神浜市で全ての魔法少女は救われる――。
* * *
「魔法少女狩り……ですか? やちよさん」
どこにでもいる普通の女の子、
彼女はキョトンとした表情でその言葉を繰り返した。
「そう」
応えたのは、髪を背中まで流した女性――
大人びて見えるその女性は見た目同様、年経た貫禄を備える美女だ。
彼女はキッチンで洗い物をしながら、話を続ける。
「神浜市に魔法少女が集まっているのは、いろはも知っているでしょう。下手人は相当な手練れのようね。不可解な点は、彼女たちはグリーフシードに全く手を付けていないということ。どういう意味かわかるかしら」
それに応えたのはソファに寝転んでいた、茶けた髪をサイドテールにした少女。
「はいはいはーい、やちよしっしょー! 私にはぜんっぜんわからないでーす!」
「別に貴女には聞いていないわ、
「うぐっ」
意気消沈する彼女には取り合わず、
「そいつらはなんでそんな面倒なことしてんだ? 魔女狩り専門のオレにとっちゃ、ライバルが減るのはありがたいけどよ」
あ、でもそのぶん傭兵としての仕事も減るってことか。あっちゃー。
そう付け加えるのはいろは達と比べて一回り小さな少女――
ゴロゴロとしながら、テレビに映る動物番組を眺めて口にした。
「グリーフシード狙いじゃないんですよね。フェリシアさんほどじゃないけど、別の意味で怖いです……」
「あ? 誰が何を怖がってるって?」
「ひぇっ、ご、ごめんなさい」
長い金髪を揺らすフェリシアが罵るように、もう一人の魔法少女――
それに対して、ごめんなさいごめんなさいと謝るさな。
「魔法少女狩り……」
ぼそりといろはが呟いた。
やちよが聞き返す。
「いろはには何か覚えがあるの?」
ふるふると首を横に振るいろは。
「そういうことじゃないんですけど、そんな人たちが今、この神浜に集まってきているんですよね……。私もさなちゃんと同じで、ちょっと怖いです」
「なら貴女はどうすればいいか、それは考えた?」
「うーん」
唸るような声と共に思案する。
「まず考えるのは、みんなが被害に遭わないことですよね。だったら今は単独行動は控えた方がいいかなって」
「その通りね」
カチャリと、洗った皿を乾燥機に立て掛けて応えるやちよ。
「登校する時は勿論だけど、普段から二人以上で行動するようにしましょう。いろはは鶴乃と、フェリシアは二葉さんと。学校内で襲撃してくることは無いでしょうから、複数人で外を出歩く、くらいの意識でいれば大丈夫よ」
「でもでも、それなら師匠はどうするんです?」
「私のことは気にしなくていいわ。私の能力はどちらかと言えばディフェンス向きだし、いざとなったら逃げに徹するから」
「おお……、さすが師匠。自信も態度も満々だー」
「態度の図々しさでは貴女に負けているつもりよ」
ぐえっと、ハートにぐさりと何かが突き刺さったように鶴乃がノックダウンする。
「やちよさん、本当に大丈夫ですか?」
いろははしかし、やちよの提案に幾分か不安げな様子で尋ね返した。
「平気よ」
やちよはそれに対して。
「元々、一人でやってきたことだもの」
短く、そう告げた。
* * *
神浜市に来て――。
神浜市で全ての魔法少女は救われる――。
* * *
夜の神浜市内。
水名神社の入り口前にて、魔女が張っていた結界が壊れて晴れ渡っていく。
「グリーフシードの集まりが予想以上に良い……。神浜に魔女が集まっているというのは本当の話みたいね」
結界から現れた、黒と紫から成るツーピースの魔法少女衣装に身を包んだ少女が、神浜市の現状について独り言ちた。
魔女の亡骸からコロンと転がったグリーフシードを手に取り、左手に備えている円形盾の中にしまい込む。
「確かに、あの少女は言っていた……。神浜に来れば、全ての魔法少女は救われる、と」
黒い魔法少女――
「神浜市……。ここに来れば魔法少女は救われる。だったら、まどかのことも……?」
いえ。
そう言って、ほむらは首を横に振る。
「どんな願いも必ず裏切られる。それが奇跡を願った代償……。いかな魔法少女と言えど、その残酷な運命から逃れることは出来ない」
しかし、ほむらにとってそれとはまた別の事情があった。
「今回の時間軸は想像以上のイレギュラー。ならここで出来ることはいくらでもあるはず。あるいはまどかを助けられる手がかりがあるかもしれない」
しかし、ほむらの表情は晴れない。
むしろ眉間にしわを寄せるさまは、いつもの無表情を険しくしている。
「楽観的になるのはまだ早いわ。まずは現地の状況を確認しなければ」
変身を解く。
黒と紫の衣装が解かれ、その下から学校の制服姿の暁美ほむらが現れた。
と。
道路の先から一人の人影を、ほむらは見止めた。
こんな真夜中に女の子が一人……?
暗がりから現れたのは、白い制服姿の女の子だった。
訝しげな表情を出すことはなく、しかし警戒しながらその子の動きを観察する。
女の子が、ほむらの横を通り過ぎざま――。
「暁美ほむらさん、ですよね」
女の子がそう、声を発した。
「ッ!?」
ほむらはその少女から反射的に距離を取る。
神社の前を二歩、三歩と動き、咄嗟に魔法少女姿へとトランスした。
出現した左手の円形盾から、武器を取り出す。
デザートイーグル。
暴力団事務所から手に入れた骨董品だが、威力や扱い易さについては折り紙付き。
すかさずガンサイトに少女の姿を合わせた。
「急にそんなもの取り出したら、危ないですよ」
少女は動じることもなく、振り向きすらせずにそんなことを言ってくる。
「悪いけど、敵性体に出遭ったら油断はしないようにしているの」
「私はほむらさんの敵ですか?」
「それは貴女の出方次第」
観察する。
年の頃は小学生くらい……それも低学年か。
にも拘らず、その少女からは妙な威圧感を感じ取れる。
今までの経験が告げている。
この少女は、歴戦の強者だと。
「暁美ほむらさん」
少女は振り向いて、声と共に胸元に下げた赤い宝石を手に取った。
念じるような気配と共に、彼女から大きな力が膨らんでいくのを感じる。
衣服が解けるのと同時、白を基調としたトリコロールカラーの衣装が現れた。
「やはり貴女も……魔法少女……」
「はい。時空管理局嘱託魔導師、
赤い宝石が嵌められた杖を片手に、その子は深々と頭を下げた。
そうして顔を上げて。
「暁美ほむらさん。少し、お話いいですか?」
彼女は、暢気な微笑と口調でそんなことを宣った。
* * *
同時刻。
七海やちよの自宅みかづき荘。
チームみかづき荘の魔法少女たちの夕方が終わり、次の日に備えて眠りについた頃。
彼女だけが夜遅くまで起きていた。
そろりそろりと、スリッパ越しの足音も鳴らないような慎重な足取りで、玄関へと向かう。
カタン、と、静かに玄関を開いて、外へ出た。
左手に嵌められた指輪を確認して、そこに力を込めた。
念じた力は魔力となり、一つの宝石が姿を現す。
ソウルジェム。
金冠の王冠に包まれた輝石の塊。
それこそが、彼女たち、魔法少女の魂であり、奇跡を願った少女の代償の証でもあった。
ソウルジェムの輝きを頼りに、夜の道を歩く。
魔女の反応を、宝石越しに感じる。
それを頼りに、やちよは道を歩いていく。
やがて、光は激しく明滅を始めた。
魔女の結界だ。
私服姿を解き、やちよは魔法少女の衣装へと転身する。
青いアオザイを基調とした衣装に、白い肩当てと胸当てと、武器は横から刃を張り出したハルバード状の槍。
青い騎士。
見る人が見ればそんな印象を抱いただろう。
魔女の結界を見据える。
しかし、やちよはそれを眺め見るだけで、それ以上の行動を起こすことはなかった。
と。
やちよは魔女の結界から視線を外すことなく、背後に向けて。
「単独行動を取っていればいつかは接触できるかと思っていたけれど、案外、早かったわね」
そう言った。
「あっちゃ〜バレバレじゃないのよリン。スニーキングだけなら見つかりっこないって言っていたのはあんたよ?」
はすっぱな少女の声。
「見つかったモンは仕方ないでしょ! ったく、狩ってるつもりが誘われてたなんて、用心深いことね」
こちらは、声からして高校生くらいの女の人か。
「リンさんもクロもやめてよ〜……」
女の子の声。
「見つかったものは仕方ない、というのは同意です。次の段階にシフトすれば問題ありません」
……またしても別の女の子の声。
いったい相手は何人いる?
それを確かめるつもりで、心の中の動揺は表には出さず振り向く。
いた。
すぐ後ろの茂みに隠れていたのか、ガサガサと音を立ててあちら側も姿を現した。
相手は……やはり四人。
年長者の女性が一人と。
「……ずいぶん寒そうな格好をしているけれど、そちらの三人の女の子が魔法少女かしら?」
小学生くらいの女の子が、三人。
うち二人は、まさにアニメの中から飛び出したようなファンシーな衣装。
もう一人の子は黒い肌を晒すような軽装で、中でも異彩を放っていた。
「そっちこそ、既に武装は済ませているようね」
「勘違いしてもらいたくないのだけれど、私は別に争うつもりはないわ。万が一の用心よ」
「クレバーな考え方ね。それならこっちもやり易いわ」
* * *
神浜市に来て――。
神浜市で全ての魔法少女は救われる――。
* * *
「……ファル。今の、聞こえた?」
「しっかりばっちり聞こえたぽん」
魔法の国の法の執行官。
そう言えば聞こえはいいが、
己の信念に従って、正義のために身を捧げ、悪を断じる。
そこに他人の意思が入る余地がない、という悪癖さえ無ければさぞ綺麗で麗しい正義の味方でいられたことだろう。
「魔法少女がみんな、救われる……」
不意にスノーホワイトの胸に去来する、過去に出会った様々な命たち。
そして儚く散っていった命たち。
「みんなが救われたら、どれほど良かったんだろう……」
吟じるスノーホワイトに、魔法少女の携帯型情報端末に組み込まれたマスコット――ファルがすかさずツッコミを入れる。
「今までにそんなことあったぽん? 皆が皆救われるなんてただの都合のいいフィクションだぽん。現実はもっと厳しいし、綺麗なエンディングを迎えられるなんてまずないぽん。スノーホワイトはもう少し大人になった方がいいぽん」
「……そうだね」
でもそこまで賢くもなれない。
スノーホワイトは自戒するも、それを実践できるとは到底思えなかった。
賢くないからこそ、自らの良心に従う。
結果としてそれが賢くない結果を導き出すのだとしても。
「賢かったら、さっきの声も聞こえなかったのかな」
「どういうことだぽん?」
「さあ……」
スノーホワイトの呟きに、ファルが問い返すも彼女の反応はそぞろだ。
「良心に従っていたから、あの声が聞こえた気がする。そう、現実はもっと厳しい……。だからみんな、都合のいい奇跡を願うし、押し付ける」
そう、賢かったなら聞こえなかったかもしれない。
そうであれ、と。
勝手にしておけ、と見て見ぬふりを決め込んだだろうから。
だから。
「どこか胡散臭い、そう思ったんだろうな、って。そんな都合のいい救いなんて、本当はどこにもないって実感してきたから」
「スノーホワイトは中途半端だぽん。今までもこれからも、スノーホワイトはスノーホワイトでいればいいぽん。それで助かる人や魔法少女は、必ずいるぽん」
「ありがとう、ファル」
ファルの激励に、素直に礼を言うスノーホワイト。
今回の話は緊急を要するモノでもなければ、事態に積極的に踏み込んでいいモノでもない。
だけどスノーホワイトは直感している。
困っている人がいる。
助けを求めている人がいる。
それらを良心に従って救いの手を伸ばすのは、果たして傲慢なのだろうか。
スノーホワイトはスノーホワイトであればいい。
ファルの先の言葉だ。
だったら自分は自分らしく、自分の良心と信念に従ってみんなを助けよう。
スノーホワイトは心に決めた。
* * *
かくして、様々な思惑を持った魔法少女たちが神浜市に集う。
時に良心を重ねて、互いに救いの手を伸ばす少女。
時に譲れぬものを交わして、苛烈な争いに至る少女。
魔法少女たちの同盟と戦乱の始まりである。
* * *
神浜市に来て――。
そこで全ての魔法少女は救われますか――。
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