合図の言葉が出たのと同時に、私たちはお互い正面から攻撃を仕掛けた。互いの剣が真正面から力一杯にぶつかり合い、布で覆われているとは思えない低音が体育館中に響き渡った。衝撃と共に耳に入る音に2階の生徒たちは大いに盛り上がり始める。
「「「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」」
「なに今の!?スゲェー音がしたぞ!?」
「2人の太刀筋が全く見えなかった!?何だこの試合は!?」
「デビッドさんの一方的な展開になると思っていたけど、これはどうなるか分からないぞ!?」
重々しくぶつかり合った私たちは一旦間合いを取り、お互い剣先を向けたまま体育館を広々として使う。初手と同様に強い一振りで何度も攻撃してくるデビッド、昨日とは打って変わって真剣な表情で敵に猛攻する。それに対してフットワークの軽さを生かしながら攻撃を受け流す私、力勝負では男子に勝てないとみて好機を見計らっている。戦況はまさに防戦一方。
「ナエナ、テメェ逃げてんじゃねぇよ!やる気あんのか!?」
「とっとと負けちまえ!この田舎者がッ!」
デビッドの取り巻き2人の罵声が鬱陶しくて仕方がない。この決闘が終わった後日にぶっ飛ばそう。そんな一瞬の思案を巡らしながらもデビッドの猛攻を何度も捌き続ける。
「ふふっ、どうした?かかって来ないのかい?」
攻撃の合間に何やらデビッドが煽ってきた。勝負中に何を考えているのだ、この人は。一撃も与えられていないのに、何故にそんな余裕が出てくるのだろうか。
「……これが私の戦法なのでお気になさらずに」
「あぁ~、本当は君の美しい体を傷つけるのは心苦しいが……勝負なのだから仕方がない!後で慰めてあげるから、悔いなく負けてくれたまえッ!!」
あぁ~……本当にイライラとさせてくるなぁこの人は。“慰めてあげる”?気色が悪いからやめてほしい!想像しただけで気分が悪い!
デビッドがそう啖呵を切りながら猛攻を続ける。その太刀筋は鋭く、受け流すのは想像よりも容易ではなかった。性格がここまで腐っても5年間この学園に通っていただけはある。
激しい攻防を繰り広げると、2階の観衆の熱気はますます上がって行った。しかし、その熱気はこれ以上に上がることなく、僅か数分後で徐々に熱が冷めていくように下がっていった。
◇
「……おい、何で体育館中走り回っているナエナよりも攻撃しているデビッドさんの方が弱り始めているんだ?」
「疲れた……にしては早すぎるよね。一体どうしたのかしら?」
「魔法もスキルも使用禁止なんでしょ?だったらただ単にデビッドさんの体力が少なかっただけじゃないの?」
「でもあいつ、じゃなかったあの人、体力測定とかは男子生徒の中では平均以上だったはずけど……」
観客内で次々に疑問が浮かび上がる。生徒たちの言う通り開始から僅か数分後、デビッドの様子が2階から見ても分かるくらい変化が起きていた。さっきまで激しい猛攻を続けた剣が徐々にペースが落ち、呼吸は体育館を駆ける2人の足音と同等に荒く大きくなっていた。
やがてデビッドは肩で呼吸を始めるのと同時に、動きがピタッと止まる。
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
「大丈夫ですか、デビッドさん?少し顔色がよろしくないようですが……降参しますか?それとも大勢の人ではあれでしたら……私に一撃入れられて負けたふりでもします?その方がデビッドさんの沽券のためですし」
逆で体力が有り余っている私は煽るように語りかける。
己の誇りに傷つけられて逆上したデビッドは険しい表情を浮かべて、回復しきっていない体力のまま猛攻を再開。私はさっきと同様に、その攻撃を走りながら何度も受け流し続ける。
デビッド……確かに貴方は成績だけなら良い方かもしれない。でもこういった決闘ってのはただ単に力をぶつければ勝てるものじゃない、肉体的にも精神的にも強くなくちゃ勝てないもの!体力がなくなって冷静な判断が出来なくなった時点で、あなたの負け!
初手の全力攻撃を受けて私は悟った。デビッドはこの機会をつかい、自身の圧倒的な力量を私や他の生徒たちに知らしめようとしている事に。傲慢な彼なら考えてそうな事に。とても浅はかな考えだけど、私はそれを逆に利用させてもらった。
あえて防戦一方な戦局にして、デビッドの心境を「あと一押しで勝てる!」と思わせて、とどめの全力攻撃を何度も打たせ続けた。どんなに体力がある人でも、最初から全力で動き続ければすぐに疲労するに決まっている。既に彼は精神的な駆け引きで私に負けていた。
「何故……何故キミは……顔色一つ変っていないのだ?!」
デビッドはまた攻撃の手を止めて、観客と同様の疑問を問いかけてきた。この隙に攻撃してもいいのだけど、せっかくだからもっと精神的に攻撃しよう。さっき気色の悪い言葉のお返しだ。
「すみません、言っている意味が分かりません」
「はぁ……はぁ……キミだって、キミだって私と同等に動き回っているじゃないか!なのに何故キミは私のように息切れや、汗や、疲労を全く見せないのだ!?スキルや魔法を使っているわけではないのに……答えろッ!!」
現実を受け入れられないデビッドは珍しく怒鳴る。喚くその姿勢はまさにゴブリンのようだ。いや、これは流石に失礼すぎた。ゴブリンの方がまだ良い戦いができる。とりあえず答えてあげよう。
「本当に言っている意味が全く理解できません」
「だから……!」
「私たちは高ランクの冒険者を目指すためにこの学校に通い、講義で心身ともに日々精進してきました。ですが、どれだけ努力を重ねても冒険者という職は依頼、つまりは仕事を請けた時点で死と隣り合わせ。如何に学校の講義が優れているとはいえ、冒険者としていざ現場へ向かうとしても安心なんてできません。だから私は、人目に隠れて毎日早朝で10キロ以上走ることを日課にしています。冒険者志望の者ならこのくらいの努力はしているのは当然のことなので、あまり大きな声で言いたくなかったのですが。……改めて言わせていただきます。デビッドさんの言う“何故あれくらいの運動で疲労しない”という意味が全く理解できません」
冷たい視線を送りながら私は論破する。
昔から走ることが好きだった私は王都バリエンスに引っ越してからずっと、人気が少ない早朝を走り続けてきた。おかげで体力測定では毎回学年一位を取っている。先生曰く男子の記録を含めても一位だそうだ。体力に関してデビッドに負けることなど考えてもいない。
「うっ……うあああああぁぁぁぁぁ!!」
大勢の生徒の前でプライドを完全に崩壊されたデビッドは錯乱したかのような大声を出しながら、私に渾身のひと振りを入れる。疲労と共に握力がなくなったその剣は、女子である私でも真正面から力で押し返すことができた。
初手とは少し違った低音が体育館中に響くと同時に、デビッドの手元から剣が弾き飛ばされる。丸腰となってデビッドは現状を受け入れられないのか決闘中にもかかわらず呆然となる。
「そんなッ……そんなッ……!!」
これくらいでショックを受けるなんて、本当に冒険者志望なの?なんか本当に色々と残念な人……このままだと降参とか言ってくれないよね?これ以上は時間の無駄だし、適当に一撃入れて気絶させて早く終わらそう。
「ひぃッ!?ま、待て、マーシェナくん!もう一勝負しないか?」
片手持ちから両手持ちに切り替えて近付くと、デビッドは突然意味分からないことを言い出した。呆れた私は冷たい視線のまま話を聞く。
「ま、まさかキミがここまで対人戦に強かったなんて知らなかったよ!うん、キミは強い!しかしあれだ、冒険者というのは魔法の質も必要だろ?そう思わないかい?だからこうしよう!この決闘を3本試合の形式にするというのは!本日はこの武器試合、明日は魔法試合、そして2日後は総合試合というのはどうだろう!!」
何言っているの、この人?今この状況でそれ言いだせるなんてどんな神経しているの?
デビッドの提案は2階の生徒たちまで声が届いて、生徒たちは皆、私と同じ心境になる。その反応にデビッドは全く気付かず、ただ私の方だけを見つめて返答を待つ。周りの反応を見られないデビッドに心底哀れだ。返答は当然決まっている。
「嫌です」
「ま、まあそこをなんとか!今思い出した、私は本来魔法を軸にした戦法なのだ!つまりは実力の半分以下も出していなかったわけだよ!キミだって全力じゃない私に勝利しても嬉しくはないだろう?!」
この人は性格的に私の天敵か何かなの?今ものすごくイラってきた!意図的に怒らせに来てのなら、間違えなく人に恨みを売る天才だと思う。
私は剣術だけではなく魔法も鍛錬は怠らず励んでいた。つまり魔法にも自信がある。だからこそデビッドの「自分の方が魔法の技量が高い」という遠回しな台詞に怒りが込み上がってきた。
なんとか怒り抑えながら呆れた意味も込めたため息を吐き、デビッドの要求を無視しつつゆっくりと武器を持ち上げて近付く。
「ま、待て!私に重傷を与えるつもりなのか!?貴族の私をッ!!」
「決闘なのでケガをするのは仕方がないことかと。それにあちらを見てください、回復系の魔法が使える先生方が大勢控えております。これでどんなに苦痛が身に起きたとしても大丈夫ですので」
武器を大きく横に振りかぶり、両手を握りしめて、一撃で決めるため焦らすようにじっくりと狙いを定める。幸運にも疲労困憊で動けなくなっているから狙いが定まりやすい。私のストレス発散も込めて気持ち良く受けてもらおう。流石にフルスイングしたら死んでしまうかも。不本意ながらある程度力加減はする。
「ひぃッ!?」
「報酬の件につきましては、また後日連絡させていただきます。その時にご対応を……それではっ!!」
周りに聞こえないように小声で話すのと同時に、最後の一撃を入れようとした。だけど運と言うのは長く続かないものだ。
「参ったッ!!参りましたッ!!私の負けですッ!!」
武器を振り始めた直後、デビッドは体育館にいる全員に聞こえるように大きな声で降参を宣言した。この試合のルール上、降参の後の追撃は反則負けになるから、私は咄嗟に反応した。前もって力加減していたおかげで剣の軌道をずらし、間一髪剣はデビッドの頭上を通り過ぎる。普通の人ならここで危なかったと安堵するけど、今の私の心境は全くの真逆だ。
ああもうっ!あと少し、あと少しなのに!ようやくその顔に一撃入れられるところだったのに!!……この人絶対、私を反則負けにして決闘に勝とうとしていたよね!?だからあのタイミングで……うわっ、本当に最低っ!!
汚い手で勝とうとしたことに私は今からでも怒鳴りたかった。だけどこれは確証の無い私の推測、むやみに口には出せない。
デビッドに対しての怒りを深呼吸しながらもう一度沈めつつ、振り切った武器をゆっくりとデビッドの顔に近付けて確認をとる。
「降参の進言……つまりはこの決闘、私の勝ちで良いのですね?」
「ああ、もうそれでいい……」
視線を逸らしながらもデビッドは首を縦に振り、敗北を認めた。傍に駆け寄った先生もそれを確認して、観客にも聞こえるように進言する。
「うむ……それではこの勝負、デビッド・F・プルルヌバの降参により、勝者はナエナ・マーシェナ!!」
先生の試合の終了の合図と共に私はデビッドの顔から武器は離した。
私の勝利、だけど全然達成感もなければ爽快感もない。本当に時間の無駄だった。これなら普通に講義をしていた方が有意義だった。
熱中して観ていた観客は、開始の合図した時と終了の合図した時の反応の差がすごい。あれほど盛り上がっていたのに、今はとてつもなく冷めきっている。その主の原因は、色々と残念なデビッド。観客全員が床に座り込んでいる彼に冷たい視線を送り、しまいには所々でため息が聞こえ始める。
「ナエナが勝った……よな?」
「一応そうなるわよね……なんか嫌な終わり方」
「そうだよね……デビッドさんがあんなこと言いださなければな~。カッコよかったのは最初だけかよ」
「もうさん付けするのやめない?」
デビッドに対する批判の声が止まらない。これには取り巻き2人も肩身を狭くしていた。醜態をさらしたデビッドはようやく周りに目を通せるようになったのか、今になって恥ずかしそうに顔を赤らめる。これで彼の学校での名誉は完全に地の底だ。同情なんてしない、これは自分が蒔いた種だ。何より私の大切なしおりを壊したのだからこの程度では満足なんかしない。
「先生、審判という大役を引き受けて下さりありがとうございました。少しデビッドさんと内密な会話をしたいのですが、いいですか?」
「……そうだな、2人とも特にケガとかなさそうだし……分かった。他の先生には俺の方で止めておく。……あんまりいじめるなよ?」
先生は最後に小声でそう言って私たちから離れた。
よし、これで人払いは出来た。これでデビッドとの報酬の件について話せる。
「それではデビッドさん、報酬の件についてですが……」
「……はぁ、分かりましたよ。何でも好きな物を言ってください。直ぐに執事に用意させます」
渋々な表情でデビッドは対応する。どうやらデビッドは私が何か物を要求すると思っているらしい。
「いいえ。私は物が欲しいわけではありません」
「……じゃあ一体何を望むのだ?」
「私が望むのはただ1つ、デビッドさんにある約束……いや、盟約と言った方が正しいでしょうか?とにかくそれを交わしていただきたいのです」
「……その盟約とは?」
「そう不安そうな顔をしなくとも大丈夫です、簡単な事ですので。『金輪際私及び私の親族、交友関係者全員に関わらないでください。誰かに頼んだ間接的な事も含め。機嫌は学園にいる間だけではなく、卒業後もずっと……つまりは一生。それ以上それ以下の交渉の余地はなし』……以上です。了承してくれますよね?」
武器を床に突き立てて冷たい視線のまま淡々と盟約内容を話すと、その意図に気付いたデビッドはたちまち絶句する。
「そ、それはつまり……
「要約するとそうですね」
「それは君の本心なのかい!?」
「当然です」
「なっ……そ、そんなの、認められるか!!」
再び発狂しだしたデビッドは立ち上がって拒否した。とことん哀れな人だ。予想はしていたけど。
デビッドの唐突な怒鳴り声に、試合が終わって立ち去ろうとした2階の生徒たちだけではなく1階の先生たちも視線を私たちに向ける。
「“期限は一生”だと?!……ふざけているのかね、キミは!?」
「私は真剣です。あと、あまり大きな声で言わないでください。先生方や他の生徒に聞かれてしまいます」
「くぅっ……何故だ、何故なんだマーシェナくん!?何故分かってくれない!?私と結ばれることは、キミにだって幸せな事なのだ!私ならキミを貧しい思いをさせたりしない!だから頼む、考え直してくれないか!?」
私の人生を勝手に決めないでほしい。何でデビッドと結婚することが私にとって一番の幸せなの?逆に不幸せとしか思えない。もう相手にするだけで疲れてきた……これはあれかな、一種の精神攻撃か何か?
決闘が終わったからこれ以上は何も言わなかったけど、そっちがその気があるなら、こっちも徹底的にやるか……。
「……そういえば先ほど、武器試合以外に魔法試合や総合試合も行いたいと仰いましたよね?」
「ああ、キミに自信がないから断られたけどね!」
「……それはつまり武器以外なら私に勝つ自信があるということですよね?」
「当然とも!今回は魔法とスキル禁止で披露できなかったが、それらさえ使えれば私の本来の戦いというものを見せることができたさ!!」
デビッドはそう言いながら何故か急に元気になった。弁解が出来て自己満足しているのだろう。しかしその元気づいた心は、次の私の行動によって一瞬で無くなった。
【火魔法:フル・ファイア】
私は武器を上に掲げて最大火力の魔法を発動した。火は体育館の屋上まで届く程強く燃え上がり、木刀を覆っていた布を灰に変えた。恐らく同学年でこれほどの火力を放てる生徒はいない。
魔法を解除した頃には私の武器は元の姿である木刀へ戻っていた。
「これでも私より魔法の技量が上なのだと自信があるのですか?」
「えっ、あっ……」
いきなりとんでもない【火魔法】を見せられた生徒たちと先生たちは驚いて何事かと騒ぎ始めた。一方、デビッドは目の前で発動されて金魚にように口はパクパクと動かして硬直している。魔法の自信を無くしたようだ。
デビッドの心はもうボロボロだけど私は止めない。特別にもう1つ、スキルを目の前で披露してあげよう。
「デビッドさん、そこから一歩も……いえ、少しも動かないでください」
「へっ……?」
阿呆になったデビッドに忠告して、私は武器を構えた。
【スキル:ファイア・ファイブ・ブレード】
現時点での最高連撃スキルを発動した。
火を纏った剣はデビッドに危害を与えないように体のギリギリを通らせて、デビッドに火と剣によるスキルを披露した。素早い5連撃であってその披露時間は短いけど、デビッドに見せつけるだけには十分。最後の5連撃目には魔力少し加えて、剣を下から上に振り切るのと同時に無数の火の粉を散らす。火の粉にはそれほどの熱がこもってなく、私たちの頭に降りかかっても特に痛くも痒くもない。
「ふぅー……それでデビッドさん、これでも私より総合的に上なのだと自信があるのですか?もし本当におありでしたら、是非とも別に機会にて3本とも試合をしましょう。冒険者志望者にとって強者と戦えるなど、願ってもいませんから。その時は当然……今回のような手心は加えませんが」
「ッ……!?」
一体何が起こったのか理解できないデビッドはとうとう声を発生する事すらできなくなった。この様子だと私の話もちゃんと聞き取れているのか怪しいものだ。
「おいナエナ、お前一体何をやっているんだ!?デビッドに紙一重で魔法やスキルを発動させたりして!?」
様子を気になった先生が駆け寄ってきた。しかも少し怒鳴り気味だ。貴族相手にやり過ぎたかもしれない。
「えっ、あの……今のはちょっとした……反省会?みたいなものです……はい。もし魔法やスキルも使用可だった場合、私はこんな手も使いますよって言っていたんです」
「だからってあんなギリギリで見せなくても……まあいい。お前らも早く帰れる今日の講義はもう終わりだ」
「分かりました。でもあとちょっとデビッドさんと話してから……」
「……はぁ~、もうあんなことすんなよ?それにしてもナエナ、お前って意外とデビッドと仲がいいんだな」
先生は何か勘違いをしているのか、とても不愉快な捨て台詞を残してまた離れて行った。次に会った時、誤認を解いておかないと。
「私は……私は強い、強いはずなのに……!?こんな試合、認められない……!!」
デビッドの方へ振り向くと、いつの間にか座り込んで震えながら独り言を呟いていた。敗北を受け入れられないあまり自己暗示をし始めていた。
惨敗した後なのに、その自信はどこから湧いてくるのか逆に気になってしまう。座り込んだデビッドに私は顔を近付けて、最後の言葉を告げる。
「お戯れを言わないでください。……“デビッド・F・プルルヌバに二言はない!”、ですよね?男たるもの腕っぷしはともかく、一度言った事は律儀に守って下さらないと……もう、色々と取り返しがつかなくなりますよ?」
己のプライド、今後の人間関係、貴族としての立場等の全て含めて、これ以上の愚行は自身の身を亡ぼすという意味での忠告。同時に最後の慈悲でもある。最初は大切なしおりを壊されて怒りを覚えたけど、今はもうさっきの観客同様に冷めている。
今の言葉をどう受け止めたのかは知らないけど、デビッドは思考が止まったかのように静かになった。その先は何も返答や合図はないけど、私は了承したととらえて座り込んだ彼に一礼してその場を去った。
◇
星暦2029 夏の44日 水の日 夕暮れ
武器を先生に返してそのまま体育館を出ると空はもう赤色になっていた。周辺にはもう他の生徒はもういない、みんな先の決闘で白けてしまい早々と帰ったのだろう。私は両腕を上にあげて背筋を伸ばす。
「う~~~ん!やっと、これで終わった……」
流石のデビッドでもあの状態から復活した後に、私との契約を破ろうという気は起こさないだろう。これでようやく講義や自主鍛錬に集中できる。
「お~い、ナエナちゃん~。一緒に帰ろう~」
少し離れた先にいる友人が大きく手を振って私を呼ぶ。どうやら待っていてくれた様だ。
友人の下に向かおうと走り出そうとした瞬間、私の背後から急に追い風が吹いてきた。風は背中を一瞬押したかのような感触を与えると、私はたちまち足を止めてしまう。
「……何、今の?」
冷たく不気味な風、少し体温が上がった私の身体を程よく冷やしてくれた。少し違和感を覚えるけど、ただの気のせいだろう。これ以上友人を待たせるのはまずいと思い、もう一度友人の下へ走り出した。
しかしあれはただの風ではなかった。あれはウエスト大陸の最端にあるペレーハ村から流れてきた風。
その風がペレーハ村でゴブリンの集団との戦闘によって、アスタくんが重傷を負っていると言う知らせという事に、私は気付かなかった。