序章
――ふと、目が覚めた。
目を開けるとそこは見慣れたシャーレの部室ではなかった。
そこは、色とりどりの花が咲き乱れるなだらかな平原だった。
春のような温かい陽射しと時より吹く穏やかな風がとても心地いい。
まるで絵本の世界に迷い込んでしまったかのようなとても美しい景色の広がる場所だった。
そんな光景を見て感じながらなぜ自分はここにいるのだろうと考える。
自分のここに来る前の記憶を思い返えそうとするが、どこかぼやけていてよく思い出せない。
恐らく寝ていたと思うのだが。
もしかして、目覚めていると錯覚しているだけでまだ自分は夢を見ているんじゃないだろうか?
というか、そもそもここは一体どこなのだろうか?
私はこんなに美しい景色はギヴォトスに来る前も来た後も見たことがない。
私の行ったことのある場所には必ずどこかしら建物や道といったものがあったがここにはそういった人の手が加えられた形跡が全くない。
まさに前人未到の地というにふさわしい場所だ。
「おや、こんなところに人とは珍しい」
そんなことを考えているとどこからか声が聞こえた。
「やあ、こんにちは」
どこから聞こえたのだろうと思い少し周りを見てから前を向くと先ほどまで誰もいなかったところに質素ながらも上品な白いローブを着た男性がいた。
「おや、君は……なるほど、そう言う縁か」
男性は私を見ると顎に手を置いて独り言を呟く。
私がどうかしたのだろうか?
「ん?ああいや、君が気にすることは無い。こちらの話さ」
彼はそう言ってこちらに向き直る。
あなたは?
「私はマーリン。花の魔術師マーリンだ。気軽にマーリンさんとでも呼んでおくれ」
マーリン。
どこかで少しだけ聞いたことのあるような気がする。
私はマーリンさんに問う。
ここは?
「ああ、そういうことは気にしないでいい、これは君の見ている夢のようなものだ。時期に目が覚めるし、覚めてしまえばここでのことも朧げな記憶となってしまうだろう」
……なるほど。
ここがどこなのか知りたいが、あまり気にしないことにしよう。
「本当なら私が君を見ることはあってもこうやって会うことはないはずなんだけどね。うん、どうやら彼女との縁が君をここに連れてきてきたらしい」
彼女?いったい誰のことだろう?
「ああそうか、君はまだ出会っていなかったか。すぐに会えるよ君ならね」
そうなのだろうか?
けれど、なんとなくだけど彼がそういうならそうなのだろう。
「それに、彼女もまた大きなものを背負う者だ。お互いに引き合うだろう」
大きな運命……
「……本来なら彼女は僕が導くべきなのかもしれないんだがね。私はここにある幽閉塔で引きこもりの身だ。それに
……大丈夫。
多分だけど、その子も私の生徒なんでしょ。
なら私が手を差し伸ばすよ。
それがどんなに大きなものだったとしても。
だから任せてほしい。
私がそういうと彼は面食らったような顔をする。
「……なるほど、分かっていたつもりだったがまさかこれほどとはね……うん、なら任せるとしよう」
視界が一瞬ぐらりと揺れる。
「どうやら夢から目覚めようとしているらしい」
視界がぼやけていきどんどんと遠ざかっていく……
「それでは、大きな運命を背負わんとする君よ。君がこれからどんな物語を紡ぐのかこの最果ての島から見守らせてもらうよ」
………………………………………………
トリニティ総合学園 ティーパーティー専用テラス
そこにはいつものように私とミカとナギサが座っておりお茶菓子と紅茶を楽しみながら会話に花を咲かせている……訳ではなかった。
今回私たちは一人のお客様を招いていた。
黒いスーツと白いインナーシャツに所々に青い意匠が施されたそのコートを着た人物。
その腕には連邦捜査部『S.C.H.A.L.E』の所属を意味する腕章が安全ピンで止められている。
その人物は最近ギヴォトス中で噂になっている”先生”だった。
「へー、これが噂の先生かー。私たちとあんまり変わらない感じなんだね?」
初めて見る先生をジロジロ見てミカはそんな感想を零す。
「ミカ、やめなさい失礼でしょ」
「あはは、ごめんごめん。」
「……すみません。改めまして自己紹介を。私はティーパーティーホスト、桐藤ナギサと申します」
ナギサはカタンとティーカップを置いて、その場で小さく会釈した。そして両隣の二人を一人ずつ手で指し示す。
「そしてこちらが同じくティーパーティーホストの聖園ミカさんです」
「よろしくね、先生!」
ミカは菓子を口に運ぶ手を止め、ぱあっと手を振った。
「そしてこちらが……」
「ティーパーティー、ルーラー、紅レナと申します」
私はその場で会釈する。
一通りの紹介を終え、改めてナギサは目の前の先生に向き直る。
「この三人が現在トリニティ総合学園の運営を担うティーパーティーとなっています」
『そっか三人とも、これからよろしくね』
立ち話もアレということで、先生のためにテーブルに椅子を一つ追加して、ナギサはティーカップを差し出した。
その席に座り、先生は珍しそうにバルコニーからの景色を少し眺める。
「……トリニティの外の方が招待されるのは、少なくとも私の記憶では先生が初めてです。普段はトリニティの一般生徒たちも簡単に招待されないでして……」
「あー、何それナギちゃんちょっといやらしい!恩着せがましい感じー!」
「……」
「ミカ静かに。ほら、あーん」
ミカの茶々入れにナギサが黙り、ナギサの機嫌が悪くなりそうなのを感じて私はミカの口にケーキを運んで黙らせる。
「……失礼しました、先生。そういった意図はなかったのですが」
『ううん、大丈夫だよ』
「ありがとうございます」
ナギサは話を続けた。先生はテーブルの上に乗ったマカロンに舌鼓を打ちながら話を聞いていた。
「……では、あらためて。こうして先生をご招待したのは少々お願いしたいことがありまして……」
「おぉ~……ナギちゃん、いきなりだね!?もうちょっとこう、アイスブレイクとか要らないの?小粋な雑談とかは?天気が良いですねとか、昨日は何を食べたのですか、とか、そういうのは挟まないの? ほら、ティーパーティーって基本的には社交界なんだし?」
「……」
「ほら、ミカ少し黙ってましょうね」
「でも、レナちゃん——」
「ほら、あーん」
「あーん」
それでも相変わらず茶々を入れ続けるミカに対して、ナギサは冷ややかな目線を向ける。
これ以上はまずいかも、そう思いミカが口を開く前に私ががミカをもう一度黙らせる。
「……そうですね。ミカさんの言う通り、少し話の方向を変えましょうか」
落ち着くために紅茶を飲んで彼女はそう言った。
『えっと、あなた達がこのトリニティ総合学園の生徒会長なんだよね?』
「ほら、ナギちゃん見た?これが大人の……」
「ミカ、静かにね」
「……」
また少し苛立つ心を抑えるように少し目を閉じた後、ナギサは彼女に答えた。
「……はい。おっしゃる通り、私達がこのトリニティ総合学園の生徒会長
『生徒会長……たち?』
「それは当然の反応だと思います。説明いたしますと、まずトリニティ総合学園は2つの独裁を防ぐ安全装置のようなものがあります」
ナギサはミカを静かにさせようとしている私の方へ目を向けてくる。
「一つは彼女の存在……「ルーラー」。こちらは他の学園の会計、書記、副会長などを合わせたようなものとお考え下さい。そしてもう一つ、トリニティ総合学園は生徒会長を代々複数人で担うことでその権力を分散させることで独裁が起こることを防いでいるのです」
「おお!分かりやすい解説だね!ナギちゃんらしくない!」
「ミカ」
私が何度止めようと止まらないミカの適当な合いの手に、ナギサのティーカップを持つ手が震え始め、カタカタと音をたてる。
ああ、これ以上はほんとにまずいかも。
………………私も少し、思ったけど。
「昔……「トリニティ総合学園」が生まれる前、各分派の代表たちが紛争を収めるために……」
「あれ、ナギちゃん無視?もしかして無視かな?ナギちゃーん?」
「ミカ、静かに」
「パテル、フィリウス、サンクトゥス――」
「うわ無視だ無視だ!ねえレナちゃん酷くない?私達もう十年じゃ済まないくらいの付き合いだよね?お互いに一番のお友達みたいなものだよね?なのにこれはさあ——」
「ああもう五月蝿いですね!?」
ついに、ナギサの我慢ゲージが上限を突破した。
ああなると彼女は人の目なんてお構いなしに素の自分が出てしまう。
勢いよく置かれたティーカップから僅かに紅茶がこぼれた。
私は額に手を当ててため息をつく。
「ひぇっ……」
「今、私が説明しているんですよ!?それなのにさっきからずっと!横でぶつぶつと……!どうしても黙れないのなら!」
ナギサは自身が気合を入れて巻いてきたフルーツをふんだんに使ったロールケーキの乗った皿を手に取って勢いよく立ち上がる。
「その可愛らしくて小さな口に……ロールケーキをぶち込みますよ!?」
「……」
そう言われたミカはその場で固まってしまう。
先生も同様に。
「……ごめんなさい、先生。ミカとナギサが。…………あとでミカには注意しておくわ」
「え」
いたたまれなくなって先生に謝罪する。
『あ、ううん。大丈夫だよ』
その間に正気に戻ったナギサは、頬を赤らめながらロールケーキをあった場所に戻して謝罪した。
「……お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
「ね、ねえ、レナちゃん注意って……」
「ナギサ、早く本題に」
「そうですね……」
ナギサは紅茶を飲んで一息つくと今回の本題を話す。
「今回、私たちが先生をお呼びしたのは、先生にはとある部活の顧問になってもらいたいのです」
『顧問?』
首を傾げながら、先生はナギサに聞く。
「……補習授業部の顧問になっていただけませんか?」
『補習授業部?』