無事に宿屋に戻り、正装した服装から普段着へ着替える。ようやく堅苦しい服装から解放される。やっぱり着慣れている服の方が落ち着く。
準備を終えて母さんの方へ向くと、自分のベッドの上に色んな服を並べ始めていた。どれも見たことがない物ばかりだ。
「……母さん、それは?」
「せっかく街に来たんだからオシャレしなきゃ!」
そう言いながら妙に張り切って服を選び始める。とても楽しそうな表情を浮かべている。まだ時間が掛かりそうだし、ベッドに横になって待つことにしよう。
「う~ん、どれにしようかしら?……アスタ、ちょっとお母さんお手洗いに行ってくるわね」
申し訳ないと言いながら母さんは部屋から出て行った。せめて服を決めてから向かって欲しかったが、幸いにもナエナちゃんとの待ち合わせまで時間があるから大丈夫だろう。
暇だな……。この宿のトイレって確か1階だけだっけ?ここ3階の部屋だから、しばらくは帰ってこないな。……そういえば
ベッドの上で上体を起こして左拳を顔の前に上げ、小さく深呼吸をして心の準備をする。
これからするのは、神の恩恵を受けることで出来るようになる“あること”だ。どうせ待つだけなら時間の無駄だし、この機に本当にできるのかやってみよう。
息を整えて左拳に意識を向け、
ステータスオープン!
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アスタ・サーネス
種族:人族
性別:男
年齢:10
状態:健康
《適性魔法一覧》
・水 ・無
《熟練度一覧》
・歩行術 1
・水魔法 2
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左拳の上に自分の状態を文字化して把握する事ができる“あること”……ステータスウィンドウを表示させられた。
教会で口にした神菓子には特殊な材料が使われているらしく、それが身体を循環することで表示ができるようになる。因みに表示する場所はどこでもいい。左拳に表示したのは何となく。
とりあえず上手く表示ができる様になっててよかった。この後、合流する予定のナエナちゃんに間違えなく「見せて!!」と言われる。その時にちゃんと見せられるように表示の練習をしたけど、1発で成功してよかった。
せっかくだから自分のステータスでも見てみよう。
え~と適性魔法は……【水魔法】と【無魔法】、だけか。【無魔法】は人族なら誰でも持っている。【水魔法】は自分の髪色で適正魔法であることは前から知っていたから、別に大きく反応はしなかった。
適正魔法は種族関係なく、平均で3~4個程度持っている。つまり俺は普通の人より魔法には恵まれていない……ということになる。
「……そこまで都合よくないか」
神様と対面したから正直、何かしらの特別な力を持っているんじゃないかと期待していた自分がいた。だからその分、この現実に落胆してしまう。無意識にベッドに倒れるように横たわる程に。
まあ神様に異世界へ転生してくれたんだ。それだけでも十分感謝しなきゃな。
次に《熟練度一覧》の方は……両方ともレベル1か。そりゃそうか、訓練か何かをしてきたわけでもないし。
《熟練度一覧》とは、例えば初めて剣を装備して素振り等の練習をしばらくすることで、0だったレベルが1に上がり熟練度としてステータスウィンドウに載るようになる。
レベルの数値は鍛錬を重ねることによって上がり続ける。つまり数値は、その者の技術の高さを表している。レベルに限度はなく、ある本によれば、とある1人の獣人族は、何の項目か分からないがレベル104まで極めたそうだ。
因みに何故ステータスに【歩行術】と【水魔法】が載っているのかというと、まず【歩行術】はマイペースではあるけど散歩をして足腰を鍛えていたから会得できたのだろう。【水魔法】はこの3年の間、父さんにお店を手伝える魔法を伝授してほしいとお願いをした。俺の誠意に折れて、簡単な【水魔法】を教えてくれた。
神の恩恵まで【水魔法】で花の世話を手伝い続けたおかげで、熟練度のレベルが2になっている。
「アスタごめん、戻ったわ!急いで支度しなきゃ、ナエナちゃんたちが待っているわ!」
「お、おかえりなさい……」
バタンッと勢いよく扉を開けて母さんが戻ってきた。
思わずステータスウィンドウを隠すように閉じてしまった。もう一度開いて見せてもういいけど、どうせナエナちゃんのこともあるから後でも問題ないでしょ。
「……うん、これでよし!」
部屋に戻ってすぐに服を選んだ母さんは身支度もすぐに終わらした。赤の服にするか青の服にするか長い時間迷っていたが、最後にはなぜか白い服にした。ご近所さんと一緒にご飯するだけなのにあんなに気合入れるとは。
「アスタ、準備できた?」
「はい、出来ています」
「うん!じゃあ昼食、食べに行くわよ!」
俺たちは急いで宿屋を出て、ナエナちゃんたちと待ち合わせ場所へ向かった。
◇
待ち合わせ場所はスラッタの街のメインストリートにある広い噴水広場。
宿屋から少し距離があり、到着するまで時間がかかった。しかも昼食の時間帯だからか、メインストリートには神の恩恵に参加した人数以上の人が外出していた。人混みがすごい、まるで祭りみたいだ。人の間をかき分けるように進んでいくと目的地の噴水広場に到着した。しかし有名な待ち合わせだからなのか、他の人たちもそこに集っていた。異常な人口密度が高い、普通に人酔いしそう。
人が多いせいで、ここからでは見渡してもナエナちゃんを見つけられない。更に噴水広場の奥まで進んで彼女たちを探すと、見覚えがある赤色の髪の毛を持つ親子を発見。ナエナちゃん親子だ。向こうも同じタイミングで俺たちを見つけ、お互いに急いで歩み寄った。
「すいませんマーシェナさん!遅れてしまいまして!」
「いえいえ。私たちも今、着いたとこなんで大丈夫ですよ」
でもこの人混みの中でちょっとは待たせてしまったんだよな。……頭下げておこう。
「やっほぉ~、アスタくん!」
「……こんにちは、ナエナちゃん」
ゆっくり頭を上げるとナエナちゃんと目が合い、互いに本日2度目の挨拶をする。お互い軽く談笑をすると、そのまま一緒にメインストリートを歩きながらお店を探し始めた。
街のメインストリートだけに、隣接している店舗の種類かなり豊富であった。しかし、神の恩恵で来訪した人が多いため、ほとんどの店が満員御礼。まさかここまで人が多いとは、流石は都会。でもそろそろお腹も空いてきたし、早くてお店に入ってお昼ご飯食べたい。あと足が疲れてきた。
「ねぇねぇ~、あそこは?」
空いている飲食店が見つからないままメインストリートの端まで歩くと、ナエナちゃんがある一店に指をさす。窓越しで店内を確認すると、確かに他の店と比べてまだ少ない方だった。
「そうね……サーネスさん、あそこなんてどうですか?」
「ええ、かまいませんよ。アスタもあそこでいいよね?」
母さんは確認のため俺に問いかけた。断る理由はなく首を縦に振る。
「うん、あそこにしましょうか」
確認を取ると、お店の向かい扉を開いた。
チャリチャリッと扉についている鈴が鳴り、入店した俺たちにすぐに店員さんが対応してくれた。
「いらっしゃいませ!4名様ですね?お好きな席へどうぞ!」
その言葉を聞いて俺たちは奥の丸いテーブル席に座る。
お店の雰囲気を悪くなく、内装外装どちらとも木製で出来ており、田舎出身の俺たちに親近感を湧かせてくれた。着席して少し待つと、店員さんが対応しに来てくれる。
「いらっしゃいませ。こちらメニューになります」
店員さんからメニュー表を受け取り、俺以外のった3人は特に違和感を抱かないまま料理名に目を通す。一方、俺は内容を確認する前に、このメニュー表の素材が気になった。
えっ、プラスチック!?まさかここまで科学の文明が進歩していたなんて!?……いや、俺の村がそれすら見られないくらい田舎だって事か。せっかく都会の料理が食べられるわけだし、今は純粋に食事を楽しもうかな。
んっ?ナエナちゃん、手を上げているけど、もう料理決めたのか?
「すいませ~ん。ここのお店のおすすめって何ですか?」
「当店のおすすめですか?そうですね……こちらのブルーモンキー焼肉定食なんてどうですか?“食べやすくて美味い”とお客様から好評ですよ!」
翻訳すると……青い猿、青猿?……全く想像ができない。
ブルーモンキーって確か……モンスターだったよな?てことはモンスターの肉ってことか?モンスターの肉が上手いことは知っているけど、猿の肉はちょっと……。
「私それがいい!」
「じゃあ私もそれで」
「じゃあ私も。アスタは?」
えぇ……みんな好奇心旺盛だなぁ。何でそんな躊躇無く頼めるの?……って最後になった俺を待っているのか、店員含め全員の視線が集まっちゃった。選んで待たせるのもあれだし……仕方がない。
「……一緒で」
「畏まりました。ブルーモンキー焼肉定食を4つですね。少々お待ちください」
渋々同じ物を注文すると、店員さんは俺たちからメニュー表を回収して厨房の方へと向かった。待っている間、母さん達は談笑を始めた。そんな光景を横目で見ながら頬杖をつく。
猿の肉、ねぇ……。他のお客さんから好評なら不味くはないだろうけど……少し抵抗感が湧くなぁ。まあ地球でも猿食文化って言葉があるくらいだし、食べても問題ないだろう。……本当どんな料理が出てくるんだ?
「はぁ~……」
「……」
ブルーモンキー焼肉定食に対する拒絶的なため息を無意識に吐くと、何やら視線を感じた。横目で見てみると、その正体は俺を凝視しているナエナちゃんだった。こんな静かに見つめてくる彼女は珍しい。
「……なに?」
「アスタくんの歯って……そんなの形だったっけ?」
ナエナちゃんは俺の口に指をさした。
それはここ最近、乳歯の時に新しく生えてきた八重歯だ。他の同い年で八重歯を持つ子がいないため彼女には目新しく思うのだろう。八重歯の事を彼女に説明した。
「……昔からあったっけ?」
「ううん、最近になって」
八重歯に関しては俺自身も前々から疑問に思っていた。
やっぱりこれ、前世にも生えた八重歯……だよな。心なしか顔や体格も前世の俺……新井流一に近付いて気がする。全く知らない顔で生きていくよりかはマシだけど……これも神様の気遣いなのか?
「ふぅ~ん、そうなんだ……」
「……変?」
「ううん、全然!とっても似合っているよ!」
そう言いながら良い笑顔で褒めてくれた。やっぱりいい子だ。
でも八重歯が似合う、というのは素直に喜んでいいのか迷うな。
「ねぇねぇ~、アスタくん!あれ見せ合いっこしよ、あれ!」
「……あれって?」
「ステータスウィンドウだよ!勉強しているアスタくんなら知っているでしょ!」
何となく予想はしていたけど、やっぱりステータスウィンドウのことか。ここまで予想通りだと、思わず苦笑いしてしまう。子供の行動ってここまで予想しやすいものだったか。いいや、ナエナちゃんが分かりやすいだけか。
「ねぇねぇ~、いいでしょう?」
「うん、いいよ」
「本当!?じゃあすぐにやろう!」
ナエナちゃんは席から立ち上がり近付いてきた。俺も席から立って彼女の方へ近付く。
「何でアスタくんも立ったの?」
「ナエナちゃんだけ立たせるのもあれかと思って……」
「あははは、変なの!」
笑われてしまった。確かに変だと思うよな。実際、俺自身も少し変だと思っている。
「こっちの手で出そう!」
ナエナちゃんは左手を前に出した。まさか練習した時と同じやり方で表示することになるとは。それに合わせて俺も左手を前に出して、心の準備をする。まだかまだかと彼女は待ちわびた表情とキラキラとした瞳を見せる。
「じゃあ“せーのっ”で一緒に出そう!」
「うん、分かった」
「じゃあいくよ!」
「「せーのっ!」」
ステータスオープン!
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ナエナ・マーシェナ
種族:人族
性別:女
年齢:10
状態:やや空腹
《適性魔法一覧》
・火 ・木 ・雷 ・無
《熟練度一覧》
・剣術 13
・盾術 9
・杖術 8
・体術 9
・歩行術 14
・火魔法 9
・木魔法 5
・雷魔法 4
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えっ……熟練度レベル10以上が2つも!?【剣術】が13で【歩行術】が14って!?……まさかここまで上達していたなんて。
これが6歳から訓練を始めたナエナちゃんと、ほとんど何もしなかった俺が同じ時間を過ごした結果の差。彼女のステータスに載っている数値の高さに驚きを隠せなかった。
これが4年間の差か……ヤバいなぁ。まあ当然か、それだけナエナちゃんは頑張ってきたからね。それにしても……本当に便利だな、ステータスウィンドウ。こうして努力の結果を数値化してくれるなんて。地球でも欲しかったくらいだ。
一方ナエナちゃんはというと、黙々と俺のステータスウィンドウを見つめている。その表情はまさに真剣である。一体何をそんな見つめているのだろうか。彼女のと比べて俺のは情報量が少なく、すぐに見終わるはずなのに。
「あら!2人とも、もうステータス出せるようになっているの!」
世間話をしていた母さん達が、俺たちがステータスウィンドウの見せ合いをしていることに気付く。声が大きかったこともあり、ナエナちゃんも目を覚ますかのように意識を俺のステータスから外れる。
「本当だ!ナエナ、お母さんにも見せて?」
「アスタ、あなたのも見せてもらっていい?」
子供の成長が嬉しいのか、母さん達は今日一番のいい笑顔で頼んできた。どうしようかと考えた俺たちは、お互い一度向かい合う。
「……もう、いいよね」
「……うんっ、そうだね!ありがとう、アスタくん!」
少し間を空けるが、また笑顔でナエナちゃんは返事をしてくれた。しかし、その笑顔はさっきまで見せたのとは少し違った。前は元気に溢れた表情に対し、今のは心なしか少し暗かった気がする。だが確証はないし、それを詮索する必要ないはないだろう。
俺たちはステータスウィンドウを開いたまま、お互いの母親の下へ近付く。先に子供のステータスを見て声を上げるのは、ナエナちゃんのお母さんだった。
「あら~!ナエナ、すごいわね!【歩行術】のレベル14もあるじゃない!」
「えへへ!すごいでしょ!訓練とか勉強、頑張ったんだから!」
2人で楽しく談笑を始めた。その時のナエナちゃんの顔は、いつも通りの笑顔があった。やはりさっきのはただの気のせいだろう。
「ありがとう、アスタ。え~と、どれどれ……あら~、お母さんの【土魔法】は受け継いでなかったのねぇ」
俺のステータスを見て母さんは少し残念そうに言う。
《適性魔法一覧》の大抵は、両親のそれぞれの適性魔法の1つ以上、受け継ぐことができるのだが、稀に片方しかない事例もある。俺の場合はサーネス家の血が濃く身体にあるせいか、母さんの【土魔法】には恵まれなかったみたいだ。
「仕事とかで土を耕すのに便利なんだけど、まあ仕方がないか」
母さんは普段、庭の土を【土魔法】で手入れをしてくれていた。1階の窓からその光景を何回か見たことがあるけど、かなり使い勝手がよさそうだった。いつも両手を地面につけて地面の中からえぐるように土を耕していた。
花屋としてあれができないのは確かに残念だけど、家にはシャベルやスコップがあるし別に問題ない。
「お父さんの【火魔法】もないわね。まあ、うちは花屋だから別にいらないけどね」
ここで意外な事を知った。どうやら父さんには【火魔法】の適性があったようだ。全く知らなかった。
でも確かに花屋で【火魔法】を使う機会なんてない気がする。両親に目を向けていても、普段使わないのなら知らなくても当然だ。
「アスタ、もういいわよ。ありがとう」
それ聞いてステータスウィンドウを閉じると、ナエナちゃんたちの方も談笑が終わったのか、向こうもステータスウィンドウを閉じていた。
俺たちは自分の席に座らせると、母親たちは子供のステータスウィンドウについての談笑を始める。よほど嬉しいのか嬉々とした表情だ。そこに入る隙間はなくナエナちゃんはプラスチックのメニュー表で遊び始め、俺は頬杖をついて料理を待った。
「……ねぇねぇ~、アスタくん」
ここでまたナエナちゃんから声を掛けられる。振り向くと、彼女の表情はまたさっきの様な真剣なものになっていた。
「どうしたの?」
「……アスタくんって、将来何になりたいの?」
「……えっ……」
また唐突な質問だな。でも……俺の将来、かぁ……。そういえば考えたことなかった。
ファンタヘルムに生まれてから約10年、自分の将来、大人になった際の希望を考えたことがなかった。花屋に生まれたから花屋の家業を受け継いで一生を過ごす、そう無意識に未来図を描いていただけ。それがなりたいモノかと聞かれたら、素直に首を縦に振れない。だけどそれ以外の回答が思いつかない。
「……アスタくん?」
名前を呼びながらナエナちゃんは待った。だけど俺は無言のまま目線を下げ、返答しなかった。別に無視しているつもりはない。ただ彼女の声が耳に入らなかった。それ程まで、集中しまっている。
ある意味、今が今世初めて、自分について真剣に考えている時間だったかもしれない。
俺の将来……なりたいもの……か……。