魔法少女≠魔法少女   作:12club

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第19話 魔法少女の閃光と雷光

 空中へ舞い上がった二人の魔法少女がぶつかり合う。

 片や、白い衣装に桃色の燐光を振り撒く少女。

 片や、黒い衣装に黄金の輝きを散りばめる少女。

 ぶつかり合い、光が弾けて離れ合って、さらに交錯して散った光がばら撒かれる。

 まるで天空に舞っては破裂する花火のよう。

 思わず、綺麗だと思ってしまったのは、彼女たちに対して無粋な思いだっただろうか。

 

 しかし、いや、でも、だからこそ。

 なのはがフェイトに押されているということが眼に見えて良くわかる。

 光が舞い散っているということは、なのはの得手ではない近接戦でフェイトの攻撃を弾いているからだ。

 なのはお得意の中遠距離からの射撃魔法を撃つ隙が見当たらない。

 勿論なのはもそれはわかっているだろう。

 フェイトから距離を取ろうともがいているが、それを彼女が許さない。

 必死に食らいつき、なのはの得意距離を光のようなスピードで潰している。

 なのはも逃走ルート上に設置型の拘束トラップを幾つも置いているが、それを通る瞬間、確かにトラップは起動している。

 しかしその端から、文字通り光速で突っ切るフェイトにトラップは全て空振り。

 スピード自体の地力が違い過ぎる。

 トラップも、なのは自身のスピードも、フェイトのスピードの前ではことごとく無駄に終わっている。

 必死で逃げるなのはに、それ以上のフェイトの速度が容易く追い付いて、黒塗りの斧が放つ黄金の光の刃がなのはの重砲と化したステッキに叩き付けられて。

 結果として、なのはが防戦一方の様相を呈している。

 

 そこまで分析して、ほむらは疑問符を上げざるを得なかった。

 

(これが本当に、巴マミが一蹴したという魔法少女の実力……?)

 

 確かにマミが強いのは周知の事実だ。

 だがそれにしたって、この反射の速さと芯のぶれない強さは異常だ。

 あまりにも隙が無さすぎる。

 目の前の戦闘の光景を見れば見るほど、マミとの戦闘結果が彼女の誇大妄想だったのでは、と疑ってしまうほどだ。

 

 ガキン、と、フェイトの武器がなのはの重砲を斬り上げた。

 無防備になったなのはの腹めがけてフェイトが蹴りを打ち込む。

 光速の蹴撃。

 なのはの体が一直線に地面へと吹き飛び、接触したアスファルトをめくれ上げながら二度、三度と叩き付けられる。

 

「なのは!」

 

 ほむらは思わず叫んだ。

 その声に一瞬も構うことなく、フェイトが地面に転がったなのはへと光速で突っ込んでいく。

 止めを刺す気――!?

 ほむらのその危惧に、予想に反してフェイトはなのはのバリアジャケットの首根っこを引っ掴んで、さらに空中へと飛び上がった。

 そのままなのはの体を。

 ブオン、と遠心力をつけて宙へと放り投げる。

 さらに追撃。

 止めを刺す暇すら与えるつもりもない、ということか――!

 なのはへと視線を移す。

 彼女の顔が、地面から見てもなぜかよくわかった。

 彼女はまだ諦めてはいない。

 

拘束(ロック)!」

 

 バチン、と、フェイトの動きが止まった一瞬を突いて、その両腕を光の輪が拘束する。

 ひらりと空中でバク転し、なのはが姿勢制御をして。

 重砲の矛先をフェイトに向けた。

 

「ディバイン――!」

 

 重ねてフェイトが呪文を口にする。

 

「――サンダー――!」

 

 一瞬の魔法の交錯。

 だが、なのはの方が一瞬速い。

 

「――バスターッ!」

「――レイィージッ!」

 

 稲光がフェイトに落ちた――いや、集まった。

 高圧縮された黄金の魔力がフェイトをバリアのように包み込み、中距離からのなのはの砲撃を真正面から受け止める。

 バリアに阻まれた砲撃が拡散し、弱体化して幾筋もの帯となり、辺りに散った。

 その内の数発が地面や廃工場に直撃し、爆発を巻き起こす。

 砲撃を無効化されたなのはは成す術もなく、フェイトが巻き起こした雷の嵐に晒される。

 

「きゃあぁぁぁっ!!」

 

 雷光に巻き込まれ、その場から逃れることも許されないままにダメージばかりを蓄積させていくなのは。

 

「なのはッ!」

 

 雷が治まり、なのはの体がゆらりと崩れ落ちた。

 地面に向かって無力な態勢のまま落ちていく。

 気を失ったか。

 

 ここまでの戦いの流れを見て、ほむらは確信した。

 フェイトの戦い方は確かに、特殊な訓練を受けたそれだ。

 しかし、それは対人戦、対魔法少女戦、対魔女戦。

 そのいずれかでもない。

 

 言うなれば『対高町なのは戦』

 

 そのためだけに彼女が練り上げてきた戦闘技術。

 

 バチン、とフェイトの手を塞いでいた拘束が千切れ飛ぶ。

 光の大鎌を構えて、さらにフェイトがなのはへと迫って――。

 

 ――カシャン。

 

 ほむらがなのはの前へと立ち塞がった。

 

 カシャン――。

 

 時間が動き出す。

 

「やめなさいッ!」

 

 大きく振りかぶったフェイトの手が止まることなく、勢いのままに大鎌が振るわれる。

 それをほむらは左腕に装着した円形盾で防ぎ、刃を絡め取った。

 

「勝負はついたわ。これ以上やるつもりなら私が相手をする」

「貴女はなのはがどれだけしつこいか、実感がない。ならこれ以上手出しが出来ないよう、徹底的に叩けるだけ叩く。それくらいの覚悟が貴女にはあるんですか?」

「なのはのしつこさは身を以て知っているつもりよ。その上でこちらからも言わせてもらう。貴女にとって、高町なのはへの勝利というのは何を意味するの?」

「……参った、と。それだけ言わせれば私はそれでいい。それさえ果たせれば、後は貴女たちの好きにしてもらって構わない。私の処遇も含めて、です」

「とんだ戦闘狂ね……。なのはから聞いた貴女の前評判では、本当は戦いを望まない心優しい子だと思ったのだけれど」

「買いかぶり過ぎです。私は私の目的のままに行動する。マギウスの翼も関係ない。ただ、あの組織にいられればこそ、私はなのはの敵でいられる。それだけです」

 

 ヒュン、と風を切る音と共にフェイトの姿が掻き消えた。

 廃工場の屋根に飛び移り、それを踏みしめる音を聞いて、初めてほむらはそれに気付く。

 

「また来ます。なのはが起きたら伝えておいてください。今回だけじゃない、何度でも、何度だろうと、貴女が屈服するまで私は貴女と戦い続ける、と」

 

 そう言って、フェイトの気配が今度こそ完全に周辺から消え去った。

 

 それを見届けて、ほむらはへたりと膝を折ってその場に座り込んだ。

 厄介な火種が残ったものだ。

 『参った』と言わせる?

 冗談じゃない。

 不撓不屈をそのまま形としたような彼女に限って、そんなことがあるはずがない。

 『また来る』?

 それこそ、酷い構ってちゃんだ。

 なのはが折れるか、彼女が折れるか、延々とそんなことを繰り返されては事件の解決などいつまで経っても夢のまた夢だ。

 

 焼け焦げてくすんだバリアジャケットを着たなのはを背負って、ほむらは工業区跡地を後にした。

 意識を失い、力なくくずおれた彼女の体は、想像していた以上に重くて。

 

 折からの豪雨は、やがて晴れる予感をはらんでいるかのように弱まっていた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「ごめん! 師匠、クロちゃん、スノーホワイトさん!」

 

 みかづき荘に戻ってきた魔法少女たち。

 その一人、由比鶴乃は開口一番、謝罪して頭を下げた。

 

「別に貴女たちのせいじゃないわ。鶴乃」

「そうです。油断していたのは私たちの方。傲慢にも、私さえいればあの子を守っておけるって思っていた私の責任」

 

 やちよとスノーホワイトが自戒するように、言葉を連ねた。

 

「大体、もう済んだことをぐちぐち言ってる段階じゃないでしょ。何か対策とか、この先の方針とか、そういう生産的な意見は無いわけ?」

 

 クロが口を尖らせながら言った。

 敵に先手を取らせたことに関して、さっきまでは檄していたが、今になってようやく苛立ちレベルまで落ち着いたようだ。

 

「対策については考える必要は無いと思うわ」

「へえ? それってどういうこと?」

「もうこの家も安全地帯じゃない。裏を返せばここにいようと外に出ようと危険の度合いは同じ、ってことね。逆に言えばむしろこの家で全員まとまっていれば一網打尽にされる恐れがある。ならむしろ分かれて外に分散していた方がまだ安全かも、ということ」

「各個撃破される恐れは考えてないわけ?」

「敵の手駒がいくつあるかは把握できないけど、それでも先の――スノーホワイトさんが言っていた森の音楽家クラムベリーみたいな手札がまだいくつもあるなら、私たちは既に全滅しているはず。生き残っているなら、まあそういうことね」

「泳がされてるだけかもよ?」

「それならそれでこっちも情報を収集する隙が与えられている、ということでもあるわね。現状、相手を出し抜くにはそうするしか手はなさそうだし」

「まあ、それは理屈じゃわかっちゃいるんだけどねぇ」

 

 やちよとクロの応酬を聞いていたいろはがおずおずと、手を上げた。

 

「あの、やちよさん。少しいいですか?」

「どうしたの、いろは」

「やちよさんも、他のみんなも、マギウスの翼についておかしいと思うところは無いんですか?」

「いろは……?」

 

 やちよが訝しげな表情になって、いろはの名前を呼ばわった。

 

「だって、マギウスの計画はもう既に頓挫したはずです。暴走したアリナ・グレイを、灯花ちゃん達が決死の特攻で止めて、私たちの手であの魔女を倒して、それで終わりだったはずです。なのになんで、まだマギウスの翼が存在していて、しかもみんなそれを誰も疑っていない……。これってすごく異常な事態だと思うんですけど」

 

 そのいろはの言葉を聞いて、他の魔法少女たちの顔がポカンとした。

 

「何言ってんだ、いろは?」

「そうですよ。現にマギウスの翼っていう人たちが悪さを考えているじゃないですか」

 

 フェリシアとさなの返事に、いろはは困ったように「え、え?」と声を上げる。

 

「……いろは、大丈夫? 疲れてない?」

「みんな、覚えてないの……?」

「覚えていないというより、そんな出来事、誰も知らないわ」

 

 やちよたちの反応に、やはり困惑気味の表情で黙りこくるいろは。

 そんな微妙な空気を断つように、スノーホワイトが顎に手をやる。

 

「……いろはさんとやちよさん達に認識の齟齬がある……?」

「えっと、その。多分、そういうことなんだと思いますけど……。でも、常識的に考えてそれっておかしいんじゃ……」

「いえ、多分いろはさんも、やちよさん達も、お互い何かを忘れさせられている。その齟齬にこそ、事件解決の鍵がある」

「事件解決の、鍵?」

「えぇ。ただし、それは私の主目的には関りの無いこと。これはいろはさん達が解決すべき問題だよ」

 

 どこか突き放すようなスノーホワイトの発言に、クロがムッと表情をしかめる。

 

「あんた、今になってまだ頭お花畑なこと考えてるんじゃないでしょうね」

「と言うと?」

「だってそうでしょ。これだけ事態が複雑に絡み合ってんのに、未だに全関係者の心の平安がーとか言い出すつもりなら、お花畑どころか頭空っぽじゃないの」

「貴女がそう言うのなら、私はそれを否定するつもりは無い」

「こいつ……!」

 

 犬歯を剥き出しにして詰め寄るクロに、スノーホワイトは物怖じせず。

 

「けれど事態が混迷を極めているということには同意。なら事態を一つずつ解決していけば、自ずと守りたいものもつまびらかになっていくはず。だから事件解決に関しては私も賛成するし、積極的とは言わないけどそれに手を貸すのもやぶさかではない。だけど」

「だけど?」

「その道が私の求めるものと一致しなくなったら話は別。そう言いたいだけだよ」

「あーもう、やっぱこいつ、胡散臭すぎて私は信用できないわ」

「信用なんて元からしてもらおうとは思っていないから。ただ付いてきてくれる人は付いてきて、ってお願いするだけ」

 

 そう言って、スノーホワイトは口を閉じた。

 また微妙な空気になりかけたところを、今度はやちよが口を開く。

 

「スノーホワイトさんの主義主張は置いておくとして、まず私たちがすべきことは魔法少女狩りである小雪さんを捜索すること。この点に関してだけ言えば今、ここにいる全員が共有できる目的ね」

「その後は引き続き転がされ続けるなり、手を切るなり好きにしろってことでしょ。ほんっと便利に扱ってくれること」

「クロエさんの気持ちはわからなくもないけど、少し落ち着きなさい」

 

 しかし散々に逆撫でされたクロは、ふんっと鼻を鳴らして。

 

「悪いけど、私は単独行動させてもらうわ。元よりそのつもりで今回の件に頭突っ込んでたわけだし。第一、イリヤ達の現況の方が心配だもの」

「好きにしたらいい」

「後で泣きついてこられても知らないからね、スノーホワイト」

 

 言って、クロは転身してリビングの窓からヒュン、とみかづき荘を跳び去っていった。

 やちよがふうっと溜め息をつく。

 

「クロエさんの反応ももっともよ、スノーホワイトさん。あまり自分の思いのままに言葉を使わない方がいいわ。元々みんな善意で貴女に協力してくれているのだから」

「不必要に深入りして痛い目に遭ってもらうのは不本意なだけです」

「それでも、よ。善意をないがしろにしていたら、いざという時に本当に誰も助けてくれなくなるわ。貴女だけじゃない、小雪さんの事も同様よ」

「……反省します」

「よろしい」

 

 一応、丸くは収まったのだろうか。

 いつの間にかどこからか運んできたのか、やちよがA4サイズの大きな本を広げた。

 神浜市全域の地図のようだ。

 

「まずはスノーホワイトさんが言った通り、私たちといろはの認識の齟齬について確認し合いましょう。それだけでも事態の進捗具合は広く把握できるはず。いろは、まずは貴女から説明してもらえる?」

「あ、はい。わかりました」

 

 いろはが少し躊躇しながら、たどたどしく話し始める。

 

「えっと……事の始まりは神浜市中に広がった『ウワサ』という現象なんですが」

「『ウワサ』という現象?」

「え、ええ? みんなもしかして、そこからなんですかぁ……?」

 

 いろはの説明は前途多難のようだ。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「ホントに大丈夫? ミユ」

 

 各所に白い鳥の羽をあしらった魔法少女姿のイリヤが、不安げな面持ちで美遊を見つめる。

 白いフード付きの白いマント。胸元には翼が生えた塔の印章。

 

「大丈夫。でも多分、全部を理解してくれる人はいないと思う。イリヤの出番はそれからだから、上手く誘導してみせる。第一……」

 

 こちらは青い蝶の意匠をあしらった魔法少女姿の美遊。

 同じく白いフードの付いた白いマントを羽織り、胸元に翼が生えた塔の印章を備えている。

 

「こっちが面従腹背なのはあの灯花っていう子も承知の上でしょう。ならここは派手に動いて、撹乱と陽動を装った方が都合がいい」

「ごめん、私が都合のいい我がままばっかり言ってるせいで……」

「そこがイリヤのいいところ。私はイリヤが正しいと思っていることなら何だって賛成するし、間違っていると思ったら引っぱたいてでも考え直してもらうから」

「ミユの気持ちがたまに重いわ……」

 

 たはは、と乾いた笑みを浮かべるイリヤを美遊が見つめる。

 彼女は笑いこそしなかったが、決然とイリヤの眼を見つめ続けて。

 

「じゃ、行ってくる」

「うん、クロのこともよろしくね」

 

 イリヤの言葉に、美遊はコクンと頷いた。

 トン、と地面を蹴って、空中を蹴り上げながら、美遊は姿を消す。

 

 それと入れ替わるかのように、背後の林からガサガサと物音がした。

 心臓を鷲掴みにされた心地で凍り付くイリヤ。

 まさか、今の話を聞かれた――!?

 

 いや。

 

「貴女は……キョウコさん!?」

「……なんだ、どこのおチビちゃんかと思ったらこないだの魔法少女か」

 

 ゴホゴホと杏子が激しく咳き込む。

 ただの咳じゃない。

 その口からは多量の血が混じっている。

 彼女が抑えている腹部からはとめどなく血が流れ続けていた。

 

「ど、どうしよう、私じゃ治癒能力とかわからないし……、ルビー、何とかならないの?」

「何とか、と言われましてもねぇ。私の役割はあくまでマスターのバックアップとサポートだけですから。イリヤさんに出来ないことは私単独じゃどうしようもないですよ」

 

 しかし、杏子はふんっと鼻で笑った。

 

「このくらいの傷、魔法少女にとっちゃ日常茶飯事だよ。普通の人間と比べりゃ止血も傷の治りもよっぽど早く済むさ。今回はちょっと深手を負っちまったってだけで」

「でも……」

「気にすんな。もう内臓系の応急処置は済んでるし、後はほっときゃ勝手に治る。それまでしばらく休ませてもらうよ」

「あ、はい……」

 

 生返事だけを返して、後背の建物へと去っていく杏子をただ、見送るしかなかった。

 

 あんな傷を負ってまで、彼女のしたい事とは一体何なのか。

 想像だに出来ない世界の広さを実感する。

 でも。

 

「もう、あんな傷を負う人たちが出ないようにするのが私がここにいる本当の意味なんだ……」

「イリヤさん、あんまりシリアスしてると額にしわが寄っちゃいますよー。あっちの人にはあっちの事情があるんですから、ある程度は妥協しましょうよー」

「そうもいかないよ。それなら初めから、私がこの町にいる意味がなくなっちゃう」

「まあルビーちゃんもイリヤさんのそんなとこは嫌いじゃないですけどねぇ。おっと」

「なに?」

「別のお客さんです」

「え?」

 

 反応したのも束の間、イリヤの真上を黒い影が差した。

 

「貴女は……?」

「あ、そのえーっとですね」

 

 言い淀んでいるイリヤをよそに、ルビーがピコンと躍り出た。

 

「はーい、こちらは私のマスターのイリヤさんでーす。この度、灯花さんの紹介で新しく白羽根の一員として仲間になりました。今後ともヨロシク、でーす♪」

「新しい仲間……」

 

 地面に降り立ち、つかつかと近寄ってくる。

 年は自分よりも少し下くらいだろうか。

 しかし彼女の発する圧は自分とは段違いだ。

 

「私はフェイト・テスタロッサ」

「え、っと。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。イリヤって呼んでください」

「そう。じゃあよろしく、イリヤ」

 

 それだけ言って、イリヤの事などもう眼中にないと言わんばかりに通り過ぎていく。

 その姿が見えなくなって、どっと冷や汗が噴き出てくる。

 

「うむむ……。流石、魔法少女パワー十万倍くらいの威圧感。気圧されるのも無理はありませんね」

「そうなんだ……ちなみに、そのパワーの基準ってなに?」

「イリヤさん十万人分ってことです」

「……私、ここで無事にやってけるかな」

「さっき決意表明したばっかりじゃないですかー。ルビーちゃんも応援してるんですから、しっかり頼みますよイリヤさーん」

 

 はあ、とようやく安堵のため息をついて、本当にこれから無事でいられるのか、早くも暗礁に乗り上げた心地でイリヤは嘆息した。

 

 

 

 建物の地下区画。

 そのディスプレイを覗いていた灯花は満足そうに足をプラプラさせていた。

 

「佐倉杏子は案外お遅いお帰りだったけど、フェイトもちゃんと帰って来たわね。感心感心」

「確かに、佐倉杏子はもうおしまいかと思っていましたが、フェイト・テスタロッサが帰ってきたのは意外でしたね」

 

 灯花の傍に侍っていたクラムベリーが、これまた驚きと喜びを胸中で打ち震わせながら追従した。

 

「何か気の迷いでもあったのですかね。もしくはまだマギウスの翼にいるだけの意味を見出したか」

「もー、そういう個人の事情はどうでもいいんだってば」

「そうでしたね」

「音楽家にはまだ役目があるんだからね。期待を裏切らないようにしてよ」

「承知していますよ」

 

 言って、クラムベリーは大きな袋を持ち上げた。

 その中の一つを取り出す。

 中身は、ソウルジェムの瘴気を吸い過ぎたグリーフシード。その山。

 すなわち、孵化寸前のグリーフシード達だ。

 

「これからそのちっぽけな絶望の塊たちが、火の粉を上げて燃え上がるんだから。そうすれば円環の理も何かしらの動きを見せるはず。これが成功すれば計画は最終段階を迎えるわ」

「果たしてそう上手くいきますかね?」

「上手くいかなかったらこの神浜が火の海になるだけ。実験は失敗。だからここから先は眼が離せないんだから」

「成功を祈っていますよ。貴女の計画ならそんな心配は杞憂でしょうが」

「そうそう、信じて待つだけだよ、後は。くふふっ」

 

 灯花は心底、嬉しそうな表情を浮かべて薄く笑んだ声を上げる。

 

「さあて、今回の実験で次はどう動くかにゃ? 環いろは」

 

 

 

 午後6時を越えて、時刻は夕方から夜へと移る。

 神浜市の命運はカウントダウンを迎えていた。




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