今までの遅れを取り戻せるよう、頑張って書いていきますよ!
強い通り雨が地面を叩く。
民家の住宅の窓にビシビシと叩き付けてくるそれに構う暇もなく、やちよはいろはを背負ってみかづき荘へと戻ってきた。
豪雨の中、みかづき荘の玄関を見やって。
(……?)
やちよは胸中で疑問符を上げた。
誰かいる。
それも、数人。
全員が傘を差して雨粒から身を守っている。
勿論、その中に知った顔は誰もいない。
ふと、彼女らの中の一人がこちらに顔を向けた。
「お、もしかして家主さんじゃない? マミさん」
「あら?」
一斉に、数人の少女たちがこちらへと顔を向けた。
知った顔、はいないはず。
しかし見覚えのある顔はいくつか散見されていた。
あれは……確か、小雪を連れて逃げる直前に出会った記憶がある。
少なくともその内の二人は。
「貴女たち、もしかして私たちと同じ種類の魔法少女……?」
訝し気な視線を投げ付けながら、焦りの様相を隠すだけの余裕もなく、やちよはそう話しかけた。
「あ、この間の」
「あっちゃー、こりゃ悪い時に出くわしちゃったかなー」
制服姿だったから尚更、どこの誰かがわからなかったが少なくとも覚えているのは。
ピンクの衣装だった、どこか自信なさげで大人しそうな魔法少女。
青い衣装を身にまとっていた、活発そうな魔法少女。
この二人は見たことがある。
「こっちには怪我人がいるの。自己紹介は巻かせてもらえないかしら?」
「ごめんなさい。私たちも貴女に用があったんです」
「いいから、そこを退いてちょうだい」
そこはかとなく怒気を交えながら、やちよはぶっきらぼうに返した。
存外、素直に彼女たちはやちよに道を譲る。
やちよは彼女たちの間を縫って、玄関の鍵を外してドアを開く。
そこまでしてから、やちよは四人を見回して。
「話があるのでしょう。詳しいことは中で聞くから。そんなに警戒しなくてもいいわ」
「警戒しているのは貴女の方でしょう。まあ警戒するな、というのは無理な話だと思っていますけれど」
「……好きになさい」
言って、やちよはずぶ濡れのまま靴を脱いでみかづき荘の中へと入っていった。
それに続いて四人の少女たちも後を追って、靴を脱いで入ってくる。
「お邪魔しまーす……」
剣士の魔法少女が遠慮がちに挨拶をして。
彼女らを伴ってやちよはリビングへと入っていった。
タンスの引き戸を開けて、バスタオルを取り出す。
濡れそぼったやちよといろははそれで濡れた体を拭き取った。
いろはは気を失ったままだったので、やちよは彼女の体を拭いて。
「で、魔法少女が四人も徒党を組んで何の用かしら?」
魔法少女たちは互いに眼を合わせて、コクンと頷いた。
「もう自己紹介させてもらっても構いませんよね」
「ええ、どういう用件で来たのかはそれとして、まずは名前を聞かせてもらうわ」
「その前に、確か怪我人を連れているって聞いたけれど、その子ですか?」
「そうよ。だから少し静かにしてもらえるかしら」
「そういうことなら……。美樹さん」
年長の魔法少女が剣士の魔法少女――美樹さやかに声をかけた。
「了解です」
さやかが無遠慮にいろはへと近付く。
その右手を持ち上げて。
「ちょっと! いろはに乱暴なマネはしないで!」
「へ、いやいや! そんなことはしませんって。まあ見ててください」
さやかがいろはの右手の患部に手を当てて、そこから淡い光が漏れ出した。
「これでよし、っと」
そう言って、さやかはいろはの右腕を彼女の胸元に戻す。
「あと、その子。ソウルジェムもだいぶ濁っているみたいですね。これを」
年長の魔法少女がグリーフシードを差し出した。
「……いいの?」
「人を疑っている場合じゃないでしょう。貴女にとっては私たちはよそ者でしょうけれど、だからって助けなくていい場面じゃないことくらいはわかります」
「……ここは恩に着ておくことにするわ」
グリーフシードを受け取り、いろはのソウルジェムにカチンと当てる。
見る間にソウルジェムに輝きを取り戻す。
「う……うーん」
「いろは!」
眼を覚ましたいろはに、やちよは声を上げた。
「やちよ……さん? ここは……」
「みかづき荘よ。もう少し安静にしているといいわ」
「はい。……ところで、そちらの方たちは」
「客人よ。話は私が聞いておくから、貴女は横になっていなさい」
「ありがとうございます……」
おほん、っと年長の魔法少女がわざとらしく咳をついた。
「自己紹介、させてもらいますね」
「ええ、お願いするわ」
やちよは言って、それに従うように魔法少女たちが自己紹介を始めた。
「私は巴マミ。見滝原から来た魔法少女です」
「同じく、百江なぎさなのです」
「私、鹿目まどか。まどかって呼んでください」
「最後に、あたしは美樹さやか。マミさんの二番弟子です」
すらすらと言葉を並べる魔法少女たち。
見滝原から来た魔法少女たち、か。
「やっぱり貴女たちもグリーフシードを求めてここに来たってことかしら? それとも神浜市に来れば魔法少女は救われるとか、そんな妄言を信じてか」
条件次第では敵に回ることもあり得る。
油断は出来ない。
年長の魔法少女――巴マミが応える。
「どちらかというと後者、でしょうか。ただ、私たちはそんな妄言を信じたわけじゃなくて、その裏に隠された謎と、事件の解決に来たというところです」
選択肢としては、そのどちらでもない、ということか。
「やっぱり貴女たちもこの神浜市がどこか異常性があると見て、その調査に来ている、という訳ね」
「あまり驚かないのですね?」
「そういうお節介さんはもう何人も知っているもの」
「なら、この件はもう知っていますか?」
「なに?」
警戒心のレベルを一つ上げる。
「私たちは魔法少女狩りを追っています。それと同時に、マギウスの翼という組織の事も」
ピクリと、やちよは眉をひそめた。
どちらもやちよにとっては看過できない問題だ。
「……どうやらその反応を見る限り、七海さんは黒のようですね」
やちよは考える。
空っとぼけることも考えたが、この巴マミという魔法少女は眼が笑っていない。
真剣な態度、と言えば聞こえはいいが、もしも嘘を付いたらどう出るか、選択次第では恐らく面倒は避けられないだろう。
しかもここは自分の拠点。
つまり自分の腹の中。
だが今は具合が悪い。
中で暴れられたら、他の住人に危害を及ぼすことになりかねない。
やちよは嘆息した。
観念した。
「……そうね。貴女が言う通り、私たちが彼女――魔法少女狩りを匿っているわ。どうしてそんな流れになったか経緯を話すにはあまり時間がないから、詳しいことは省かせてもらうわね」
「その点は大丈夫です。私も鹿目さんと美樹さんから軽く聞かせてもらいましたから。七海さんが彼女を連れてみかづき荘に戻っていった、っていうことは」
既に筒抜けか。
やはり嘘を付くという選択肢はない。
マミが問う。
「マギウスの翼について知っていることは?」
「それはこちらでも情報不足ね。だから交換条件として、貴女たちからの情報提供を期待しているのだけど」
「うーん……マギウスの翼の事は、少し……」
マミが歯切れの悪い返事をした。
「どうかしたの?」
警戒心をもう一レベル上げてやちよは聞き返した。
それに対して、マミは言いにくいように、歯にモノが挟まった心地で応え返す。
「正直、私たちが知っているマギウスの翼についてはほとんどありません。だから、件の魔法少女狩りさんの意見が聞ければあるいは、と思ったのですが」
「そう、それじゃあ私の知っていることを言う必要は――」
途端。
どたどたと階段を走り降りる音が聞こえた。
「ヤチヨ! 戻ってる!?」
「クロエさん?」
「うおっ、いっぱいいるな。……って、そうじゃなくて!」
「落ち着きなさい。何があったの?」
「コユキがさらわれた! マギウスの翼を名乗る連中に、よ!」
「……なんですって?」
風雲急を告げる。
まさしくそんな怒涛の風に巻かれるように、クロが事態の急変を伝えた。
「……皆さん、今聞いた通りです。話が聞ける状態じゃなくなりました」
「ちょっと! なに落ち着き払ってんのよ!」
「クロエさん、貴女こそ少しは落ち着きなさい」
「落ち着いてられないわよ! くそッ、アイツら好き勝手やってくれて!」
行儀悪く爪を噛みながら恐慌状態に陥っているクロに、これ以上言葉をかけるのは野暮だと思った。
実際、落ち着いている場合じゃなくなった。
だからこそ、次の行動を慎重に決めなければならない。
「マギウスの翼の狙いはわからない以上、私たちが出来ることは奴らについて情報を集めることよ。クロエさん、イリヤさん達との連絡は?」
「……って、そうコイツらよ! コイツらとやり合ってる途中で別れて、私はここに戻ってきたの! 私とスノーホワイトでコユキを護衛していたけど、敵の方が一枚上手だった。一方的にあしらわれてあっという間にさらわれたわ!」
捲し立てるクロの姿を見て、マミが。
「そういえば先ほど振りね、貴女。貴女のおかげで私たちはここに辿り着いたのだけど、少し遅かったみたい」
「うっさい! 私だけ焦って、これじゃ馬鹿みたいじゃない!」
全く落ち着く気配がない彼女だったが、こちらの質問にまだ応えていない。
「もう一度聞くわ。イリヤさん達からは何も聞いていないの?」
「私たちはあんたみたいな便利なテレパシー機能とか、持ち合わせていないの! イリヤとミユはまだ情報集めどころか、マギウスの翼の事も気付いていないはず……! だから急いであの子たちにこの情報を伝えないと!」
「わかったわ」
焦りを隠そうともしないクロの言葉に、言葉少なにやちよは頷いた。
「……で? あんたは今からどうするつもり? まさかこの状態を見てアナグマ決め込むわけじゃないでしょうね?」
事態を考えれば、そんなことをしている暇はない。
しかし。
「私たちはここに残るわ」
「ハァッ!?」
「こっちには怪我人がいるのよ。少し休ませたら貴女たちに合流するから、情報収集及び連絡は一旦、貴女たちに任せたいわ」
やちよはそう言って、四人の魔法少女たちに向き直った。
「マギウスの翼について知りたいって言ってたわね。だったら私が知っている情報を一つだけ提供するわ」
そう言って、語り始めた。
いろはとやちよに振りかかった、マギウスの翼の火の粉について。
「雰囲気だけで何となく察したけれど、貴女たち、佐倉杏子という魔法少女を知ってる?」
「杏子? やちよさん、杏子の事を知ってるんですか?」
さやかが訝しげな表情になって聞き返した。
やちよはコクリと頷いて。
「少し前に彼女から襲撃を受けたわ。そして彼女はこうも言っていた。マギウスの翼に逆らうことの意味を知れ、と」
「杏子のやつがそんなことを!?」
身を乗り出してさやかが問い返した。
「不確定情報だけれど、彼女がマギウスの翼に属した可能性は高いわ」
「あの馬鹿……! なんだってそんなマネを……!」
「少なくとも、私たちに敵意を持っていたのは確実だった。危うく私もいろはも、殺されかけるところまで追い詰められたもの」
実際、あれは殺し合いだった。
話し合いの余地もなかった。
マミが顎に手を当てて、口の中で次の動きを模索する。
「こうなったら佐倉さんを探すのが一番手っ取り早いかもね。マギウスの翼の本拠地を探すと同時、彼女に接触して事情を聞き出すのが一番の近道」
「同感ですマミさん! 杏子のやつ、一発殴ってやらないと私が納得できません!」
「そうね、ちょっとおいたが過ぎたわ」
さやかの物騒な発言に対して、マミはそれでも賛成らしい。
「七海さん、情報提供に感謝します。私たちは一刻も早く佐倉さんを探すことにしますので」
「魔法少女狩りのことはもういいの?」
「そんな状況でないのは百も承知。頭の隅にでも留めておくだけにしておきます」
「……武運を祈っているわ」
「ありがとうございます」
言って、マミは周囲の魔法少女たちを見回して。
「みんな、行くわよ!」
『はい!』
そう声を合わせて、ぞろぞろと来たとき同様、全員で玄関へと向かって。
豪雨の中へと走り去っていった。
「クロエさん」
「なに?」
四人の魔法少女たちの気勢に当てられてか、冷静さを幾分か取り戻したクロが問い返した。
「小雪さんがさらわれたっていうのは本当なのね?」
「ええ、何度も言ってるでしょ」
「スノーホワイトさんは?」
「意識飛ばされてたけどもう起きてる」
「まだこの家にいるの?」
「いるわ。……でもすぐさま後を追うつもりでもいる。ただ当てもないまま動くのを嫌っているせいか、次の動きに繋がる何らかの手掛かりでもないと動かないのでしょうね」
「そう……」
スノーホワイトはまだ、行動する段階ではない、ということか。
それはクロも同じはずだ。
さっきまで頭に血が上っていたせいか、なりふり構わない行動に出ようとしていたが、実際のところ、どう動いていいかわからないでいるのは同じだ。
「スノーホワイトさんをここに呼んで。みんなで打開策を考えましょう」
「……そうするしかなさそうね」
不機嫌な表情を隠そうとせず、クロはどすどすと足音を大きく立てながら上階にいるであろうスノーホワイトを呼びにいった。
「……小雪さん」
不意に、いろはが口をついた。
「貴女も落ち着きなさい、いろは。少し休んだら、私たちも行動せざるを得ないのだから。だから今は機を待ちましょう」
「はい……」
外は相変わらず激しい雨が降り続けて、その雨粒が窓ガラスをバチバチと叩く音が大きく響いていた。
* * *
豪雨が降り注ぐ、閑静な工業区跡地。
閑静なのは豪雨だけのせいではないだろうし、そもそももう人の手すら入っていない廃工場の群れしかない。
ほむらとなのははそんな場所に来たのは。
「……なのは、本当にその通信が来たのは間違いないのね」
「ほぼ100パーセントに近い確率で、あの子からのものです」
「あの子、ね……」
そんな風に他人行儀に呼ばなくてもわかるだろうに。
ほむらは胸中で独り言ちた。
こんな状況でなのはに用がある人物など、そんなの決まっている。
「説得の余地はあるの?」
「あります」
ぴしゃりと一言。
「受け入れられなかったら、何度でも繰り返します。何度も、何度でも。だから無いということはあり得ません」
いつしか豪雨は雷雨へと空模様を変えていた。
稲光が輝き、遠くで雷が落ちる音も響いている。
それに合わせるように、金色の光が人型をかたどって姿を現す。
「お待たせ、なのは」
「待っていたよ、フェイトちゃん」
黒いリボンでツインテールにした髪型、薄手の黒い装束、無骨な黒い斧状の武器。
その上からは白いフード付きの白いマント、翼の生えた塔を模した印章。
フェイト・テスタロッサだった。
ほむらが声をかける。
「貴女がマギウスの翼に所属する目的は知らない。だけど、私たちの前に現れたのはそれなりの理由があっての事なのでしょうね」
「黙って」
しかし、フェイトはぴしゃりと言うだけだ。
「フェイトちゃん、私たちは貴女とお話がしたいだけなんだよ」
「ごめん、なのは。それは聞けない」
「どうして?」
「私がマギウスの翼に入ったのは、マギウスの思想に感化されたからじゃない」
「じゃあ、なんで?」
「それは」
ブン、と黒い斧をなのはに向けて振るう。
「
「……あれだけ決戦場でコテンパンにされたのに?」
なのはが微笑を浮かべながら、わざとらしく悪い言葉を選んで挑発しているかのように言葉を紡いだ。
「そう。空戦機動でもバインドを使った小手先の手段でも、ましてや広域収束魔法でも、私が万全ならいくらでも挽回できる余地があった。それを確かめるために、今日まで時を待っていた」
「それが、マギウスの翼に所属してまで私を敵視していた理由だったんだね」
「そうだよ」
傍から聞いていたほむらがはあ、と嘆息する。
こんな馬鹿な話があるか。
これじゃただの駄々っ子の言い分と同じじゃないか。
「落ち着きなさい、フェイト・テスタロッサ。私たちは貴女と遊ぶためにマギウスの翼を調べているんじゃないのよ。勝負云々は後でゆっくりやればいいでしょう。今は事態の解決のために、貴女が知っている情報を――」
そこまで言って、なのはが前に出てほむらの言葉を制する。
「フェイトちゃんがそこまで言うなら、いいよ。いくらでも付き合う」
「なのは?」
「実際、あの時の決戦場はただの仮想空間。だからお互いの全力攻撃が出来たんだものね。出力に勝る私が勝てたのは、それが要因の一つだったのは否定しないよ」
だから――。
「もう一勝負しよう、フェイトちゃん。私が勝ったら、マギウスの翼の情報を教えてもらうよ」
「なのは……」
フェイトの斧が振り上げられ、その周囲を黄金の球電が浮かび上がる。
「ありがとう、なのは」
「どういたしまして。手加減は無しだからね」
「……うん!」
二人の空戦魔導師が空に舞う。
片方は白いトリコロールカラーの魔法少女。
もう片方は漆黒と黄金に彩られた魔法少女。
ほむらは呆れながらも、彼女らが空を舞う姿を見て。
綺麗だ――。
自然と、心の中でそう呟いた。
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