森の音楽家クラムベリーは地下階層の一部屋で、ソファに腰を下ろしていた。
手には紅茶。
灯花がわざわざ用意してくれた逸品だ。
喉だけでなく心も潤される心地になる。
「さて、魔法少女狩り――いえ、あえて姫河小雪と呼びましょうか?」
天蓋付きのベッド。
その上で大きな枕を抱きかかえながら、小雪は傍目にもわかるほど不安感と焦燥感を抱いていた。
「落ち着いてください。まあ無理かもしれませんが、私だってついさっきの雰囲気を引きずって危害を加えようとするほど、血に飢えているわけではありません」
「でも……」
「私の心の声が聞こえますね? なら貴女もわかっているはずだ。私は貴女に害を及ぼすつもりは無い、ということが」
「……うん」
それでもやはり気を許すことなど出来ないだろう。
小雪は小さく、クラムベリーの言葉に相槌を打つことしか、しなかった。
「これでも私は貴女に感謝しているのですよ。姫河小雪」
ふっと、小雪が顔を上げる。
しかしすぐに、枕に顔を沈めて眼を逸らす。
「貴女の魔法少女狩りを生み出す特性が、私たちを生み出してくれた」
魔法少女狩り。
その本体である姫河小雪。
灯花は早い段階から、彼女の存在と特質性を把握していた。
だからこそだろうか、彼女はやや焦りを覚えている。
計画を早期に実行しなければならない、そんな焦り。
「私は灯花に手を貸すのはやぶさかではない。むしろ、私に目的を達成する手助けをしてくれることには感謝しているくらいです」
小雪は枕に顔をうずめたまま、話を聞いているのかいないのか、ただひたすら無言を、それかあてどもない相槌を打つ程度だ。
「この神浜市には多くの魔法少女が集められている。そのいずれもが私の本能を刺激してくれる……そう、この町は私にとって非常に刺激的で魅力的だ」
クラムベリーは構わずに続けた。
「姫河小雪。貴女は貴女が意図してか、それとも本能に訴えかけられてか、この町の混沌に実を与えてくれている」
小雪からの反応は無い。
しかしクラムベリーは続ける。
「貴女の生存本能は実に単純でわかりやすい。今までに現れた魔法少女狩りの存在は、貴女がいてくれてこそ実在できるのです」
小雪がピクリと、肩を震わせる。
それを見て、クラムベリーは満悦したように、艶やかな微笑みを浮かべた。
「全ては貴女がいてくれてこそなのです。貴女が持つ防衛本能――いや、暴力性の衝動と言ってもいい。それがあれだけ多くのカラミティ・メアリを生み出し、そして灯花はそれらを統率して戦力としている」
小雪は枕に顔をうずめたまま、体をカタカタと震わせる。
「他の魔法少女狩り達も同じです。貴女の不安がハードゴア・アリスを生み、悲しみがラ・ピュセルを生み」
一拍置いて、クラムベリーが続けた。
「そして貴女に隠された情熱が、この私、森の音楽家クラムベリーを生み出した」
言って、クラムベリーが自分の体を撫でるように、首筋から腹までを片手で移し取る。
「重ねて感謝します、姫河小雪。私を生み出してくれて、蘇らせてくれてありがとうございます」
クラムベリーは心底から発露するように、小雪に向けて礼を述べた。
小雪が小さく、初めて意味のある言葉を紡ぐ。
「……貴女は……」
「はい」
「貴女は……、何がしたいの……? すごく怖いのに、すごく真っ直ぐで……だから何を考えているのか、全然わからない」
「何を考えているか、ですか。先ほど言った通りですよ」
クラムベリーは紅茶に口を付け、唇に残ったそれを舐め取って。
「集まった魔法少女たちは皆、刺激的で魅力的。彼女らを私が叩き潰す、それだけで私の心は満たされるのですよ。姫河小雪、貴女が私にそう願ったように、ね」
「……狂ってる……」
「どうですかね、私たちだけが正常なのかもしれませんよ」
言うと同時、ポーンと音が鳴った。
クラムベリーが持つ情報端末からだ。
端末を開く。
「もうこんな時間ですか。貴女ともう少し話していたいですが、こっちの用事も私には魅力にあふれている。またお話しましょう、姫河小雪」
ソファから立ち上がる。
部屋の真ん中から出口へ向かって、去り際に。
「期待してますよ。もっと新たな、魔法少女狩りを生み出してくれることを」
クラムベリーはうずうずしていた。
今、この町は魅力にあふれている。
だからこそ力の振るい甲斐がある。
さて、今からどんな魔法少女が――敵が現れるのか。
そんな楽しみを心の中に抱いて、クラムベリーは部屋を出た。
* * *
建物の上層、マギウスの翼の本拠地の外観。
フェイトはその入口に降り立って、
「……魔法少女狩りが生んだ魔法少女狩り、あれが、そうなのね」
スタン、スタンと鉄塔を伝ってくる、その姿を確認する。
相手は二人。
一人は頭から角を生やし、逞しい尾を引く、竜が騎士の姿をまねた魔法少女――ラ・ピュセル。
もう一人は、黒い霧に巻かれながら、不気味なゴシックロリータのドレスを身に付けた人形のような魔法少女――ハードゴア・アリス。
殺意も敵意も感じられない。
彼女たちはただ、そうであれという願いから生まれたような、純粋な心の塊を持った魔法少女だった。
魔法少女狩りなんて物騒な名前を持った存在が生み出したにしては、極めて良心的な心が見える。
そんな気がした。
なのに。
私は彼女たちを打倒しなくてはいけない。
それが灯花との約束であり、契約だ。
接敵範囲内。
ラ・ピュセルとハードゴア・アリスがその間合いに入った。
「フォトンランサー・ファランクスシフト――」
金色に輝く魔法のスフィアが多数浮かび上がる。
それらはフェイトの身を隠すほどに、数を増し浮遊し出した。
「――フルオート・ファイア!」
スフィアの一つ一つから無数の光弾が発射された。
その全てが誘導され、目の前に迫った魔法少女たち目掛けて一斉に襲い掛かる。
黄金の爆発。
濛々と煙を上げるそれに、フェイトは一息付く。
「……まさか、この程度で終わりとは思えないけど……――ッ!」
フェイトは本能に任せて、反射的にその場から空中へと舞い飛んだ。
さっきまでフェイトのいた地点を、ハードゴア・アリスが突撃してくる。
空振りした拳をそのままに、ハードゴア・アリスはフェイトの後を追って、空中へと追撃した。
「くッ!」
黒塗りの斧――バルディッシュが変形して光の刃を生み出す。
「アークセイバー!」
光の大鎌と化した刃をハードゴア・アリスに向けて投射した。
その一撃は彼女に直撃し、追撃する姿勢のままに地面へと叩き付けられる。
まるで防御を考えていない。
どころか、先ほどのフォトンランサーを受けた外傷もそのままに、ただひたすらに突撃してくる。
戦況を――というより、ハードゴア・アリスを観察する。
その姿は傷だらけでズタボロになっていた。
手足があり得ない方向に曲がり、まともな人間なら動くことすら出来ない、それほどの傷。
その姿が、ギクシャクとしながら形を無理矢理に変形させていく。
元の姿に戻らんと言わんばかりに。
(……再生能力! それも、非常に高いレベルの……!)
余りにも稚拙な攻撃と、余りにも高い再生能力。
それがハードゴア・アリスの戦闘スタイルか……!
そう、ハードゴア・アリスを注視していたことが仇になった。
相手は一人ではない。
フェイトの背後に影が差す。
巨大な鉄柱のような剣が、フェイトを襲わんとしていた。
「――しまっ……!」
反射が追い付かず、巨大な柱と化した剣が鈍器のごとくフェイトを打ちのめした。
ラ・ピュセルの攻撃だ。
どこからこんな巨大な剣を取り出したのか、理屈は不明だったが。
現実はかくのごとく、フェイトの負傷という形で追い付いてきた。
空中から叩き落とされ、地面に二度、三度と叩き付けられ、転ばされる。
「あうッ……!」
フェイトの口から血が漏れ出た。
衝撃で口の中を切ったらしい。
外傷はその比ではないほど、あちこちに打撲跡、擦り傷を付けられている。
打撲された部分は多分、骨折している。
擦り傷は深く、そこからは夥しい量の血が滲んでいる。
(まだ約束を果たしていない……、こんな所で倒れるわけには……!)
途端。
リィーン、という耳鳴りのような音がフェイトを襲った。
いや。
ラ・ピュセルもハードゴア・アリスも、それを聞いてか動きを止めている。
「小雪ッ……!!」
大地が震える。
ラ・ピュセルが唸るような、しかし怒号にも似たような声を発した。
ハードゴア・アリスもそれに応えるように、フェイトを無視してマギウスの翼の本拠地へと走っていく。
「二人とも、待って――!」
本拠地の扉が、二人を招くかのように開いた。
そこに。
「もう試験は十分でしょう」
森の音楽家クラムベリーが姿を現した。
「音楽家……!?」
二人の魔法少女はクラムベリーに向かって突進していき。
そして彼女を無視して、建物の入り口から中へと進入していった。
「どうして……?」
「動かないでください、フェイト・テスタロッサ」
バルディッシュを杖代わりに、なんとかフェイトは体を起こした。
身じろぎする彼女の前に、クラムベリーが近寄ってくる。
「どういうつもり、音楽家?」
「言った通りですよ、フェイト・テスタロッサ。試験は合格です」
「彼女たちは危険だ! 万一にでも中で暴れたりしたら……!」
「さっきの音が彼女たちを導いてくれます。あれは、彼女の声を混ぜたものでしたから」
「彼女?」
負傷を押しつつ、フェイトは訝し気な表情で問う。
「姫河小雪ですよ。あの魔法少女ふたりは彼女の護衛役です。貴女がわざわざ戦う意味も無ければ、止める必要もない」
「そんなことは……!」
「無理をしないでください。その怪我、早く治さないと傷が残りますよ」
「ッ……!」
言われて、意識すれば痛みもまた感じ始める。
得手ではないが、フェイトは自分の体に治癒魔法を施し始めた。
「彼女たちの事は灯花と改めて相談すればいい。今はあの二人を刺激しないことが重要です。なので貴女もそんなに目くじらを立てるのは止めておきなさい」
「くッ……」
フェイトは口惜し気に息を漏らした。
その様子を見たクラムベリーが肩をすくめる。
「雪辱戦がしたいなら止めませんよ。彼女たちを攻略する術があれば、の話ですが」
「……私はそんなことに興味はない」
「ほら、そう言うと思っていました」
クラムベリーがフェイトに背を向ける。
「傷を癒したら中に戻りなさい。計画は順調に進んでいる上に、面白いモノも見れるかもしれません」
「面白い……?」
「ええ」
それを見たフェイトは、珍しいこともあるものだと直感した。
クラムベリーがくつくつと笑みをこぼしていたからだ。
* * *
マギウスの翼の本拠地。
その地下階層にて。
「――だからね、わたくしは魔法少女の救済に必要な要素は全て用意できる。そういう触れ込みでみんなを神浜市に呼んだの」
里見灯花が種明かし――と言うにはまだまだ謎を残したままだったが、二人の魔法少女を前に説明する。
「彼女はわたくしの元に降った。そして彼女はわたくし達に敵対することなく、護衛役だけを残してこの本拠地に居残っている。これがどういうことかわかるかしら?」
灯花の言葉に、二人は首を横に振る。
「もうみんな他人事じゃないの。この町は一つの魔女結界と化している。なら本体である魔女がどこかにいる。そしてそれはわたくしの手中にある。これらを利用することで、わたくしの魔法少女救済は実現する」
灯花はそう言って、二人に背を向けた。
「臆病者の魔女。その性質は泥睡。澱んだこの世界を外側に開くことで、初めて魔法少女の救済は成るの」
吟じるように、灯花は続ける。
「貴女たち、外の魔法少女が何を考えて行動しているか。とっくにわたくしは把握済みよ。だけどそれは無駄な努力。無益で無価値で無意味な行動に過ぎない。だから、勝手に動かれると逆に迷惑なわけ」
続けて、最後の言葉で結ぶ。
「外の魔法少女が何を考えているか、その原理はわたくしにはわからないし、わかる必要もない。だから、中の魔法少女が救済されたがっているという、その事実を無視して活動しないでね?」
と。
背中越しに、一人の魔法少女が問う。
「貴女が言っていることがいまいちわからない。でもみんなを助けようという意志があって、それを成し遂げようということはよくわかったよ。だからあんまり難しい言葉で飾るのはやめて、みんなで協力し合おうよ」
「協力なんて必要ないわ。わたくしがやろうとしていることは絶対的に正しい。だから邪魔しないで欲しい。ほら、簡単なことでしょ?」
「その正しい、っていうことがわからないから、みんな自分にとって正しいことをしているんだと思う。大体、邪魔されるようなことをしているから、それはきっと正しくないことだと、私は思うよ」
「逆説的には、貴女たちのそれはきっと正しいことなんだと思う。けれど時間が無いのも事実なの。だからわたくしは行動するし、邪魔する奴は叩きのめす。マギウスの翼にはそれだけの力がある」
「それこそ同じことの繰り返しだよ。正直、私にはわけがわからないよ。貴女のやろうとしていることが」
「それがわからない貴女には、それこそ関係ない話なんだよ」
「じゃあ教えて。魔女を使って、魔女結界を利用して、貴女は何をしたいのか」
「簡単なことよ」
灯花はくるりと振り返って、改めて二人の魔法少女に向き直って、畳んだ傘の先端で地面に突いた。
「この魔女を眠りから解き放ち、
笑顔で、しかし冷たく凍り付いた表情と一切の笑みを浮かべていない眼で二人を射抜いて。
「だから、出来るなら協力してくれないかにゃ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに美遊・エーデルフェルト」
冷たい眼で二人を見て、灯花は「くふふっ」と乾いた笑みを浮かべた。
* * *
時刻は間もなく午後6時。
魔法少女が夜を駆ける時間が訪れる。
神浜市に来て――。
本当に、私を救ってくれるのなら――。
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