なぎさの語った真相。
魔女の結界に、詳細不明の魔女。
忘却させられ、真実であれば覚えているはずの記憶。
そして、それらを利用して何かを企む黒幕――マギウスの翼。
「――以上が、なぎさがねむりんから聞いた、事件のあらましなのです」
なぎさが話した真実。
一見すればそれは筋が通っているように思える。
しかし、なぎさもまた魔女の結界に記憶を奪われていたのだとしたら、それら真実にもまた欠けた部分があるのではないかと、そう思う。
ほむらがそれを批判する――と言うほど強く疑っているわけではなかったが、なぎさに向けて口を開く。
「大まかなことはわかった。だけど、その推測には穴がある」
「何ですか?」
「それは貴女が頼りにしている情報自体に嘘がある可能性。騙されているのは私たちだけじゃない。貴女もまた、結界に記憶を歪められているかもしれないということ」
しかしなぎさは、ふるふると首を横に振った。
どうしてだ?
自分こそが正しいのだと、そう思うだけの理由があるのか?
なぎさは応える。
「事実として、なぎさが騙されている可能性があるかもしれない、というのは否定できないのです。勿論、なぎさも自分のことを疑いました。けれど、ねむりんの知る情報と照らし合わせて導き出した結論なのです。少なくとも、魔女とそれに関わるマギウスの翼に関しては、真実であるのは間違いないのです」
「そのねむりんという魔法少女が、貴女を騙している可能性も考慮した上で?」
「はいなのです。少なくともねむりんは協力者ではないものの、わざわざなぎさ達に嘘を吹き込む理由が無いのです」
「それは何故?」
「簡単なことなのです。それならねむりんはわざわざなぎさ達の前に姿を現す必要が無いのです。事件の解決を妨害するなら、ねむりんがなぎさ達に真実をほのめかす理由が無いのです」
「……理屈は正しいわね」
「そうなのです。少なくともそれを前提になぎさは事件の内容を推測しました。その前提すら信じられないのなら八方塞がり。なぎさ達に事態を解決できる術は何もかも失ってしまうのです」
「もしかしたら罠かもしれないけれど、飛び込んでみないことには始まらない。危険に身を投じなければ、事態がどうなっているのかもわからない。そういうことなのね……」
「正直、なぎさも怖いのです。だからこそなぎさ達だけで動くのではなく、ほむら達にも手伝ってもらいたい、そう思って助けを求めたのです」
そう語るなぎさの眼は、くりっとした子どものものであると同時、その瞳は真剣そのものだ。
まるで、己の信じるものの為に何もかもを炎にくべたかのよう。
ほむらは降参した。
「信用するわ。そもそもまどかが貴女を信じているのなら、私が疑う余地は無いもの」
くるりと、ほむらは振り返って。
「マミ、なのは。貴女たちもそれでいいかしら」
二人の眼を交互に見回した。
目は口程に物を言う、というが、こんな話をされていきなり信用しろ、と言うのも無理からぬことだろう。
しかし、マミは全てに納得したように頷く。
「異論は無いわ。魔法少女狩りなんてものを使って私たちを害そうという輩がいるのなら、その目的を見定めるには命を懸けなければいけない。そうよね?」
マミは視線をなのはへと移した。
それに応えるように、なのはは大きく頷く。
「私に出来ることがどれくらいあるのか、それはわかりません。でも少なくともなぎさちゃんがどれだけ真剣に、この事態を解決しようと考えているか、そのことは十分に伝わってきました。だったら私が手を伸ばさない理由はありません」
「貴女の魔法に、その意志は宿っているのかしら?」
「勿論です。私の魔法が届く距離にあるものは、何だって守りたい。マギウスの翼が一体何を企んでいるかはわからないけど、それが魔女であろうと、罪もない人を傷付けようとしているのなら、絶対に止めてみせます」
マミの言葉に、力強く、なのははそう言い切った。
なぎさがなのはにペコリと頭を下げる。
「ありがとうなのです、なのは。なぎさがなのはを頼りにしているのは、その不屈の
そう結んで、なぎさはニコリと笑顔を浮かべた。
さっきまでは、どこか無理をしていて触れればポンと弾けそうな表情が張り付いていたが、それから解放された彼女は、どこにでもいる普通の子どものように思えた。
「えへへ、これでほむらちゃんとも友達だね」
「馬鹿ね。私にとってまどかはいつだって友達よ」
まどかが手を小さく掲げて開く。
ほむらもまた手を開いて、彼女の手の平に合わせてポンと手を打ち合わせた。
なぎさが、んっんーとわざとらしく咳をして。
「それじゃここからチームに別れようと思うのです」
「あれ? これから全員一致団結して頑張っていこうーって流れじゃないの?」
さやかが暢気な表情でなぎさに抗議するが、なぎさは首を横に振る。
「魔法少女狩りは今でも活動しているのです。全員で行動していると小回りが利かなくて、いざという時に対処できない、という事態に陥るのは避けたいのです。そのためのチーム分けなのです」
「具体的にはどうするのさ」
「なぎさが考えたのは、ほむらはなのはと二人組。後はマミがなぎさ達に加わってくれれば心強いのです」
「そのチーム分けの理由は何なの?」
「ほむらの固有魔法となのはの火力があれば、まず敵に遅れを取ることは無いと思うのです。あと、なぎさ達は人数が多いけれど火力がない。なのでマミの火力支援を期待してのことなのです」
「ほー、案外考えてるじゃん」
納得したように、さやかは腕を組んでうんうんと頷く。
貴女は何も考えていないでしょう。
そうほむらは思ったが、口には出さずにいた。
とりあえず、まとめに入ろうと口を開く。
「まずはマギウスの翼について、その行動と目的を掴むことが先決。それも件の魔法少女狩りの攻撃を捌きながら……。ゴールまでの道のりは遠く、困難ね」
ほむらはそこまで言って、ハッと気が付いた。
考えてみれば、この場にいて当然であるべき人物の姿がない。
「巴マミ、杏子からの連絡は?」
「佐倉さん? ……そういえば、何の音沙汰も無いわね」
「仕方ない。杏子には私から伝えておくわ。だからマミは心配せず、まどか達を守ってちょうだい」
「わかったわ」
マミが頷くのを見て、なぎさが皆の顔を見回して、締めに入った。
「それじゃあまずは、マギウスの翼について調査していくのです。新情報が入り次第、連絡は密に。行動開始なのです」
なぎさの音頭に従うように、ほむら達、魔法少女たちは強く頷いた。
かくして見滝原の魔法少女チームと高町なのはは、マギウスの翼を追って飛び立つ。
その背後に赤い影が忍び寄っていることに気付くことは、ついぞ無く。
* * *
「スノーホワイトさん、コユキさんは?」
みかづき荘の部屋の一つ。
スノーホワイトは震える姫河小雪を抱いて、頭を撫でていた。
やちよから聞いたところ、魔法少女の訪問があったこと。
そして、それに相対するように魔法少女狩りの一人ハードゴア・アリスがその魔法少女と戦った、ということ。
それを聞いて、イリヤは不安感を覚えていた。
スノーホワイトがイリヤに応える。
「大丈夫だよ。もう怖い人はいなくなったから。だからイリヤさんもそんなに心配しなくてもいいよ」
その心配が伝播して、なおさら小雪を不安にさせることになり、そのせいで魔法少女狩りが生み出されるかもしれない。
そう判断して、スノーホワイトはなるべく小雪をなだめることに執心していた。
「ミユ、私たち、これからどうしたらいいんだろう……」
「わからない……ただ、今の状況を続けていたらいずれ、八方塞がりになるのは眼に見えている」
「こっちには魔法少女狩りの大元っていうキーマンがいるっていうのに、何をしたらいいか全然わかんないんだもんね」
「けれど、事態に対する展望はある」
「ホント?」
「うん」
そう、美遊は短く言葉を切ってスノーホワイトの方へと顔を向けた。
「スノーホワイトさん。提案があります」
「聞かせてくれる?」
美遊の考えはこうだ。
「この町には今、複数の魔法少女がいます。その誰もがチームを組んで、各々の意図を持って行動している。勿論、私たちもそうです」
魔法少女が徒党を組んで、何らかの意図を持って活動している。
それは何か。
「単刀直入に言えば、私たちを含めた魔法少女たちは二つの意思を持っています。一つは私たち、魔法少女狩りの大元、小雪さんを助けようとしている魔法少女」
事態を覆すのは簡単だ。
スノーホワイトもそれを悟っているだろう。
しかし、彼女はそれを選択しなかった。
そう、魔法少女狩りの大元、姫河小雪を消してしまえばいい。
その案は当然だが、イリヤやいろは達にとっくに蹴られているし、美遊だって望んでいない。
「もう一つは、さっきここを襲撃してきた佐倉杏子と呼ばれる魔法少女と、それに与する一団。一見ばらばらに動いているように見えて、その行動は一貫している。だからこの魔法少女たちはチームで動いていると考えた方がいい」
美遊のこの分析は多少、粗があるように聞こえたが、大筋では間違っていないと察せられた。
実際に姫河小雪を執拗に狙う魔法少女がいるのだ。
徒党を組んでいないように見えて、動き自体は似ている。
ならばチームを組んでいると仮定しても問題はないだろう。
「なら私たちが取るべき行動は、これら魔法少女の情報を集めることと、その牽制をすること。それだけでも事態は変わってくると思う」
美遊の提案に、イリヤは「おー……」と感心したように彼女を見つめていた。
スノーホワイトが応える。
「だけど私はここから離れらない。少なくとも小雪をこのまま放っておくことは、他の魔法少女からこの子を守れなくなることに繋がるから」
そう言って、彼女は周囲を見回した。
みかづき荘に集う、チームみかづき荘の魔法少女たちのみんなを。
「勿論、他のみんなのことを信用していないわけじゃない。だけど、この子だけは私が守りたい。だから私はここに残って、この子を守る」
スノーホワイトの言葉に、それについてはあらかじめ想定していたように、美遊が応える。
「ここは役割分担をしましょう。私とイリヤとクロで、敵対する魔法少女たちの情報を集めてみます。だからその間、他のみんなは私たちが帰ってくるこの場所、みかづき荘を守ってください」
美遊はそう言って、転身した。
そして、イリヤとクロに視線を移す。
「いいよね? イリヤ、クロ」
「それは勿論、だけどミユ」
「なに?」
「びっくりだよ。普段のミユだったら黙って事態を眺めてるだけだと思ってたから。我関せずって感じで、こんなに積極的に動こうとするなんて思わなかったし」
「多分、イリヤのおかげかな」
友情ムードに入り込んだ二人に、クロが口出しする。
「はいはい、お熱いことで」
言って、二人の間に割り込んで無理矢理入ってくる。
「ま、でも私もそれには賛成かな。もしかしたらさっき逃した魔法少女に会えるかもしれないし。アイツらからのリベンジマッチを受けられるチャンスかもしれないし?」
「相変わらずクロってば……。バトルマニアに片足突っ込んでるし」
「いい加減、飽き飽きしてんのよ、待ちの姿勢ってやつに。こっちから動いてあっちがやって来てくれるなら好都合だわ」
言って、クロはスノーホワイトに向けて。
「そういうことだから、あんたはその人のことを見てて。安心しなさい、私がいればどんな相手でも即ノックアウトしてやるから」
人懐っこいウィンクをして、言ってみせた。
そんなこと言って、昨夜はあの
思ったが、イリヤは空気を読んで、わざわざ突っ込むのはやめておいた。
「じゃあ、ミユ、クロ」
イリヤとクロも、美遊に倣って転身した。
「行こう! 私たちだって魔法少女だもん、このまま負けっぱなしじゃいられないんだから!」
「別にまだ負けたわけじゃないっての!」
クロの抗議を右から左にして、イリヤ達は窓から飛び立っていった。
澱んだ状況に風穴を空ける。
そう決意して。
「行ったわね」
やちよが玄関から空を眺めて、イリヤ達が遠ざかっていく姿を見送っていた。
「大丈夫ですよ、やちよさん」
やちよの隣にいろはが立って、同じように空を見てそう言った。
「やちよさんだって信じていたんですから、私も信じます。イリヤちゃん達ならきっと、私たちを助けてくれるって」
「そうね」
そう短く言って、やちよは玄関から家の中に入って、時計を眺めた。
しばらくぼうっとそうしていて。
「やちよさん?」
「もうすぐ買い出しに行かないと。毎月5の付く日はポイント10倍デー、さらに6時からタイムセールよ」
いろはがくすりと笑う。
「手伝いますよ。一人二個までなんですよね」
「助かるわ」
言って、やちよはいろはにたおやかな笑顔で応えた。
* * *
「おい、こんな所にホントに本拠地があるのかよ」
「焦らない焦らない。佐倉杏子には是非とも見せたいものがあるんだから」
暗い建物。
そうとしか言いようもなく、さらに装いも佇まいもそういう表現しか出来ない建築物の中。
杏子は灯花の後ろを歩きながら、周囲を見回して問う。
「なんかだんだん下に降りていってるように見えるんだけどさ。悪党の秘密基地のつもりか?」
「言い得て妙ね。わたくしがやろうとしていることは確かに、世間にはアピールしにくいことなんだし」
「モノホンの悪党かよ」
「腐らないの。見てくれれば、きっと佐倉杏子の認識も変わると思うからね」
狭い階段を降りていって、小さなドアの前に立って。
「はい、これ」
灯花が丈夫な布切れを杏子に手渡す。
「なんだこれ」
「ここからはマギウスの翼の本拠地なんだから。貴女もその一員として身に付けて欲しいの」
受け取ったそれは、広げてみれば白いフード付きのマントだった。
襟元には何かの印章のような、翼の生えた塔を模した金色のアクセサリが付いている。
「白羽根の衣装よ。これでもわたくしは佐倉杏子の事を買っているんだからね」
「……やれやれ」
ドアを開く。
そこは大きく開けた空間だった。
目の前には柵が設けられていて、そこからさらに地下へと大きく広がっている空間がある。
生憎、灯りも何もないのでその先がどうなっているのかわからない。
と。
不意に、ガシャンと明かりが灯った。
階下に広がる景色が、眼に映る。
「どう? 佐倉杏子」
杏子はその景色を眼に映して。
うっ、と吐き気を催して眼を逸らした。
「……いかれてやがる」
階下に広がる空間を埋め尽くすかのように、樹木が屹立しているようなそれは。
勿論、ただの樹木なんかではなく。
古びた帽子に、胸元以外を露出させた衣装。
大股にはホルスターを装着し、拳銃を備え付けている。
杏子は
だから
「わたくしはね、この人形たちを使って革命を起こすの。勿論、手駒はこんなものばっかりじゃない。こんなのは計画の前段階、手駒はまだまだ足りないくらい」
カラミティ・メアリ。
その群体は軽く見積もっても百人近く。
それら全てが同じような格好と姿勢で屹立している。
灯花は日傘を開いて、片足でその場をクルリと回った。
「協力してくれる? 佐倉杏子。魔法少女が救われる、その時のために」
杏子は全てから眼を閉ざして、怒り顔で灯花へと視線を向けた。
人間の所業じゃない。
コイツは魔法少女を何だと思っているのか。
しかし。
「……てめえに従えば、魔法少女の救済ってのが成されるのか? 同じ魔法少女を、こんな風に弄びながら」
「もっちろん」
あっけらかんと灯花が応えた。
日傘を片手に、ステップを踏むのを止めて杏子へと視線を交錯させる。
「だから、ね? 佐倉杏子も協力してよね? くふふっ」
信じられるはずがない。
だけど、なら自分が信じているものは何だ?
灯花の計画とやらがどんな形をしているかはわからない。
だが、この景色は。
ただひたすらに理性を冒涜する、暴力の塊だ。
それを信じて今まで生きてきたのが、今の杏子だ。
暴力性の肯定。
それがなければ、今の杏子は無い。
否定する理由が、今の杏子には無い。
「さて、佐倉杏子の答えが聞きたいにゃ?」
杏子は黙り込む。
そして、選んだ答えは――。
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