魔法少女≠魔法少女   作:12club

22 / 38
第21話 魔法少女と森の音楽家クラムベリー

 午後7時半を回り、静寂が中心から外縁へと広がるように波打った。

 警察車両や救急車両が神浜市中を駆けずり回り、被害に遭った場所や被害者の救護、もしくはその遺体の隔離。

 その事態は目的不明の謎のテロ被害という形で幕を閉じる。

 僅か一時間ほどの間に起きた狂乱だった。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「いったぁーっ……」

 

 打った頭を抱えながら、さやかが身を起こす。

 意識が半分近く朦朧としていたが、体に別状はないらしい。

 もっとも大抵の怪我なら、彼女は意識せずとも簡単に回復できるのだが。

 

「大丈夫? 美樹さん」

「この通り、なんとかってとこです……」

 

 既に目を覚ましていたらしいマミの声に、さやかはそう応えた。

 

「ここは?」

 

 言いながら、周囲を見回す。

 そこは、言ってみれば暗闇の迷宮。

 壁は黒い霧がかかって靄のように立ち並び、自分が立っている場所以外は上下左右、見回しても同じような黒い迷宮が広がっている。

 ✕軸もY軸もZ軸も無茶苦茶に混ざり合った、けばけばしく毒々しい黒い沼の迷路。

 二人がいるのはそんな場所だった。

 

「御覧の通りね。さっきの魔法少女たちは孵化し掛けのグリーフシードを携帯していた。それらが一斉に孵化して、その際に融合したのがこの迷路のような結界。そういうことじゃないかしら」

「この中から魔女を探し出してやっつけろってわけですか。滅入るなー」

「結界の外がどんな状態になっているかもわからない。急いでこの中にいる魔女を倒すか、あるいは抜け出す方法だけでも見つけないと……」

「……そうですねぇ」

 

 言葉は濁していたが、さやかだけでなくマミにとってもこの事態が八方塞がりであることを言外に伝えている。

 と。

 

「おっ、先客じゃね?」

「あーっ、ホントだ。助かったね」

「待ってくださいー、鶴乃さん、フェリシアさんー」

 

 通路の後ろから――前かもしれないが――三人の少女の声が聞こえた。

 マミ達を見つけて声を上げたようで、二人もその少女たちに応えるように顔を向ける。

 

「貴女たちの姿……。魔法少女みたいね」

 

 マミの言葉に三人の少女が頷いた。

 緑色の魔法少女がだいぶ疲れた様子で、肩で息をしている。

 

「私たち、みかづき荘の魔法少女チームです。貴女たちもどこかの魔法少女?」

「初めまして、見滝原から来た魔法少女よ。ちょっと事情があって私たちのチームは分断されているけど」

「ってことは、私たちと似たような境遇ってことですねー。私たちはここの魔女を退治するよう任されて来たんだけど」

 

 そこまで聞いて、さやかは「ん?」と疑問符を上げて。

 答えに行き着いてハッとした。

 

「みかづき荘? それってさっきあたし達が魔法少女狩りを訪ねた家の名前じゃないですか、マミさん?」

「あら、そう言えばそうね」

「いやいや、そんな呑気な……。この人たちがここにいるってことは、もしかして魔法少女狩りの人もここに?」

 

 さやかの言葉に、三人が顔を見合わせて。

 三人揃って首を横に振った。

 

「その辺はオレ達も詳しくねえんだけどさー」

「あんまりそういうことする相手じゃなさそうだったよね。なんて言うか、もっと搦め手を使ってきそうな感じで」

「結局、私たち全員振り回されてばっかりで、その隙に魔法少女狩りの人もさらわれちゃったんです」

 

 そう言う三人の言葉を聞いて、マミはふむ、と顎に手を当てた。

 表立って敵対しているわけではないし、かといって全面的に信頼し合っている仲というわけでもなかったが、少なくとも噓を言っているようには見えない。

 ここで無闇に疑っていても事態が進展しないのは確かだ。

 

「いいでしょう。私たちは貴女たちのことを信じるわ。多分、目的は一緒でしょうし」

「大丈夫ですか、マミさん?」

「初対面とはいえ、同じ魔法少女仲間よ。簡単に信用出来なくとも、力を合わせるためなら疑う必要は無いわ」

 

 そんなマミとさやかの言い分に、小さな魔法少女――フェリシアが反発する。

 

「おいおいオメーら。こっちは状況説明してやってるってのに、そっちからは何も無しかよ。そんなんで同盟組もうなんてどの口が――ふぎゅっ!」

 

 フェリシアの真上に、少女が落ちてきた。

 こんな方向も方角も無茶苦茶な認識の上で、落ちてきた、という表現が正しいとは言い難かったが。

 

「あいたたた……」

「大丈夫? クロ」

「平気平気、ちょうどいいクッション踏んだみたいで」

 

 ふわりと降り立つ青い蝶の羽をあしらった魔法少女。

 フェリシアの真上に落ちてきたのは、褐色の魔法少女。

 

「――って、ア、アンタ達! さっきみかづき荘に殴り込みに来た魔法少女の一味!」

 

 クロがマミ達に視線を向けると同時、二人を指差していきなり糾弾する。

 マミがはぁっと溜め息をついて。

 

「また貴女なのね。こう何度も予想外の出来事の上で会うなんて、接し方を改めなければならないわ」

「ふん、いい加減こっちだってケリを着けないとって思ってたところよ。どっちが上座に着くのが相応しいか、思い知らせて――って、んぎゃ!?」

 

 息巻くクロの真上から、また誰かが落ちてきた。

 さらに潰れたフェリシアが「ふぐぅ」と呻き声を上げる。

 クロの背中を踏み抜いたのは、長い黒髪をたなびかせて優雅に降り立つ少女。

 そしてもう一人、白いトリコロールカラーの衣装に身を包んだ少女も。

 

「暁美さん!?」

 

 マミが驚きの声を上げた。

 ほむらが応える。

 

「巴マミ? 貴女たちがここにいるということは……」

「ええ」

 

 マミは頷いた。

 

「どうやら私たち、結界に巻き込まれた者はみんなここに呼び集められたみたいね」

「あの量産型魔法少女の仕業ってわけね。巴マミ、まどかとなぎさは?」

「外を任せるために置いてきたわ。暁美さん、貴女たちの状況はどうだったの?」

「私たちは……」

 

 言い淀む。

 この場面で言っていいものだろうか。

 今ここでマミの心境を揺るがすようなマネをするのは避けたかったが。

 いや、今言わずしてもいつか言うことにはなるのだ。

 

「……あまりよろしくない事態だわ。単刀直入に言う」

「暁美さん?」

 

 ほむらが俯きがちに応える。

 

「佐倉杏子がマギウスの翼側に回ったわ。多分、本心から」

 

 しん、と場が静まる。

 マミが俯き、さやかの表情が震える。

 が、ほむらにとっては少し予想外の反応に思えた。

 

「巴マミに美樹さやか、貴女たち、もしかして既に知っていたの?」

「ええ。人伝だけれどもね」

「人伝?」

「佐倉さんに攻撃されたという魔法少女から聞いていたわ。マギウスのマントを身に付けていたところまで確認している」

「……そう」

 

 ほむらもまた俯いた。

 情報は共有出来たものの、かといって状況が好転したわけではない。

 

「……どうやらお互い、思った以上に状況が錯綜しているみたいね。一度、ここにいる皆で情報交換をしましょう」

「そうですね……。ところで」

「どうしたの、なのは?」

「いえ、その。ほむらさん、踏んでます」

「あら」

 

 最下段でもがきながら、フェリシアが。

 

「いーからさっさとオメーら、オレの上からどけぇーッ!!」

 

 やけくそ気味な声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 はっ……、はっ……!

 

 スノーホワイトが息をつく。

 既にクラムベリーは彼女の前から姿を消していた。

 

 戦闘開始当初は真正面から打ち合い、心の声を聞く魔法を駆使して先の先を見切り主導権を握っていたが、それを不利と悟ったクラムベリーがまず最初に取った戦法は、姿を消す事だった。

 クラムベリーと斬り結びながら戦況を有利な方向で進めていたはずが、いつの間にか森の深い箇所へと誘い込まれていた。

 そしてあっさりと、クラムベリーはスノーホワイトの前から姿を消した。

 ならばと魔法で後の先を取る戦法に移し替えてから、一気に旗色が悪くなった。

 

 がさり、と背後の梢が音を立てる。

 反射的にスノーホワイトはそちらへと振り向き、ルーラを振りかざす。

 その瞬間、心の声は全く反対の方向から聞こえてくる。

 その声に従うままに一気に腰を落とすと、たった今、スノーホワイトが立っていた頭部を刈り取るような鋭い蹴撃が襲った。

 スピードに抗しきれず、こめかみの部分を深く掠める。

 ――かわされた。

 そう心の声が聞こえた直後には、再びクラムベリーは梢の奥へと気配を遠ざけていく。

 

 ここは狩場だ。

 森の音楽家クラムベリーという名前の狼の縄張りだ。

 狩っていたつもりが、いつの間にか狩られる側に回らされている。

 そしてその狼は姿を千変万化させる。

 音を操る魔法を駆使して、気配を変化させながら少しずつ獲物を消耗させていく。

 

「どうしました、スノーホワイト。この程度ではないでしょう」

 

 声が響く。

 方向がどう、というレベルではない。

 まるでミュージアムの音楽ホールが拡声機越しにホール中へ音を響き渡らせるがごとく、あらゆる場所から声が響いてくる。

 

「貴女が練り上げた戦闘レベルに関しては正直、私も侮っていました。魔法を使っていることを抜きにしても、舌を巻くほどです」

 

 がさりと音が聞こえた。

 信用するな、罠だ。

 そう思った瞬間、今度は真正面からクラムベリーの姿が貫き手と共に現れる。

 咄嗟に体を横に捻るが、避け切れない。

 手刀が肩を抉った。

 岩をも砕く槍の一撃のごとき手刀が目の前を高速で通り過ぎると共に、再びクラムベリーが姿を消した。

 

「認めましょう、貴女は強い。強く、戦う魔法少女です」

 

 声が響くと同時、今度は全方位から激しい音が響く。

 バリバリと草木を根こそぎ刈り取るような音、べきべきと木立を力任せに叩き折る音。

 どの方向から攻撃してくるか悟らせないための策か――。

 心の声が聞こえた。

 上空。

 しかも極めてほど近く。

 反射的に空中へと眼を走らせ、さらにルーラを構えて襲撃に備える。

 避けられる距離ではない、そう判断しての行動だったが。

 クラムベリーの姿が真上に映った。

 

「しかし」

 

 思った瞬間、僅かに彼女の姿がぶれる。

 気が付いた時には、彼女はスノーホワイトの真正面に着地していた。

 フェイント――!

 修正できる間合いではない。

 直撃を免れようと体を横倒しに転がすと同時、クラムベリーが片腕を鞭のようにしならせて。

 回避が間に合わない――!

 クラムベリーの腕がスノーホワイトの脇腹を痛烈に殴打した。

 勢いに任せるがまま吹き飛び、梢を圧潰させて木立を叩き折って、そびえ立つ岩肌に叩き付けられる。

 スノーホワイトの口から、カハッと荒い呼吸が漏れた。

 気道が無理矢理に押し潰され、一瞬呼吸が止まる。

 ダメージはそれだけではない。

 殴打された横腹の骨は石を割るように砕かれ、岩壁に叩き付けられた衝撃は全身をバラバラにするかのような錯覚を起こさせた。

 

「貴女にはまだ狩られる獲物の感覚が無い。それは戦いにおいて何よりも大切な、危機感の欠如に他ならない」

 

 目の前からクラムベリーの声が聞こえる。

 ルーラを杖代わりに体を支えながら正面を見やれば、勝ち誇った彼女が微笑を浮かべているのが見えた。

 細く開いた眼からはどんな感情が芽生えているのかまではわからなかったが、目の前の獲物を解体する楽しみに打ち震えている、というところまでは理解できた。

 呼吸荒く、ぜえぜえと何とか息を整えようとするが、思った以上に体が動かない。

 意識が朦朧としている。

 それでもなんとか、視線だけはクラムベリーを捉えて離すまいと、スノーホワイトは彼女の眼を睨み返した。

 

「さて、戦術講義はこの辺りまでにしておきましょう。何か言い残すことは?」

 

 クラムベリーが指を絡めて伸ばして、パキリポキリと鳴らす。

 無造作に足を踏みしめて、スノーホワイトへ近付いてくる。

 

「……貴女との戦闘経験、ありがたく受け取っておく」

「どういたしまして。二度と生かされることのない経験でしょうが」

「そうかもね……。でもいいことを教えてあげる」

「……ほう?」

 

 スノーホワイトが腰に下げた袋に手を入れた。

 すかさず取り出して、ピンを外す。

 

「日本の諺にはね、窮鼠猫を嚙むっていう言葉があるんだよ……!」

 

 ピンが外された手榴弾をヒュっと、クラムベリーに向けて投げ放った。

 カッと手榴弾が光を放ち、轟音を撒き散らす。

 閃光音響弾。

 暴徒鎮圧目的の非致死性兵器。

 魔法少女を殺害するにはあまりにも足りず、頼りない武器ではあったが。

 それでも、一瞬だけクラムベリーの眼と耳を封じるには十分な効果を発揮した。

 クラムベリーの心の声が、一瞬驚愕に満ちた。

 視界を塗り潰され、音の支配を失い、恐慌状態に陥る。

 スノーホワイトは眼を瞑った。

 視覚にも聴覚にも頼らない。

 ただ心の声が聞こえるままに。

 吸い込まれるように心の声の中心へと、ルーラを突き入れる。

 スノーホワイトの頭上に、熱い液体が降り注いだ。

 視界が戻る。

 蘇った光景にまず映ったのは、喉を真っ直ぐに槍で貫かれたクラムベリーの姿だった。

 

「……ッ、こ……のッ……!!」

 

 喉と口から真っ赤な血を吹き出しながら、それでもなおクラムベリーは貫き手の手刀でスノーホワイトの心臓を狙って突き出す。

 

「ッかぁぁぁッ!!」

「クラムベリィーーッ!!」

 

 手刀がスノーホワイトの左胸をかすっていく。

 不発だ。

 スノーホワイトはクラムベリーの首を貫くルーラを大きく横に薙いだ。

 クラムベリーの頭部が、胴体と切り離されてあらぬ方向へと飛んでいく。

 膝を突き、その場に倒れ伏すクラムベリーの胴体。

 それに折り重なるように、スノーホワイトも膝を突き、その場に倒れ伏す。

 

「はぁッ……、はぁッ……!」

 

 勝った。

 自分はクラムベリーに打ち勝ったのだ。

 達成感が無いとは言わない。

 心が穏やかならぬものに満たされていくのを自覚する。

 

「はぁ……こ、ゆき……!」

 

 腕が動かない。

 骨が砕けたのを無理に動かしたせいか、動かそうとするだけで激痛が走り、これ以上動かせる気がしない。

 肋骨も何本かイっている。

 体が起き上がらない。

 さっきまでは戦闘の影響か、エンドルフィンなどの脳内麻薬が激しく分泌していたらしく、痛みにも全く頓着しなかったが。

 

 痛い。

 痛くて辛くて、動きたくない。

 しかしそうはいかない。

 今ここでこうしている間にも、小雪がどんな不安に襲われているかわからない。

 行かなくては……!

 

 その決意だけを抱いて。

 スノーホワイトは激痛に苛まれるまま、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 廃屋の付近。

 人はただの廃墟だと思うかもしれない。

 この建物の地下がマギウスの翼の本拠地であることを知る者は、ほとんどいない。

 

「ミユ……、クロ……。大丈夫かな」

「どうしたの」

「わひゃあッ!?」

 

 イリヤの背後から、急に声が掛けられて思い切り裏返った驚きの声を上げてしまった。

 

「ふぇ、フェイトさん……」

「心配な人がいるんだね」

「あ、う、うん」

 

 しどろもどろになりながらイリヤは応えるが、フェイトは深く追及はしなかった。

 

「フェイトさんはどうしてここに?」

「さあ」

「さあ、って……」

「答えはあの人たちに聞いたら」

「え?」

 

 フェイトは後ろを向かないまま、イリヤを促す。

 そこには。

 

「あら、イリヤスフィールにフェイト・テスタロッサ。準備はバッチリ?」

 

 灯花がいた。

 自然、イリヤと彼女の視線が合って。

 イリヤはゾッとする、恐怖と言ってもいい感覚を覚えた。

 

「トウカ……?」

「げんなりした顔ね。あんまり辛そうな顔はしない方がいいよ。責任はぜーんぶわたくしが取るんだから」

「責任を取ればいいってものじゃないでしょ」

「じゃあ貴女は誰の意志で何をすればいいか、答えが出せるのかにゃ?」

「それは……」

 

 言いごもる。

 

「わたくし達は今から計画の最終段階に移行するの。貴女たちもしっかり彼女を守ってくれないとね」

「彼女?」

 

 言って、灯花の背後に立つ人物に視線を向けた。

 

「コユキ……さん?」

「そ、魔法少女狩りであって、この計画の最後に必要な魔法少女。これから彼女をとある場所に連れて行かなければならないの」

「それが貴女の言う、神浜市中の魔法少女を救うことに繋がるっていうこと?」

「そうそう。町に多少の被害は出たみたいだけど、無事に魔女結界は完成した。後は彼女をそこに連れていけば、きっと計画は成功する」

「……やっぱり私にはよくわからない。町に魔法少女を放って、無関係な人たちを苦しめて、それで魔法少女が救われるなんて言われても、何の説得力もないよ」

「説得力とかはどうでもいいの、結果が全てなんだから。貴女もそれがわかっていたからマギウスの翼に入ったんでしょ?」

 

 相変わらず飄々と語る灯花に、イリヤは唇を噛み締めて。

 

「わからないよ。貴女の言っていること、何もかも全部わからない。わからないからミユは飛び出していったはずだし、でも私にだってみんな助けられると思ってここにいる」

「その理屈こそわからないわ。貴女には貴女が大事だと思うもの、全部守り切れると思っているの? 思っていないでしょ? だからここにいるんでしょ?」

「違う!」

 

 叫んだ。

 イリヤの心は定まっている。

 

「私はまだ信じてる。私の仲間たち、彼女たちに関わる人たち、それは貴女にだって同じことだから!」

「わたくしの事?」

「貴女がどんな闇を背負っているのか、詳しいことはまだ良くわからないよ。でも貴女は一人で途方もないことを抱えていて、それが貴女を蝕んでいるのだとしたら。きっとまだ間に合う。私はそれを救うまでは、絶対に諦めない!」

「幼稚な感情論だねぇ」

 

 パッと日傘を開いて、クルリとその場で回るように踊る灯花。

 イリヤの叫びに、からかうような態度を崩さないままに続ける。

 

「いつか叶うといいね。わたくしを含めて救える誰かが見つかれば。そんな優しい貴女のこと、わたくしは期待しているよ?」

 

 それでも、だけど。

 もう必要な犠牲は出し尽くしたんじゃないのか。

 まだまだ罪の無い人々を釜にくべ足りないのか。

 それを考えて思い知る。

 諦めない。

 イリヤにとって、まだ彼女が救える誰かがいるのなら。

 それはきっと、彼女の後ろに立つ姫河小雪もその中の一人なのだ、と。

 

 無言のまま――いや、無心のままに、灯花の後ろをついていく小雪の姿を見送りながら、イリヤは己が成すべきことを心に刻み込む。

 まだだ。

 イリヤはまだ、灯花も、小雪も、誰もかもを救えていない。

 だからこそ、イリヤはまだここにいなければならない。

 

 

 

 日が暮れて幾ばくかの時を経て。

 一人の魔女の物語が幕を開けようとしていた。




 感想、評価を頂けたらすごく嬉しいです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。