魔法少女≠魔法少女   作:12club

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第34話 魔法少女たちが覆す絶望

 イリヤスフィールという少女は、いたって普通の女の子だ。

 小学5年生。

 両親は海外での仕事で家を空けているが、家には家事手伝いの女性二人、義理の兄がいつでも一緒にしており、そんな彼らの事を家族だと思っている。

 それが何の因果か、マジカルルビーの詐欺紛いの契約で魔法少女イリヤになってしまった。

 

 最初は興味本位、好奇心、それ以上にワクワクする予感を抱いて、魔法少女を続けていた。

 それからクラスカードの英霊と戦う宿命を帯びたわけだが、その戦いから逃げたこともあった。

 しかしイリヤはそれを恥じた。

 友達の――同じくマジカルサファイアと契約した美遊の気持ちに応えられない自分を許せなかった。

 そうして、美遊と本当の友達になれたのだ。

 だからイリヤはもう迷わない。

 後退した先にあるのは後悔だけ。

 ならせめて、前だけは向いていよう。

 その先に何が待っていても。

 

 そんな矢先に出会ったのが、自分と同じ顔をした敵――クロだった。

 クロの持ち得ないものを持っていたイリヤを許せなかったクロは、その立場を奪い取るためにイリヤへ戦いを挑んだ。

 当初はイリヤも戸惑った。

 自分が持っているものが当然で、クロがそれを奪おうとするのは理不尽だ。

 そう嘆いた。

 しかしそれは間違いだとわかった。

 クロが欲しいものは、自分自身の命だと誤解した。

 イリヤもクロも間違っていた。

 イリヤがクロに手を差し出せば、イリヤが持ち得たものを分けてあげられる。

 クロもイリヤに手を伸ばせば、欲しいものを分けてもらえる。

 それを悟った二人は、敵同士から大切な存在へと変化した。

 そして、クロもまたイリヤにとってかけがえのない存在へと変わっていった。

 

 イリヤは変わった。

 逃げた先には息苦しいほどに暗い後悔。

 前を向けば、すぐには見えなくともやがて知ることが出来る希望。

 

 イリヤは絶望に立ってこそ、初めて戦える魔法少女なのだ。

 そして今、彼女にとっての絶望が目の前に広がっている。

 なればこそ戦える。

 戦って、運命の先にある絆を掴むことが出来る。

 

 それをキュゥべえに見せる。

 奇跡を起こしてみせる。

 イリヤの意志は強く、堅く固まった。

 

「ルビー」

「はいはーい」

 

 手にしたステッキにイリヤが話しかける。

 

「これから私がしたいこと、わかってるよね?」

「モチのロンですよイリヤさん。不肖このルビーちゃん、マスターの望みを叶えることが魔法少女のキラキラした在り方だからですからねー」

「うん、ありがとう」

 

 イリヤが言って、ステッキを横たわる小雪と灯花の姿に構えた。

 ステッキが俄かに白く輝き始める。

 

「第二魔法の計測可能な平行世界へのチャネリング、完了! 運営開始――プリズムリンククリア! 魔法少女の蘇生置換要素摘出! ソウルジェム拾得開始! 多元世界の投影、及びソウルジェムの破片回収中――完了です!」

 

 早口でまくし立て、何度も明滅するステッキ、マジカルルビー。

 その様子をやちよは眺めて。

 

「……一体あの子は何をしているの」

 

 当然のごとく疑問を口にした。

 いろははステッキの様子を眺めながら、やちよに応える。

 

「イリヤちゃんはカレイドの魔法少女です。奇跡を起こせる魔法少女。その形態は様々ですが、技術体系化した願いを平行世界から呼び寄せることが出来るとか」

 

 「全部、イリヤちゃん達からの受け入りですけどね」と、実に言いにくそうな声音で語った。

 やちよが胡乱気な口調で返す。

 

「つまり、彼女の魔法なら砕けたソウルジェムを修復することが可能だということ?」

「多分、そういう事だと思います」

 

 いろはもまた自分自身、半信半疑の様子でイリヤ達を見守っていた。

 

 無理もない。

 キュゥべえと契約した魔法少女は、その魂をソウルジェムという宝石に具現化される。

 砕ければ、もしくはその輝きを失えば、それは現実の死ということに他ならない。

 それを巻き戻すことが出来るなどあり得ない。

 

 やちよは初め、その事実をあり得ないことだと考えていた。

 ソウルジェムの始まりと終わりを覆すことなど出来ない。

 それか、そんな事が可能だと言うのなら、それは己の願いを反故にする弱者の妄言だと。

 

 しかし、それがどうした。

 目の前に横たわる少女たちは、内に秘めた絶望を投げ出せないことを運命付けられた、最初から壊されることを前提にされた、ある意味では最も悲劇的な被害者だ。

 そんな二人が己の希望を取り戻す事に、一体どんな罵詈雑言を浴びせることが出来るというのか。

 

 やちよもまた、心中では祈っていた。

 報われず命を失った二人の少女が息を吹き返すことを。

 

 その一連の流れを見物していたキュゥべえが口出しする。

 

「それが君達、カレイドの魔法少女が秘めた魔法というわけだね。第二魔法による平行世界への干渉、及び運用。なるほど、死者蘇生を行うには多次元世界へ掛け合わなければならない。そうして隔絶した宇宙に散りばめられている砕けたソウルジェムの欠片を引き出し、修復する。いやはや、人類の編み出す技術は未知数だね」

 

 「だけど」キュゥべえは続けた。

 

「それは不可逆的な行為だ。時間経過に対する反逆、そんなものを濫用出来るとしたら、それは神のような存在だけだ。君達、人類あるいは魔法少女ではまだまだ僕達の引き起こす奇跡には及ばない」

 

 得意気に語るキュゥべえ。

 

「……それはどういう意味?」

 

 そんなキュゥべえに、やちよが問う。

 

「確かにカレイドの第二魔法は分岐した平行世界からソウルジェムの欠片を集め、修復出来るかもしれない。でもそんな歪なモノが、果たして本物の魂なのか」

「どういう意味だと聞いているの」

「せっかちだね、七海やちよ」

 

 キュゥべえはやちよに眼を向けることなく続ける。

 

「千切れて繋いだ魂が本当に正しく再生されたモノなのか。答えは――否だ」

 

 その時。

 横たわる二人の胸元に、小さくきらめきが走る。

 

「――再生、完了です!」

 

 ルビーが声高に、作業の完了を告げた。

 小雪と灯花の胸に、砕けた傷も無く、輝きを放つ宝石が現れていた。

 

「灯花ちゃん!」

「トウカ!」

 

 いろはとイリヤが同時に、灯花の傍に駆け寄った。

 

「小雪……?」

 

 スノーホワイトもまた、虚ろな気配を感じさせながら小雪の元へと侍る。

 すっと、その小さな手に触れる。

 脈が、ある。

 

 胸元に耳を当てる。

 心音が聞こえる。

 

 手を口元にかざす。

 小さく薄い、しかし確かな呼吸を感じさせる。

 

 しかし。

 

「やっぱりね」

 

 キュゥべえが誰にともなく応えた。

 

 スノーホワイトは感じ取っていた。

 いや、感じ取ろうとしていた。

 だが。

 

「……心の声が聞こえない」

 

 絶望感の入り混じった声音で、スノーホワイトがそう言った。

 

「どうして……?」

 

 イリヤもまた呆然とした表情で、目の前の現実を受け止める。

 受け止められずに、いる。

 

「ねえルビー、どういうことなの? ソウルジェムは完璧に修復したんでしょ?」

「……イリヤさん、どうやら私が出来るのはここまでみたいです」

「どういうこと?」

「ソウルジェムの欠片は分岐した多次元世界から拾得しました。そして確かに、その宝石は形を取り戻しました。けれど、その内に秘めた生命の輝きまでは拾う事が出来なかった。私に出来るのは、第二魔法が可能なのはここまで、ということです」

「そんな……」

 

 イリヤがうなだれる。

 奇跡と希望を願ったその祈りは、確かに正しい形をしていた。

 しかしその形は不完全なまま終了した。

 

 イリヤが起こせる奇跡は、未完了のまま。

 イリヤが祈った希望は、ともし火を小さく煌めかせただけ。

 行き止まり。

 少女の願いは無意味に終わった。

 

 と。

 

「諦めるのは早いよ、イリヤちゃん」

 

 いろはが立ち上がる。

 

「イリヤちゃんが起こした奇跡は確かに不完全だったかもしれない。でもそれはイリヤちゃんが独りで背負うことじゃない。だってここには同じ願いを持った、仲間がいるんだもの」

 

 そう、決然と声高く声を上げた。

 いろはが後ろへ振り向いて。

 

「やちよさん」

 

 そう呼びかける。

 やちよは口惜し気に唇を噛んだ。

 いろはが何を行おうとしているのか、察したのだろう。

 

「許してください。私は今、助けたい命がいる」

「貴女の事だもの。そう言うとは思っていたわ。だけど……」

「ここまで積み上げた奇跡を無駄に終わらせたくない。私はまだ何も出来ていない。だから呼びかけます」

 

 言って、いろはは胸元のソウルジェムを、片手でそっと覆う。

 

「ドッペルを、使って」

 

 

 

 環いろはもまた、いたって普通の女の子だ。

 中学3年生。

 イリヤと同じく、両親は海外に赴任中。

 いろはだけが日本の自宅に残っていて、魔法少女活動に勤しんでいる。

 

 いろはには環ういという妹がいた。

 彼女は不治の病を患っていて、余命も幾ばくも無いとされていた。

 いろははキュゥべえに願った。

 妹の病気を治して欲しいと。

 その願いを代償にして、いろはは魔法少女になり、魔女と戦い続ける宿命を帯びた。

 

 いろはには友達がいた。

 それがういと同じく、深く強い病に冒された二人の少女。

 その一人が里見灯花だ。

 いろはは三人と共にいられる時間が幸せだった。

 明るく生真面目ないろはにとって、彼女たちだけが関係の深い友達だった。

 皆を幸せにするために、魔女との戦いを強いられようと命を懸けられる、それほどの存在だった。

 

 しかしその願い――幸せは長く続くことはなかった。

 魔法少女として戦ういろはを見た三人の女の子たちは、いろはを助けるために魔法少女になりたいと、そうしてキュゥべえと契約してしまった。

 彼女たちの願いはいろはを救済することを目的とした、良心的で――それでいて酷く独善的な願いだった。

 願いの果てに、ういは魔法少女となって。

 

 魔女と化してしまった。

 

 それでも灯花は諦めなかった。

 全ての魔法少女を救おうと。

 大好きないろはお姉様を救おうと。

 そうして生まれた組織がかつての『マギウスの翼』であり、魔法少女の救済を嘯きながらその実、魔法少女を贄として魔女にくべ、その末に魔法少女救済のシステムを構築しようとした。

 その魔女こそが環ういであり、『ドッペルシステム』。

 魔女と化した環ういをコアとして魔法少女の魔女化をドッペルによって克服する。

 それが灯花たちが考案した計画だった。

 

 ドッペルは、魔女と化した自身の精神――魔女化の絶望の一部をエネルギーに変換し、魔女の力を具現化して外部へと放出する。

 その過程で濁ったソウルジェムに輝きを取り戻し、完全な魔女化を防ぐ。

 そういったシステムだ。

 このシステムが正常に機能する限り、魔法少女は魔女化することはない。

 

 だがこのシステムには欠陥があった。

 ドッペルによる絶望から生まれるエネルギーの変換には副作用があり、強い依存性を持っていた。

 そしてドッペルを使い過ぎた魔法少女は、やがて自分自身のドッペルに意識を乗っ取られてしまい、半魔女化してしまう。

 根本的な解決には至らない。

 それがドッペルシステムだった。

 

 いろはややちよ達、神浜市の一部の魔法少女たちはその計画を阻止しようとした。

 結果として、いろはは灯花と敵対することになってしまった。

 その中で、いろはは魔女と化したうい――エンブリオ・イブの中の彼女と対話する。

 ういは魔女と化したが、それはとても細やかで、知覚することも出来ない小さな魔法の粒であって、いろはが触れた幸せの中にいつでもういはいるのだ、と。

 

 いろはは、エンブリオ・イブと戦おうと決意した。

 ドッペルシステムは魔法少女救済を成さない。

 ドッペルはやがて魔法少女を半魔女化して、ただ魔女になる時間だけを無為に過ごすだけの歪な存在だ、と。

 

 マギウスの翼のトップには、里見灯花とその友達と、そしてアリナ・グレイというもう一人の少女がいた。

 そのアリナ・グレイが灯花の計画を奪い取った。

 エンブリオ・イブに己自身を乗っ取らせ、全ての人類に魔法少女の宿命を課そうという計画に変えて。

 

 そのアリナ・グレイの計画も失敗した。

 他でもない、魔法少女救済を計画した里見灯花たちと、いろは達の奮戦によって。

 そうして灯花は幼くしてその命を散らし、いろは達は灯花の計画――アリナ・グレイの願望を撃ち砕いた。

 

 灯花の計画は失敗に終わり、魔法少女たちは救済されることなく、いつか魔女になる未来を背負って今もなお戦っている。

 

 その宿命に終止符を打ったのが。

 鹿目まどか。

 円環の理と呼ばれる新たな伝承だった。

 魔法少女の希望を絶望へと返さないために機能する、かつての灯花たちが計画した奇跡を真に成し得る存在に。

 

 きっとこの宇宙では、里見灯花たちは救われたのだろう。

 そしてきっと、いつかはいろはややちよ達も救われる。

 だからこそ、目の前で無為な死に瀕し、絶望に陥る二人の魔法少女を見捨ててはおけない。

 

 奇跡は起こる。

 イリヤが紡いだ奇跡を、こんなところで終わらせはしない。

 

「……いろは、わかっていると思うけど」

「はい、やちよさん。ドッペルシステムはもうこの宇宙には存在しない……。それに、この結界の中では円環の理の救済も意味を成さない」

「ドッペルを使うという事は、魔女化する事と同じ意味よ。構わない、のね……?」

「はい」

 

 いろはは頷き、顎を引く。

 しかし毅然とした表情のまま、続けた。

 

「大丈夫です。約束したじゃないですか、私はやちよさんより先に死んだりしないって。いつでも一緒にいるって」

「いろは……」

 

 やちよの引き締めた表情が、微かに緩んだ。

 まなじりに涙を溜め、それに気付いた彼女は袖でそれを拭う。

 

「無駄なことはやめた方がいいと思うよ」

 

 そこに茶々を入れてきたのは、やはりと言うか、キュゥべえだった。

 

「君達の計画したドッペルによる魔女化を防ぐという現象は失敗に終わった。ここで環いろはがドッペルを使うという事は、魔女と化す事実に他ならない。この世界に存在しない魂に向かって呼びかけるなんて、ナンセンスもいいところだ」

 

 キュゥべえはいつの間にか、その赤いビー玉のような瞳をいろはに向けていた。

 

「君がやりたいと言うのなら僕は止めないけどね。魔法少女が魔女となり、その感情エネルギーを僕達が回収する。エネルギーを変換、熱的エネルギーに具現化することで宇宙の寿命を延ばすことが出来る。君のその行為自体は君達には無駄であっても、僕達にとっては無意味ではない」

「黙って」

 

 言うなり、いろはのソウルジェムが強い煌めきを放った。

 いろはの髪がぶわりと上空へ向けて伸び上がる。

 呼子鳥のような鋭い嘴を携えた鳥類が、幾枚と布の帯を連ねて伸び出し、いろはの長髪を飲み込んでいく。

 

 

 

(だから皆、止めろと言ったのに)

 

 いろはの中に、いろはでないモノの声が響く。

 

(貴女が希望を嘯くから、皆、貴女に希望を抱いてしまう。所詮は一人の魔法少女。その領分すら弁えないから自分だけが奇跡を起こせると勘違いする)

 

 いろはでないモノ――それがいろはのドッペルであり、自らの半身だった。

 

(貴女は誰によって助けられてきた? 貴女が抱いてきた正しさは本当は正しさじゃなく、ただ間違っていたくないという自分への恐れとも知らずに)

 

「それは違うよ」

 

 いろはに語りかけるドッペルに、しかしいろはの決意は揺らがない。

 

「貴女のことが怖かったし、その姿を見たくなかった、聞きたくもないことを言ってきた。だけど、それは――」

 

 いろはの視線が天を仰いだ。

 そこには自分を覗き見る、いろはのドッペルの視線があった。

 

「――貴女は、私だもの。私が抱く嫌なものや向き合いたくないもの、悲しみや絶望を語り掛け、魔女化を促す存在だと思っていたけれど、それは間違いだってあの時、気付いたから」

 

(貴女が何を言おうと、貴女は変わらない。いつだって不安に怯える環いろはでしかない。だから私も、そんな環いろはの一部でしかない)

 

「そうだよ!」

 

 絶望を囁くドッペルに、いろははハッキリと応えた。

 拒絶ではない。

 本当の気持ちで。

 

「貴女は私だもの! 私が好きな事、嫌いな事。正しい事と悪い事。希望と絶望。貴女をひっくるめて全部、それが私なんだもの!」

 

(貴女は酷く傲慢。醜い自分すら見て見ぬ振りをする、正しさだけでしか物事を測れない、仮面の偽善者に他ならない)

 

「だけど、私は……、私にとっては」

 

(貴女には何が残る、環いろは?)

 

「私は貴女の事が好き! 私にとって、私に間違いを、悪い事を教えてくれる貴女が好き! だから、私は――!」

 

 息を吸い、いろはは叫ぶ。

 

「――私は魔法少女になって、貴女の事が知れて、貴女が私のドッペルで、本当に良かった!」

 

 ドッペルは、沈黙した。

 それきり、何も言わない。

 しかしその姿は変わらず、いろはの上空に屹立したままだ。

 

 

 

 いろはの体が宙に浮く。

 

「いろは!」

 

 やちよの叫びに、いろははその視線を下に向けて交錯させる。

 それでいてなお、彼女はやちよに笑みを向けてみせた。

 

 いろはのドッペルが体積を増す。

 髪が広がり、白い布が辺りを巻き込んで、灯花たちを包み込む。

 

「戻ってきて、ここに! 小雪さん、灯花ちゃん!!」




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