占いを始めると飄々としていたロップさんの表情は真剣なものへと変わる。
置いてある両手を撫でるように水晶玉をされると、水晶玉は徐々に赤色に光りだした。光は一定の輝きを保ちながら玉の模様がうっすらと渦巻いているように見える。ナエナちゃんは水晶玉に惹かれ、前屈みになって見つめている。
「ふむふむ……ほほぉ~?」
ロップさんは水晶玉を見つめ何やら独り言を言いだした。何かが見えているようだ。
何か悟ったような顔を浮かべながらロップさんはナエナちゃんの顔を見る。
「……ナエナ、おぬしは今何か頑張っていることはあるか?」
「えっ、頑張っていること?え~と……あっ、そうなの!実は私、冒険者になるのが夢なんだ!だからいつも剣の稽古とか魔法の修行とかしているんだ!あと勉強も!」
「ほほぉ~すごいのぉ。ナエナ、おぬしは将来すごい冒険者……正確には剣士になれるじゃろぉ。例えるなら……誰もが憧れる強くて可憐な剣士、にじゃ。そのためにも、今頑張っていることを、これからも続けるんじゃぞい!」
「ほんとう!?」
「ああ、ほんとうじゃ。頑張るんじゃぞ」
「うん!これからも頑張る!ねぇねぇ~、今の聞いたアスタくん?!」
「うん……聞いていた。良かったね」
「うん……!やった~!」
あまりに嬉しい占いの結果を聞くと、ナエナちゃんはその場に立ち上がって嬉々とした表情で飛び跳ねる。彼女の夢は両親のように強くて立派な冒険者になること。幼少期の頃から培ってきた努力が、将来報われると知れたのだから。こんな反応をしてしまうのも無理はない。誰だって機嫌は良くなる。
それにしても“誰もが憧れる強くて可憐な剣士”かぁ……。この占いは多分当たるだろうな。
ナエナちゃんは普段は活発的で破天荒な部分があるけど、課題に対する姿勢は真面目だったし、この先も勉強も修行も頑張り続けるのだろう。そして、彼女が将来どんな女性になるのか予想できる。いや、
「よし、次はアスタじゃな。よっと」
そう言いながらロップさんは、俺の前に水晶玉を移して占う準備をする。
「よろしく……お願いします」
ロップさんは先と同じように真剣な表情へと変える。どうやらもうすでに占いを始めているようだ。
数秒経つと、水晶玉は青色に光り出した。ナエナちゃんの時は赤色に対して、俺の場合は青色。個人によって光る色は変わるようだ。
少し緊張してきたなぁ……。前世でも占いなんてしたことなかったし……あぁ~、不幸な未来が見えないと良いんだけど……。
「……んっ!?」
ロップさんは変な声を出しながら眉間にシワを寄せる。何かに驚いているように見える。
えっ、本当に不幸な未来でも見えてたの!?
始まって数秒後、その真剣な表情は何故か少し歪んでいた。暫くすると、また真剣な表情に戻った。しかし心なしかナエナちゃんの時とはまた真剣味を感じる。ロップさんは謎の言葉を最後に、黙々と占いを続けた。
「……ねぇねぇ~、まだアスタくんの占いは終わらないの?」
確かにナエナちゃんの時は10秒程度で終わったのに、俺のは明らかに30秒以上経っている。
本当に何が見えているんだ?……まさか!?
俺は前世の記憶を持って別世界から来た転生者。ファンタヘルムで約7年間、普通に生活していたせいでそれを忘れていた。
もしかしたら占いの時間がかかっているのは、それが原因なのかもしれない。これはただの仮説、だがそう考えてしまうと額から嫌な汗が流れてしまう。俺たちはまだ水晶玉を見つめるロップさんの返答を待った。
ロップさんの占いが相手のどこまでのことを知ることができるのかは分からない。もし転生者ということがバレたら……ヤバい!?何をどうされるのかは予想できないけど、とにかくヤバい!
「……んっ?あぁ~、いや~すまんすまん2人とも!つい集中していたんでのぉ!全く聞こえておらんかった!」
漸くしてロップさんは笑いながら返事をしてくれた。
占いが終わったのか、水晶玉の青色の光が徐々に弱くなっていき、そして光は無くなる。
そんな立派な耳を持っているのに聞こえてないって……かなり集中していたんだ。だから聞こえていなかったのか?何をそんなに見つめていたのだろう……。まさか本当に俺が転生者ということがバレたのか?
「それで、アスタくんは将来どうなるの?」
「えっとなぁ……何も見えんかったんじゃ」
何も見えなかった?だからあんなに集中して見つめていたのか?というかそもそも、どうゆう原理で水晶玉を使って占うことができるんだ?
「え~なんで!?何で見れなかったの!?」
ナエナちゃんが当人である俺よりもグイグイと質問してくれる。
「え~と……恐らくアスタの魔力量が少ないのが原因なんじゃろ」
俺の方を見つめながら少し苦々しい表情を浮かべロップさんはそう言った。何故ここで俺の魔力量について出てきたのは理解できず、俺たちは首を傾げてしまう。
「何で……魔力量が少ないのが……原因……ですか?」
「え~とのぅ……この水晶玉を占う対象者の前に置くとな、その者の魔力に反応して光りだすんじゃ。簡単に言うと髪色じゃな。ナエナの場合は髪色が赤色だから、アスタは青色だから光ったんじゃ。そして、そこにわしの魔力を水晶玉に注ぎ入れることで、その者の一つの未来の一部始終を映像として見ることができるのじゃ」
やはりさっきの光は、俺たちの適正魔法に反応してその色になったのか。
魔力を注ぐだけで未来が見えるなんて不思議な道具だ。……いくらで売っているんだろう、普通に欲しくなってきた。
「へぇ~、そうだったんだ!でもアスタくんの時も、ちゃんと光っていたよ?何で観れなかったの?」
「先も言ったが、この水晶玉にわしの魔力を注ぎ入れるんじゃが、その時にわしが注ぐ魔力の調整を間違えて、多く魔力を注ぎ過ぎると映像が乱れて観れなくなるんじゃ。え~と……つまり……」
「“つまり”?」
ナエナちゃんがオウム返しで聞き返している中、俺は何となくロップさんの言いたいことを悟った。
「つまり……じゃ、わしが調整しきれんくらいアスタの魔力量が少ないんじゃ……。とてものぉ……」
その言葉を最後に3人は静かに固まり、風を切る音だけが耳に入った。ロップさんは水晶玉を静かに鞄の中に片付け、ナエナちゃんは俺に気を使っているのか何度も横目で顔色を窺う。
2人がこんな反応をしてしまうのも無理はない。魔力量はファンタヘルムで生き抜くために必要なもの。人によっては貨幣や名誉より重要視する者がいるほど。それが比較できないほど少ないと宣告されれば誰だって同情や哀れみの感情を抱いてしまう。
“魔力量が少ない”か……。予想はしていたけど、いざ言われると少し虚しいな。つまりは人より魔法が使えないってことか?せっかく魔法のある世界に生まれたのになぁ……少し残念だ。まぁ、無い物を強請っても仕方がない。
さて……この空気どうしよう。2人とも俺に気を遣って黙っちゃって、見事に静まりかえった。こういう時はやっぱり俺から話し出した方が良いのかな?とりあえず占ってもらったことにお礼を言わないと。
「……ありがとう……ございました」
この雰囲気を何とかしようと俺は口を開けた。またしても変な言い方になってしまう、いい加減改善しないといけない。
ロップさんにそう言いながら頭を下げて一礼してお礼を言うと、彼女は呆然とした表情を見せる。そして俺が頭を上げると彼女は訊いてきた。
「えっ?な、何がじゃ?」
「占いを……してくれた……こと、です?」
予想していなかった返答にロップさんは動揺を隠しきれなかった。確かに普通の子供だったら、こんな言葉を口にしないはず。間違えなく怒りを露わにして全否定するか、この場で泣き暴れるだろう。
確かに魔力量が少ないのはショックだが、水晶玉が光り出したということは少なからず魔力はあるのだろう。生活に必要な魔力量があれば俺はそれで良い。
「……占いできてないんじゃが?」
「してもらえた、だけで……俺は、嬉しかった、です」
今度は不服そうな表情で訊いてきた。やはりこの道のプロだけあって、結果を出せなかったことに不満を抱いているのだろう。
正直に言うと転生者ということがバレていないことが、一番嬉しかったことだけどな。もしバレたらどうなるのか分からないからなぁ……。やっぱり世界の技術向上のために拉致されて、魔法かなんかで記憶を抜き取られるのかなぁ……。次から占い師に会うときは気を付けよう……次があれば。
「アスタ、おぬしはやっぱり……良い子じゃ!」
そう言うとロップさんは唐突に俺の頭に手をのせて優しくなで始めた。
「えっ、なっ、えっ……!?」
あまりにいきなりの事に変な声を上げてしまった。ロップさんの眼を見ようとするが、恥ずかしくて顔があげられない。
「アスタくんだけずるいぃ~!私も、私にも~!」
「ふぉっふぉっふぉっ、ええぞぃ。ほれ」
承諾するとロップさんはもう片方の手でナエナちゃんの頭も撫で始める。俺とは違い、彼女はとても嬉しそうな反応を見せる。確かにロップさんの撫で方はとても優しく、心地良い。
撫でられながら視線を上げてロップさんの顔も確認すると、俺たちとは違い彼女はなんとも言えない表情をしていた。俺たちと同じようにこの雰囲気を楽しんでいる感じとも言えるが、心なしか不安感を抱いているような感じとも言える。
そんなロップさんに俺は何故か訊くことが出来なかった。その大きな手に、ただ黙って頭を撫でられ続けた。
◇
星暦2019年 夏の65日 土の日 夕方
その後、ロップさんは俺たちの知らないファンタヘルムの世界について語ってくれた。ウエスト大陸の良い所、他の大陸の良い所、そして街々の文化について教えてくれた。他の村や街に行ったことがない俺たちにとって、淡々と出てくる言葉に妄想を創り抱いてしまう。体現できない昂ぶる気持ち、まさに夢のような時間であった。
そんな談笑をしているうちに、気が付けば空は赤色になり太陽が沈もうとしていた。そろそろ終わりにしようと俺たちは立ち上がり、その場で別れようとした。俺とナエナちゃんは村に、ロップさんはお昼通った森へ。流石に夜の森は危ないとナエナちゃんは説得するが、ロップさんの決定は変わらなかった。
「ふぉっふぉっふぉ。大丈夫じゃ!わしは野宿に慣れているし、心配もいらん!」
「でも……」
「その気持ちだけで十分じゃ、ナエナ。それにわしら獣人族は元々のステータスが高い!そんちょそこらモンスターなんかには負けはせん」
ロップさんは自信気で逆に説得された。この言葉にナエナちゃんは渋々納得して首を縦に振る。彼女との会話が一段落付いたところで、俺からもロップさんに言葉を贈る。
「今日は……ありがとう……ございました。とても……楽しかった」
「ああ、わしも楽しかったぞぃ!アスタ、ちゃんと占ってやれなくてすまんかったの。次会った時はしっかりと占ってやるからな。もちろんそん時は、ちゃんとお代をもらうがな!」
「ふふっ……はい」
全くもって愉快な人だ。思わず笑みをこぼしてしまった。そんな俺の顔を見てうっすらとロップさんも微笑んだ。
「ほれ2人とも、早く帰らんと森のモンスターに襲られるぞぃ!ほれっほれっ!」
そう言いながら俺たちを村の方向へ振り向かせて背中を押した。その勢いで数歩歩いた俺たちは再びロップさんの方へ振り向くと、彼女は手を振ってからフードを被り、森の方へ歩き始めた。
「……お~い!ロップさ~ん!」
するとナエナちゃんは大声を出した。それに反応したロップさんは再び俺たちの方に振り向いてくれた。いきなりの事に驚いた俺も隣にいるナエナちゃんの方を見る。
「すぅ~……また遊びに来てね~!」
そう言いながらナエナちゃんはロップさんに大きく手を振った。その表情はとてもいい笑顔だった。俺も見送ろうと思い彼女に便乗して俺も手を振る。フードのせいで顔が隠れてよく見えないが、彼女の口元は笑っているように見えた。
ロップさんはナエナちゃんの言葉に対して手を振って応えてくれた。そして再び森の方へ歩き出し、森の中に入ってその身を隠した。
「……行っちゃった」
「……また……会って、いろいろ……聞きたいね」
「その時は私たちも話してあげよう!今まで見てきたこと全部!今度はロップさんも楽しんでもらおう!」
「……うん」
「……よし!それじゃあアスタくん、私たちも帰ろう!」
そういうとナエナちゃんは唐突に俺の手首をつかみ、村の方へ走り始めた。問答無用で引っ張っていく。
「えっ、ちょっ、待って……!?」
「速く速く!急がないとさっきの私の声でモンスターが森から出てきちゃうよ!」
自覚があるなら大声で言わないでよ!ってかそれロップさん大丈夫なの!?ロップさん……どうか……お気を付けて……。
◇
<ロップ視点>
星暦2019年 夏の65日 土の日 夜
アスタたちと別れて、しばらく森の中を歩き続けた。森は外の光が差し込まないせいでかなり暗い。【索敵】を使い、この森に生息しているモンスターがいない所を通って崖に向かった。数回ほどモンスターに遭遇しかけたが、その度に【土中遊泳】を使って隠れてやり過ごしている。この辺のモンスターは下級モンスターしかいないが、無理に戦闘する必要はない。
「それにしても、夜だというのにあまりモンスターが活発しておらんのぅ。……あっ、先のナエナの大声に驚いて隠れているんか!ふぉっふぉっふぉっ、まるで魔除けの様な効果じゃのぅ。まあ、おかげでスキルも数回程度ですんだわい」
しばらく歩くと森から無事に抜けて崖に到着できた。ここで初めて空が完全に暗くなっていることに気付く。今日は見惚れてしまう綺麗な夜空だが、この場に居続けるわけにもいかないため、崖に沿って歩き始めた。
横から来る夜の海風が心地よく当たる。そう歩く中、わしはある事について考えていた。それはアスタの占いの結果だ。
「それにしてもあの子は一体……」
わしは今まで占いを失敗したこと一度もなかった。未来が見えなかった客は誰一人としいなかったのだ。万を超える程の客を相手し、全員の未来を告げてきた。
もちろん、そのまま告げているわけではない。その者にとって良い未来が見えたらそのまま告げ、それほど良くない未来だったらそれを伏せて良い未来になるために助言をする。それがわしのやり方。そして今日も、2人の小さな客の未来も見えていた。
わしはどんなに魔力量が少ない客でも必ず未来を見てきた。魔力量が少ないなら、その分わしが調整すればいいこと。少なくとも、魔力量が原因で占いができなかったことは一度もなかった。
つまり本当は、アスタの未来もちゃんと見えていたのだ。
「アスタ……嘘をついてすまんかった。しかしのぅ、あの未来をおぬしに告げることは、とてもじゃないが心苦しくてできんかった。だからわしは魔力量が少ないと嘘をつき、少しでもおぬしを“あんな未来”を送らぬようにしたかったんじゃ。すぐに嘘だとバレるじゃろう……じゃが、これがせめてわしがおぬしに告げられる言葉なんじゃ」
アスタの“あんな未来”とは、成長したアスタが伝説のモンスターである龍に、一心不乱に戦いを挑む姿であった。片手に装備していた剣に纏わせていた大量の魔力から考察するに、当時のアスタはかなりの実力者になっているのだろう。
しかし相手は龍。そこらのモンスターとは次元が違う。どんなに実力をつけても絶対勝てない。過去にも似たような占いに出た客が数名いたが、アスタのは明らかに異常であった。その挑むアスタの顔は、金や名誉といった欲のためではない。恨みや悲しみ、そして怒りを感じさせる辛い表情だった。
だからわしは敢えて“魔力量が少ない”と言って、アスタが強くならないように助言した。自分でも上手く誤魔化せたとは思っていない。他にもっと良い言い方があったと思う。だけど、これ以外はすぐに出なかった。たまに自分のポンコツさに頭を抱える。
「しかしのぅ……1つの可能性とは言え、まさかあんな大人しそうな子が将来あの龍に挑むとは……」
水晶から観たあの子を姿は、体格はそれほど恵まれていなかったが、その魔力量はかなりの訓練を積んだものに違いない。しかし、それでも流石に龍には……。っというよりも、一体どういう経緯で龍に挑むことに?それにあの凶相……恐らく
こりゃあ本格的に龍の鎮静化に力入れんといかんのぉ。はぁ~、ただえさえ、この大陸の勇者の事で頭を悩まされていると言うのに……。まあ、こうして自由に動ける高ランクは、わししかおらんから仕方がないがのぅ。とりあえず次の目的地は……『王都バリエンス』じゃな。あの頬付けしてばっかしとぅあのジジィどもとは、今日こそ話を付けないとのぅ。
アスタ……次会った時は、今日のことを謝罪し、ちゃんとおぬしを占ってやるからのぅ。
こうしてウエスト大陸の冒険者ギルドの総本山……王都バリエンスに向かった。