「……はにゃ?」
神浜市の郊外の公園。
灯花が妙な声を上げた。
「どうしたの、トウカ?」
「誰かがあの結界を破ったみたい。信じらんない、総動員したカラミティ・メアリに持たせるだけ持たせたグリーフシードを孵化させて形成した、特注の魔女結界だったのに。一体どんな不正行為を働いたのかしら」
「それはお気の毒さまだったね」
内心、イリヤは「ざまあみろ」と思いながら灯花を見ていたが、取り立てて灯花が慌てている様子は無かった。
計画と違う、計算違いだ。
そんな気配は伝わってきたが、灯花はあっけらかんとした態度を崩さない。
イリヤはそんな彼女を怪訝に思い、問いを続ける。
「それで、今のその出来事で、トウカが困ることはあったの?」
「勿論あるわ。各地に散らばっていた魔法少女たちが一堂に会してしまったこと。これは計画に対して大きな不安要素になる。計画の頓挫……ってほどではないけど、相手に一手を許した形になってしまった」
「その計画とやらを取りやめる気は無いの?」
「ないない、もうここまで来たら相手がどんな思惑を持っていようと手遅れなんだから。計画の遂行自体に支障は全く無いんだよ」
「だったらその計画とやらを、もう少し詳しく教えてよ……」
「そのためにイリヤスフィールがもっと協力的になってくれたら考えなくもないよ? イリヤスフィールはわたくしも助けたいんだよね? だったらわたくしの計画にもうちょっと協力してくれてもいいんじゃない?」
「その計画の必要性を感じられないから、私は貴女に協力しようが無いんだってば」
「だったら私がイリヤスフィールの代わりに考えてあげる。計画もわたくしが遂行する。それでわたくしも万々歳。それで良くない?」
「……どこまでも自分本位なんだから。トウカはもっと他人に協調する気持ちを持った方がいいと思う」
「わたくし一人で十分、遂行可能な計画なんだから、他の人に歩調を合わせる必要が無いだけだよ。無駄は省いて、無意味は少なく、無価値は避ける。本来ならイリヤスフィールの協力も要らないんだよ。それにね」
「それに?」
灯花が初めて、自分の意見をつまびらかにしようとしている。
そんな気配をイリヤは感じ取った。
「ここまで来てくれたみんなに黙ったまま計画を達成しようとするのは流石に無理。だから計画の説明くらいはしてあげる。イリヤスフィールもそれが望みだったんだよね? 感謝してよね」
皮肉な物言いに、イリヤは心の内側でくすぶる感情を抑え付ける。
灯花は目の前で仰向けに眠っているスノーホワイトの前に歩み寄り、屈んでその様子を窺う。
視線はそのままに、灯花は目の前のベンチに座るパジャマ姿の魔法少女ねむりんに声をかける。
「このスノーホワイトはもう起きられるの?」
「問題は無いよ~。目立った傷は全部修復したし、脈拍もフラット。ただ眠っているだけだね~」
「そっか、それじゃ」
灯花はスノーホワイトの頭を思いきり蹴飛ばした。
「ちょっ……!」
イリヤが止めようと手を伸ばすが、灯花の暴行は止まらない。
何度も蹴りを受けるうちに、スノーホワイトが意識を覚醒させていく。
それを確認して、ようやく灯花は動きを止めた。
「痛……ッ。……ここは」
よろよろと体を起こすスノーホワイト。
状況を把握できていないのか、彼女は呆然と灯花を見つめた。
「おはよう、スノーホワイト」
「……貴女は」
「里見灯花。そう言えば貴女にはわかるのかしら?」
「……マギウスの翼の代表者、といったところかな」
「大、正、解ー」
日傘を差して、くるりとその場を回る灯花。
「……ねむりんに一体何の用?」
スノーホワイトは警戒心を隠さず、灯花に視線を交錯させて問うた。
「わたくしはね。いい加減、こんなバカ騒ぎを続けるつもりは無いの。魔法少女同士が一方で手を組み、魔法少女同士が争い合い、すれ違いを続ける。そんな状況に終止符を打ちに来たんだよ」
「……それが、貴女が小雪をさらって、ここに連れてきた理由なんだね」
「あら、わかっちゃう?」
灯花のからかうような物言いを無視して、スノーホワイトは灯花の後ろに立つイリヤと姫河小雪に眼を向けた。
「小雪、わかる? スノーホワイトだよ。もうこんな人たちと一緒にいる必要はない。私と一緒に、みかづき荘に帰ろう」
しかし。
「い、いや……ッ!」
小雪は傍目にもわかるように、怯え竦んだ姿をスノーホワイトに向けた。
灯花がやれやれと肩をすくめて付け加える。
「そうだよ、姫河小雪。この人はスノーホワイト。ついさっき音楽家をその手で殺した、貴女にとっての救世主、スノーホワイトその人だよ」
そうか。
わざわざスノーホワイトを小雪に会わせた理由がこれか。
イリヤは直感的に、口を開く。
「誤解しないでコユキさん! スノーホワイトさんは貴女のためを思って、いつも行動していた! 怖がらなくていいんだよ!」
小雪が掴んでいた、イリヤの手を振りほどくように弾いて。
「いや……いやぁッ!!」
叫んだ。
小雪の体から黒い霧が膨れ上がる。
霧は集まったと同時、人型へと形を変えていく。
黒い霧が晴れる。
そこから現れたのは二人の魔法少女。
竜の騎士ラ・ピュセルとゴスロリの人形ハードゴア・アリスだった。
灯花が嫌らしい表情で「くふふっ」と含み笑いを上げる。
「まさかねむりん、これは反則だとは言わないよね? 姫河小雪にも、助けを呼ぶ権利はあるし、邪魔者を片付ける権利だってあるものね?」
聞いてか聞かないでか、ねむりんはくあぁーっと大欠伸を上げた。
しょぼつく眼をこすりながら、応える。
「その辺はもうそっちの好きにしていいよ~。だけど私は彼女の眠りを覚ますことには反対。中立だからねぇ、貴女の言うことを一方的に聞いてあげるつもりはないよ~」
のんびりとしたねむりんの声をよそに。
「ルビー、転身して!」
「わかりましたよ、イリヤさんー!」
コンパクトフルオープン、鏡界回廊最大展開!
ルビーの声に応えるように、イリヤの衣装が転身する。
鳥の羽をあしらった薄着の魔法少女、イリヤが降り立った。
「あらら、イリヤスフィール。やっぱりわたくしを裏切るんだ?」
灯花が残念至極といった風情で、しかし棒読みで声を上げた。
「貴女の計画が何なのか、まだ聞いてはいないけど……」
イリヤは手にしたステッキを灯花に向けた。
「人の感情に付け入って争わせるなんて、絶対に正しくない!」
「くふふっ、それでこそだよイリヤスフィール!」
魔法少女イリヤとスノーホワイト。
対する魔法少女はラ・ピュセルとハードゴア・アリス。
誰にでもわかるであろう、無益な争いで、しかし避けようのない戦いが幕を開けた。
* * *
いろはとやちよが雑居ビルの屋上から、さらに隣のビルへと飛び移っていく。
魔法少女姿を見咎められる恐れはあったが、そんなことは言っていられない。
スノーホワイトのいる場所が、あまりにも奇怪だ。
「やちよさん、本当にスノーホワイトさんはそこなんですか?」
「袋に忍び込ませたGPS発信機を信じるならね。ただ彼女も承知の上で放置しているだろうから、間違いは無いと思う」
やちよはそう言うと共に、いろはに問う。
「スノーホワイトさんに任せたいことがある、と貴女は言っていたわね? どういう心積もりで彼女を探すの?」
「スノーホワイトさんは私たちに黙っていることがあります。それも、事態の核心に近いことを」
「根拠は?」
「ありません。でもマギウスの翼の狙いが私の予想通りだとしたら、彼女はきっとスノーホワイトさんか、その核心に触れる人と一緒にいるはずです」
「……どちらにせよ、スノーホワイトさんの隠し事が事件の核心に近いとすれば、彼女と接触せざるを得ないと、そういうことね」
「はい。でもまだ情報が足りない……、何かこれといった手掛かりが後一つでもあれば……」
そういろはが言ったところで、いろは達の前方を跳んでいく何かが見えた。
いろは達と同じく、雑居ビルの屋上から屋上へと跳び渡っている。
そんなことが出来る一般人がいるわけがない。
十中八九、魔法少女だ。
「そこの人、止まってください!」
いろはが、前方を進む魔法少女に制止の声を上げた。
その魔法少女が二人、驚いたように振り向いて、ビルの屋上で立ち止まる。
「あ、貴女たちは」
「なぎさも知っているのです、みかづき荘の魔法少女なのです」
存外、素直にその場に留まって、二人して声を上げた。
「貴女たちはみかづき荘に来た魔法少女たちね。他のお仲間は別行動中、といったところかしら?」
やちよが改めて確認した。
ピンクのフリフリ衣装の魔法少女、鹿目まどか。
ケープを羽織ったかぼちゃパンツの魔法少女、百江なぎさ。
魔法少女姿を見るのは改めてだったが、見間違いではないはずだ。
「二人はどこへ?」
いろはが自己紹介を巻いて、目的を問うた。
それに対して、なぎさもまた名乗ることもなく応える。
「ねむりんという魔法少女に会いに行くところです。事態は危急を要するのです」
「今回の魔法少女たちの暴走も、その事態に関わっているということなの?」
「はいです。これ以上、まどかをこのままにしておくことは出来ないのです」
「まどかちゃんを?」
言って、いろははまどかへと眼を移した。
視線を向けられたまどかが、困惑したように表情を俯かせる。
「あ、あの。誤解しないでくださいね。私も一体何が何だかわからないまま、なぎさちゃんと一緒にいるだけで……」
しどろもどろに言う彼女に、いろはが続ける。
「貴女たちは今のこの事態について何か情報を握っているんですか?」
「それはなぎさが応えるのです」
なぎさがまどかを庇うように、前へと足を踏み出す。
小学生が中学生を庇っているようで、どこか滑稽だったがその姿はだいぶ様になって見えた。
「今、なぎさ達はねむりんという魔法少女を追っているのです。多分、現在この神浜市にいる魔法少女の中で、最もこの事態の核心に近いところにいるはずなのです」
「その子に会えば、この神浜市で起きている事態を解決できるっていうこと?」
「最短ルートで言えば、答えは『はい』なのです」
なぎさは真剣な表情を崩すことなく頷いた。
しかし。
「なぎさちゃん、最短ルートって言ったよね。解決策自体は他にもあって、もしかしたらその最短っていうのはあんまり好ましくない方法だったりしない?」
「……それはなぎさもわかっていることなのです」
なぎさが俯く。
どこかしょんぼりとしたその表情は年相応の子どものものに見えた。
「でも今は手段を選んでいる場合じゃないのです。今すぐにでもまどかの役割を思い出させて、あの魔女を消滅させることが先決なのです」
「魔女?」
「なのです。なぎさたちが姫河小雪と呼んでいる魔法少女狩りの本体、その人の事なのです」
「それって、どういうこと?」
いまいち事態が掴めず、いろはは思わず問い返した。
「単刀直入に言うのです」
なぎさはいろはに、文字通りバッサリと言い捨てた。
「ここは神浜市を模した魔女結界。姫河小雪と呼ばれている魔女が作り出した結界で、神浜市であってそうでない、その実、何もない無尽の荒野に広がる結界なのです」
* * *
「……じゃあみかづき荘の魔法少女たちは一旦、家に戻るということね」
「ごめんね、ほむらさん。やっぱり私たちの家だし、放っとくわけにもいかないしさ」
「いえ、協力はここまでで十分よ。貴女たちがいなくても、これだけの戦力があれば後れを取ることも無いでしょうから」
新西区の公園。
ほむら達とみかづき荘の魔法少女、鶴乃たちはここで別れることにした。
理由は諸々だったが、やはり神浜市に住む者としては自宅は恋しいだろう。
それでもこちらの戦力は十二分を超えて過剰とも言えた。
ほむら、マミ、さやかの見滝原の魔法少女。
高町なのは。
そして外部の魔法少女、美遊・エーデルフェルトにクロ。
この六人の魔法少女を相手にしようという愚か者はまずいないだろうし、仮にいたとしても返り討ちにしてその上、情報を得る機会にもなる。
彼女たちと別れて数分、とりあえずこれから先の方針を定める必要がある。
「巴マミ、美樹さやか。まどか達との連絡は?」
彼女たちなら多分、連絡の一つくらいは受け取っているだろう。
そう期待していたのだが。
「それがどうも上手くいかなくてね。私たちは繁華街の混乱を鎮圧していたから、そこから魔女結界に侵入して、脱出したと思ったらそこから離れたこの公園だったんだもの。テレパスが届く距離からはだいぶ離れているみたい」
どうにも自分たちの益になるようにはいかないようだ。
「そう……、なら美遊さんとクロさんに、何か言伝はない?」
ほむらのそれを聞いて、美遊がおずおずと手を挙げた。
「私とイリヤは――御覧の通り、マギウスの白羽根になってマギウスの翼を内偵していたんですが、もしかしたらマギウスの翼の本拠地に首領格の人物が残っている可能性があります。他に方針が無いなら、まずは本拠地を当たってみてはどうでしょうか」
聞いて、ほむらや他の魔法少女たちも成程と首肯した。
まどか達の状況も知れなければ、美遊たちの仲間であるイリヤも状況も未知数だ。
その為の情報を得るために敵の本拠地に乗り込むのは、なかなかの案だと言える。
「巴マミ、貴女はどう思う?」
ほむらは確認の意を込めてマミに意見を促した。
マミは少し考えて、首肯する。
「反対する要素は無いわね。虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言うし、敵の本拠地に攻め込むには十分な戦力がある。今の状態で出来る最良の方法じゃないかしら」
その言葉を受けて、ほむらは美遊たちに視線を向けた。
「美遊、クロ、貴女たちはどう? イリヤという子はともかく、他に優先する事柄があるなら無理強いはしないけど」
「私たちはさっき言った通りです。イリヤの事も気になるし、マギウスの翼の本拠地に向かいます」
「決まりね」
そうと決まれば行動あるのみ。
時間は有限だ。
「私とクロが先導します。皆さんは後から付いてきてください」
「お願いね」
言って、美遊たちが公園からタンッと飛び立った。
見咎められる危険性はあったが、背に腹は代えられない。
ほむら達もまた、変身状態を維持したまま、出来るだけ人の眼が届かないよう、ビル等の高所を選んで屋上伝いに跳んでいった。
* * *
ほむら達から離れた鉄塔の上から、彼女らを見届ける影が二つ。
「アイツら、どうやらマギウスの翼の本拠地に向かうみたいだ。って言っても今、あそこは無人だからどうしたってとこだけど」
杏子の言葉に、フェイトが応える。
「放置は出来ないし、むしろ好都合とも言える。目的地が決まっているならこちらに奇襲の機があるし、上手くすれば一網打尽に出来る」
「そう上手くいくかねぇ。音楽家はどうしたよ?」
「連絡が付かない。もしかしたら既にやられてるかも」
「2対6……か。不利な状況は今に始まったわけじゃないけど」
「最初に二人奇襲で潰せれば2対4だよ。十分、勝ちの目は見えるんじゃないかな」
「ま、あんたがそう言うからには自信があるんだろうね?」
「無かったら言わないよ」
「自信満々なわけだ」
杏子はポークウインナーを齧って、咀嚼して飲み込む。
「で、やるからにはプランはあるんだろ? 聞かせてもらおうじゃない?」
「そうだね……、まず厄介なのは――」
フェイトのプランとやらを聞きながら、杏子は適当に頷く。
脳裏に渦巻く、敗北の記憶。
それを帳消しに出来るなら、何だってするつもりだ。
暴力で生きてきた人間が自分を取り戻すなら、再び暴力で叩き伏せるしかない。
それが今の杏子のアイデンティティ。
杏子は我知らず、眼をぎらつかせながら、ニンマリと口の端を吊り上げていた。
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