星暦2023年、春の17日、氷の日、夜
結局キーちゃんのお土産は私1人で持ち帰ることができなかった。どうにか頑張ってみたけど今の私じゃ無理だ。キーちゃんにお願いをして、お土産を運んでもらって一緒に私の家へ向かった。
今朝の様にキーちゃんが軽々と大きなお土産を持ち上げられたのは、恐らくステータスウィンドウに記されていた【筋力強化】というスキルのおかげだろうか。後日、色々と聞いてみよう。
キーちゃんと共に家まで行くと扉の前には珍しく父が立っていた。
空が暗くなっても帰らない私を心配して待っていてくれたみたい。父も私たちの姿を確認すると、運んできた大きな荷物に分かりやすい程、驚いた表情を見せる。
「パパ、ただいま~」
「おじさぁ~ん、こんばんはぁ~」
「お、おかえりカナタ。それにキーちゃんもこんばんは。……2人とも、それは何だ?」
父は一旦冷静になりお土産に指をさして指摘する。
当然の質問だ。だけど私たちが答えた後、父はどういう反応するのか、少し期待する。
「……ベッドだって、これ。キーちゃんから王都メラルフのお土産」
「えへへへ~。喜んでもらえるかと思って買っちゃったぁ~」
父はまたも硬直するが、意外にもすぐにその口は動いた。
「……あぁ~、はいはい!そっか、王都メラルフは布や麻の生産工場があったっけなぁ。だからあそこの睡眠道具はやたらと質が良いんだよな。キーちゃん、それ、結構安かったでしょ?」
「そうそぉ~う!あんまり高価の物だとカナタちゃんも困るかと思ってぇ~、そこまで値の張るものにしませんでしたぁ~!」
えぇぇぇ……じゃあこれ、本当にちゃんとした王都メラルフの名産品だったの!?ていうかキーちゃん、そこまで考えてくれていたんだ。実際、気を遣ってこれの値段聞かなかったけど……聞いても良かったんだ。
父は交易所の職員、そう言った特産品に関しては頭の中に入っている。だからキーちゃんが何故ベッドを選んだのか自ずと推理が出来たのだろう。
「にしてもこれまたデカいお土産だな。このドアからじゃ家に入れられないから、裏の窓を外してそこから入れようか。キーちゃんまだ頑張れるかい?」
「全然大丈夫でぇ~す!」
キーちゃんは余裕の笑みを見せながら返答すると、父の先導してもらって家の裏までお土産を運んだ。
裏に着くと父はお土産を入れられるように窓ガラスを一旦外して、キーちゃんと一緒に家の中へ入れる。私はここまで何もしていない。ただ見ていただけ。お土産を家の中に入れてから何かすればよかったと少し後悔する。
「よし、キーちゃんご苦労さん。ここまで持ってきてくれてありがとうな!」
「どういたしましてぇ~!」
「それじゃあ早く家に帰った方が……って、もう結構暗くなってきたな。……そうだキーちゃん、今晩は家に泊まらないか?両親には俺の方から伝えておくから。」
確かに、もうすっかり暗くなってしまった。キキラの街で誘拐等の犯罪は聞いたことがないけど、それでも女の子を1人で家に帰らすのは危険だ。
「カナタも別にいいよな?キーちゃんとは昔から仲が良いし」
そう聞かれてキーちゃんの方へ顔を向けると、彼女の眼は何故かキラキラと輝かせていた。友人宅に泊まるのが楽しみなのか、それとも私だからなのか、その詳細は分からない。
「私も全然いいよ!キーちゃんもそれでいい?」
「うん!ありがとう~!」
首を縦に振り承諾する。
キーちゃんとは親友だと思っているから家に泊めても別に嫌気は感じない。
「よし、それじゃあ母さんにはカナタから、このお土産のこととか色々と伝えてくれ。俺はもう一回窓を取り付けてからキーちゃんの家に行ってきて泊まることを伝えてくる」
「うん、分かった。行こうキーちゃん」
「ありがとうございまぁ~す!そしてお邪魔しまぁ~す!」
こうして今晩はキーちゃんがうちに泊まることになった。
家に入って母にこのキーちゃんのことを伝えると、嫌な顔を見せずに了承してくれた。母が料理を作ってくれる間、汗や汚れを流そうと私たちお風呂へ向かう。私の家のお風呂は前世の実家の家と比べたらやや広い方だ。子供2人が入っても全く問題なく、両手両足広げて快適に湯船に浸れる。
だけど、その入浴中に問題が起きた。キーちゃんが親友の家に泊まることに興奮しているのか、テンション上げてお風呂の中で抱きついてきたり、水遊びを始めたりと、疲労回復どころではなかった。私も久しぶりの訓練で身体が疲れているのに彼女はなかなか休ませてくれない。本当に勘弁してほしい。
お風呂から終えた後、キーちゃんに私の部屋着を貸して着替える。居間に向かうと、すでにテーブルにはいつもより一人前多くの料理が置かれてある。キーちゃんの両親に泊まることを伝えて帰ってきた父も座っており、母も準備が終わりそうだ。私たちもすぐに各々の席へと向かった。
「おっ、2人とも出たか。随分楽しそうだったじゃないか。それにいつもより長かったな」
「私的にはゆっくりと湯に浸かりたかったけどね」
そんな談笑をしているうちに母の最期の皿を運び終わると、今夜の食事の準部が整った。みんなで箸を持ち、食事を始める。勢いよくもぐもぐと母の手料理を食べるキーちゃんを見ていると、私たち家族は今日の食事が少し新鮮に感じる。
「そういえばカナタ、勝手で申し訳ないがテーブルの上に置いてあった、この紙を見させてもらったぞ」
父はクアルくんから貰った『冒険者登録について』を見せる。
お風呂に向かう前に、両親にも読んでもらおうとテーブルに置いたけど、私が渡す前に先に目に入って読んでくれたみたい。
「大体目を通してくれた?」
「ああ、しっかりと」
「なら説明はいらないね。実は今日遅くなったのは、みんなのスキルや熟練度の見せ合いをしていたからなの」
「ほう、それで?」
「今の所、条件を満たしているのは私とキーちゃんだけ。でも試験まであと90日はある。この残りの時間で何とか3人のステータスを……」
「ちょっと待てカナタ。少し質問していいか?」
私がこれからの課題について語っている中、父は急に質問をする。
一旦口を止めて父の質問を聞く。
「お前たち……まさか今年で冒険者になるつもりなのか?」
やはりそれを聞いてくるのか。私は少し間を空けてゆっくりと首を縦に振る。
「ダメだ」
その返答も予想通りだった。父のその言葉に先まで和んでいた空気が嘘の様に消え去ってしまう。だけど私はめげずに話しを続ける。
「理由を聞いてもいい?」
「理由は3つある。まず1つは単純な話……その残り時間で条件を満たすことなんて無理だ。指導しているお前なら誰よりも理解できているはずだ。熟練度レベルを1つ上げるのにどれほど苦労するのかを。仮に締め切りギリギリで条件を満たせられたとしても、そんな付け焼刃な実力で試験に合格できるとはとても思えない。はっきり言って金の無駄だ。確実な実力を身に着けてから向かうべきだ」
うん、分かっている、分かってはいたんだ。誰かに言われるまで自分の中で否定し続けていたけど、父の言う通り私も残り90日でみんなを試験に望められる程の実力を身に着けさせることができないって言うのは。さっきみんなの前ではあんなこと言ってしまったけど、頭の中じゃ無理だと理解している。
だけど……私はそれをみんなの前で断言できなかった。みんなその日のために頑張ってきたのに、今になって先送りにするなんてとてもじゃないけど言い出せない。
「2つ、戦いの経験値だ。お前たちの訓練をたまに覗かしてもらっているが、いつも1対1の対人戦紛いをしているよな?」
「うん、そうだけど……」
ていうか来てくれていたんだ。全然気付かなかった。
「あれじゃあダメだ。冒険者が主に対峙するのはモンスター、人ではない。それに常に1対1の状況で戦えるわけではない。前もって色んなシチュエーションで訓練した方が巧く立ち回れる。今のお前たちはそれができるか?」
流石は元騎士団に所属していたこともあって、何も言い返せられない正論がきた。というよりも、これは私の責任だ。
あの対人戦はメンバーに武器を慣らさせるために行ってきたもの。だけど、父の言う通り色々な状況や場合に沿って訓練内容を組んでいればよかった。少し考えれば分かることなのに……何で気付かなかったんだ。
「……3つ、お前たちは外の世界、主に社会や道徳について知らなさすぎる。というより冒険者という強い目標に目がくらんで他の事に興味を示さないのだろう。キキラの街は犯罪比率が他の比べて低く安全だから理解しづらいと思うが、他の街町には子供を騙して金儲けするような奴らが多くいる。もう少し世間、モラルについて理解してからじゃないとダメだ」
なるほど、一理ある。前世は学校の道徳の時間とかでそう言った防犯等について勉強していたから、私は外の世界に対して多少なりの警戒心を持てている。だけど他のパーティメンバーは違う。簡単に悪い人の言葉に信じてしまう様子がすぐに目に浮かんでしまう。
「じゃあ逆に聞くけど、あとどれくらい冒険者試験を待たなきゃいけないの?」
「そうだな……。せめてあと2年は冒険者になることは許さん。これは絶対だ」
2年という言葉に私もキーちゃんは目を見開いた。
2年という時間はあっという間なようでまだまだ先、少なくともまだ子供である他のメンバーが待ち切れる時間ではない。父の最後の言葉に食卓は一気に静寂と化した。話しが都合よく行かないこの状況に私は無意識に視線を下げてしまう。
「まあそう悲観的になるな。俺は別にお前たちをいじめたいからそう言っているわけじゃない」
分かっている……それも分かっているんだよ。パパは私たちを心配してここまで言ってくれているのは私も理解しているんだよ。だけど……。
「……実は俺は俺なりに、お前たちがどうすればいいのかずっと考えていたんだ。仕事の同僚ともそのことを相談してな、良い案がいくつか見つけた。もしお前たち、いやリーダーであるお前がよければ、この2年間でやるべきことを教えてもいいが……どうする?」
どうすればいいのか指導してくれるのは正直に言って助かる。だけど父にここまで言われてしまったのは、先のことを考えずに同じ訓練を繰り返してきた私の責任。パーティメンバーの実力を否定されてしまったのは私の責任だ。
このまま誰かに助言して持ってもいいのかと、私はその言葉に躊躇した。そんな時、私はふとキーちゃんと目が合った。彼女はじっと私の方を見て、まるで私の考えを理解しているかのように静かに頷く。
そうだよね……分かんないなら、誰かに教えてもらった方がいいもんね。もし今年の試験で不合格になって冒険者になれなくてショックを受けるのは私だけじゃない……その落ちた人自身もショックを受けるもんね。私の責任ならなおのこと。
「パパ……お願いします。教えてください」
物腰を低くして、父にそのいい案と言うのを教えてもらう。
◇
星暦2023年 春の18日 雷の日 朝
今日の寝起きは最悪だった。
昨晩、私はキーちゃんがくれたベッドで早速使い就寝した。低反発のベッドでとてもよく眠れた。だけどそれも束の間だった。急遽うちに宿泊することになったキーちゃんは寝室にて私と同じベッドに寝ることになった。ベッドもそこそこ大きいから女の子2人でも普通に寝られた。問題はここから。
同時に就寝したキーちゃんは日頃の癖のせいか、寝相で私を抱き枕の様にいきなり抱きついてきた。それに起きた私はすぐさまキーちゃんを引き剥がそうとしたけど、体制のせいでもあり、なかなか引き剥がせない。しかもこれ以上騒々しくすると同じ寝室で寝ていた両親も起こしてしまいそうだったから、私は諦めてその状態のまま再度就寝する。しかしキーちゃんの寝相はここで終わらなかった。
鬼人族特有の額の角が、キーちゃんが寝変えで体制を変えるたびに私の体に突き刺さる。深く刺さりはしなかったけどそれでもかなり痛い。それが数回起きた時、キーちゃんを起こして寝る場所変えようと思ったけど、彼女を寝顔が可愛らしくてとても起こそうとする気が起きなかった。結局そのままで寝ては起こされ寝ては起こされる連続で、気付けはすっかり朝になり顔は寝不足状態だ。
私とキーちゃんは一緒に朝食を済ませてから家を出て、共に訓練所に向かっている。寝不足の私とは対照にキーちゃんはよく眠れたおかげかとても元気が良い。
しばらく歩くと訓練所に着いた。訓練所にはクアルくんとケマくんが先に着いていて準備体操を始めていた。最初は勉強からだっていうのに毎回よくやるね。私たちが着いて、ほんの数秒後にコルルちゃんも到着。これで全員集合した。
「みんな、ちょっと訓練の前に話したいことがあるんだけど」
私はパーティメンバーの視線を集めた。
各々は自分がしていることを一旦止めて、私の方へ近づく。
「いったいどうしたの?」
「冒険者登録試験……受けるの2年後にしない?」
キーちゃん以外のメンバーたちは愕然とした。当然の反応だろう。
みんな早く冒険者になりたいという意思が強い。そこからメンバーたちによる質問攻めが始まる。
「えっ、ちょっ、なんでなの!?昨日は頑張るって言ったばっかじゃんか!?」
「そうだよ!10才でみんな冒険者になろうって言ったじゃん!」
「……やっぱり私のせい?私のレベルが低いから……」
クアルくん、ケマくん、コルルちゃんは私に迫ってそれぞれ追及してくる。少しうるさく感じるけど、それほど私の発言に対して不満があるということ。一旦メンバーを落ち着かせる。
「実は昨日、冒険者登録試験についてパパと相談したの。そしたらぐぅの音も出ない正論を言われて……説得されちゃった。それでね、あと2年、ここに残って訓練を続けるって言う話になったの。勝手に決めてごめんね」
メンバーたちの不機嫌な顔になる。独断で勝手にそう約束してしまったのだから当然だ。本当に申し訳がないと思う。これじゃあ、前世で私を解雇した上司と同じだ。訓練所は一気に静寂と化し、気まずい空気になる。
「……ねぇみんなぁ~、あの時のことを覚えている?」
静寂を切り捨ているように先に言葉を発したのはキーちゃんだった。
「ほらあれだよぉ~。去年の秋、私たちが冒険者になった時の当面の目標のことぉ~」
私たちは一斉に頷く。当然だ、忘れるわけがない。どうやら他のメンバーもあの時の誓いは覚えていたみたい。
去年の秋、いつも通りの訓練後、私はメンバーたちに冒険者になった後、具体的にどうするのか問いかけたことがあった。武器や防具を集めて強くなるのも良し、ファンタヘルムの絶景スポットに足を運ぶのも良し、貯金して老後に備えるのも良し、ある程度歳を重ねたら恋人をつくるのも良し、返答は何でもよかった。ただ純粋にメンバーたちの知りたくなって私は問いかけた。
しかし返答は意外にもすぐに返って来なかった。全員が両腕を組みながら思案を巡らす。パーティ結成前は各々で幼稚ではあったけど、ちゃんとした目標があったはず。メンバーたちは訓練していくにつれて各々の目標が変わってしまい、それを言葉でどう上手く表現できない様子だった。問いかけから数秒後、逆にケマくんから「カナタちゃんは何かあるの?」と質問された。まあ聞かれたのだから当然聞き返してくだろう。私の冒険者になった後の当面の目標は当時すでに決めていた。
それは、私たちの訓練のためにあらゆる道具を用意してくれた保護者の皆さんに恩返しすること。正確には報酬の一部を返上することである。親の立場からしたら子供からお金をもらうことは嫌かもしれないけど、今の今まで私たちの意思を尊重して自由にさせてくれた。例え拒んだとしても嫌でも受け取ってもらう。私の中でそう誓っていた。
目標について話すと、メンバーたちは私の考えに賛同してくれて「自分たちも当面の目標はそれが良い!」と言い出した。みんなもみんなで保護者の皆さんに感謝していた。この時、私たちは「自分たちのために使ってくれたお金以上を、冒険者の仕事で稼いで返そう!」ということにした。この時から、メンバーたちの訓練に対するやる気が上がった気がする。
「それがいったいどうしたの?」
今後はケマくんが問いかける。今さら再確認するほどではないと思う。
「私ねぇ~、昨日カナタちゃんの家に泊めてもらったんだ。だから私もカナタちゃんとぉ~、カナタちゃんのおじさんの話しもその場で聞いていたのぉ~。おじさんはねぇ~、意地悪で2年って言う時間を言い出したんじゃないの。ちゃんと私たちのことを考えてくれていたんだぁ~」
本来私が言うべきことはキーちゃんが代わりに分かりやすく話してくれた。メンバーたちは昨晩の私たちの会話を聞いて再度私の方を向く。
「そうだったんだ……。カナタちゃんとカナタちゃんのお父さん、ちゃんと私たちのこと考えてそう決めたんだね」
「先延ばしにされるのは嫌っちゃ嫌だが、確実に冒険者になれためってんなら仕方がねぇな」
「まあステータスが観れるようになって色々とやりたいことができたから、ちょうどいいかもね!」
メンバーたちが優しくて本当に良かった。全員私の考えに賛同してくれるようだ。これで心置きなく私と父の案を言い出せる。
「それじゃあと2年、頑張るとしましょうか!」
「そのことなんだけど、実は訓練のことについても昨日パパと相談したの。パパが考えてくれた案の方が確実に全員のレベルが上がると思うから、これからはそっちの訓練方法にしたい」
「へー、どんな訓練なの?」
昨晩の食卓で父は、元騎士団員としての経験による改善を語ってくれた。冒険者とは似て非なる職にいただけあってかなり参考になった。メンバーにそれをまとめて分かりやすく説明する。
「まず、私たちがこうやって集まって訓練するのを5日に1回にする」
「「「「えっ!?」」」」