブラウン・デアを囲うように住民たちが集まっていた。

 てっきりクミルが避難してくれて周りには誰もいないのだと思っていたのに、何故か大勢の人がいた。クミルに指示して住民たちを避難してくれいるはずなのに全く理解できない。そんな中、見覚えのある青髪の少年が1人俺の方に近寄ってきた。

 

「兄さん、大丈夫!」

 

「……この状態を見りゃあ分かるだろう。クミル、これはどういうことだ!?避難させろって言ったよな!?何で逆に人が集まっているんだ、おう!!」

 

「ちょちょちょ……ちょっと待って兄さん!?」

 

 駆け寄ってきたクミルの胸ぐらを掴んで何故こうなっているのか聞いた。どうやらクミルは間近に迫ってきたモンスターに怖気づいてしまい、戦いの終始身体を動かすことが出来なかったらしい。だから集まってきた住民たちを避難どころか離れさせることすらできなかったそうだ。

 

 こいつ本当に冒険者志望か?あんなにビビって大丈夫か?次またブラウン・デアが入ってきたらクミルと戦わせよう、うんそうしよう。

 

 大体の内容を聞き終わると俺はクミルから手を離して、もう一度仰向けになった。日差しが眩しい空に眉間にしわを寄せて疲れた身体を少しでも休ませる。

 

「兄さん……本当に大丈夫?」

 

「あぁ~身体がだりぃ……美女のマッサージが必要だぁ。クミル、頼む絶景の美女をここに連れてきてくれぇ……」

 

「割と平気みたいだね。……お疲れ様、兄さん」

 

 

 サロッジュの街に侵入してきたブラウン・デアを素手で討伐した男ポスロ・サーネス、この話題は一夜にして街の外まで広がった。おかげで俺はこの街で。今回は良い意味で少し有名になった。

 この機会に親父と一緒に木こりとして少し仕事を宣伝すると、今までにない程の依頼が殺到してきた。ほんの少しだけ収入が増えると思っていたけど、その依頼量は今までの5倍以上。しかも驚くごとに依頼の半分は街の外から。思っていた以上に俺の名は広がっていたようだ。

 次々にやってくる依頼に俺たちは休む間もなく働き続けた。前のように女の子に話しかける時間が無くなったのは辛いけど、クミルの学費のためにも時間を惜しんで働いた。しばらく経つとうちの経済は驚くほど跳ね上がっていた。今ではクミルの6年間の学費を確保しただけではなく、専属の従業員を雇えるようにもなった。これで円滑に仕事に対処できるようになった。

 

 まさか貧乏だったうちがこれ程まで成り上がれるとは思いもしなかった。あの騒動を起こしたあのブラウン・デアは、ある意味うちにとっての救いの女神ならぬ救いのモンスターだったかもしれない。だけどこの救いもいつまで続くのか分からない。だからもう一度何かを得るために、俺は新しい夢を見つけるという名目で一人旅に出ることにした。

 金銭的に余裕が出てきた頃、親父に頼んでサロッジュの街を出ることにした。少しは反対されることを覚悟していたけど、意外にも親父は簡単に了承してくれた。すんなりと首を縦に振った親父に少し動揺したけど、こうして自分の夢探しに転々と色々な町や村を歩み始めた。

 

 あの騒動から3年後、俺に2つの変化が起きた。

 1つは夢を見つけることが出来たこと、それは花屋だ。旅の道中に昔死んだお袋がよく花をいじっているところを思い出した。その時のお袋の顔はいつも微笑んでいた。あの世でもう一度笑顔になってもらえるように、俺は思い切って花屋を経営することにした。土いじりや専門用語とかを1から覚えるのは大変だったが、意外に楽しく思えて続けられている。

 そして、もう1つは……俺は妻子を持った。

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