<ヨスナ視点>
私と主人の出会いは正直普通とは言えなかった。今でも覚えている、あれは私が22歳の時、古い友人に会うのと歴史書を集めるためにサロッジュの街に訪れた時だった。
2つの街を馬車で経由して夕方時に到着して、友人の住所を探している時、突如タンクトップ姿の男に声を掛けられた。それが主人だ。
「ねえねえ、キミこの街の人じゃないよね?俺この街で育ったから色々と知っているから案内してあげようか??てかすごくかわいいね~、もし良かったらこの後一緒にご飯でも食べに行かない?ねえねえねえねぇ、どうどうどうどう?」
自慢ではないがこう言ったしつこいナンパには少し慣れていた。今まででは適当に流して断ってきたのだが、今回は上手く出来なかった。当時の私は馬車による長旅による披露で普段より苛立っていた。そのせいもあってタンクトップ男の問いかけが非常に癇に障ってくる。
我慢して話を聞き続けたけど、限界は思いのほか早かった。ぷつんと一本の糸が切れたかのような音がした瞬間、その男の頬にスラッシュビンタを決めてしまう。突然の攻撃に男は大きな音と共に派手に倒れた。顔色は変えなかったけど内心は相当動揺した。罪悪感で私は男から離れるように走って逃げた。これが私たちの最初の出会いであった。
◇
次の日の夜、私たちはまた再開した。
サロッジュの街は学校や冒険者ギルドもあるけど、街と言うわりにはそれほど大きくない。人口もそこまで多くもないから簡単にお互い黙認できた。ていうかその男は今日もタンクトップ姿だから、私からはすぐに見つけられた。
本来ここは私から謝るべきだろうけど、“私は悪くない、しつこかった向こうが悪い”と何故かそう自分に言い聞かせて、向かい側から来るタンクトップ男を睨む。そんな私の顔を見て男もバツが悪そうな表情を浮かべる。いきなりビンタを食らったのだから当然だろう。
お互い顔を見合わせることなく、そのまますれ違う。しばらく歩き続けると街の暗闇が私たち2人を隠した。
「何やっているんだろう、私は……」
そう小さく呟くと、再び罪悪感が湧き出てきた。ただ友人に会いに来ただけなのに何でこんなことになってしまったのだろう。明日もし次出会ったらちゃんと謝ろう。そう心の中で強く誓った。
◇
翌日の昼頃、あのタンクトップ男を探そうと私は街中を歩き回った。あれ程印象的な姿なのだからすぐに見つかるだろう。そう安易な考えの下に探索を続けると、最初に見つけたのは東門付近で固まっている人だかりだった。少し気になり近付くと、何とその人だかりの注目の的になっていたのは、探していたあの男と街に侵入していた鹿のモンスターだった。ただならぬ雰囲気で私は状況を理解した、彼はあのモンスターと戦っているのだと。
私が人だかりに混じった時、彼はモンスターの背中に乗ってその首を絞め付けようとしている。当然対抗しようとモンスターは暴れ続けるけど、彼は振り落とされないように必死に首を絞め続けた。必死さがにじみ出たかのような彼のその表情は、心なしか楽しそうにも見える。
モンスターの奮闘は1分という短いようで長い時間まで続いた。本当に長く感じた。手に汗握るこの状況で私は声に出ない心からの声援を送り続けて彼を応援した。そして1分後、長く感じた戦いは終わった。勝者はタンクトップ男、彼だ。
「「「「「うおおおおお―――――!!」」」」」
絞め殺されたモンスターと、その背中に乗っていた彼が倒れると、囲っていた人だかりは大いに喝采した。あまりに大きな喝采だった故に私もつい乗っかってしまった。それもそうだ、モンスターを1人で、しかも素手で討伐したのだから。その場にいた全員が彼を称賛の声と拍手を送った。
私の前いた青髪の男の子が、倒れたまま動かない彼の下に近付いた。どうやら安否を確かめに行ったのだろう。外傷はなさそうけど少し心配になり、そっと後から私も近付いた。
あっ、起き上がった!良かった、無事みたいで……あれ、何故か男の子の胸ぐら掴まれているけどどうしたの!?あの子何か悪い事でもしたの?……そういえば二人とも、どことなく雰囲気が似ている……弟さんかしら?
何か話し始めた……あっ、胸ぐら放した!ここからじゃあよく聞こえない……もうちょっと近づいてみよう。
「あぁ~身体がだるいぃ……美女のマッサージが必要だぁ。クミル、頼む絶景の美女をここに連れてきてくれぇ……」
少し起き上がった彼はそう男の子に呟いてからまた仰向けになり、そして眠るかのようにゆっくりとまぶたを閉じた。モンスターと戦って疲労しきっているせいで言い間違えたのか、心配してくれている男の子に対しての軽い冗談なのか、それともこれが彼の正体なのか、どれにしても先まであった私の中にあった心配は一気に失せてしまう。だけどその代わり笑った、心の底から彼の言葉が面白かった。
うふふ、まさかその状態からそんなこと言うなんて思わなかった。この人……一体何している人なんだろう?パッと見は冒険者ではなさそうだけど……たくましくて、ユーモアがあって、女癖は悪そうだけど……カッコいいて良い人……かも。
彼のことは全然知らない。第一印象は正直に言って“良い”とは言えないけど、結果的に今は“良い人”であると分かった。どういう経緯でモンスターと対峙していたのかは分からない。だけどきっと彼は、その青髪の男の子や周りの人たちのために戦ったに違いない。彼の態度、行動、発言の全てに、私はいつの間にか惹かれていた。
◇
翌年、サロッジュの街から離れて自分の町に戻りごく平凡に暮らしていた私の前に再び彼が現れた。意外にも今後はタンクトップ姿ではなかった。旅人のような姿で街の中を徘徊していた彼は私と目が合うと、あの時のように私に声をかけてきた。
「ねえねえ、キミこの町の人かな?俺この町のことよく分からないから少しお店とか教えてもらってもいいかな?てかすごくかわいいね~、もし良かったらこの後一緒にご飯でも食べに行かない?ねえねえねえねえ、どうどうどうどう!?」
まるであの日の出来事を丸々再現しているようで思わずに笑みをこぼしてしまった。前回はあんなにイライラしていたのに、今回は彼の話を聞いても怒りが全く込み上げて来ない。むしろ面白く思える。
「おっと、いい笑顔を見せるねぇ~!……あれ?君どっかで会ったことある?」
「さあ、気のせいじゃないの?」
「いや本当にどこかで……ああッ!?あの時の格闘家!!」
格闘家?一体何のこと?私格闘なんてしたことないけど……あぁ、あの時のスラッシュビンタで私のことそう覚えていたのね!何か嬉しいようで全然嬉しくない……そんなに痛かったのかしら。それにしても格闘家って……失礼ね!
出会った私だと気付くと彼は両手を顔の前に出して身構えた。本当に失礼な人だ、イライラとは関係なくもう一度叩きたくなった。だけど私はそう思うだけ、実際には彼の対して怒りなんてない。むしろあの時のように明るくてユーモアがある今の彼と出会えて嬉しかった。
異性に対してこんな感情を抱くのは初めて。人としてもっと彼のことが知りたくなった。
「すぐそこにお店があって、コーヒーがすごく美味しいですけど……どうです?」
「マジっすか!?俺コーヒーがこの世で一番好きな飲み物で……って、良いの?俺と?」
「うふふ、是非!」
喜びの笑みを浮かび上がらせて私は返答した。彼の手を握って引っ張るようにして歩き始める。この瞬間、彼にとって不意をつかれたのか少し頬を紅潮させる。彼の新たな一面を見つけた私は、そんな彼の顔を見ながら微笑んだ。
あの騒動から約3年後、私たちに結婚して子供が出来た。子供は主人と同じ青髪の男の子、とても小さくて愛らしくて笑顔で素敵で、ずっと愛で続けていたかった。主人の子だからきっと普通の子にはならないかもしれない。だけど主人の子だからきっと、優しい子になってくれるはず。絶対的な確証はある。だって、私は世界一愛した人との子だもん。
◇
星暦2025年 春の31日 光の日 朝
結婚をして、そして子供が生まれてから12年の月日が経った。
現在私は主人と子供と一緒にウエスト大陸最端の村、ペレーハ村という小さな村で花屋を経営しながら暮らしている。何故この村に暮らしているのかと言うと、主人曰く今まで旅してきた村や町の中でここ土は特別に栄養と硬さが丁度よくて、何より高い建築物がなくて花を育てる環境としては最高物件だからだそうだ。結婚前にこの村に引っ越したいと主人から言われた時は正直とも戸惑いがあったけど、主人と生まれたばかりの子供とならどんな環境でも乗り越えられると思い、提案に心から賛同できた。
最初は知らない土地、知らない環境での生活は不安が多かったけど、今になってみると前に住んでいた街と比べてとても暮らしやすい。住民のみんなはよそ者の私たちを快く受け入れて親切にしてくれた。お裾分けで野菜を譲ってくれたり、人口は少ないから深夜に騒ぐ人いない。何より、そんな環境のおかげなのか子供も花のようにすくすく元気に育ってくれた。この村に引っ越して本当によかって思っている。
「父さん母さん、今からナエナちゃんと一緒に草原に行ってきてもいいですか?」
丁度その私たちの子供、アスタ・サーネスが居間に来た。
アスタは現在12歳の男の子、主人がとは違って礼儀正しくて本当にいい子に育ってくれた。少し雰囲気が大人びていて子供らしさがないけど、至って普通の子供。
「おう、行ってこい。でもナエナちゃんは明日引っ越しだからケガとかさせるなよ?」
「分かっています。それじゃあ、行ってきます」
テーブルでグラスを片手に主人が承諾すると、アスタは軽く一礼して家を出た。窓からアスタとその幼馴染であるナエナちゃんが家から離れて行く姿を確認すると、洗い物を済ませて主人と話せるようにテーブルの反対側に座る。
「ねえ貴方……少し話があるのだけど」
「どうした藪から棒に。……2人目が欲しいのか?」
アスタがいない時、主人はいつもふざけ始める。この人は昔からあまり変わっていない。いちいち対応がめんどくさいけど変わらないその性格が私の毎日を楽しませてくれる。
「ふざけないで聞いて。貴方はアスタを学校に行かせるため何年も前からずっとコツコツと資金をため込んでいるんだったわよね?」
「おう、入学金と6年間の学費だけで言うなら十分に用意してある!俺が家の都合で行けなかった時の思いをアスタにもさせたくないと思って貯め続けてきた!……でもあいつ、冒険者になりたくないんだろ?もう一度聞くが……マジか?」
主人の問いかけに対して私は静かに頷く。
2年前の春、神の恩恵を受けるアスタと共にスラッタの街に行った時、偶然に出会ったクミルがアスタに「冒険者になりたいのか?」と聞かれた。当時のアスタはその場で「なりません」とはっきり断った。アスタは曖昧な返答が多かったが、あの時だけ断言したから今でも印象的に覚えている。
街から帰宅後、私は店で留守番してくれた主人に土産話としてその事についても話していた。
「正直信じられないな。いや別にこの花屋を継いでくれることはすごく嬉しいけど、俺の代で初めて家業だからそんな重々しく感じなくてもなぁ……」
「確か貴方も昔、冒険者に憧れていたのよね?やっぱり男の子ならみんな憧れる職なの?」
「そりゃあそうだろ。強くて、カッコよく、何よりモテる!そう……モテるんだッ!!」
「二度も言う必要ある?」
「まぁそりゃあ命の危険が伴いうが、一攫千金があり得る職だぞ!男だけじゃあなく女も1度は憧れるものだぞ」
そんなものだろうか……少なくとも私は微塵もそんな風には思わなかったけど。お金のためにたった一度の人生を無駄死にしたくない。っていうか主人の動機が不純すぎる……。やっぱり子供の頃からこんな感じだったんだ。
「じゃあ貴方はアスタの考え方を応援する?それとも否定する?」
少し意地悪な質問をした。先も言ったけどアスタは本当に良い子に育ってくれた。見た目の若さとは反面にその心遣いは私たち両親だけではなく村の住民たちにも優しく接する紳士的な立ち振る舞いをも見せる。そんなアスタがこの村で花屋をすることが、あの子にとって本当に幸せなのか純粋な疑問が浮かんでいた。うまく具体的な例が思いつかないけど、きっとあの子が幸せになれる職はもっとあるはず。
私はアスタがいないこの場で主人に問いた。主人はコップからそっと手を放して返答する。
「当然応援ッ。あいつの本心が
主人の真っ直ぐな返答に私の疑問はなくなった。
「ありがとう……そうだよね。たまには良いことも言えるのね」
「俺はいつも善良なことしか言わねぇよ。ってかそういうお前はどうなんだよ?」
「当然……応援よ。あの子がやりたいことを親である私たちが否定してどうするのよ?」
「んだよ、聞いてきたのはそっちじゃんかよぉ!変なことを聞いてくるなあ……アスタになんかあったのか?」
「ううん、別に何も。でも……聞いてよかったわ」
アスタがやりたいことを否定する、それこそアスタを幸せから遠ざけることだと今になってようやく理解した。確かに主人の言う通りだ、本当にアスタの事を思うならその言葉を信じてあげて支え続けることが、親としてアスタにしてあげられる最大の援助。例えこの先アスタの身に何かが起きても、私たちがいつものよう明るく愉快に接し続ければいい。私たちがアスタを思い続ける限り、アスタもきっと笑い続けてくれる。