キムは会社からの帰り道を歩いていた。
自分の左側にある道路からは車が弾ける空気の音を延々と出し続けている。
キムにとってそれは不快でも無かった。それは彼にとってはあまりにも聴き慣れた音で、今更それを気にする事も無かった。
いつもの仕事の帰り。退屈なペーパーワークを終わらせて家路に帰る所だった。
キムは眼の前に奇妙な光景を発見した。
車椅子に座る老人と、それを黒人たちが取り囲んでいた。
老人は老けており、現代医療によってその寿命を延々と伸ばし生き延びたような今にも倒れそうなしおれた姿をいていた。
黒人たちはストリート系と言った若者の集団で、車椅子の老人はその黒人たちに懸命に話しかけていた。
車の音で声が聴こえない。だが老人が腕時計を持って、ほら。ほら。と黒人たちにその時計を渡そうとしている様子が垣間見れた。
私は少し気になって、ここで休むと決めたかのように、壁にもたれかかってその老人たちの姿を気づかれないように眺める。
黒人たちが首を横に振る。時計を突き出す老人。首を横に振る黒人たち。それが何度か繰り返されると、老人は首をもたげて黒人たちに礼をして前へとゆっくり進み始めた。
その物語を想像するのは簡単だった。
つまり老人は懺悔をしたかったのだ。それが何の懺悔か、私にはわかるわけが無い。だが、老人は確かに懺悔をしようとしていた。自らの罪を自分の持っている財産を他人に施す事で自分の罪を"なんとかしてやりたかった"んだろう。
私はポケットからタバコを取り出し、ラッキーストライクに火を付ける。
路上喫煙なのは間違いない。だが、どうにも私はタバコが吸いたくてしょうがなかった。
なんと言えば良かったか?どうすれば良かったか?私が勇気を持って静かな映画のワンシーンのように「老人よ、そのような形で罪を贖うのをやめたまえ」と言えばよかったか?そんな事は無いだろう。
老人の物語など知る由もない。だが、何かあったのは確かだろう。それが何かなど一生わかるわけは無いのだが。
ジジジ、とタバコの火がカリカリとした音を出す。この音が私を落ち着かせる。
結局の所、私の人生はずっとこうだったような気がする。
自分という人生の領域は限られていて、様々な問題が目に見えているのにそこに手を出せない。
27の時に、バーから出る時に顔を手で塞いで泣いている女性を見た。
何かあったと思った。男に酷いことを言われたとか、そういう物語を妄想した。けれど何もしなかった。
その時と何も変わらない。何かしよう。何かしなきゃと思うけれど、それは赤の他人でしか無い。それが個人主義のこの世界の限界だと私は思う。
吸い終えたタバコをいつものように道の隅へ落とす。
けれど、私は捨てたタバコをしばらく見つめて、それを拾い上げて空のタバコの箱に入れる。
情けないな。こんな事で贖罪になる訳も無いのに。