111-11   作:いちごケーキ

5 / 6
5 信用

 

 

 

 

メンタルを少し削られた黄瀬は、顔を真っ赤にしている笠松をほんの少しだけ心配しながら(本人にとっての)雑談を話し始めた。

 

 

「あの2年数学の教師、絶対生徒食ってるでしょうね。先輩も気を付けてくださいよ?……まあキャプテンの事は好みじゃないみたいですけど」

「う、うぅ……いやいやいや、教師を変態扱いすんな!」

 

実は異性恐怖症を患っている笠松キャプテンは顔を真っ赤にしていたが、黄瀬の暴言に反応して軽く怒っていた。

 

 

「いやいや、俺って割と変態ホイホイっすよ?

イケメンフェイスと知名度あるんで……ヤバそうな奴が、偶に経験則で分かるんですって!」

「えっ…………マジの話?」

 

初めて見た黄瀬の真剣な顔を見て、彼が本気で話していると気付いた笠松。

身近に、本当にヤバイ奴がいるのかもしれないと、先程まで赤かった顔を青くし始めた。

 

 

「そりゃもちろん。俺がキャプテンに、そんなしょーもない嘘を言う必要が無いじゃないっスか!

それに……そんなので嵌める位ならファンの子を遠隔操作した方が、俺が直接疑われなくて済むんで!」

 

何やら実感の籠もった言葉を言いながら、彼は肯定した。

ちなみにファンを利用した攻撃は、実際一度やった事があるらしい。

悪名高い映画監督に目を付けられた結果、防衛せざる負えなかったのだ。

 

だから勿論、言葉で丸め込もうとしてくる程度の実害しかない女教師にはそんな事なんてしないし、チームの輪を乱したと判断したら軽く蹴り飛ばしてくる程度のキャプテンにも遠隔攻撃などしない。

 

 

笠松は青白い顔をしながら、恐恐と問いかけた。

 

 

「お前……1人で毎日帰るのは……」

「俺が変態か判断するのって、100%当たる訳じゃないんですよねー

それにバスケ部のメンバーだと、物理的な報復狙いのリスクもありますし。俺は確かに格闘技齧ってますけど、わざわざ危険を犯す必要は無いっすよ」

 

様々な犯罪行為から、恵まれた身体能力と動体視力で物理的に逃げて来ている黄瀬。

人間不信になっても仕方ないというか、もし彼の心が弱ければ世を儚んで自殺していそうな境遇も経験していた。

 

 

「……お前が、俺達を一切信用してない事は分かった

でも確かに、知名度が高過ぎる元子役の黄瀬なら仕方のない判断なのかもしれねぇ」

「……殆どの善良な人には申し訳ないですけど、自衛必要なんで許してください」

 

流石に99%の人間は犯罪行為をしないと理解している黄瀬だな、残り1%の奴の被害が大きいから仕方なかった。

一応彼は野性的な直感で、笠松先輩は悪い奴じゃないと確信しているのだが……

 

だからといって黄瀬は、完全に警戒を解ける程素直な性格はしていない。

悪い奴に騙されて、無意識に使われる人間もいるからだ。

 

 

「なんか、スゲェ大変なんだな……かなり同情したわ」

「はは、まぁギャラはけっこう貰ってるんで有名税って所ですかね」

 

 

 

 

 

 

本来は近くのコンビニによって、安いアイスでも奢ってやろうかと思っていた笠松。

だが、こんな闇深い話を聞いた後で脇道に逸れようとは言えなかった様で、駅に直行した。

 

 

黄瀬が乗る電車が来た事を確認してから、笠松は普段使っているホームに向かおうとしている。

 

 

「じゃあまた明日な、黄瀬!気を付けて帰れよー

……後、信頼出来るチームメイトを1人位は見つけろよ」

「はーい、ではまた明日!モデル活動が入らなければ!」

 

軽く手を振りながら電車に乗った黄瀬は、がらんどうな電車の中で思わず呟いた。

 

 

「……俺、笠松先輩の事は割と信用してるんですけどね」

 

まだ入部してから2週間程しか経っていないが、バスケ雑誌で統率力があると謳われる笠松のキャプテンシーは、実は割と黄瀬にも通用していた。

 

彼は、好意的な善人に相当弱かったからだ。

笠松を一言話して、悪い奴だろうと考える人は滅多に居ない位、彼は光属性の人間だった。

 

 

 

 

 

 

次の日、黄瀬は昨日の事を全部忘れようとしたが、笠松先輩が良い人だと言う事は忘れられなかった。

彼は腐った性根の割に、希望に突き動かされて走る人間な為、こんな人が同年代にいたらな……という想いを忘れられなかったのである。

 

別に先輩後輩関係でも仲良くなる事は可能な筈なのだが、黄瀬は最後まで友好的な先輩を1人も見た事が無いので、仲良くなる事は不可能だと思い込んでいた。

 

 

黄瀬は部員達と1人も仲良くないにも拘らず、毎日しっかりとした声で挨拶をしている。

腐っても芸能活動で食って来た人間な上、元々は真面目な性格をしているからだ。

 

 

「おはようございます!」

「……おはよう」

「はよぅ」

「はよー、笠松と2人の帰り道はどうだったのよ?」

 

ボソボソと一応返事をする先輩達に、表面だけの笑顔を返している黄瀬。

 

正直彼は対して演技が上手い訳でもないので、取り繕っているだけだと完全にバレている。

そもそも彼の得意とする表現はオーバーリアクションでバラエティ受けする表情なので、日常でやってしまうと違和感がかなりあった。

 

あからさまに外面だけ見せてくる後輩にもめげず、森山先輩が話し掛けてきた。

黄瀬はヤバい教師の話をして拡散されて目を付けられても嫌だし、笠松キャプテンの弱点を売るような真似もしたくないと少し悩んだ。

 

 

「……別に普通だったと思います。鍵を返した後は、しょうもない雑談したりしてました」

「あーなるほど、笠松が女性教師にハートを撃ち抜かれてたんだな?」

 

誤魔化し体勢に入った黄瀬を見ながら、笠松は普段のからかいより遥かに嫌そうな顔をした。

後輩に危害を加えそうな奴にデレデレしていたと言われるのは、当然嫌に決まっている。

 

 

「ちげーよ!!……つか今日の朝、監督とも話したんだけど、やっぱり言わせて貰うわ……2年の数学教師が、黄瀬を狙っている可能性が非常に高い」

『は?はぁ??!』

 

どうでもいい雑談から急に事件性のありそうなストーリーが出てきて、部員達は大層困惑していた。

 

 

「いや待て待て笠松、何かの勘違いじゃないか?!あんな美しい人が、コイツに何かしようなんて……」

「決めつけは良くないような気もするけど……お前の事だから、何か理由があるんだろ?」

 

森山と小堀の3年生コンビがキャプテンの笠松に問いかけると、彼は重々しい口調で話し始めた。

 

 

「黄瀬が怪しいって言うから、武田監督に相談してみたんだけど……

あの人、黄瀬が職員室に訪れる時間帯辺りで、しょっちゅう理由つけて他の教員を追い出してるらしいんだよな……ここ2週間で噂になってるらしいぜ」

『やべぇ……』

 

あからさまな証言が出てきて、大多数の部員が顔を青褪めさせていた。

生意気な後輩だろうと、トンデモナイ目に遭いそうだと聞いたら心配する程度の善性はあるらしい。

 

 

「だけど物証がないから、追い出すのは今の所できねぇ

だから黄瀬が職員室に行く時は、なるべく誰か付いていってやってくれ」

『はいっ!』

 

部長の締めくくりに同意した部員達。

今まで一匹狼を貫こうとしているエースに腹が立っていた上級生達も、心なしか哀れなモノを見る目で見ていた。

 

黄瀬はそんな彼らの目線に対して若干嫌がりつつ、意を決して反論した。

身の回りの物理的な危険に繋がる為、嫌われようとも言わなければならないのである。

 

 

「あの……俺目線だと、教師もチームメイトも信用出来る理由が無い事に変わりはないんですけど……

いや子役時代、今まで善意を装って来た人に危害を加えられそうになった事もあるんで、あんま他人を信用出来ないっていうか……すみません

それに俺は格闘技も多少出来るんで、相手が物理でやって来た時に抵抗できない人がいると、人質に取られそうで逆に困るっていうか……」

 

『…………』

 

全く信用出来ないと直球で言われた部員達は、微妙な顔をして黙り込んでいた。

俺らはそんな事しねぇけど、今まで被害に何回も遭ってきたなら警戒してもしたりねぇよなと同情していたのだ。

 

 

「……じゃあ先輩命令だ、職員室には行くな!」

「えっ、それじゃあ鍵が返せないんですけど?!」

 

嫌そうに叫んだ黄瀬。彼にとって例の教師は、1人だけなら勝てるのでリスクが低かったのだ。

何もされた事がない、入部して2週間の先輩達と一緒に行動する方がリスクが高いと冷静な目をして判断する辺りに、彼の闇深さが現れている。

 

ちなみに彼は前世、一時期日本のスラム街と言われる所で育っていた。

 

 

「……俺らは普通に考えて部活停止が怖いし、ガチの暴力なんて振るわねぇだろ」

 

実は半年前、土壇場のパスミスで負けてOBからの誹謗中傷に晒されたキャプテンが言った。

精神的な揺さぶりはあれど結局1度も暴力は無かったから、その辺の倫理感を信頼しているのだ

 

まぁ言葉の暴力はあるあたりが、お察しな民度を表している様な気もするが……

まぁそれは黒子のバスケ世界だとデフォルトなので、海常バスケ部が突出して悪い訳でもない。

 

 

「だと良いんですけどね。何かしら弱みを握って好き勝手しようとする輩なんて、どこにでもいますから……

暗い話は辞めましょ!それよりはまだチームワークの話でもしてた方がマシっすよ!」

「まぁそうだな。まずはエースが、信頼出来る仲間を見つける事が先だよな……そろそろ朝練行くぞ!」

『おうっ!!』

 

話し込んだ事によって予定時刻を少し過ぎていたので、慌てて走り出した海常バスケ部。

黄瀬は笠松先輩が誤魔化されてくれた事に安堵しながら、ふと思った。

 

 

(そう言えば……俺の身の回りを心配して対策しようとしてくれた人で悪意を隠し持ってなかった人って、兄貴とお母さん以外にいたっけ?)

 

13年と15年生きてきて、致命的に悪人と会う率が高かった彼は、また騙されるのではないかと内心青褪めていた。

流石は元子役の演技力というべきか、感情を表に出す事は無かったが。

 

カメラ目線みたいな微笑みを浮かべたまま、吐く人もいる様なハードワークを簡単に熟していた。

キセキの世代と呼ばれているのは、伊達じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

朝練習が終わり、授業を挟んで午後練が終わった後、海常高校のメンバーは着替えて帰ろうとしていた。

 

 

「あ、俺着替えに時間掛かるんで!鍵当番やりますね!」

『…………』

 

問題大有りだと思った部員達だが、信用されていないと分かっているので何も言えなかった。

そんな空気を察した笠松が勇気を振り絞り、掠れ声でこう言った。

 

 

「……じゃあ、俺が、鍵当番するから……黄瀬は、着替え終わったら、先帰れ」

「いやいやいや!何かあったら抵抗できなさそうなキャプテンを置いてくのは、流石に良心が痛むんですけど?!」

 

上級生達も、女性恐怖症の笠松に対処させるのは無理だろうと頷いていた。

それならまだ、狙われてようが対処に慣れてそうな黄瀬に任せた方が、まだマシだ。

 

友人への贔屓含め、そう考えた彼ら。

そんな空気の中、笠松の親友の小堀が代表して言った。

 

 

「別に笠松である必要はない。鍵を返しに行くのは、俺でも良いだろ」

「う゛ぅん……悪いな小堀。黄瀬もそれで良いか?」

「……そうですね、分かりました」

 

嫌だったが、合理的な判断をしようと渋々了承した黄瀬。

だが彼が本気で困っている空気を感じた笠松は、嘘は許さないとばかりに睨み付けてこう言った。

 

彼は、人が困っている事を見抜くのが妙に得意だった。

 

 

「黄瀬、本当は嫌なんだろ。何でだ?ちゃんと話したら怒らないから言ってみろ」

「……いや、えーっと」

 

笑って誤魔化そうとした黄瀬だったが、笠松の眼圧に負けて話し始めた。

 

 

「あはは……だって小堀先輩、俺の事が嫌いなので

確かに悪い人じゃないのかもしれないですけど、2人でいるのは気不味いっすよ」

 

人の好意には鈍いのに、悪意には異常に敏感な黄瀬。

悪い人ばかりを見てしまい、人の善意を信じられなくなる負の連鎖から、抜け出せなくなっていた。

 

 

「……まぁ昨日見抜いてたし、お前のカンは多分当たってるんだろうけどさ。意外と話せば分かりあえる事もあるんだぜ?」

「はぁ、そっすか」

 

そもそも他者と分かり合いたいと思っていない彼は、微妙な顔をして一応肯定した。

笠松先輩みたいな、多分俺と見てきた世界が違う人に言っても分かんねぇだろうなと思っているのである。

 

海常キャプテンの事を割と信用しているのだが、それはそれ、これはこれだった。

無条件に信頼する程の好感度を、笠松はまだ当然稼いでいないのである。

 

 

 

 

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