ポールの試合が終わると4人のギルド職員たちは手元の紙に何かを書き始めた。恐らくさっき試合での彼の評価を書いているのだろう。正直に言って哀れな試合の顛末だったから、それほど言い評価ではないと思うけど。
「次の人」
紙に評価を書き終わった担当のギルド職員は参加者たちの方へ振り返り、次に試合する者を呼ぶ。2番のカードを持っている者、つまり私だ。
「私です」
「カナタちゃ~ん、頑張ってぇ~!」
「ありがとう、行って来る!」
私は枠の中へと入り、ベルトに引っ掛けてある片手剣を抜いた。
キーちゃんの応援もあって調子が高ぶってきた。
「おっ、次は女の子。しかも人族か。おい、誰か変わってくれ」
「OK~、じゃあ私が行くよー」
次が私だと知ると冒険者の男性は、対戦相手を女性の冒険者と交代した。女の子への配慮なのか、それとも遥かに格下だと思われたのか、どっちにしても少し苛立ちが起きる。
……なんか舐められた気分で腹が立つ。そりゃあ、女の子として対応してくれるのは嬉しいけど……やっぱり腹が立つ。まあいい、この試合で絶対に驚かしてやる!
「種族と名前を」
「人族のカナタ・タユーリです」
「……分かりました。それではここに」
そう言われて私は交代した冒険者の前へと対面させる。
対戦相手だけど一応挨拶をしておこう。
「よろしくお願いします」
「よろしく!手加減はしないから覚悟はいい?」
「覚悟はできています」
それも何年も前にね。
彼女も先の冒険者同様に強者感をただよらせる雰囲気がある。ポールの様に速攻で負けないように気を引き締めよう。
相手は獣人族の女性。装備は右手に片手剣、左手に少し大きめの盾と言う標準的な装備。私と対戦相手の冒険者はお互いに武器を握り、開始の合図を待った。担当のギルド職員が私たちの様子を確認すると合図を出した。
「両者ともに構え。……始めッ!」
その刹那、私はその場でピョンピョンと何度も跳ね始める。
こんな緊張した場面で予想外な行動に対戦相手は唖然とした表情で固まる。止まることのない行動に疑念を口にする。
「……何をしているの?」
「あははは、少し緊張しちゃって……こうやって体をほぐしているんです。」
そう笑いながらリズムを刻むようにステップを踏む。脚をバネの様に衝撃を吸収してから跳ね返して、体を上下に跳ねさせている。それを数秒繰り返し、私から攻撃しない意思を相手に見せる。
「……時間稼ぎのつもり?先手を上げようと思っていたけど、そっちが来ないならこっちか……」
しびれを切らして完全に油断した冒険者。私のその一瞬の隙を見切り、最後に跳ねた後、ひざを曲げて体を深くして行動に移した。
体勢を低くして一気に冒険者の懐へ潜り込み、空いてある足元に目掛けて先制攻撃を仕掛ける。この場にいる全員が度肝を抜かれた。この攻撃は完璧に入ったと自信があったけど、そこまで都合良く事は進まなかった。
攻撃が入る直前、キーンッと木刀は冒険者の盾に防がれてしまう。流石は現役冒険者。素人の子供の奇襲なんて、現場で鍛えられた応用力でカバーされてしまう。だけど、これも想定内だ。
「あっぶなッ……やってくれるね!でももう油断は……!」
そう言いながらカウンターを仕掛けようとしたけど、もう彼女の前に私はいない。素早く彼女の背後をとり、すぐに第2の攻撃へと移した。だが当然、先の奇襲にも対応できた彼女にはこれも上手くガードされる。
「くっ、素早いなァ……!」
再び冒険者と距離を取り、すぐに第3第4の攻撃を続ける。もちろん攻撃だけではない。時には攻撃と見せかけたフェイントをしたり、前後左右に動いて撹乱させたり、場合によっては勢いを乗せた蹴りもいれる。
冒険者は私の変則的で飛び突く様な攻撃を幾度もガードし続けるけど、1回も自身の攻撃が出来ていないことにより、次第に焦りの表情と汗を浮かび上がらせる。
「(何この子!?この歳でこれほど動けるなんて!?スキルなしでよくここまで動けるわね!……いいわ、だったらこっちも力を入れさせてもらうわよッ!)」
冒険者は何かを思い着いたのか一瞬ニヤける顔が見えた。それを見た私は頭より先に身体が反応して、咄嗟に彼女から距離をとる。
その刹那、冒険者力一杯の回転切りを披露。あまりの勢いに、木刀の風圧が距離を取った私にまで届いた。感に頼って離れて正解だった。あんなもの喰らってしまえば戦闘不能、最悪の場合、次の試験に参加できなくなるところだった。
「……まさか今のを見切られてしまうとはね!」
「こ、殺されるのかと思った……!」
「アッハッハッハ!安心して!もしものことを考えて、回復系統の魔法を使える冒険者も呼んであるから、多少の怪我でも大丈夫!」
あぁ~、通りで冒険者の人数が多いのか。年に1度の試験だけあって、そこら辺はちゃんとしているな。……いやそれでも、あんな一撃は食らいたくはないけどね。
「ねぇキミ、何らかの訓練とかしてきたでしょ?しかもかなりに」
冒険者が先までの焦った表情が嘘の様になくなり、気軽な感じで話しかけてきた。何が目的かは分からないけど、派手に動き過ぎて体力が消耗した私には回復できるチャンス。適当に会話して時間を稼ごう。
「はい、同い年の友達と一緒に。分かりますか?」
「そりゃぁねぇ、あんな動きされたらこの仕事している奴なら誰でも分かるよ。さっきの先制攻撃、正直に言ってかなり驚いたよ。真正面じゃなかったら多分反応はできなかった」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
言い終えると冒険者は私に目掛けて木刀を振る。
一撃目は難なく躱せたけど、二撃目三撃目と繰り返されてしまう。枠外に出てしまうということもあるけど、このまま相手のペースに持っていかれるのはマズい。武器で冒険者の攻撃を受け止めて、木刀同士の武器の力の押し合いを始める。
「おっ、意外と力もあるじゃん!全力ではないとはいえ、さっきよく避けた!……本当に大したもんだよ。さっき友達と訓練していたって言っていたわよね?どれくらいに期間でやっていたの?」
「……5年位かな?」
「あっはっはっは、結構長くやって来たんだね!そりゃあ強いわけか!あらよっと!」
「くぅッ……!?」
上半身ばかりに力を集中してしまい下半身を疎かにしてしまった。そこを突くように冒険者は木刀を一瞬で離して蹴りを入れる。一撃を貰ってしまったけど、それほど深くはないし重くはない。まだ戦える。
「因みに現段階の私の実力でも冒険者の仕事って出来ますか?」
「う~ん、どうだろう。難しいんじゃないかな?君、右手のその傷……気付いている?」
「えっ、右手……」
そう言われて私は自分の右手を見る。右手は何ともない、綺麗な手だ。
そう思った瞬間、いつの間にか彼女は私の元に迫って来ていた。どうやらさっきのは私の虚を突くための視線誘導。右手を見ようとした一瞬の隙に距離を縮ませてきた。そう理解する間もなく、彼女はやり返すかのように低姿勢で私に突きで攻撃してきた。
しまっ……!?
ここまで迫られてはもう避けられない。そう頭の中で理解した。だけど私の身体はこの状況でも無意識に反応できた。
すぐさま木刀を放して、相手の剣が当たる寸前で私は思いっ切り上に跳ねる。身体は全く違うはずなのに、前世で散々練習し続けたおかげか冒険者の頭上に舞うように猫宙で回避してみせる。ファンタヘルムではあまり見ることのないアクロバット技に全員が目を見開く。これで終わりかと思っていた冒険者も攻撃を空かされて動揺が隠せない。
「嘘でしょッ!?あれにも反応するなん……!?」
そう言いかけながら振り返った時、今度は私が冒険者の懐にいる。
木刀を手放してしまったから攻撃する武器はない。だけど手段ならまだある。私の気付いた冒険者は言った距離を取ろうとするけど、そうはさせないと木刀を装備している腕、そして冒険者の胸ぐらを掴む。いい感じに重心がブレている、後は私が身を寄せてこっちに引き寄せる。
体勢が整い、私はその冒険者を背負い投げする。上手く受け身を取ることができず冒険者は背中から地面に叩き付けられて、衝撃で木刀を手放してしまう。これ以上の反撃をされないように冒険者が起き上がる前に、私は彼女の首元に手を置いて抑える。
「いってぇ……。まさか参加者に取り押さえられるなんてな。ホント驚いたよ」
「あはは……自分でも驚いています」
ヤバい、本当に危なかったぁ……!?咄嗟に躱せたからよかったけど、今の食らっていたら絶対に大怪我だったじゃん!心臓バクンバクン鳴っているよこれ!前世で護身術として習わされた柔道を訓練に組み込んでおいてよかったァ!練習して身体に染み込んでいたおかげで上手くできたッ!!
「しかもここまで念入りにされちゃ、どうすることもできないね」
「まさかここから反撃できる、とは言いませんよね?」
「う~ん、出来なくはないけど……それは試験の範疇を超えるな!」
逆に今までの攻撃は試験の範疇内だったんだ。
「参った、私の降参だ!」
「試合、そこまでッ!」
「「「「「うおおおおぉぉぉぉ!!」」」」」
ギルド職員が試合終了の合図を出すと、他の冒険者や参加者たちが大きく騒ぎ出し始める。数名による拍手も聞こえる。周りからの称賛の声にたちまち気持ちが高揚して、思わず右拳を握り締めてしまう。私の5年間の訓練の成果が、今ここで報われた。
「カナタさん、試合お疲れ様でした。見事な闘いぶりでしたよ」
「はい!ありがとうございます!」
「うん。では次の試験まで休憩してください」
「はい!」
ギルド職員に言われキーちゃんの所に戻ろうとする。が、その前に対戦相手になってくれた冒険者にお礼を言わないと。
「対戦、ありがとうございました!とても良い勉強になりました!」
「おうおう嫌味に聞こえるな。冒険者相手に大活躍できたっていうのに」
「私なんて身体が咄嗟に反応できただけ。運が良かっただけです」
「そんな謙遜しなくてもいいよ。あれは確かにキミの実力があってこそのパフォーマンスなんだから。まだまだ試験はあるから頑張りな!」
そう言い残して冒険者は去った。
試合形式で加減してくれていたとはいえ、自分より年下に負けたことに対して何も言い訳しない。清々しい去る後ろ姿はまさに余裕の大人。私もいつかはあんな感じの冒険者になってみたいな。
こうして私の武術の試験が終わり、私は枠から出る。悔いの残らない良い試合ができた。次の魔術の試験のためにゆっくりと休もう。キーちゃんの元に歩み寄り、彼女とハイタッチする。
「カナタちゃんお疲れぇ~!イェ~イ!」
「勝っちゃったぜ!イェ~イ!」
「何度も危ない攻撃が当たりそうになった時はヒヤヒヤしたよぉ~!」
「ホントそれな!自分でもよく避けられたと思っているよ!」
やっぱり他の人から見てもあの攻撃はかなり危険だったみたい。だけど、それを平然と試験でしてくるのだから、冒険者にとってアレも日常茶飯事ということでもあるのだろう。逆に冒険者になる前に、それをマジかで体験できたのは、本当に良い経験だったかもしれない。
キーちゃんの隣で座って談笑をしていると、何やら枠内で騒ぎ声が聞こえてくる。一体どうしたのだろうと覗いて見ると、1人のギルド職員がさっき参加者と対戦した冒険者を呼び出していた。
「お前たち、有望な新人を潰す気かァッ!?いくら多少手荒でもいいとは言ったが、あそこまで叩き込むことはないだろッ!この後も試験が控えているというのに、何を考えているんだァッ!!」
「「すいませんでした……」」
どうやらあの遠慮のない攻撃は冒険者の独断だったみたい。
変にアレも意味があるのだろうと勘繰った自分が恥ずかしくなってきた。さっきまでカッコいいと思った冒険者が怒られている所は見たくなかった。キーちゃんの試験の前に改善されるみたいだから良かった。