星暦2020年 春の1日 光の日 早朝
掛け蒲団に抱きつきながら私は寝ている。そこに1人の男性が私の体を大きく揺さぶり起こそうとしてきた。
「カナタ、起きろ!もうすぐ初日の出だぞ!みんなで見に行くぞ!」
覚醒していなくても声の主が誰なのかすぐに分かった。昨晩どんなに待っても帰って来なかった父だった。
「んっ……パパ……?」
「明けましておめでとう。ほら、早く顔洗って支度をしなさい」
父に言われて起き上がり、眼をこすりながら寝室を出て軽く顔を洗い。先に起床していた母がいる居間に向かう。
「あら、カナタ、おはよう」
「おはよう、ママ……。はぁ~」
「おいおい、いったい何時まで起きていたんだよ?今年も寝不足顔で初日の出を拝みに行くのか?」
口を大きく開いてあくびをする私を見て父が笑う。
寝起きにせいか父の言葉に多少苛ついてしまう。
いったい誰のせいだと思っているのよ……。まあこうして帰ってきているから別にいいけど……んっ?あれ、そういえばパパいつの間に帰っていたの!?
「うん、空が明るくなってきた。2人とも、そろそろ出るぞ」
父がカーテンを開いて外の様子を確認すると、空は少し暗めの水色だった。間もなく日の出だと予想して私たちは家から出た。昨晩の件について父に聞くタイミングを逃してしまった。また後で確認しよう。
私たちは倉庫から梯子を取り出して家の屋根に上る。私たちの家は屋根が平らで設計されていて、毎年ここから初日の出を見てきた。毎年快晴というのもあって、初日の出が美しく見える。今年も快晴だから期待できる。
「おっ、そろそろかな?」
「晴れていてよかったわ。今年も綺麗に見られるわね」
キキラの街は高い外壁に囲まれており、私たちがこれから見る初日の出とは外壁からはみ出る様に出てくる太陽のこと。少しずつ明るくなる空、それを隠そうとする一か所の壁を見つめながら初日の出を待ち望んでいる。
はぁ~、今年も日の出までが長いなぁ……。私はもう少しギリギリまで待ちたかったのに、何でパパとママはこう急いでくるんだろう?誰もこんなところ先に取りに来ないと思うよ、自分の家だから。まあ、あとちょっと見たいだしもう少し待とうかな。……やっぱり暇だわ。
「……カナタ、少しいいか?」
両親より少し前に座っている私の後ろから、父に呼びかけられて振り返る。
「んっ、なに?」
「昨日、お前は冒険者になりたいって言っていたよね?くどい様だけど最後にもう1回だけ確認がしたい。……本気なんだな?」
またも父は真剣みのある表情で尋ねてきた。しかも今回は父の隣に母も同様の表情で返答に待っていた。私の返答で2人がどういう反応するのか分からない。それでも私は自分の意思を正面に真っ直ぐに言う。
「うん、本気だよ。パパやママが心配するのは分かるけど、それでも私は……私たちは冒険者になりたい!これは一時の感情で思っているからじゃない、本気で考えた私の意思なの!」
両親の眼を見ながらはっきりと答えた。私は次に何を言われるのか想像がつかず、心の中で身構える。しかし結果は身構える必要もなく、両親2人が笑ってくれた。
「そうか、分かった。父さんは応援するぞ。頑張れよ」
「母さんもよ。でも嫌になったらいつでも言いなさいね?」
無理に嘘を言っていないのが分かるくらい、2人は優しく微笑んでくれた。私は両親の寛大な対応に心の底から歓喜した。自分のわがままをこうも優しく応じてくれたことに、嬉しくてたまらなくなった。眼から涙が出そうになる。
「おっ、日の出だ!」
私の後ろから激しい光が差し込む。振り返ると外壁から太陽が頭を出した、初日の出だ。
日の出は美しく見られたけど、何故だか今年は神々しく感じられた。昨晩から積もり続けた不安がなくなったからかな。目元に溢れ出る涙を堪えながら、もう一度両親の方へ振り返る。
「パパ、ママ、本当にありがとう!私……頑張る!頑張るから!」
両親に近付いて、父は私の肩をたたき、母は私の頭を撫でてくれる。最後にもう一度後ろへ振り返り、3人で初日の出に向かって祈願する。
私のお願い、立派な冒険者になる……ってそれはまだ早いか。だったら……パパとママが期待してくれる以上に鍛えて、本当の意味で強くなる!うん、これがいい!!
私は初日の出に向かってそう強く拝んだ。
これ程、強く願いを込めたのは今世で初めてかもしれない。
◇
星暦2020年 春の3日 火の日 朝
正月休みが明けて今日から訓練再会だ。
いつも通りの時間に向かったのだけど、メンバーは私より先に集合していた。よほど早く訓練がしたかったんだろう。
「あっ、カナタちゃん!あけましておめでとう!」
「今年もよろしくね!」
「うん、あけましておめでとう!みんな来るのが早いね!」
「早く訓練したくて待ち遠しかったよぉ~!」
「俺なんてずっと暇だったから毎日ここに来ていたよ!」
キーちゃんとケマくんは相変わらず元気だ。訓練に対してそれくらいやる気になってくれているのなら、こっちも楽しく教えられるってものね。
さて、さっそく訓練を始めよう。
「おっ、ここにいたのか」
気合を入れてやろうと思った矢先、背後から父が現れた。
家からずっとつけて来たみたい。
「パ、パパ!?どうしてここに来たの!?」
「えっ、カナタちゃんのパパ?みんな挨拶しよう」
そうコルルちゃんが言うとメンバーは父の前に集まる。
友人の親を会って真っ先に挨拶を促すなんてコルルちゃんは育ちが良いな。
「「「「あけましておめでとうございます!」」」」
「はい、明けましておめでとう!流石はカナタ、まさか礼儀作法まで教えているとはすごいな」
いやいや、これに関しては何も教えていないから。どっちかというと、ちゃんと挨拶をしようって言い出したコルルちゃんの方がすごいし偉いと思う。
まあいい、今はそれより聞くべきことがある。
「パパ、何しにここに来たの?」
「いやなに、せっかく自分の子供たちが頑張っているんだ。大人からのちょっとしたプレゼントだ。……お~い、ここだ!こっちに持ってきてくれ!」
後ろに向いて父がそう声を張っていうと、遊び場に入る通り道から大人たちがずかずかと入ってきた。全員何かしらの荷物を担いで、何故か私たちの遊び場に置く。
「カナタちゃ~ん、これはなにぃ~?」
「……私が知りたいよ」
頑丈そうな木の箱、大小のサイズがあるダンベル、何枚もあるブルーシート、木刀に盾などが次々に運ばれてくる。父は何をしたいのか全く理解できない。そんな呆然とした私とは別で、メンバーたちも驚いていた。
「あっ、パパだ!」
「俺の父さんもいるぞ!」
「母さん!?何しに来たの!?」
「パパにママ!?どうしてここに!?」
運んでくる大人たちの中にメンバーの親が混じっていたみたい。全員初対面だから親だとは気付かなかった。とりあえず挨拶しておこう。
「え~と、初めまして!いつもみんなと楽しく過ごさせて頂いています、カナタ・タユーリです!」
いや、この場合はみんなみたいに「あけましておめでとうございます」の方がよかったのかな?頭を下げて挨拶すると大人たちは私がカナタだと知ると歩み寄ってきた。
「おぉ~、キミがカナタちゃんか!いつもうちの娘と遊んでくれてありがとうな!これからも是非よろしく頼むよ!」
「クアルから聞いているよ。なんでも色々と教えてくれているんだって?同い年なのに偉いね」
「あなたのおかげでうちのケマが文字や数字が読めたり計算できるようになったわ!本当にありがとうね!」
「コルルが同い年ですごい子がいるって聞いていたけど、まさか女の子だったとはね。今度うちに来なさい、コルルがお世話になった分、なにかご馳走を用意してあげるわ」
色んな人に頭をもみくちゃに撫でられながら褒められる。これでは誰が誰の親なのか分からないと思うけど、額に角が生えていたり、背中に黒い翼、丸い熊の耳、尖がった耳と、全員特徴的な外見なおかげて一目でわかった。
というかみんな私のこと親になんて言っているの?こうも褒められると照れてしまうな。
「……ふぅ~、よし!どうだカナタ、驚いたか?」
軽くメンバーの親たちへ挨拶し終わったのと同時に、父が用意した荷物が全て運び終わったみたい。その荷物の量は、割と広かった遊び場の3分の1近くを占拠している。
「えっと……パパ、この荷物は何?これから過激なパーティーでも始める気なの?」
「ハハハ、見て分からないのか?これは俺たち親がお前たちのために用意した訓練用の道具だ!他の親御さんにこのことを話したら快く協力してもらえてな、みんなで買ったんだ!年越し前に注文しといてよかった、おかげで今日の朝届いたんだ」
えっ、これ全部私たちのために、こんなにもたくさんの物を!?それに年越し前って……パパがあの晩帰るのが遅かったのはそのためだったんだ!
「カナタちゃん見てぇ~、剣や盾に槍なんかもあるよぉ~!」
「うわ、すごい量の紙……まさか勉強用か?」
「すっげー新品のダンベルだ!っておっも!?」
「防具もあるよ!前から付けてみたかったんだ!」
メンバーは様々な道具に目が食いつき大喜び。そんなメンバーの一方で私の内心は少し複雑であった。ここまでの物を用意してくれたのはとても嬉しい、だけどそれと同時に貰い過ぎて申し訳がないという思いもある。
「パパ、どうしてこんなに……」
「初日の出を見た時に言っただろう、“父さんは応援するぞ”って。それにお前たちの夢を応援したいのは俺だけじゃない。ここにいる大人全員がお前たちの夢を心から叶えたいと思っているんだ」
運んでくれた大人たちの方を見ると、全員が誇らしく笑っていた。父の言っていることに嘘はない。大人たちの表情を見て、そう感じ取れた。
「ありがとう、ありがとう……ございます……!」
私はこの場にいる大人たち全員に向かって深く頭を下げる。
道具を用意してくれた感謝、私たちに対して信用してくれたこと、私たちの夢を認めてくれたこと、全部の意味を込めての一礼をする。前世を含めて私はこれほど嬉しい気持ちになったことがなく、眼から大粒の涙が1摘2摘と流れ出る。
「お、おいみんな!何か知らないけどカナタちゃんが頭下げているよ!?」
「えっと、僕たちも下げた方がいいよね?」
道具を見終わったメンバーも私の横に並び、真似をして同時に頭を下げる。5人の子供のうちの4人はこれからの訓練の楽しみに下げた顔が笑顔のまま。残りの1人はあまりの親切さに涙が止まらない。
「私は、私たちは……絶対に冒険者になります!なって、絶対になって、頑張ってみせます!」
仮リーダーの私がそう大きな声で宣言した。
大人たちは大きな拍手を送ってくれた。何人かの人たちが応援の声を送ってくれた。その拍手の音に、その応援の声に、パーティメンバ一同は笑うのを止めて、各々で意志を強く固める。
ここは遊び場、私たちが自由に遊べられるからそう名付けた。だけど、それももう改名する必要がある。大人たちが周囲の人たちに事情を話しくれたおかげで、ここは本格的に私たちが占拠することになった。今後からここは訓練場と呼ぼう。
◇
星暦2023年、春の5日、火の日、昼
あの日からもう3年が経った。
大人たちが支給してくれた道具を使い、毎日訓練に明け暮れてきた。時には大人たちに、または街に立ち寄った冒険者に指導を乞い、武器や魔法の使い方なども習い、武術と魔法の訓練も導入した。最初は低レベルの体育技を教えていた訓練だったけど、今では嘘の様に内容が大きく進化した。
勉強方面は、全員ある程度、文字と数字の暗記及び低レベルの漢字や計算術ができるようになった。今は自分で文章を書かせたり、数学の文章問題を解かせている。文字も子供の頃の様な汚さもなければ拙さもない。人に見せても恥ずかしくないものへとなった。
次に武術方面は、教えてくれた冒険者や街の大人たちの参考に自主訓練をして身につけ、自分たちで毎日のように模擬試合をしている。自分で言うものあれだけど、かなり高レベルな闘いをしている方だと思う。
次に魔法方面は、私は【火魔法】、キーちゃんは【雷魔法】、クアルくんは【氷魔法】、ケマくんは【木魔法】、コルルちゃんは【水魔法】と各々の髪の色で分かる程度の適正魔法の訓練をしてきた。最初は親同伴でしか許されなかったけど、今では全員上手く魔法を使いこなして親なしでも使用して訓練している。
最後にアクロバットは、ちょうど今その訓練の最中だ。メンバーに教えているのは、前世で私が一番好きだったパルクール。私たちは今、キキラの街の密集した建物の屋根伝いでパルクールを駆使して移動している。
「ぃいやっほおおおおぉぉぉぉいい!!」
「おいケマ、お前飛ばし過ぎだ!ミスって落ちても知らないぞ!」
「いいよいいよクアルくん、そのままにしといて。もし落ちたらそれはそれでいい経験になる。それにあいつは1回痛い目を見ればいいし」
「あはははは!カナタちゃ~ん、キツいねぇ~!まあケマくんは1回も落ちたことないからぁ~、今日も大丈夫でしょ~。コルルちゃん、体力大丈夫ぅ~?」
「うん、ありがとうキーちゃん、何とかね!今日は、みんなについて行けているよ!」
背丈と手足がやや伸びて、心も体も大きく強くなった私たちは3年前とは見違えるほどに成長した。まさか全員がここまで成長するなんて、私すら予想できなかった。これも全て応援してくれた大人たち、そしてここまで頑張ってくれたメンバー自身のおかげだ。この恵まれた環境に感謝してもしきれない。
弧を描くようにキキラの街を2周したところで今日の訓練はここまで。
本来なら夕暮れまで訓練するつもりだったけど、明日は待ちに待った神の恩恵を受けるために教会のある王都や街へ向かう日だ。だから、いつもより早く切り上げる。
「はい、じゃあ今日はここまで。みんな、早く道具の片付けしよう」
「ウィ~ッス」
「了解」
しばらく訓練所を開ける為、道具が雨とかで汚れるのを防ぐためにブルーシートで全てを覆う。こんな風に道具をしっかりと管理したおかげか、3年前からあまり傷付いていない。たまにキーちゃんとケマくんが力加減を間違えて叩き壊してしまうこともあったけど、まだまだ使える物は多い。3年間よく大切に使ってきたと思う。
「……そういえば、みんなどこに行くんだ?」
片付けの最中、クアルくんがとある疑問を聞いてきた。
確かに今までそういった話はしたことがなかった。丁度いい、みんなの動向を把握しておこう。
「私は王都バースって所に行くけど、みんなは?」
「えっ、カナタちゃん王都バースに行くのぉ~!?私は王都メラルフに行くことになっているけどぉ~……」
「俺も王都メラルフだ」
「僕もカナタちゃんと一緒で王都バースに行くよ!」
「私も王都バースに。3対2で別れたね」
ケマくんとコルルちゃんは私と同じところに向かうようだ。
知らない土地で同い年の友人が居てくれるのは嬉しい。
「ねぇ~、カナタちゃんも王都メラルフに行こうよぉ~!寂しいよぉ~、別れたくないよぉ~、一緒に来てよぉ~!」
キーちゃんが甘えるように私に抱きつく。
毎度のことながら姿勢を低くして抱きついてくるため、今回も額の角がグスッと刺さる。しかも角も成長して前よりも少し長くて鋭利になっていて痛みが尋常ではない。
「痛い痛い痛い!!キーちゃん、刺さっている!?今日も深く刺さっているから、早く離して!?」
「離さなぁ~い、絶対に離さないからぁ~!!一緒に行くって言うまで離さないからぁ~!!」
なんでこの娘ちょっとヤンデレ思考になっているの!?痛い痛い、そして怖い!固執されるのはちょっと嬉しいけどここまで来たらもう恐怖すら感じる!だ、誰か、誰か助けて!?
そう眼で他のメンバーに救援を出すと、何故か男性陣は無視するかのようにそっぽを向く。飛び火を受けたくない気持ちはわかるけど、それあまりに塩対応すぎる。情けない男2人に対して一瞬怒りを覚える。
「あはは……。キーちゃん、カナタちゃんも事情ってものがあるんだからさ。こればかりは仕方がないよ」
唯一救援に応答してくれたコルルちゃんはキーちゃんを引き剥がして説得をする。よほど私と一緒に居たいのか彼女はなかなか引き下がってくれない。
「うぅ~……一緒に行こうよぉ~。絶対に王都メラルフの方が楽しいと思うよぉ~?」
「ごめんね、ずっと前からママと約束していたから。もう今更断りづらいし……ホントごめん」
というのもここ最近、母は何故か妙に毎日のように服の選別をしている。私の神の恩恵を受ける日という晴れ舞台だからといって、かなり気合が入っている。父の実家ということもあり、よほど楽しみなのだろう。
「まあまあキーちゃん、俺も一緒に行くんだし、俺らは俺らで楽しんで行こうよ」
「……。ねぇカナタちゃ~ん、お願いだから一緒に来てよぉ~」
キーちゃん何でせっかく声をかけてくれたクアルくんに対してそんな対応するの!?ほら見てあげて、地味に無視されたクアルくん傷ついているから!
私の体を揺さぶって要求し続けるキーちゃん。無視されて明らかにショックを受けるクアルくん。飛び火が来ないように一歩下がるケマくん。訓練場でのやりとりを苦笑いするコルルちゃん。
みんながどう思うのかは勝手だけど……早く助けて!