「状況を」
時空管理局所属の執務官クロノ・ハラオウンの言葉に応えるように、彼の前方にウィンドウが表示される。
『第97管理外世界に頻発して見られる魔法活動について』
そう名打たれたデータを基に現在の状況を把握する。
しかし。
「情報が足りなさすぎる……。管理局の私見、考察ではどうなっている?」
「ちょっと待ってね」
通信士エイミィ・リミエッタがコンソールに指を走らせる。
返ってくる返答は。
「ダメだね。こっちで把握している以上のことは無いみたい」
第97管理外世界、通称名、地球。
そのいち都市である神浜市にて魔法的現象が活発化して見られる。
活動内容の詳細、目的は不明。
つまり、アンノウンだ。
「八方塞がり、ということか」
「どうするの?」
クロノは思案する。
元々、この手の事件は次元間活動を意図的に行えない世界、すなわち管理外世界へ積極的に働きかけるには慎重を要する。
魔法という未知の現象を扱う以上、それらのノウハウがない世界に時空管理局が手を出すことはご法度に近いのだ。
ただし、管理外世界とはいえ、その内部で魔法的現象が行われているということは何かしらのバグがあることが多い。
事故か
どちらにしろ、事態の収拾には緊急を要するが迂闊に手を入れることは出来ない。
一介の執務官にとっては身に余る案件だ。
しかし、クロノの意思は揺るがない。
それっぽっちの理屈で彼の見据える正義はぐらつくことはないのだ。
「この手の事件に対して、僕達が切れる札は少ない。だけど打ってつけの人材がいる」
地球の事情に明るく、実力も併せ持った魔導師。
クロノはエイミィの横から、コンソールを操作した。
開かれたウィンドウの隣に、別室の内部を映し出した映像が表示される。
「なのは、フェイト。出撃の用意だ」
クロノが最も頼みとする、二人の少女にそう命じた。
* * *
「……俄かには信じがたい話ね」
夜中の水名神社の間に、少し冷えた夜風が吹き通る。
暁美ほむらは、その長い髪を風に任せるがままになびかせて、口をついた。
「私も同じです。初めて魔法のことを知った時も、私は同じ反応をしていたと思います」
高町なのはは丁寧な言葉で返すが、その真意を隠すことは無かった。
信じがたい話。
だからといって、それが存在しないという証明にはならない。
ほむらは眉間にしわを寄せて詰め寄る。
「私には時間が無いの。貴女の目的は何? 時空管理局とやらは何を望んでいるの?」
核心を探る心持ちで、答えを待った。
「この地球では、次元間における魔法の存在は秘匿されるべき事項だと判断しています。その為の物証としてグリーフシードを引き渡していただき、ほむらさんから事情を聞かせてもらいたいんです」
きっぱりと、なのはが応えた。
ほむらは、ふぅっと嘆息する。
「お話にならないわ。この件から手を引いて、諦めて帰って。時空管理局にはそう伝えるのね」
聞いて、なのはは顔を俯かせる。
しかしほむらは見逃さなかった。
俯く彼女が、口元に微笑をたたえていたのを。
「……今日はその答えで満足しました。ですが、近いうちにまたお会いすると思います」
くるりと、なのはがほむらに背を向けた。
「次はきっと、ほむらさんを納得させる言葉を用意できる。そう思いました」
「……貴女に私の何がわかると言うの」
「わかります」
なのはが顔だけ、ほむらに向き直って応えた。
「そんな眼をした、強い決意を持った子のことを、私は知っているから」
そう言って、今度こそなのははほむらの前から去っていった。
彼女の姿を見送って、ほむらは、ふぅっとまた一つ息を漏らす。
「……くだらない」
魔法少女の衣装を解き、制服姿に戻る。
「強い決意なんて、触れれば簡単に脆く崩れ去るもの……。そんなことは知っている」
ぐっと拳を握り、唇を噛んで。
「これが単なる自己満足だなんてこと、とっくに私はわかっているのだから……」
強がりだ。
ほむらはそう自分に言い聞かせるように独り言ちた。
頬を伝う一滴の雫。
それが悔し涙だということに気付いたとき、ほむらはどうしようもなく惨めなものを自分に刻み込まれた気がした。
* * *
時空管理局所属の嘱託魔導師フェイト・テスタロッサは神浜市を駆けずり回っている。
クロノからの特命を受け、神浜の魔女のデータを取得するためだ。
現地の魔法少女であるほむらとの折衝になのはを当て、その間隙を縫って活動するのが彼女の役目だ。
しかし。
「クロノ。魔女らしき反応を察知した。データを送るから、魔女の結界の詳細を送って」
『了解だ』
神浜の魔法少女はソウルジェムを持っている。
ソウルジェムには魔女の存在を探知できる機能がある。
しかしフェイトには魔女が作る結界を探知することが精々で、現地の魔法少女よりもどうしても挙動が遅くなってしまう。
神浜の魔法少女に対抗できるのは、持ち前のスピードくらいしかない。
データを送って数分、フェイトの元に時空管理局からすぐさま情報が送られてきた。
『遅くなった。結界の場所は割り出せた。直行して、魔女の撃破を最優先事項にして通信を頼む。最悪、グリーフシードは諦めても構わない』
「わかった」
送られてきたデータに従って、フェイトは魔女の結界へと文字通り疾風の速さで向かう。
だが、状況は悪くなっていることを理解した。
魔女の結界の反応。
その中に別の魔力反応を察知したからだ。
「結界内に魔力反応を探知。恐らく現地の魔法少女が既に侵入している可能性が高い。まずは接触して、共同戦線を築けるよう働きかけてみる」
『承知した。無理はするな』
魔女の結界の入り口を発見し、フェイトはそこへ飛び込んだ。
どろりとした空間。
周囲から体の節々へと異物が混入していく、気持ちの悪い感覚。
これが魔女の結界。
フェイトは一段と警戒度を高めて結界内を飛んだ。
魔女の使い魔と思しき群れが押し寄せてくる。
一匹一匹には大した脅威を感じない。
ただ群れが一斉にかかってくると、フェイトには荷が重い。
彼女の本領はスピードによるヒットエンドラン。
集団を一振りのデバイスだけで蹴散らすのは得手ではない。
「……くっ、魔女を前にかかずらっている暇は無いのに……!」
不意に。
空間が歪んだ。
「これは……!」
絵具をめちゃくちゃに塗りたくった景色が、崩れ去るのが眼に見えてわかった。
既に結界内に侵入していた魔法少女が、魔女を倒したのだ。
出遅れた……!
しかし、それはともかくクロノへ連絡しないと……。
「残念だったわね」
通信しようとするフェイトを射止めるように、横から話しかける少女の声が響いた。
ばっ、とそちらに体を振り向ける。
「
「あら、私を知っているのね。どこかで会ったことがあったかしら」
コツンコツンと、全体的に黄色い衣装を身に付けた魔法少女がフェイトへと近付いてくる。
ブーツにミニスカート。お腹周りをコルセットで絞って胸部を主張する装い。ベレー帽に頭飾り。
どことなくクラシカルな竜騎兵のような姿格好だ。
「貴女のお求めのモノも、これかしら」
言いながら手の平を胸元にかざして見せた。
グリーフシード。
黒く丸い塊をその手の平に乗せて見せ付ける。
「いいえ」
「違うのかしら」
「私の目的は貴女達、現地の魔法少女との協力。グリーフシードは欲しいけれど、それは主目的じゃない」
「そう、安心したわ」
ふう、と胸を撫で下ろすマミ。
フェイトは答えを与えるように自己紹介を始める。
「私はフェイト・テスタロッサ、時空管理局所属の嘱託魔導師です。目的は神浜市で頻発されている魔法現象の正体を調査すること」
対するマミもまた、優雅にスカートの端を摘まみながら自己紹介で返す。
「改めまして、私は巴マミ。元々、見滝原で活動しているけれど、今は別の目的があってこの神浜で魔女退治をしているわ」
敵対する意思は感じられない。
これなら同盟を組むことが出来るかもしれない。
特に神浜で活動している魔法少女とつながりを持つことは目的への前進に繋がる。
チャンスだ。
「なら話は早い。私と協力してもらえませんか? 今は少しでも、この神浜で起こっている事象について情報が欲しいんです」
しかし。
「ダメよ」
「……え?」
「呑み込みが悪いのね。神浜の魔女は手強いし、魔法少女活動に必須なグリーフシードを分け与えるだけの余裕はないの」
「グリーフシードの件は二の次です。ここは一旦、協力体制を築いていけば――」
「何度も言わせないで」
抗弁するフェイトを、マミはバッサリと切り捨てた。
「私は恐らく、貴女に正体を知られている。けれど私は貴女のことを知らない。時空管理局とやらが何を考えているかわからない以上、安易に同盟関係を築くことは出来ない」
「こちらこそ、わからないことだらけです。せめて情報の共有だけでもお願いしたい。同盟は無理でも、それだけでお互いに利はあるはず――」
「信用出来ない、と。そう言っているの」
言葉を重ねるごとに、マミからの威圧感が強まるのを感じる。
フェイトのうなじを冷や汗が伝った。
「これ以上は私達、見滝原の魔法少女の問題。それが理解できないのなら」
マミの手から黄色いリボンが伸びた。
それが即座に、長い棒へと形を変える。
その棒が、いわゆるマスケット銃だということに気付いたのは、銃口がフェイトに向けられてからだった。
「私と戦う羽目になるわよ」
「ッ……!」
どうする?
ここで争うのは得策ではない。
しかし今、逃げたとしても何の進展もない。
ならば……。
「……貴女がそれを望むのなら」
「覚悟は出来ている、ということね」
「私はいつだって本気です」
「そう」
マミの返事を合図に、黄色のリボンが網を張るように周囲へと広がった。
フェイトは直感する。
巴マミの結界だ。
恐らく、内部の出来事を周囲から遮断するための。
結界が展開すると同時、フェイトは戦闘行動に移行した。
フェイトの姿が掻き消える。
壁面、床 天井を蹴る音があらゆる所から聞こえた。
(縦横無尽に動いて攪乱する気ね……確かにスピード勝負なら私より分がある)
だけど、攻略法がないわけじゃない。
マミは周囲にいくつものマスケット銃を展開した。
それらを順繰りに手に取り、四方八方に乱射する。
一本撃てば、また一本。
それらを撃ち尽くせばまた十本と。
(さあ、貴女の標的はやたらめったら狙いもつけずに撃っているだけよ。そろそろチャンスだと、思わないかしら?)
射撃を続けながら、マミは移動する。
結界の隅へ、あたかも追い詰められたかのように見せ付けて。
瞬間、目の前の景色がぶれた。
――かかった!
マスケット銃を全て元のリボンへと解放。
目の前に迫ったフェイトの小柄な体躯目掛けてリボンが殺到する。
それら全てが、フェイトが持つ金色に光る大鎌によって切断された。
そして。
バチン、という音と共にマミの両腕が引き絞られる。
(拘束型のトラップ。入念なことね)
無防備になったマミに向かってフェイトが大鎌を叩きつけようと間近に迫って。
「――がッ!?」
フェイトの無防備な背後に向けて、マスケット銃の弾丸がいくつも着弾した。
背中と両手両足を撃ち抜いた。
クリーンヒットだ。
フェイトが後方を見やる。
さっき切り裂かれて背後に置き去りにされたリボンが、銃身を詰めたマスケット銃と化してフェイトを撃ち抜いたのだ。
マミの目の前にフェイトが倒れ伏す。
「傷は深くないはずよ。まだ続けるつもり?」
よろりと、傷付いた両手を支えにしてフェイトが上体を持ち上げる。
視線が交錯する。
未だ戦意は衰えず、か。
なら徹底的に叩くとしましょうか。
マミは両手を拘束された姿勢のままマスケット銃を生成する。
魔法のマスケット銃だ。
手を使わずともマミの自由意思のまま、浮遊、照準、射撃が可能。
拘束されようと攻撃手段に欠く、などという面倒なことはない。
(とはいえ、拘束されっぱなしじゃ身動き一つ取れないわね)
十数本、精製されたマスケット銃が浮遊し、フェイトの周囲に展開して銃口をフェイトに向けた。
「呆気ないけど、勝負はついたわよね? この拘束を解いてくれると嬉しいんだけど」
「くっ……!」
光る大鎌を支えに、フェイトがゆるりと立ち上がる。
戦意は衰えず、されど敵意は薄れているのが見えた。
怪我を負ったまま戦いを続けても無益と悟ったのだろう。
震える口で何か唱えるのが見えた。
フェイトの姿が光に覆われ、消え失せた。
同時、マミの両腕を拘束していたトラップもバチンと弾け飛ぶ。
「少しやり過ぎたかしら……? スピードと反応速度だけなら佐倉さん以上だったけれど」
特殊な訓練を積んできたのだろうことは、戦ってみてよくわかった。
だけど、実戦経験は少なかろうと感じたのも間違いではないはず。
あの様子では、神浜の魔女を相手にするには役者不足だ。
これに懲りて諦めてくれればありがたいのだけど。
「きっとそういう訳にはいかないでしょうね。諦めの悪そうな眼をしていたし」
拘束されて腫れた腕を撫でながら、そう独り言ちた。
時空管理局、か。
グリーフシードを求めていることはフェイトの言質から汲み取れた。
また、そのことに関して協力体制を築きたいとも。
だけど、その提案を即断即決するには情報が足りなさすぎる。
まだ時間が必要だ。
その為なら、とりあえず彼女を自由に泳がせた方が得策だろう。
コツン、とブーツを地面に鳴らして、マミはその場を後にした。
* * *
かくして魔法少女同士の戦いは幕を開いた。
互いに譲れないものを抱え、争いを生む彼女たちの行く末がどうなるのか。
今はまだ誰も知らない。
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