「魔法少女狩りの元凶……。その存在を貴女たちは既に掴んでいる、と?」
スノーホワイトは訝しみながら、カラミティ・メアリに聞き返す。
「そういうこと。ただし、元凶ではあっても原因ではない気がする」
「どういうこと?」
「どうもこうも、言った通りさ」
カラミティ・メアリはやれやれと、肩をすくめた。
「どうにもやっこさん、思った以上に厄介な奴のようでね。ただ逃げ回っているだけじゃない。あちこちで魔法少女狩りが活動しているのも、そいつが他人に邪魔されるのを嫌がっているだけじゃないのか、って思うけど、根っこはもっと深い所にある気がする」
「その根拠は?」
「わからない。あんたの能力、お得意の噓発見装置でも何か掴めないのかい?」
「私だって直接、魔法少女狩りと会ったことがないから、何とも言えないというのが正直なところ」
「そうかい」
言って、カラミティ・メアリは言葉を切った。
スノーホワイトは手を顎に添えて、思案する。
「……ねむりんはそのことに気付いているの?」
「勿論さ。ただあんまりあの子を当てにしないで」
「どうして?」
「あの子に参謀役は無理さ。今回の事件に関しても、我関せずとは言わないけれど、傍観者としての立ち位置を崩すつもりは無いみたい」
「……そう」
手詰まりか。
こうなると手掛かりになるのは、カラミティ・メアリが言った『逃げ回っている子』しかいない、か。
頷くように頭を下げていると、カラミティ・メアリが自分に視線を注いでいるのが見えた。
「……なに?」
「いやね、スノーホワイト」
何か言いたげなカラミティ・メアリの言葉を待つ。
「魔法の国は何か情報を掴めていないのかい? あんただけ単騎で放り出すような組織じゃないだろう?」
「当然、魔法の国もこの神浜市の異常性については認識している。そして、そのエージェントとして私を送り出したことも。ただ今回の事に関して、私は自分の意志で動いている」
「立派な心掛けだね」
「そんなに大したものじゃないよ。ただ一つだけ、私が心に決めていることがあるの」
顔を上げ、視線をカラミティ・メアリに合わせる。
強い決意を持った語気で、スノーホワイトは続ける。
「私が望むのは、皆の心の平穏。それがたとえ、貴女たちの敵であったり、私の障害になるものだとしても。それだけは譲れない」
カラミティ・メアリはヒュっと口笛を吹いた。
「そんなに上手くいくのなら、大したもんだ。その成功を心から祈ってるよ。割と本気でね」
「ねむりんに伝えて。貴女が傍観者の立場を気取るなら、私は貴女の心の不安も救ってみせる、って」
「傲慢だね」
「我がままなだけだよ。昔の、ただの姫河小雪だった頃から、それは変わらないから」
「悪いね、言い過ぎた。やっぱりあんたは立派だよ」
「わかったら行って」
「ああ、武運を祈ってるよ。スノーホワイト」
それを最後に、カラミティ・メアリは鉄塔から飛び去って姿を消した。
「……で」
スノーホワイトが鉄塔の背後へ顔を向けた。
「貴女たちはどうするの? 小さな魔法少女たち」
スノーホワイトの言葉に、思わず竦むイリヤ達。
「ミユ、イロハさん、やっぱり気付かれちゃってるよ」
「だからと言って元々、逃げるつもりなんかなかったでしょう。イリヤ」
イリヤと美遊の会話を聞きながら、スノーホワイトはやれやれと肩をすくめた。
「どうするの、イリヤちゃん」
「もうこうなったら出たとこ勝負だよ、イロハさん」
ふよふよと、いろはを背負ったイリヤは鉄塔に降り立った。
美遊もそれに続いてイリヤ達の背後に立つ。
あーうー、と何となく居心地の悪さを覚えている彼女たちに向けて、スノーホワイトが告げる。
「今さら、無関係なんだから干渉しないで、なんて言わないよ。ただ、私はとても危ない橋を渡ろうとしている。それだけは理解して欲しい」
その言葉に、イリヤが応える。
「スノーホワイトさんが何か危ないことに関わろうとしているのは、出会った時から何となくわかってる。でもそれを見過ごすのは何か違うと思って、後を追ってきたの」
「なら言わせてもらう。貴女たちに何が出来るの?」
「それは、わからないけど……」
でも。
イリヤは己の心に従うままに紡ぐ。
「私たちにだって何か出来ることはある。きっとそれは、私たち魔法少女に関係のないことじゃない。だから、私たちもスノーホワイトさんの手伝いを、何か出来ないかって、そう思ったの」
「そう……なのね」
スノーホワイトは独り言ちるように、俯いた。
久しく感じていなかった感覚。
自分がやっていることは、自分勝手で我がままな、孤独な戦いなんだと思い込んでいた。
そんな無思慮な気持ちじゃなくて、もっと熱いもの。
志を同じくする仲間。
それを否定する感情もどこかに残ってはいたけれど、それを信じるのもまた悪くないと、心のどこかで響くものがあるのも確かだ。
スノーホワイトは意を決した。
「関わるつもりなら、付いてきて。でもここから先は本当に危ない橋。それだけは忘れないでいて」
「うん!」
「いつでも逃げていいからね」
「その時はスノーホワイトさんも一緒だよ」
「……ありがとう」
それだけ言って、スノーホワイトは鉄塔を飛び降りた。
イリヤ達もそれを追うように、地上へと降り立った。
* * *
「お疲れさまです」
「やちよもお疲れー」
モデルの仕事を一通り終えて、やちよは家路へと帰る準備を整える。
思ったよりも早く仕事が終わってしまった。
家へ帰って食事の用意をするには半端な時間だし、かと言って買い物をするには早すぎる。
となると、どこかで外食でもして時間を潰して、それから家に帰って改めて夕方になってから買い出しに行くのがベストか。
そんなことを考えながら、やちよは事務所を出た。
今頃、いろは達は何をしているのだろうか。
フェリシア達に混じってゴロゴロしている姿が目に浮かんで、くすっと微笑が漏れる。
今回のモデルとしての仕事はなかなかに上々だ。
多分、次の週刊誌の表紙を飾るだろうとプロデューサーから伝えられている。
と。
「――どうしよう、どうしたらいいんだろう」
くすんくすんと、泣き声交じりの声が小さく響いてきた。
声の方へと近付いてみる。
ビルとビルの間に挟まった裏路地。
そこに、中学生くらいの女の子が泣きながらしゃがんでいた。
放っておくのも後味が悪く、気付いてしまったことを少しだけ呪いながら、やちよはその子に近付いた。
「どうしたの?」
声をかけると、その女の子はビクッと体を震わせて、恐る恐るやちよへ顔を向けた。
視線の高さを合わせるように、やちよはしゃがみ込んで女の子の顔を覗き見る。
「泣いているのね。どうかしたの?」
ぐすん、と鼻を詰まらせながら、女の子が話し始める。
「私、誰かに追われてるんです……。一人や二人じゃなくて、みんな私を探してて」
「そう、そんな不審人物は私は見ていないけど」
やちよはその子を安心させようと、優しく声をかけた。
しかし女の子は首を横に振って。
「あちこちから私を監視しているんです……。それだけじゃなくて、声が聞こえるんです」
そんなことを言った。
「そんな怪しい声も、私は聞こえなかったわ」
「頭の中に、直接聞こえるんです! 『困った』とか『見失った』とか! どうしよう、みんなが私を探してる……脅かしてる……!」
「落ち着いて。今は誰も、貴女のことを脅かそうとしてはいないわ」
口先だけだったが、少しは不安が晴れるようにと苦心して言葉を繋げるやちよ。
「もう少し落ち着ける場所に行きましょう。私が付いていてあげる。だから安心して。どこか人気のない、貴女が落ち着けそうな場所はある?」
やちよの言葉に、こくこくと頷く女の子。
意外だ。
だったら何故その場所へ行かずに、人の雑踏が激しいこんな所でうずくまっているのだろうか。
「ほら、立ち上がって」
すんすんと鼻を鳴らしながら、女の子が立ち上がる。
(……あら?)
気付く。
しかしそのことはおくびにも出さず、やちよは声掛けした。
「貴女、名前は?」
女の子が応える。
「小雪……姫河小雪……です」
「そう、私は七海やちよ。さ、案内して」
「はい……」
やちよに支えられるように立ち上がって、女の子――小雪は歩き出した。
雑踏を抜けて繁華街の外へ。
しかし、住宅街ではない。
やちよは訝しみながらも、女の子の歩く方へと付き従う。
辿り着いたのは、廃工場が建ち並ぶ工業区跡。
これは、いくら何でも……。
「小雪さん、本当にここでいいの?」
「はい……」
そう言うと、小雪はするりとやちよの傍から離れた。
広々とした屋外の中心に、まるで吸い寄せられるようにふらふらと近付いていく。
流石に、馬鹿でもわかるだろう。
やちよが問い質す。
「……いつから気付いていたの?」
やちよは警戒心を滲ませながら、ソウルジェムを取り出した。
小雪が応える。
「最初から……。どうしてやちよさんは、ここまで来たんですか……?」
「これよ」
ヒュン、と小雪に向かってそれを投げた。
コロンと音を立てて転がる。
グリーフシード。
それも、孵化しかけの。
やちよは魔法少女姿に変身する。
「神浜市に魔女を放っていたのは貴女?」
女の子は泣き顔を崩さないまま、こくんと頷く。
演技とは思えない。
ごろごろと、暗雲が空を満たしていく。
それと同時に、黒い霧のようなものが辺りを覆い尽くし始めた。
「魔女の結界……? いえ、違う。これは……」
黒い霧が、小雪の周りに集まって形を成していく。
「そう、そういうことなのね」
黒い霧が晴れていく。
その後に、二人の人影が現れた。
一人は、二本の角と尾をあしらった、竜のような騎士。
もう一人は、黒く長い髪と真っ白な肌をしたゴシックな人形。
魔法少女の姿だ。
「魔法少女が、魔法少女を使役して魔法少女を狩る。冗談にしては出来過ぎだわ」
のっぺりとした表情の魔法少女が、小雪の前に立ち塞がった。
やちよが独り言ちるように告げる。
「魔法少女狩りの犯人は、貴女ね」
小雪が眼を見開いた。
涙をこぼしながら、張り裂けんばかりの叫びで号令を下す。
「ラ・ピュセル! ハードゴア・アリス! その人をやっつけて!!」
二人の影が動く。
やちよは槍を構え、二人目掛けて突進した。
やちよが振るう槍が人形の魔法少女を斬り裂く。
左肩からの袈裟懸け斬り。
心臓に達した致命傷だ。
一目見ただけでわかる。
しかし。
その魔法少女はそれを全く意にも介さず、地を蹴ってぐるんと足を振り回してきた。
回転蹴りを槍で受けて、やちよはたたらを踏む。
ダンプカーの衝突を思わせるような重い一撃。
直撃していれば軽く骨は砕けていただろう。
それだけではない。
先ほど与えた傷も、まるで無かったかのように再生していく。
ゾンビか?
この魔法少女は。
竜騎士の魔法少女が剣を片手に迫ってくる。
その攻撃をしゃがみ込んで掻い潜り、槍の一撃を見舞う。
今度はその攻撃はいなされ、躱された。
さらに人形が突進してくる。
突き、打ち、蹴り。
猛打の連撃を繰り出しながら押し込めようとしてくる。
その間隙を縫って、竜騎士がさらに鋭く速い剣撃を見舞う。
ギン、ギン、ギンと、幾度となく金属がぶつかり合う音が響いた。
隙を縫って、やちよは後背へと下がる。
間合いを離し、大まかに戦況を分析した。
二人の魔法少女はお世辞にも練達の戦士とは言えない。
強いて言えば、ベテラン魔法少女のやちよにとっては児戯に等しい。
しかし相性が悪い、どころではない。
人形はこちらの攻撃をものともしない。
攻撃を受けた先から自動再生すると見た。
攻撃方法は、ダメージを全く意に介さずに打ち込んでくる突撃。
分が悪いどころか、そもそも攻略法が浮かばない。
竜騎士はそれほどでもない。
少なくとも、自動再生する人形よりはくみしやすい相手だ。
相手もそれを弁えているのか、積極的に前へ出ようとはしない。
いや。
(そもそもまともに攻撃する意思が感じられない。あるいは奥の手を隠しているか)
少なくとも膝を屈しての敗北はないかもしれないが、勝利することも容易ではない。
千日手だ。
いやむしろ、この魔法少女たちが疲れ知らずの化け物だとしたら、疲労するこちらの方が分が悪いか。
ならば。
やちよは腕を十字に切った。
今、装備している槍と同じものが十数本、目の前に展開される。
それらが一斉に、二人の魔法少女目掛けて撃ち出された。
(遠距離から攻撃して、いなす!)
標的は竜騎士だ。
人形の相手は後で構わない。
とにかく敵性体を減らす。
だが。
竜騎士が剣を両手に構えた。
その剣が、爆発的に振動して、巨大な柱のように膨れ上がる。
竜騎士はそれを打者のバッティングのようなフォームで振り回して、迫る槍をまとめて打ち砕いた。
(ッ! なんてでたらめッ!)
広範囲に攻撃を広げられる竜騎士の剣。
一方で一切の防御を捨てて攻撃に専念できる人形の猛打。
八方塞がりか、いや。
(広い屋外で戦うこと自体が不味い……。どこか屋内に逃げ込まないと……!)
槍を無数に召喚し、二人の魔法少女に向けて撃ち放ち、背を向ける。
時間を稼いで屋内へと退避して、改めて戦闘態勢を整えなければ――。
ガクン、と。
途端に足がもつれた。
つんのめるように前方に転がされ、動きが縫い留められる。
見やれば、人形が無数の槍に貫かれながらも突撃を敢行し、やちよの足を掴み取っていた。
不味い、人形の突進力を見誤った――!
さらにその後から。
巨大に膨れ上がった剣が、やちよの真上から振り下ろされようとしていた。
(しまっ――!)
思ったその瞬間。
光の帯が竜騎士を飲み込み、巨大な剣ごと吹き飛ばした。
「大丈夫ですか、やちよさん!」
空中から、白いフードを被った魔法少女が舞い降りた。
「いろは!」
「掴まってください!」
いろはの手を取り、空を切るままに任せて跳び上がる。
彼女の援護の甲斐あって、何とかやちよは廃工場の屋内へと逃げ込む。
さらに。
「最大出力、
いつか見た魔法少女が、その手にしたステッキから放たれる光の砲撃で、人形を吹き飛ばした。
あの黒髪の少女は確か、美遊と言ったか。
「ヤチヨさん、大丈夫!?」
「貴女は、イリヤさん……。どうして……?」
「間に合って良かったです。ミユが敵を引き付けている今の内に、態勢を整えましょう!」
「ありがとう、助かったわ」
イリヤの手を取り、やちよは立ち上がった。
廃工場の窓から外を見やる。
空中を蹴りながら、遠距離からの砲撃を繰り返して二人の魔法少女を牽制している美遊。
事態は好転したが、決定打とは言えない。
敵の攻略の糸口は未だ見えないのだ。
相手が無限に再生する以上、勝利はない。
撤退の機を探す方がまだ有意義か。
その時、鉈と薙刀を合わせたような長柄の武器を持った少女が、工業区外から姿を現す。
「あれは……!?」
やちよは驚愕した。
まとう雰囲気は全く違う。
泣き続ける彼女に対して、現れたその少女は凛とした表情を崩さずにいる。
なのに。
瓜二つ。
今もまだ涙を流している姫河小雪にそっくりな、白い魔法少女だった。
「ラ・ピュセル……、ハードゴア・アリス……」
スノーホワイトが俯きながら呟く。
その頬を、一粒の雫が零れ落ちていく。
「こんな惨いこと、早く終わらせなくちゃ……!」
顔を上げる。
意を決する。
スノーホワイトは槍を構えて、二人の魔法少女へと向かって駆けた。
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