「・・・・・ううう、暑い。」
ゲーム開発部の一角に置かれたロッカー。
その中からガタガタと音を立て、とある少女が姿を現した。
花岡 ユズ。
ミレニアムの1年生であり、モモイ達の所属するゲーム開発部の部長を務める少女である。
「ううう、やっぱりこの時季のロッカーは暑すぎるよ~。」
そして、重度の人見知り故に、普段からロッカー内で引きこもっている変わり者でもあった。
「小型の扇風機じゃ全然涼しくならないし、ロッカーの中でも涼めるいい方法ないかなあ?」
季節は夏。
締め切ったロッカー内では空気が流れず、室温よりもはるかに温度が高い。
喉の渇きも限界であり、冷蔵庫から麦茶を出して喉を潤した。
このままでは、熱中症になってしまうと、何かロッカー内を冷やすのに便利なものはないかと、部室の中を見回してみると・・・・・
「・・・あ、これ、エンジニア部のウタハ先輩にもらった『小型冷房機』だ♪」
部屋の隅にあった手帳サイズの扇風機を発見。
それを持って、自身の定位置ともいえるロッカーに向かう。
「これで涼しくなるはず。」
そう言ってユズは、ロッカーの中に消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・で?このざまと?」
「うう~~、ごほごほ。」
「ユズは状態異常、風邪にかかった!大丈夫ですかユズ?」
翌日になり、部室に集まったモモイ・ミドリ・アリスの三人にジト目で見られるのは、昨日の夜ロッカー内へと姿を消したユズである。
ユズの顔は赤く、明らかに体調が悪そうだ。
アリスは純粋に心配してくれているようだが、モモイとミドリの目は何処か冷ややかだ。
「バカじゃないの?エンジニア部の機械を、ロッカーなんて狭い中で使ったら、とんでもないことになるに決まってるじゃん!爆発してないだけましな方だよ!」
「うわ!ロッカーが冷蔵庫の中みたいになってます!というか、ユズが持ち込んでた麦茶に薄く氷が張ってます!」
「それはもはや冷凍庫だよ!!」
全くもって、そのとおりである。
ソファーに横になったユズは、呆れたように怒ってくるモモイや、ロッカーの中を興味深く見ているアリスに、何も言い返せなかった。
「・・・・って言うか疑問なんだけどさ。」
それまで黙っていたミドリがユズに声をかける。
「部室には冷房あるんだし、ロッカーにさえこもらなきゃいいだけの話だよね?なんで隠れる必要が?」
「あ、そうです!昨日は部室にユズ1人だけでした!」
「そうじゃん!人見知りもなにも人が居ないのに、何でロッカーにいたの?」
そもそも、普段ユズがロッカーに隠れているのは、人見知りの性格故だ。
誰もいない状態で、わざわざロッカー内にいる意味が分からない。
部室にはエアコンが設置されており、今もそうしているようにソファーにでもいれば、十分涼しいはずである。
「・・・・なんか、ロッカーの中にいると落ち着いて。」
「「・・・重症だ。・・・・風邪とは別で。」」
「ぱんぱかぱーん?ロッカーはユズの専用装備になった?」
あまりにもな内容に、唖然とするモモミド
アリスはいつも通りだが、その顔には?が浮かんでいる。
まあ、それはそれとして・・・・・・
「と、とにかく、ユズの看病しなきゃ!アリスは布団敷いてユズを寝かせて!ミドリは薬と病人が食べれそうなもの買ってきて!」
「わかった。」
「了解しました!ミッション開始です!」
風邪をひいてしまったものは、もう仕方がない。
3人はユズの看病をすべく、それぞれが急ぎ動き出した。
・・・・部長であるはずの自分がこんなざまとは、正直かなり情けなくなるのだが。
「うう~~、ごめんね~。」
「いいから、ユズは休んで!・・・あ、そうだ!」
そんなユズの背中を押して寝室に向かうモモイだが、何かを思いついたかのように、買い物に向かおうとしたミドリに向かって呼びかけた。
「ミドリ!一緒に買ってきて欲しい食材があるんだけど!」
ゲーム開発部、ユズの看病ミッションの開始である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うううん、・・・・・ふぁああああ・・・・、あ、喉痛いのおさまってる。」
「あ、ユズおきた?」
結構な時間眠っただろうか?
ユズが目覚めると、枕元にはミドリの姿があった。
おそらく看病してくれていたのであろう彼女の手元には、寝る前に頭へのせられていた濡れタオルが握られている。
「・・・・ありがとぉ、・・・今何時?」
「もうすぐお昼の12時。3時間位ねてたかな?」
そこそこの時間休めたようだ、体調も幾分か良くなっており、喉の痛みもだが咳がでることも無くなっていた。
少しの間、ミドリとふたりで話していると、キッチンの方からモモイとアリスの声が聞こえてきた。
「あ、ユズおきた?ご飯たべられそう?」
「ユズ!復活しましたか?」
モモイはキッチンから顔だけ出して、アリスはユズに向かい抱き着いてくる。
その言葉を聞き、自身のお腹具合を確認すると。
「・・・うん、お腹へった。喉の調子もよさそうだし、だいぶ元気になったよ。」
問題なく、食べられそうに思えた。
食欲が戻っている分、ちゃんと回復に向かっているのだろう。
「・・・よし!じゃあ、なにか食べられるもの作ってあげるね!」
「えっ、モモイが料理するんですか!?てっきりモモイは料理できないキャラだと思ってました。」
「なんだと~!わたしでも簡単な料理くらいできるよっ!」
2人がわちゃわちゃとしていると、濡れタオルを片付けたミドリも合流してくる。
「お姉ちゃん、わたしもお腹空いた。・・・一緒に作ってもらっていい?」
「もちろんだよ!アリスも食べるでしょ?」
「モモイの手料理ですか!楽しみです!」
「ユズが食べられそうな病人食だけどね~、期待はしていいよ!」
そう言ってキッチンに引っ込むモモイ。
その後ろをアリスが追いかけていった。
「モモイ!アリスも手伝います!なので、料理しているところ見てていいですか?」
「OK!よろしくね!」
そんなやり取りを見送りつつ、ミドリはテーブルの上を片付けにかかる。
そんな彼女に、ユズはおずおずと話しかけた。
「・・・ミドリ、モモイって料理できるの?」
「意外でしょ?・・・でも、期待してていいよ。」
少し不安そうな表情でユズが聞くと静かに笑みを浮かべてミドリが答える。
正直、普段のモモイを見ていると不安はある。
とはいえ、双子のミドリがそういうのであれば、きっとそれなりの料理が出てくるのだろう。
生まれた時から付き合いがある彼女が言うのだ。
ここはおとなしく、料理ができるのを待っていることにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃあアリス。ミドリが買って来た袋から白菜だして、3枚ほどちぎって洗ってくれる?」
「わかりました!お料理ミッション開始です!」
部室の隅に備え付けられている狭いキッチンでは、モモイとアリスが調理を始めていた。
二人で作業するには少し狭いが、並んで立てば、なんとか調理スペースを確保できる。
「まずは土鍋に水を張って、火にかける。次に、小袋の顆粒出汁を・・・・そうだな、一袋分使って塩を抑えるか。」
「モモイ?一体何を作るんですか?」
「ああ、雑炊を作ろうと思ってね。」
通常は鍋の締めとして食べられる雑炊。
これを病人食のおかゆがわりにしようというのが、モモイの考えである。
「病人食といえばお粥なんだけど、私こっちの方が好きなんだよね。体調悪くても、せっかくなら美味しいもの食べたいじゃん?」
苦笑いと共にモモイはいうと、顆粒出汁を入れた土鍋に蓋をして、前日の残りである冷ごはんを用意する。
「それに、どうしても冷やご飯って炊き立てに比べて味が落ちるでしょ?余ったご飯を美味しく食べるのにも、雑炊は便利なメニューなんだ。」
火にかけた土鍋が沸騰するのを待ち、冷ごはんと塩を3つまみほど鍋に入れ蓋をする。
「モモイ!白菜洗えました!」
「ありがと、次は冷蔵庫から豚肉と卵出しといてくれる?」
「了解です!」
受け取った白菜はザク切りにする。
そうしていると、土鍋が再び沸騰してきた。
ふきこぼれない様に蓋をとり、アリスから受け取った豚肉と切った白菜を投入する。
「白菜の茹で加減は好みが分かれるけど、今回はユズの為にクタクタになるまで茹でていくよ!豚肉は体にいいらしいし、ちょっと火を通し過ぎても固くなりにくいからよく使うんだよね!」
「ほええ~。」
普段とは違い、キビキビと料理を進めていくモモイに、アリスは目を輝かせた。
モモイの好みとしては、白菜は少し歯ごたえを残すくらいが好きなのだが、そこは病人であるユズが優先である。
「待っている間に、卵を割ってかき混ぜようか、今日は4人分だから2個使うよ。」
「あ、アリスがやります!」
「うん!カラが入らないように気を付けてね!」
土鍋が再沸騰するタイミングで蓋をとり、豚肉から出る灰汁をお玉で取り除く。
それが終わると火を弱火に変えて、再び蓋をした。
「卵できました~!」
「お、いいタイミング!ミドリー!!お茶碗とレンゲを人数分と鍋敷きテーブルに用意しといてー!」
「はーい!」
グツグツと音を出して、蓋にある穴からお湯がふきこぼれそうになる寸前で、鍋つかみを使って蓋を取る。
「ここで、アリスが用意してくれた卵をゆっくりと回しかけて、もう一回蓋をする!」
「混ぜないんですか?」
「この段階だとご飯が柔らかくなってるから、あんまりいじらないようにしてるの、鍋を混ぜるのは、冷やご飯を投入する最初だけ!」
まあ、この辺は家庭によっても違うだろう。
少なくとも才羽家では、鍋の締め時そうだった。
「蓋をしたら火を止めて、2分ほど蒸らして完成!あ、冷蔵庫に余ってたカットねぎももっていこう!」
「アリスが取ってきます!」
「いっしょに○○もお願いね!」
「わかりまし・・・・ほえ?」
「いいから(笑)」
才羽モモイの雑炊は、コレが必要不可欠なのだ♪
ユズやミドリも待っていることだし、できた料理をテーブルへと運んで行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おまたせ!モモイ特製のずぼら飯、簡単雑炊だよ!」
4人でテーブルを囲った中心に置かれた土鍋。モモイがその蓋をゆっくりと持ち上げると・・・・
「「「おお~~~~!!!」」」
もわっとした湯気があがり、中から黄金色の雑炊が現れた。
気持ち汁気の多い雑炊にお玉を浸して、モモイは各自のお茶碗に装っていく。
「冷蔵庫から持ってきたカットねぎをちらして、はいっ!これユズのね!」
そうして受け取ったお茶碗には、美味しそうな匂いを漂わせる汁気の多めの雑炊があった。
卵はとろりとしていて、微妙に卵白と黄身が分かれている。
最後にのせたネギの緑が色鮮やかだ。
「すごく美味しそう。モモイって料理できたんだ。」
「簡単な料理だけだよ!細かく分量計ってやるようなのや、技術がいる料理は無理!」
「お姉ちゃんの料理はみんな目分量で作るけど、味見をしっかりするから、大体美味しいんだよね。」
「そういえばモモイ、卵を入れる前に塩をちょっとずつ入れて調整してました!」
やはり人に褒められるのは嬉しいのだろう。
モモイは笑顔でお茶碗に雑炊をよそおっていき、4人全員にいきわたったのを確認すると「食べてみてよ♪」と嬉しそうに声をかけてくる。
「ありがとう、それじゃあモモイ、いただくね。「あ、ちょっと待って!」??何?」
早速食べようとレンゲを持つユズに、モモイが「忘れるところだった!」と待ったをかける。
私は不思議に思ったのだが、彼女曰く、この料理はまだ完成ではないとのこと。
「これ!ちょっとだけレンゲに入れて、雑炊にかけてみて!」
そう言ってモモイが渡してきたのは・・・
「・・・これ、・・・ポン酢?」
アリスが冷蔵庫から持ってきた、味ぽんであった。
「うん、やっぱりお姉ちゃんの雑炊はこれが無いとね。ユズ、最初は少なめに入れて好みの味に調整するといいよ。」
「モモイに言われて持ってきましたが、やはり雑炊にいれる用なのですか!」
雑炊にポン酢?とも思ったが、ミドリに言われた通り、少量の味ぽんをレンゲに注ぎ、ゆっくりと雑炊にまわしかける。
「い、いただきます。」
軽くかき混ぜてから、レンゲですくって、おそるおそる口に運ぶと。
「“はふはふはふ”“モグモグ”・・・・お、おいしい!」
ポン酢のスッキリとした味が薄めの塩味とマッチしていて、とても良い味を出している!
雑炊自体にも塩味がついているのだが、味ぽんの酸っぱさがより食欲を掻き立てるようだ!
「はふはふ、・・・うん、やっぱりお姉ちゃんの雑炊はおいしいや。」
「すごいですモモイ!ポン酢もですが、これ、雑炊自体の味もおいしいですよ!」
「うん、塩味だけじゃない、しっかり出汁がおいしい。」
「市販の顆粒出汁ですよね!?それだけでこんなに美味しいんですか!」
ミドリは何度か食べたことがあるのだろう、ふうふうと冷ましながら静かにたべている。
対して、始めてモモイの料理を食べたアリスは、想像以上のおいしさにテンションが上がっているようだ。
かくゆう私も、病院食として作ってくれた雑炊が、こんなに美味しいとは思わなかった。
塩にポン酢といった味わいだけでない。
出汁の旨みみたいなものが確かに感じられる。
「ふふんっ!これはね、豚肉を入れたからだよ!動物性の油は、出汁のおいしさを何倍にもしてくれるの!市販の顆粒出汁でも、鍋の後の出汁に負けないくらいまでいい出汁になってるでしょう!」
そんな疑問をアリスと共にぶつけると、モモイが嬉しそうに答えてくれた。
なるほど、この出汁の深い旨みは、豚肉から出たものなのか。
「豚肉は他にも、うどんやみそ汁とか出汁のおいしさが大事な料理にも合うよ!後、ポン酢が合うのも当然!雑炊は元々鍋の締めだからね!鍋に合うポン酢は雑炊にも合う!」
言われてみるとなるほどと思う。
雑炊は鍋の締めで食べることが多く、ポン酢も鍋料理に使われる調味料だ。
「あと、雑炊の最初の数口は熱すぎるんだよね。少量のポン酢を加えることで、食べごろの温度にしてくれる。調理段階で混ぜずに、お茶碗にかけてもらったのはそれが理由、好みの濃さに調整もできるしねっ!」
モモイが得意げに語っている内容にアリスと共に驚愕する。
普段のモモイでは考えられないほど、細かな気配りがこの料理には施されていた。
多分、セミナーの会計であるユウカにこの料理のことを語っても、信じてくれないのではないだろうか。
「塩っけが足りなかったら、塩を足してもいいけど、味付け海苔をちぎってまぶしてもおすすめ!磯の香りがプラスされて美味しいんだ!」
「わたしが風邪を引いた時は、お姉ちゃんがこの雑炊かうどんを作ってくれるの。どっちも病人食とは思えないほどおいしいよ・・・。」
どうやら、普段はどちらかと言えば問題児として扱われているモモイも、ミドリが風邪の時はしっかりと姉をしているようだ。
(どおりで、優しい味だ。)
トロトロにまで茹でられた白菜に、豚肉、ネギ、卵と、消化が良くなるように調理された栄養価の高い食材たち。
そんな病人食にも関わらず、美味しく食べてもらえるような工夫の数々。
(・・・2杯目はネギの量を変えてる。1品だけだから、飽きないようにしてくれてるんだ。)
渡されたお代わりを受け取ると、今度はかけるポン酢の量を、少し多めにして味変する。
口に運ぶと、1杯目より濃く、それでいてさっぱり感の増した味が、舌を楽しませて飽きさせない。
量が多くなったネギのシャリシャリとした食感もよく、2杯目とは思えないほどぺろりと食べられてしまった。
「ごちそうさまでした。」
「お粗末様!」
お腹も、それ以上に心も満たされたお昼。
この料理にありつけたという点だけは、風邪をひいてよかったと思えた。
「モモ。」
「ん?どうしたのユズ?」
「ありがとう。おいしかった。」
「・・・・ふえ!?」
私より顔を赤くしたモモイを背にして布団にもどる。
今日中に風邪を治して、明日からは皆のために頑張ろうと思いながら。
ユズはもう一度、眠りについた。
少しばかり、手直ししました。