【完結】大学生になった重遠は全盛期!~未来の娘と紡ぐ室矢家の伝説~ 作:初雪空
当時を思い出しているようだ。
同じテーブルを囲んでいる、マルグリットの未来の娘である咲良
ずっとそれで、借りてきた猫のロールプレイ。
先住ネコはいないため、喧嘩にならず。
一舞は、女子中学生。
対するマルグリットは、女子大生。
年の離れた姉妹にしか見えない。
老婆は、話を続ける。
「その一報を聞いて、すぐに現地へ飛んだわ! でも、変わり果てたキャロル……キャロラインと、その旦那の死体があっただけ! キャロルの娘もいたはずなのに、死体はなく、誰も知らないとばかり」
諦めきれず、現地で同情的だった警官を通じて警察署長にお金を払い、知っていることを教えてもらったそうだ。
「彼は、言っていたわ! 現地にいた日本の陸軍が先に連れて行ったようだって!! ここで金髪碧眼の幼女が売り飛ばされれば、目立ったに違いない。それはなかったと思うと!」
その様子だけで、現地の陸上防衛軍や、日本の大使館に掛け合ったことが分かる。
苛立たしげに紅茶を飲み干した老婆は、ティーカップを置いた。
「まったく相手にされなかった……。だから、この話はお仕舞い! 日本へ行けば、あるいは……。今の私が申請してもブラックリストで、ビザは出ないでしょう」
その後で、探偵を雇って調べさせた。
成果は出なかったようだが……。
自分のティーカップを置いたマルグリットは、老婆を見ながら告げる。
「今の私は、幸せよ? 日本に住んでいるの……」
「そう……」
老婆は、相槌を打つだけ。
マルグリットは、自分でお代わりを注ぐ。
「色々あった……。今は、女を囲っている男といるけど……。それでも、幸せと言える!」
口を挟みかけた老婆は、黙った。
いっぽう、マルグリットが喋る。
「私はもう、普通の人生を歩めないの……。その男といるのは、紛れもなく私の意思」
「分かったわ……。もう日が暮れるけど、2人は泊まっていくかしら?」
立ち上がったマルグリットは、首を横に振った。
「お気持ちだけで! 車を待たせているの……。ここに立ち寄ったのは、たまたま。ご馳走様でした」
母親にならって、一舞も立ち上がり、お礼を述べる。
「ご、ご馳走さま!」
「ええ……。また、2人でいらっしゃい……」
家の外で車に乗りこめば、老婆は視界から消えるまで見送っていた。
後部座席で並んでいる、母娘。
一舞が、たまりかねたように聞く。
「ねえ、ママ? どうして、本当のことを言わなかったの?」
「中東で両親を殺された幼児は急いで駆け付けた祖母に保護され、ユニオンで学校へ通い、友達やボーイフレンドを作りながら平凡な人生を歩みました……。そうはならなかったのよ、一舞! だから、この話は終わり」
長く息を吐いたマルグリットは、両手で顔を覆った。
「今なら分かるわ! あの時に同意しなければ、私は殺されていた! その死体はいずことも知れずに処分されたでしょう」
息を呑んだ、一舞。
その気配を感じたマルグリットは、笑顔を作り、未来の娘を見た。
「ごめんなさい! でも、
ようやく笑顔になった一舞が、応じる。
「そっか……。パパが……」
マルグリットは、小さな声で歌い出した。
英語の、しっとりした内容。
それを聞いていた一舞は、眠りにつく。
◇
咲良マルグリットの祖母は、ユニオンの教会にある墓地を訪れた。
1つの前で立ち止まり、持っていた花束を添える。
刻まれている名前は、キャロラインだ。
「キャロル……。先日にね? 来客があったのよ……。誰だと思う? あなたの若いころによく似た娘よ」
墓石から返事はない。
だが、老婆は寂しそうに笑った。
「大戦へ行った叔父と似た雰囲気があったわ! きっと軍属になっていたのね。それも、人を殺して……。あの子は『今は幸せだ』と言った。嘘とは、思いたくないわ」
老婆は、真実を知った。
娘の忘れ形見が戦場へ行き、人を殺していたのだ。
幼児を攫ったのだから、非合法に違いない。
今更ながら、怒りが湧いてくる。
それでも……。
かつての娘のように成長した彼女は、過去を言わず、今が幸せと告げた。
呼吸を整えた老婆は、小さな声で歌い出す。
奇しくも、マルグリットが一舞に聞かせた歌と同じだ。
老婆が握りしめている手紙には、英語でこう書かれていた。
“娘が生まれたら、マルグリットと名付けようと思うの”
生前に彼女が送ったであろう、国際郵便。
あるいは、現地警察が遺品として老婆に渡したのか……。
いずれにせよ、それは長い時を経て、孫娘との再会に繋がった。
「もう、会うことはないでしょうね?」
最初で最後だったとしても。
この老婆は、安らかに眠れるだろう。
プライベートジェットで若いころの両親と過ごした一舞は、未来へ帰る。
マルグリットも、自分の日常へ戻った。
遠からず、一舞と再会するだろう。
けれど、それは新しい物語であって、過去を振り返る旅ではない。
だから、この母娘の里帰りはもう終わりだ。