麗し月の影法師   作:オードコロン

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第1話 駅で見かけたあの人

 

 

 

 

彼に出会ったのは、空気の冷たさが肌を刺すある満月の日だった。

 

 

私が勤める会社は、所謂ブラック企業である。

辞めるタイミングを見出だせずに早2年、終電帰りの生活が何ヶ月も続き、精神も体もボロボロになっていた。

 

 

度重なる残業に徹夜、かといって終わらない業務。こなすことなんてほぼ不可能なノルマ、入社して1年も経たずにで辞めていった同期達、クソ上司からのセクハラ発言。エナドリや眠眠打破にお世話になることが当たり前になってきた今日このごろ。

 

 

私はやっとの思いで今日のノルマをこなし、終電に間に合うかどうかの瀬戸際をヘロヘロの足で息も絶え絶えになりながら、必死こいて走っていた時だった。

 

 

嫌になる程の寒さが、防寒具を貫いて体に突き刺さる。それでも、終電に遅れる方が不味いので、意地で走り続ける。

 

 

家に帰っても数時間の睡眠、もう何ヶ月もまともに取れていない食事。いい加減人生がどうでもよくなってきた。

 

 

苛立ちを原動力に足を進める、もはや何のために働いているのか分からなくなってきた。

 

 

ろくに回らない頭では、ずっと死ぬことしか考えられなくなっていた。

 

 

もう、いっそのこと、楽になってしまおうかな…

 

 

いや、まだ死ぬわけにはいかない、奨学金返し終わってないんだもん。ここで死んだら親に迷惑かかる。つーか死にたいとか考えるな自分。

 

 

僅かばかりの理性を振り絞って、なんとか帰路に着いていた私は、駅まであと僅かの横断歩道を渡ろうとして、安全確認の為に右を見ると、妖しいネオンの光る路地に向かう麗人が目に入った。

 

思わず足が止まってしまった。

 

 

「わぁ……綺麗な人…」

 

 

白い息を吐きながら、誰にも聞こえない声量でそう呟く。

 

 

終電の事なんて、とっくに頭から消えていた。

 

わざわざ足を止めてまで気になるのかと思うかも知れない。

 

だが、寧ろ止まって当然だ、ネオンの灯りに照らさた彼に目を奪われない者はいないだろう。

 

 

 

 

其れ程に彼は美しかった。

 

 

 

 

いの一番に目が向いたのは、何処か儚さを感じる彼の美しい横顔であった。

 

 

彼はこの世の者とは思えない程、麗しい顔立ちをしていた。

 

 

蝶や華ですら例えるのに値しないほどの美しさ、時代が時代ならば、国の一つや二つ余裕で傾いて仕舞うほどの美貌である。

 

触れたら解けて消えてしまいそうな程の白い肌に光るのは、深い翠色の眼であった。

 

 

私はきっと、その翡翠の様な眼で見つめられたら、動けなくなってしまうだろう。

 

 

次に目に入ったのは、長く、其れでいて艶やかな輝きを携えた深緑の頭髪であった。

 

 

まるで天女の羽衣のごとくふわりとなびくその頭髪からは、得も言われぬ良い香りが漂いそうなほどだった。

 

 

細く締まった体に、私の背など優に超えてしまうほどの背丈。

 

 

シンプルなニットスタイルに映える体躯、羽織っているコートによく合う赤色のマフラー、両耳にはセンスのいいピアスが光っている。

 

 

 

 

陳腐な言葉かもしれないが、一目惚れだった。

 

 

 

 

 

もはや、この世の言葉では言い表せない程の魅力であった。心を奪われるとはまさにこういう事なのだろう。

 

 

 

寒さを忘れるほどの夢見心地な気分に浸っていたのも束の間、鳴り響き始めた駅のアナウンスによって現実に引き戻されることとなった。

 

 

 

「!!ヤバいヤバい、流石に終電逃すのは不味い!!!早く行かないと!!!」

 

 

 

自身を焚き付けるかの様に大きな声を出して、ヘロヘロの足を動かしてダッシュする。

 

 

周りの目なんて気にするものか、この電車に間に合わなかったら、この寒さの中ホテル探しで歩き回る羽目になるのだ、それだけは絶対に嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひー、なんとかぁ、っはぁはぁ…… まにあったぁ…」

 

 

 

 

なんとか終電にこそ間に合ったが、口の中が血の味でいっぱいになった。

 

 

日頃の運動不足を祟るぞ…自分…

足が攣らなかっただけマシかもしれない。

 

 

 

それはそれとして、もう二度と走りたくない。

 

 

 

荒くなった呼吸を深呼吸で整える。

電車内は少しだけ暖房が効いていて暖かい…

日々の疲れも相まって、眠気が襲ってきた。

 

 

 

だが、それよりもあの麗人の事が気になって仕方がなかった。

 

 

 

あんなに綺麗な人なんだ、まさか一般人なはずは無いだろう。

 

 

「モデルか俳優さんかな…」

 

 

ぼそぼそと独り言を呟きつつ、重くなった瞼を上げて、ヒビの入ったスマホで検索をかける。

 

 

 

「……ん〜出てこない…デビュー前とかなのかな、いや、だとしてもねぇ…普通はあの通り行かないよね…」

 

 

 

彼が向かっていたのは、ここらでも有名な歓楽街である。

 

 

幾らデビュー前のタレントとは言え、女遊びを許されているとは思えない。

 

 

「やっぱり、一般の方なのかな…それにしても綺麗な人だったなぁ…」

 

 

終電に響く私の独り言に応えるように、アナウンスが鳴った。

 

 

「あ…もうそろそろ降りなきゃな…」

 

 

 

少しだけ明日の終電が楽しみになった。

 

 

 

――――夜麗影Side―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

遊び相手が待つ歓楽街へ足を運んでいる最中、ふと背後から

 

 

「!!ヤバいヤバい、流石に終電逃すのは不味い!!!早く行かないと!!!」

 

 

 

と物凄い大声がして、何だと思って振り返るとどうやら残業帰りらしきレディの姿が見えた。

 

 

 

『ヘロヘロじゃないか…大丈夫だろうか…』

 

 

 

流石に心配になるほどに、そのレディの足取りはふらついていた。

 

 

 

今にも転んでしまいそうで、一瞬声を掛けようか考えたが、それよりも早く今夜の遊び相手に見つかってしまった。

 

 

 

[あ〜リー君!やっと来た〜 私が何分待ったと思ってるの?ねぇ、もしかして…私を差し置いて他の娘たぶらかしてたの?!]

 

 

 

本当に、タイミングが悪いな。君と遊ぶ時はいつもこうだ。直ぐにヘラる君の機嫌を取るのだって面倒くさくて仕方ない。

 

 

 

『ごめんごめん、ちょっと用事が長引いてしまってね。こんな寒いのに待たせてごめんね…』

 

 

 

 

彼女の手を包み込む様にして握り込む。

長い間外で待っていたのだろう、芯から冷えそうなほど彼女の手は冷たかった。

 

 

 

[わわっ!急に手握らないでよ!びっくりしたじゃんか〜 んふふ、リー君の手温かいね。]

 

 

 

まぁ、さっきまで別の娘と遊んでいたんだけど、急にグズって泣き出して萎えたから君を呼んだんだけなんだけどさ。

 

 

 

「君との約束を僕が破るわけ無いだろう。それに、君を越すほど美しいレディなんて中々居ないよ。本当に、待たせてしまってごめんね…」

 

 

 

[な〜んだ!びっくりした〜。リー君が私以外と遊ぶ訳ないもんね!それはそれとして、すっっっっごく待ったんだからね!本当に、風邪引いちゃうところだったじゃん!]

 

 

 

他愛も無い言葉で調子を合わせれば直ぐにご機嫌になる。チョロいな、本当に。

 

 

 

[さっ!早く行こうよリー君!私、リー君に会えたの久しぶりで、早く遊びたくてしょうがないんだよ〜]

 

 

 

いつもの様に貼り付けの笑顔でニコリと笑って、思ってもないような言葉を口にする。

 

 

 

『うん、それじゃ行こっか。僕も君と会えるの楽しみにしてたんだ。』

 

 

 

歓楽街の夜はまだまだ長い。愉しむのはこれからだ。今日は一体何人の娘を味わえるかな、楽しみだ




誤字やこれはアカンでしょって表現があれば教えて頂けると幸いです。
今まで、ハーメルンは読み専で投稿する際のルールを把握しきれてないので、その都度教育してくださると有難いです。
投稿初心者ですがよろしくお願いします!
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