「う……、うー、ん……」
新西区の大きな公園。
そのベンチに横たわっていたマミが眼を覚ます。
体を起こして、傍にいる少女に。
「……貴女は、暁美さん?」
声をかけた。
「やっと起きたのね、巴マミ」
待ちくたびれたと言わんばかりに、冷静な口調で返すほむら。
「私……、あの魔法少女と戦って……――ッ!」
体が痛みを訴えたかのように、マミは右脇腹を抑えた。
しかし、そこに傷は無く、ダメージの痕跡そのものが残っていない。
「傷は癒してあるわ。貴女にしては下手を打ったみたいね」
「返す言葉もないわ……。まさか首を叩き折っても、反撃してくるなんて」
「その魔法少女がどんなヤツだったかは知らないけど、私たちだって似たようなものでしょう?」
「……反論できないわね。油断していたのは間違いないわ」
「これに懲りたら最悪の事態を常に想定することね。相手が消し飛ぶくらいのダメージを与えたと確信するまでは」
「ここぞとばかりに虐めないでちょうだい」
「冗談よ」
そう言って、ほむらはスマーフォンの画面を開いた。
時計が指す時刻は午後12時半頃。
思った以上に時間を無駄にしていた気がする。
いや、マミが寝ていたせいだと言いたいわけじゃないが。
「杏子にも連絡したわ。もう少しでここに来るんじゃないかしら」
「そう、佐倉さんも何か異常事態に巻き込まれていなければいいけど」
「その辺りの事情については私が詳しいと思う。彼女が来たら、情報交換としましょう」
事情?
マミがそう反復しようとした時。
「ほむらさーん」
公園の入り口から声が聞こえた。
幼い女の子の声。
両腕で缶の飲み物を抱えながら走り寄ってくる。
「ただいま。ちょっと飲み物選ぶの迷っちゃって」
「気にしなくていいわ、なのは。飲めればいいから」
マミは黙ったまま、なのはのくりっとした眼に視線を向けた。
「暁美さん、この子は?」
「その辺りも説明しないといけないから、杏子が来るのを待ちましょう」
「そう……なの?」
「ええ」
そう言って、ほむらは魔力を感じ取った。
もうだいぶ馴染みのある魔力だ。
「来たわね、杏子」
スタン、スタンと住宅街の屋根伝いに公園へと跳んでくる、赤い魔法少女。
佐倉杏子が姿を現した。
「待ったかい?」
「それなりにはね」
ほむらの言うことには右から左にして、杏子がマミに視線を向けた。
「ほむらから聞いたよ。噂の魔法少女狩りにヘマ打ったんだってな。なんでこいつが魔法少女狩りのことを知ってるのかも聞いたけどさ」
「悪かったわね……。でも、隠し事する貴女たちも悪いのよ」
「あんたが言うな。隠し事が服着て歩いてるようなもんじゃねえか」
「で?」
杏子が訝し気な視線をなのはに投げかけた。
「色々、聞きたいことはあるけど、そっちのちんちくりんは誰なんだい?」
「ちんちくりんじゃないです! 私、高町なのはって言います」
「ふーん、あたしは佐倉杏子。よろしくな」
彼女たちの挨拶を横にしながら、マミがなのはに視線を送った。
それに気付いたなのはが、慌ててマミに眼を合わせて。
「は、初めまして、巴マミさん。私は高町なのは、時空管理局の魔導師です」
「時空管理局の?」
なのはの言葉に、マミは眼を細めた。
「誤解しないで、巴マミ。彼女は信用できる魔法少女よ」
「時空管理局が何を企んでいるか、貴女はわかったというの?」
「それは今でも不明。だけど、高町なのはは信頼に値することを保障するわ」
「根拠は?」
「そのことも今から話すわ。その前に……」
ヒュっと、ほむらがマミにグリーフシードを投げ渡した。
「巴マミ、貴女のソウルジェムがだいぶ濁っているわ。今の内に浄化しておきなさい」
「え、えぇ。ありがとう、暁美さん」
言って、マミは受け取ったグリーフシードを頭飾りのソウルジェムに当てた。
ソウルジェムの濁りがグリーフシードに吸収され、本来の輝きを取り戻していく。
「傷の方ももう問題無いみたい。美樹さやかに感謝するのね」
ほむらはそう言って。
二人は「えっ?」と声を揃えた。
「美樹……さやか?」
最初に声を上げたのは杏子だった。
「どうしたの? 杏子」
「いや、だって」
続いて、マミもまた。
「美樹さやかさん、って。その子も魔法少女なの?」
ポカンとした表情でそう言った。
ほむらが面食らった表情に変わる。
「まさか貴女たち……美樹さやかを知らないの?」
その言葉に、二人ともこくんと頷く。
「もしかして、鹿目まどかのことも?」
それに対してもやはり二人は顔を見合わせて、頷くだけだった。
「そう、なのね」
「あの、暁美さん?」
マミの声はほむらに届いていないようだった。
「何なんだよあんた、まさかまだあたし達に隠し事してるんじゃないだろうね?」
杏子の言葉を受けて、やはりほむらは数秒思案する。
そして、一人納得した表情で頷いた。
「考えをまとめていたところよ。どうやら私たちはみんな揃って、誰かに騙されているのかもしれない」
「騙されている?」
「ええ」
ほむらはマミと杏子の顔を交互に見て、強く頷いた。
「長い話になると思う。それに、それが真実かどうかすらも。だからこれは私が得た、あくまで私の主観でしかないから、その真偽は貴女たちで判断して」
何を馬鹿な、と言うほど疑ってかかっているつもりはなく、彼女たちは表情を引き締める。
ほむらの表情がその真実を裏付けるように、真剣な眼をしていたからだ。
そうしてほむらは、今までにあったことのありのままを話し始めた。
* * *
美遊が空中からの牽制砲撃で、眼下の二人の魔法少女を足止めする。
しかし。
(あの竜騎士の魔法少女はこちらの攻撃を警戒している。だけど人形のような魔法少女はこっちの攻撃を避ける素振りすら見せない)
最初はやりすぎたかと思った。
美遊の砲撃が人形の魔法少女に直撃した際には、心配すらしてしまったほどだ。
しかし。
(カレイドの魔法少女の出力は使用者の魔力出力に依存する。だけど第二魔法の恩恵でほぼ無尽蔵に使い続けることが出来る。あの魔法少女もそれと同等か、もしくはそれ以上の再生力を有している?)
人形が走る。
回避行動の気配は無い。
ただひたすらにこちらに直進してくる。
ダン! と、地面を蹴った。
その衝撃を受けた地面が隆起するようにめくれ上がる。
「ッ! サファイア、防御障壁!」
「はい、美遊様」
バリア出力全開――攻撃を捨てて防御に全てを回す。
それを、人形が背筋をねじって突き出した拳がぶつかった。
防御自体は成功。
だが、その衝撃で美遊の体が吹き飛ばされ、近くの廃工場の壁面に叩き付けられる。
(再生能力に加えてこの攻撃力……! まるでバーサーカーのクラスカード……!)
舞い上がった土煙に巻かれて、ケホケホと咳を漏らす。
人形が地面に降り立った。
それを見止めたのも束の間、さらに美遊に向かって突進してくる。
(防御に専念しても生き残る自信は無い……。それだけの打撃力と、何より殺意しか感じられない……!)
殺される。
彼女たちを呼び出した大元の少女も、涙を流し続けながらもそれを止めるような意思は窺えない。
美遊は覚悟を決めた。
殺される前に、殺すしかない――!
太腿に備え付けられたホルダーからカードを一枚抜き取る。
それをステッキに当てて。
「ランサー、
瞬間、ステッキが姿を変えた。
紅に染め上げられた、大人の背丈以上もある手槍。
「
因果逆転の魔槍。
それは心臓を貫いたという結果を先取りし、放った瞬間に生命を穿つ呪いの一撃。
「――
まるで槍の方が使い手を引っ張っていくような感覚。
紅の軌跡が一直線に、人形の心臓を穿った。
が。
傷口をから夥しい血を吐き出しながら、人形が美遊に向かって猛追してくる。
(やっぱり効いていない!)
ランサーの魔槍がステッキへと形を戻す。
攻撃に回した魔力を、再び防御へと全力で回して空中へと逃れる。
その後を人形の抜き手が、廃工場の壁を抉った。
まるで紙切れを突き破るように、あっさりと。
壁の決壊に応えるように、廃工場自体が支えを失って倒壊する。
(やるしかない!)
カードを抜き取る。
セイバーのクラスカード。
「
美遊の周囲を光が覆う。
その光に巻き込まれた美遊から光が失われる時、それは現れた。
体の各部を聖銀の甲を守り、その手に握られるは黄金に輝く剣。
青い剣士の英霊、セイバーの威容が辺りを白く照らす。
剣に光が集まる。
小細工は要らない。
むしろ、今迄の展開からすれば、下手に接近することは死を意味する。
セイバーの聖剣を前に、滅びない敵は存在しない。
「
剣の輝きが爆発的に高まった。
曇り空とはいえ未だ明るい昼過ぎの景色を、更なる光が照らし出す。
「――
黄金に染まった光の帯が、人形を飲み込んだ。
衝撃が大地を抉り、掠めた光が廃工場を吹き飛ばしていく。
光が、急速に色を失っていき。
人形の姿は、踏ん張ったであろう足だけを残して消滅していた。
「……やった……?」
思った時、人形が残した足がカタカタと震え出す。
ずるりと、足から下半身が生えて。
続けて上半身、両腕、首。そしてその上へと再生が完了した。
ご丁寧に、衣服まで一緒に。
(なんていう不死身……!)
セイバーのクラスカードが排出された。
美遊の魔力容量では、宝具の使用は一度限りが精一杯だ。
元の魔法少女衣装に戻る。
「バーサーカー戦の焼き直しか……!」
「美遊様、撤退を! 敵は不死身、相手になりません!」
「イリヤ達を……、スノーホワイトさんを見捨ててはいけない!」
「美遊様!」
ハアハアと呼吸も荒く、肩で息をする美遊。
その横を。
「もう、いいよ」
スノーホワイトが通り過ぎた。
長柄の槍を手に、美遊の前へと立ちはだかる。
「ダメです、スノーホワイトさん! この敵には宝具すら通用しない! 一振りの槍で何とかなる相手じゃない!」
しかしスノーホワイトは振り向くことは無く。
「大丈夫」
優し気な声音で応えて。
「彼女たちは敵じゃないから」
そう告げた。
人形が足をバネのように引き絞って、駆けると同時、一直線に突進してくる、
スノーホワイトはそれが放つ拳の一撃を、槍の持ち手で受け止めた。
「安心して、ハードゴア・アリス」
その声掛けに。
応えるように、人形――ハードゴア・アリスが傍目にもわかるくらいに表情を変えた。
狂った気が沈むように、敵意が失せていく。
「怖いよね、痛いよね。でもそれと同じくらい、みんなも辛いんだ」
その言葉に。
「スノーホワイト……」
ハードゴア・アリスが、彼女の名前を呼び、応えるように膝を突いた。
「だから、ね? もうやめよう」
「ヴヴ……」と、獣が唸るような声を上げて。
ハードゴア・アリスはその場から、体の末端から煙が立ち昇っていって。
やがて、消え去った。
「ウソ……?」
美遊はただ呆然と、それを見届けるしかなかった。
その成り行きを見守っていた竜騎士の魔法少女が、不意に、頭を掻きむしり始めた。
スノーホワイトはその姿を見て、目元に涙を浮かべる。
「そうちゃん……」
スノーホワイトの呟きに、竜騎士が顔色に狂気の色を浮かべる。
そして。
「……私は、スノーホワイトを守る……。僕は、小雪を守る……。ああ……あああああ」
搔きむしる。
頭を掻きむしり続ける。
彼女の、狂気が膨れ上がっていくのが見てわかるほどに。
「守る……、スノーホワイトを……。守る……、小雪を……。ああああ、ああああああ」
顔色に狂気を張り付けて、竜騎士が苦しみ悶えるように天を仰いだ。
「あああああぁぁぁぁぁ――――ぁぁぁぁぁあああああッ!!」
絶叫を上げた。
竜騎士は跳び退り、廃工場の屋根へ張り付いて。
己の苦しみから逃れるように、工業区から逃げ出していった。
「……ラ・ピュセル……」
ポツリと、スノーホワイトが呟いた。
彼女の名前だろうか。
俯くスノーホワイトの眼から、大粒の涙が零れ落ちる。
地面を濡らしたそれは、淡く溶けて消えていく。
顔を上げ、スノーホワイトは正面を見据えた。
その視線に映るのは、黒い霧に包み込まれた少女。
「い、いや……!」
涙をこぼしながら、怯える少女。
躊躇なく近付いていくスノーホワイト。
長柄の槍が触れる距離まで近づき、それを掲げて。
後ろに向けて放り投げた。
「え……」
少女が呆然と呟く。
スノーホワイトは少女をそっと、抱きしめた。
「ごめんね、怖かったよね……。大丈夫だなんて言わないよ。だって貴女の周りには怖い人しかいないから。それは痛いほど、私にもわかるから」
美遊は成り行きを眺めるしかなかった。
いや、それで良かったのだろう。
さっきスノーホワイトが言った通り、彼女はきっと敵じゃない。
ただ、怖かったから反撃しただけなのだ。
イリヤといろは、やちよが廃工場から降り立ち、美遊の傍に立ち並ぶ。
「きっと貴女の苦しみがわかるのは、私だけ。貴女の魔法と同じ魔法を使う私だけなんだもの。だから誓って言う。貴女は怖がる必要なんてない」
少女は既に、泣き止んでいた。
ただ苦しげに、悲しげに、身を震わせながら、スノーホワイトに縋りついている。
「安心して。貴女のことは、私が守るから」
スノーホワイトが少女の肩に手を添えながら、彼女と視線を合わせてそう言った。
「みんな」
スノーホワイトが振り向く。
「私はこの子を守る。それに納得できない人とは一緒にいられない」
冷徹な声で、その声はイリヤ達を制していた。
「それでもいいなら、私と一緒に来て。でもここから先は多分、二度と元に戻れない道だから」
言って、スノーホワイトは少女を抱き上げる。
そしてそれ以上、何も言うことは無く。
無言を保ったまま、廃工場の屋根へと跳び上がって工業区の外へと去っていった。
残されたのは、カレイドの魔法少女と、神浜の魔法少女だけ。
「追おう。そして一緒に行こう、ミユ」
「イリヤ?」
イリヤの不意な言葉に、美遊は訝し気な声音で名前を呼んだ。
「きっとスノーホワイトさんはわかっていたんだと思う。だから自分が信じる魔法少女としての道を進んだ。私だけが、あの人が立ち向かおうとしている闇に背を向けるなんて、納得できない」
「でも、それって……。魔法少女狩りを守ることになるんだよ?」
「多分、私のやろうとしてることは最善じゃないんだろうけどさ。でもここでうじうじしてるなんて、ただ目の前の出来事から背を向けてるだけだよ」
「だから、私は行くよ」
そうイリヤは結んだ。
美遊はふうっと息をついて。
「それならいい。私はイリヤと一緒に行く」
「ありがとう、ミユ」
イリヤが振り向く。
二人の魔法少女へと。
「ごめんなさい、イロハさん、ヤチヨさん。私たち、これでお別れだね」
そう言うイリヤに。
「お別れじゃないよ」
いろはは応えた。
隣に立つやちよが、いろはの顔を見やる。
「魔法少女は希望を与える存在だもの。スノーホワイトさんはきっとみんなに希望をもたらすために戦う道を選んだんだって、それがわかるから」
いろはが胸に手を当てて吟じるように応えた。
「だったら、希望を願うことが間違いなんかじゃないって私は思うんだ。だから私は希望を持って、暗い運命と戦うよ」
「いろは……それは……」
やちよが言い淀む。
それを見たいろはは首を横に振って。
「やちよさんには迷惑をかけてごめんなさい。でも希望を願うのが間違いだって言うなら、それこそ間違いだって、私は何度でも言い返せます。私は、スノーホワイトさんを助けます」
いろはの言葉に、迷いは無かった。
そして、やちよは。
「……みかづき荘のリーダーは貴女よ」
「え?」
「チームのリーダーに従わない魔法少女はいないわ。それに、少なくとも私は以前、貴女の言葉に救われたから」
「やちよさん……」
いろはの顔がぱあっと、喜びの表情に満たされた。
「行きましょう。いろは、貴女が救うんじゃない。私たち皆で、スノーホワイトさん達を救うのよ」
「……はい!」
やちよの言葉に、いろはは強く頷いた。
そして、イリヤが最後の音頭を取る。
「みんな行こう! 明けないあの子たちの夜を払うために!」
その言葉に、皆は揃って頷き、「おーっ!」と熱血感にあふれた鬨の声を上げた。
* * *
神浜市に来て――。
そこできっと、全ての魔法少女は希望を見出せるから――。
どこの誰とも知れない囁きが、形を変えて魔法少女の運命の流れを定めようとしていた。
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