開始の合図と同時に、クアルくんはすぐさま行動に入った。
翼を大きく扇ぐと同時に前に突っ込む。槍のリーチを活かした先手必勝で片を付ける策に出た。冒険者相手になんて無謀、だけど決まればまさに秒殺。地面を思いっ切り蹴り、チョトさんの胸部に目掛けて突く。
クアルくんの様子と装備から予想できたのか、チョトさんは当たる寸前で軽々と回転して攻撃をいなす。やはり戦闘の経験値がある分、こういった奇襲や不意打ちにも身体が反射できてしまうんだろう。攻撃を見極められ、その上チョトさんがニヒッと小馬鹿にするように笑みを見せ付けられ、クアルくんの表情に怒りを露わとする。
「(うっぜぇぇぇぇぇ!!腹立つッ、今、笑いやがったなッ?!こうなったら意地でも攻撃を当ててやるッ!!)」
癪に障ったのか、そこからのクアルくんの攻撃は雑になってしまう。
突きがダメなら次は払い、払いがダメなら次は叩き、叩きがダメならまた突く。槍の攻撃方を色々と試みるも、空しい程にチョトさんの体には届かない。というかチョトさんからすれば反撃のチャンスはいくらでもあるというのに、避けることしかしない。完全に遊ばれているという感じだ。
「あぁ~あ。完全に冷静じゃなくなっているね。あんな軌道バレバレな攻撃じゃ、私でも全部避けられるわ」
「焦っている訳じゃなさそう。……いつもの悪い癖ね」
コルルちゃんのいう悪い癖とは、クアルくんは一度でも大きく苛立つと、あらゆる方面で雑になってしまうこと。いうなれば感情任せ、ストレスを発散させようと躍起になることだ。
クアルくんの勉強と戦闘の両面の成績は、パーティ内では3番目。優秀ではないけど、決して劣っているわけではない。なんなら絶好調な日は、パーティ内で一番を取ったことがある程、潜在能力を秘めている。だけど大きな欠点があり、それは怒りの沸点がパーティ内でダントツに低いこと。何か気に入らないことがあれば乱暴な口調になることは日常茶飯事となり、時には私に噛みついてくることだってある。
そんな短所を出すことのなく無事に試験を終えることを願っていたけど、まさかこうも早くに露わになるとは。
「……終わったね」
「冗談でもそんなこと言っちゃダメでしょ、カナタちゃん!?」
「だって無理でしょ、あんな調子じゃ。ギルド職員だって若干、呆れた顔をしているし」
今はイライラしているクアルくんの武運を祈るしかない。
「(おうおう、頑張るな少年!槍の筋は悪くない、長い時間をかけて槍を持ち続けた感じがするな。体力もある方だし、意外と努力家か?だけど、その怒りっぽい所は感心できんな。まあ子供らしいと言えば子供らしいがな。さて、攻撃は良しとして……防除の方はどうかな?)」
試合開始から数分後、ここで漸くチョトさんが仕掛けだした。
避けた勢いで間合いを詰めて、大きく一歩を踏み込む。チョトさんは短剣を大きく振りかぶった構えのまま、今度はクアルくんの胸部に目掛けて一撃を放つ。ようやく敵意を感じたのかクアルくんの表情も一変、焦りの色を見せてすかさず防御に移す。
「(げっ、反撃ッ!?速く防御をッ!!)」
重い足踏みと同時に叩き付けられるよう振るチョトさんの短剣。両手でがっちりと掴んで槍で受け止めようとするクアルくんの槍。
2人の武器がぶつかり合った瞬間、今まで聞いたことがないような鈍い音が響く。音は緑グループ内だけではなく地下訓練所にいる全員に聞える程に。バッキーンッと盛大に鳴ると、2人の木製の武器が同時に折れてしまった。
「い”ッ!?」
「はぁッ?!」
まさか武器が折れてしまうとは思わなかったのかクアルくんは変な声を上げてしまう。そんな顔にもなってしまうな、私でも多分なってしまう。
一方でチョトさんの表情も驚きを見せているが、その心境はクアルくんとは別な気がする。
「(おいおい、嘘だろ!?少年を吹き飛ばすつもりで攻撃したはず……なのに、何故俺たちの武器だけが壊れるッ!?まさか踏ん張って耐えたっていうのかッ?!ゴリラ種の俺のパワーを、こんな子供が……!!)」
「(イッテェェ……!なんつぅ馬鹿力!?鬼人族のキーちゃんといい勝負だぞこりゃ……!)」
両社ともに武器の破損。あれではもう使い物にはならない。2人はお互いに目と目が合い、少し気まずい空気になる。武器がないなら、決着をつけるには1つしかない。
何やっているのクアルくん!速くに殴り掛かって!
「……はっ!?」
私の念が通じたのかクアルくんは止まった時が動き始めたかのように、破損した武器を投げ捨ててチョトさんに殴り掛かる。不意を突いたつもりだったんだが、チョトさんはそれを容易に見切り難なくガードする。そこからチョトさんも武器を手放しクアルくんとの体術による闘いが始まる。
「おぅらぁー!!」
「あははは、面白いッ!いいぞ!もっと来い!」
「んなら、これでどうだッ!!」
またもクアルくんは安い挑発に乗ってしまう。しかし、次の一撃に緑グループにいた全員が目を見開いた。
クアルくんは翼を小さく折りたたみ姿勢を低くする。左脚を大きく踏み込んで、乗った勢いのまま右足を蹴り上げる。読まれやすい攻撃、これもチョトさんには余裕でかわされてしまう。だけど問題はその後。蹴り上げた足は空振るも、まるで風が吹いたかのように音を切り、風を起こした。
「おいおい……!」
あまりの風圧にチョトさんはあからさまな動揺を見せる。あんな蹴りを見せられちゃ、誰だってあんな反応するわね。
鳥人族は背中の翼のせいでどうしても体重、主に上半身が同年代の子と比べて重い。空を自由自在に飛び回る鳥人族にとってはあまり気にしないせいか問題視されていない。だけど、同年代の私たちが平然な顔でパルクールしているのに自分は種族特有の体重のせいで、できないという悔しさを感じてきた。成長期に入って身長と同時に更に体重が増えたことで余計に。だから、彼は地上でも素早く動けるために、下半身を重点的に鍛え続けた。私にどうすればもっと速くなれるのか自分から指導を求めてきた時もある。
その結果、クアルくんは普通の鳥人族では付かない脚力を手に入れることに成功した。純粋な脚力だけなら、そこらの大人に負けない程に。
「(なるほどな……。その足腰ならさっきの俺の攻撃も耐えきれるってわけか。上腕もその流れでムッキムキになったってところか。流石にまともに蹴りを受けるわけにはいかない。なんとか躱しつつ、チャンスを待つか!)」
その後も翼を巧みに展開して空中浮遊しながら蹴りを繰り返すクアルくん。一瞬だが動揺するも、笑いながら攻撃をガードしたり避けたりを繰り返して一向に仕掛けてこないチョトさん。肉弾戦の攻防は続く。
「まずいね……。クアルくんの攻撃全部流されている」
「純粋な体術だけでの勝負は熟練度のレベルの差で勝敗が決まるってものだから。飛んで時間を稼ぐのも1つの手だけど……」
「でもそれをしたらあんまり良い評価はもらえないよね?」
これは武術の試験、近接戦闘においてどれほど戦えるのかを評価されるだろう。もしクアルくんが飛んで空中へ逃げて時間を稼ごうとしたら、少なくとも審査的にあまり良い点は貰えないはず。彼もそうなることは概ね理解しているから翼を展開し続けていても、低空飛行で肉弾戦を仕掛けている。
「それにしても……ぷぷっ!さっきの槍が壊れた時のクアルくんの顔ッ!めっちゃ面白くなかった?」
「今それ言っている場合!?クアルくん負けちゃうかもしれないんだよ!?」
だって、本当に面白かったんだもん。良いリアクションだったな~。クアルくん、地球人ならそこそこ売れる芸人になっていたと思う。そう思わせるぐらいいい顔芸だった!……ヤバい、思い出すとまた笑いが込み上がってきた!
クアルくんが必死に交戦している遠目で、さっきの光景を思い出してしまう。とても友人を応援しにきた者とは思えない考え方の名は理解しているけど、笑ってしまうことは仕方がない。だけど隣にいるコルルちゃんに怒られてしまいすぐに、ニヤけ顔を止める。
「はぁ……。このままじゃクアルくん、本当に負けちゃう……」
「相変わらずコルルちゃんは心配性だね。もし武術の試験が最悪な評価だったとしても、残りの実技試験で挽回すれば大丈夫だよ」
ギルド職員の説明では、次が魔術の試験で、最後に総合適正試験がある。例えコルルちゃんの様にクアルくんがこの試合で負けても、残り2つで良い成績を残せば問題はない。不安があるとすれば試験の合格ラインが知らされていないことだけ。これだけはいくらギルド職員に質問しても答えてくれなかった。
コルルちゃんと話している間に、試合に変化が起きた。激しい蹴りでの攻撃を繰り返したクアルくんが荒い息をし始めている。無理もない、いくら訓練してきたとはいえ、あれだけ動けばそうなるのは必然。段々と攻撃のテンポが遅くなっていくクアルくんに対して、ずっと防戦一方だったチョトさんは彼の体力の消耗を目視し続けながら機会をうかがい続けている。
「(あと少し、あと少し、あと少しぃ……ここだ!)」
「なッ!?」
クアルくんの今日一の遅い蹴りを出した瞬間、まるでそれを待っていたかのようにチョトさんはそれを腕で強く弾き、一気に身を寄せてクアルくんの胸ぐらを力強くつかむ。
「捕まえたぜ……!ふんッ!!」
「がはッ!?」
そのまま力任せにクアルくんを地面に叩き付ける。鳥人族にとって翼が地面に押し付けられることはかなり苦しい状態らしい。恐らくチョトさんはそれを知っていてそうしているのだろう。
チョトさんは仰向けに倒れたクアルくんのお腹に跨り、両腕を両足で動かないように固定して、顔と顔を近づけさせる。
「勝負ありだな、少年!」
「まだ……降参しない……!」
「退き際を考えるのも冒険者には必要な素質だ。安心しろ、その歳であれだけ闘えりゃギルド職員のおっさんたちも良い点を付けるはず。それに試験はまだ……」
「ここまで来たらもう、男の意地みたいなもの……!まだ戦える!」
「……じゃあ俺は今から少年が降参っていうまで顔をボコボコに殴るぞ?いいのか?」
「……ヒヒッ!」
クアルくんはまるで誘うように嘲笑う。この状況で逆転はありえないはずなのに、彼は頑なに降参を言おうとしない。少し疑念を抱いたチョトさんだが、寧ろこの状況からどう繰り出すのか期待している。チョトさんは顔が動かぬように胸ぐらを掴む左手を強く地面に押し当てて、固く握りしめた右手ゆっくりと上にあげる。何をされるのか察して口元を両手で覆うコルルちゃん。その隣で私は息をするのを忘れて見つめる。緑グループの試合を見る者全員に緊張感が走った。
「(……今だ!)」
チョトさんの片手は自分の村蔵を掴み、もう片手は殴ろうと上がった瞬間、クアルくんに妙案が浮かぶ。拳が降りかかる前に、クアルくんは片手を素早くチョトさんの股間へ伸ばし、力強く握る。俗にいう金的だ。
「アァァァァァッ!!」
枯らしそうなぐらい声量を出しながら、チョトさんは飛び跳ねながらクアルくんのから離れた。涙目になりながら両手で大事そうに股間を抑え、背中を丸めてピクピクと震わせる。緑グループの他の冒険者たちはお腹を抱えるほど笑い、ギルド職員たちの必死に笑いを堪える様に口元に手を置き、他の参加者たちは「そんなのありなのか?」と呆然としている。そして、私たちもクアルくんの攻撃法に呆れている。
「「うっわ~……。サイッテ~……」」
確かに良い発想ではあるけど……よく行動に移せたね?同じ男子なんでしょ?同性だからその痛みが理解できるんでしょ?いや、分かっていたからアソコを狙ったんだ……。
「……あれでいい評価なんて貰えるかな……」
「騎士だったら間違いなくアウトだけど……冒険者だからありじゃない?……私の訓練のせいじゃないよね?」
悶え苦しむチョトさんをよそにクアルくんはゆっくりと立ち上がる。
ぶつかり合いで破損してしまい槍だった木の棒を手に取り、いまだに動けないチョトさんに近付いてその矛先を向ける。向けた矛先は折れた木材の断面、ギザギザと鋭利になっており人に刺したら間違いなく大事になる。チョトさんはしばらく静止した後、その体勢ままゆっくりと顔を上げて自身の立場に遅れて理解する。
「さ~てぇ、いい感じに的ができたことだし、思いっ切り蹴り飛ばしたら枠の外まで飛んでいくかね~?」
「……流石にそれは笑えないぞ、少年」
「“退き際を考えるのも冒険者には必要な素質”……でしたっけ?まさに今じゃないんですかぁ~?」
「ッ~~~!!」
2人は小さな声で会話を始め、話に区切りがつくと心なしか何故かチョトさんは悔しそうな顔を見せる。近くで見ても遠くから見ても明らかにクアルくんが脅しているようにしか見えなかった。
そんな緊迫した状況が少し続くと、チョトさんは大きくため息を吐いて宣言した。
「……あ~もう、参った!降参だ!」
チョトさんが降参を進言した。あの表情から見てかなり悔しいのだろう。それを聞いたギルド職員が傍に寄り、試験を進行する。
「そこまで。勝負あり」
「お疲れ様でしたァ!」
「……少年……かなり憎たらしいな」
クアルくんは武器を下ろし、チョトさんは股間をまさぐりながらゆっくりと起き上がり、2人で談笑してから枠の外へと出た。かなり冷汗をかいたけど、クアルくんの勝利だ。やり方はかなりの外道だったけど。
「何とか勝てたね……クアルくん」
「うん……でもあれは冒険者と言うより、盗賊のやり口と言うか……」
クアルくんの勝利を素直に喜べず少し複雑な感情になる。結果としては勝てて良かったのだけど、あの勝ち方で本当に良かったのか少し心配になる。
「何はともあれ勝ったんだからいいじゃん。醜く負けるよりよっぽどいいしね」
「……それもそうだね。ああいう往生際の悪さは私も見習らなくちゃね」
「何を見習うってぇ~?」
そう話していると背後から女の子の声が聞こえてきた。驚いて勢いよく振り向くと、声の主はこれから試合をするはずのキーちゃんだった。
「キ、キーちゃん!?びっくりしたぁ……って、何でここにいるの?試合はどうしたの?」
「……もう終わったよぉ~」
「あっ、そうだったんだ。おつかれ」
どうやらクアルくんと同時進行で、赤グループにて試合をしてきたみたい。
結果を聞くと開始から2分弱で、キーちゃんがゴリ押しで相手を枠の外に出して勝利したそうだ。流石の一言。でも何故か、現役冒険者に勝ったわりには元気がないように見える。せっかく3人集まったからこのまま談笑をしようと思ったけど、コルルちゃんはクアルくんの試合を見て気持ちが高ぶったのか、青グループに戻って精神集中したいと言い出した。次は魔術の試験、恐らく魔法を使う試験だろうから気持ちを練りたいのだろう。もちろんコルルちゃんを引き留める理由なく、そのまま彼女を見送った。
「2人とも、この次も頑張ってね!」
「うん!コルルちゃんも気張ってね!」
「頑張ってねぇ~!……さてとぉ~」
青グループに向かうコルルちゃんを見送った後、キーちゃんは私の背後に立って急に抱きついてきた。もちろんいつもの如く角が刺さるように。
「痛い痛い痛い痛いッ!?な、何をするのキーちゃん!」
「何でクアルくんは応援してぇ~、私のは応援してくれなかったのぉ~?」
何とか無理矢理引き離してキーちゃんを問い詰めると、頬を膨らませて逆に彼女の方から問い詰められた。元気なさそうにしている原因はそれか。クアルくんばかり静観して自分の試合を見てくれなかったことによる嫉妬か。少し意識すれば、一瞬でも赤グループの方へ振り向けば気付けたこと。変な言い訳は通用しない、ここは普通に謝ろう。
「あぁ……ごめんね?」
取り敢えず誤ったけど、キーちゃんは頬を膨らましたまま。なかなか許してもらえない。