ティーパーティー専用テラス
静寂が支配するテラスにて、ナギサと先生が顔を合わせていた。
「あら、先生。お疲れ様です。補習授業部の方はいかがですか?……と言いつつ、すでにお話は聞いております。どうやら最初の試験は、上手く行かなかったようですね。ですが、まだ2回残っていますので」
先生はテーブルの上に置いてあるモノに視線を向ける。
「……ああ、これですか?チェスです、趣味でして」
チェスはあまり詳しくはないが、普通の盤面ではないということは先生にも分かった。
「……見慣れないタイプですよね?黒はキングとクイーン、あとはポーンだけ。白はキング、ルーク、ビショップ、ナイトが3~4個ずつ……きっとあまり見ない形でしょう」
『これ、1人でやってたの?』
「はい、今は私1人で。うるさいミカさんもチェスの強いレナさんもいらっしゃらないので」
チェスから視線を逸らして、お互いにティーカップを口に運ぶ。
夜風で少し冷めてしまったが、まだ暖かい紅茶で口を潤して再びお互いの目を見る形になる。
「今日は先生にお伝えしたいことがあったのですが……それよりも先に、先生の方から何か言いたげなことがあるように見受けられますね」
それほどまでに顔に出していただろうか?と先生は思うが、聞きたいことがあったためそれを聞く。
『3回とも不合格になったら……補習授業部のみんなはどうなるの?』
「…小耳に挟まれたのでしょうか?出処は……ヒフミさんですかね?」
平常心を保つかのようにナギサはいつもの表情で逆に先生へと問いかけ、先生もそれに頷く。
確かにヒフミは言ってはいたが、先生はそもそも気になっていたのだ。
3回不合格になったらどうなってしまうのか。
「彼女は、そういうところがありますからね。まあそれが、ヒフミさんの良いところでもあるのですが……」
困ったように言うナギサ。
だが、先生がそれを聞いてきた以上、隠す気はない。
「さて、質問にお答えしますと、簡単なお話です。試験で不合格を繰り返し、落第を逃れられそうにない。助け合うこともできない……だとすればみなさん一緒に、退学していただくしかありません」
『退学!?』
先生自身も最悪を想定していたモノであり……最も確率の高いモノでもあろうと睨んでいたものでもあった。
「もちろん、本来はトリニティにも落第、停学などに関する校則が存在します。ただ、手続きが長くて面倒でして、たくさんの確認と議論を経なければなりません。ゲヘナとは違って、我々は手続きを重要視しますので」
『…………』
「ですが今回急造された補習授業部は、このような校則を無視できるように調整してあります。シャーレの権限を少し組み込ませていただいたこともあり、このような処置を可能になっているのです。そもそもこの補習授業部は──」
そこで一度言葉を区切った。
ナギサは、考えるコレを伝えて良いものかと。
だがしかし、自分のやり始めたことであり、その為にこの部活の設立を認めさせたのだから……もう、後には引けなかった。
「生徒を退学させるために、作ったものですから」
『……!?』
まさかの事実に思わず、先生は息を呑んだ。
『どうして、そんなことを!?』
先生の問いにナギサの顔が険しいものに変わる。
「……あの中に、トリニティの裏切り者がいるからです」
『裏切り者……?』
ナギサの口から出た裏切者という単語に先生が困惑する。
「その裏切り者の狙いは、エデン条約の阻止」
「エデン条約」その言葉は以前の会談で聞いた単語であり。
こ子最近、聞くことの多かった言葉だった。
「この言葉の持つ重さを理解していただくには……「エデン条約」とはなにか、という説明が必要ですね」
ナギサはエデン条約についての説明を始める。
「「エデン条約」……簡単に言いますと、トリニティとゲヘナの間に結ばれる不可侵条約です。その核心はゲヘナとトリニティの中心メンバーが全員出席する、中立的な機構を設立することにあります」
ゲヘナとトリニティの中心メンバーが全員出席する、中立的な機構……例として出すなら連邦生徒会のような組織がいい例だろう。
「「
先生は、ギヴォトスに来てからある程度の情勢を調べ上げた上で、ゲヘナとトリニティの確執はかなり深いことは理解していた。
互いに睨み合いを効かせ、時には紛争に近いことすら度々起こっていたのだから、その重要性は語る必要性もないだろう。
「これにより、二つの学園の間で全面戦争が起きることは無くなります。誰かが踏み込めば両陣営が仲良く共倒れしてしまうことになりますので」
長きにわたるゲヘナとトリニティの小競り合いや紛争。
そのまま放置しておけばお互いに益はない。
それを防ぎ、均衡を保つための「エデン条約」なのだ。
「……これは、連邦生徒会長が提示した解決案でもありました。彼女が行方不明になって一度は空中分解しかけたものを、私達の元でどうにかここまで立て直したのです」
それは、容易なことではなく、とても大変だった。
レナの助力がなければ途中で折れていたかもしれない。
「そしてこの念願の条約が締結される直前まで来た、このタイミングで……これを妨害しようとするものたちがいるという情報を耳にしました。まだそれが誰なのかはわかりません、特定には至りませんでした。そこで、次善の策として……その可能性があるものを一箇所に集めたのです」
ナギサがティーパーティーの権限を最大限に振るい、決して外部には情報が漏れない様に4人まで絞り込んだ、容疑者リスト。
それが補習授業部に集められた4人の生徒たちだった。
「……裏切り者は、補習授業部あの場所にいます。ですが、誰なのかはわかりません。であれば、一つの箱にまとめてしまいましょう……いざという時はまとめて捨てやすいように…………そろそろお分かりでしょう。それが「補習授業部」です、先生にはその「箱」の制作にご協力いただきました」
なるほど自分はまんまと利用されてしまったのだと先生はここで理解する。
「……ごめんなさい」
ナギサは謝罪する
彼女は本来のこのようなことをする性格ではない。
彼女の持つ優しすぎる性格では人を切り捨てることなどできないのだ。
だが今回、この条約のこと、そしてセイアのこともあって、心を痛め、自分の感情を押し殺し、大義のために犠牲を出すことを選んでしまった。
「こんな、血生臭いことに先生を巻き込んでしまいました。私のことは罵っていただいて構いません」
『……でも本当に私を利用し続ける気だけだったら、こうして今話してくれないよね』
「……流石ですね、言っても信じてもらえるかどうかとは思っていましたが、おっしゃる通りです。こうなったらお話は早いですね」
お互いに呼吸を呑む。
どんな言葉が飛んでくるか、先生はすでに分かっていた。
それでも、この言葉は伝えておかなければならないのだ。
「…先生……補習授業部にいる裏切り者を、探していただけませんか?」
『…………』
「先生を、トリニティを騙そうとしている者がいます。平和を破壊しようとするテロリストです。私たちだけではなく、キヴォトス全体の平和を、自分たちの利益と天秤にかけようとしているのです」
「エデン条約」、その重要性を説いた上でのそれを破壊しようとする者がいるという解説。
裏切り者を探し出して欲しいというのは話の流れとしてはあまりにも完璧と言えるだろう。
「裏切り者を探し出すことが、キヴォトスの平和に直結します。いかがでしょう、連邦捜査部シャーレとしてご理解いただけると幸いなのですが──」
『……私は、私のやり方で、その問題に対処させてもらうね』
それでもなお、先生は自身の信念を貫き通す。
「……そうですか。わかりました。ですが先生。ゴミを細かく選別して捨てるのが難しい場合、箱ごと捨ててしまうというのも手段の一つ、そうは思いませんか」
ナギサも止まる事はない。
もとより、全て覚悟した上でこの計画を進めているのだ。
たとえ、先生すらも敵に回すとしても。
……それが、たとえ、レナを敵に回してしまうことであっても。
「……それから一点、試験については基本的に私たちの、いえ私の掌の上にあります。例えば「急に試験の範囲が変わる」ですとか、「試験会場が変わる」ですとか「難易度が変わる」ですとか……ええ、もちろんそう言った事は起きないことを祈りますが……失礼しました、良くないものの言い方でしたね。それではこれからも日々続き補習授業部をよろしくお願いしますね、先生」
それは、明確な脅しだった。
誰にでもわかる、これ以上ないほどの脅し文句だ。
だが、それでも先生の態度が変わる事はない。
それに。
『それを、レナが許すとは思えないかな』
先生もまだ出会ってから少ししかたっていないが、彼女の人なりは見えた。
そして、この会合でなぜたびたび補習授業部の勉強会に来るのかもわかった。
彼女は全員を合格させると同時に裏切者を見つける気なのだ。
余計な犠牲を出さないように。
そんな彼女がそんなことを許すとは思えなかった。
「……ええ、そうでしょうね。私自身そう思っています」
『そう』
それでも、彼女はやるつもりなのだ幼馴染を敵に回しても。
ならこれ以上言うことはない。
紅茶を飲み干して、席を立つ。
「最後に、一次試験に於いては私の方で如何なる操作もしていません。この部分についてはレナさんに誓って嘘ではないことをお約束します」
先生が扉に手をかける。
秘密の会合はこれにて終わりだ。
「先生のやり方……それが、トリニティに利するものであることを願っていますね」