決勝戦までは時間がある。ゆえに、その期間を利用して我々選手たちは、最後の調整を行う。
特に大事なのは、練習試合をするかどうか。これは、隊長の判断に一切が委ねられるものだ。試合経験を積んでおくのも良し、最後の最後まで作戦を練り固めるのも良し。どちらが良く、どちらが悪いということはない。全ては、その時々、それぞれの学校によって答えが変わる。
では、知波単はどうなのか。私が思うに、知波単にはまともな試合経験が圧倒的に足りていない。そういった意味では、夏の大洗よりも酷いものがある。なにせ、三回戦にて戦車が丸々変わってしまっているのだ。上位互換とはいえ、とてもじゃないが、これで今まで通りとはならないだろう。しかも、決勝においてもチヌがチトとなり、また丸々変わる。流石にこんなに一新しておいて、経験を積まなくて大丈夫と思う者はいるだろうか。
三回戦はまだ、突飛な作戦でカバーできたが、決勝でそれは厳しい。相手は、聖グロリアーナ。あの大洗に対して、無敗の記録を誇る高校だ。サンダースの対応力、下手したら黒森峰の対応力すらも上回るほどのものを持っている。それほどまでに聖グロは恐ろしく、尊敬すべきダージリンさんの状況判断能力は凄まじいのである。そんな高校に対して、ぶっつけ本番で戦うほど、私も愚かな隊長ではない。
「ということで、他にどこの高校と練習試合をすべきかも聞きたいんです」
「うーん、そうだなあ……」
私はこの日、大洗へと来ていた。練習試合はとうに終わり、次はどこにすべきかを、私が西住さんに聞いているところだった。ちなみに結果は、ギリギリで敗北だった。最終的にあんこう無双をされて、私たちは負けた。
「対応力が高めの高校だと、残念だけどプラウダとかは入らないよね。黒森峰もサンダースも怪しいかなあ」
「ですね。言ってしまえば、その辺りの高校は隊長の命令絶対で成り立ってますから。うーんと、継続とかはどうでしょう? あそこは、対応力の塊だと思いますが」
「継続ですか……確かにいい選択肢でありますな」
継続高校。モータースポーツが盛んゆえに、戦車の操縦技術も高い。有り余るその技術によって、戦車の性能不利を幾度となく覆してきた学校だ。対応力がないはずがなく、むしろ全参加校の中で一番高いと言っても過言ではないかもしれない。
盲点だった。強豪校には数えられないために、頭から抜けていた。
「分かりました、掛け合ってみます。では、これで……」
「──あ!」
そうして私が席を立とうとしたとき、隣に座り、ずっと黙っていた玉田が声を上げた。いきなりの大声に西住さんは舌を翻し、私は「どうした、玉田」と声をかける。玉田は恥ずかしそうに西住さんの顔を見ながら、ゆっくりと口を開けた。
「自分、実は流派の者でして……。ですが、母と喧嘩離れしてしまったんです。なんとか仲直りしたいものの、どうすれば良いか……」
なんだ、その話題か。確かに聞く相手としては大正解だろう。同じ戦車道の流派で出だし、何より境遇も似ている。
しかし、そんな話題をいきなり振られた西住さんは、少し固まってしまっていた。状況が呑み込めなかったのだろう。十数秒の沈黙の後、ようやく西住さんは何かに気づいたようにポンと手を叩いた。
「も、もしかして玉田さんって、玉田流の人⁉」
少し前のめりになって、今日一とも言えるほどの大きな声で、そして慣れない勢いでの質問だった。
「え……あ、はい! そうであります!」
その勢いに圧倒されてか、玉田の反応は少し遅れていた。何かに納得したような顔で、西住さんは椅子へ深く腰掛ける。この彼女の質問の意味するところは、一つしかない。玉田は、恐る恐る口を開いた。
「ご存知なのでありますか……?」
「もちろんですよ。母からよく聞いてましたから。『あそこがまた大きくなったら、島田流より脅威になる』なんて言ってたり」
やはり知っていたようである。にしても彼女の母親、つまりは家元である西住しほさんの口から出たというのは、かなりの衝撃だ。玉田流は、それほどの実力を持っていたということになる。
となれば西住さんが納得したのは、玉田の強さについてということだろう。これほどまでに評価されていたとは、私も知らなかった。
「でも仲直りかぁ……。私も完全にできたわけじゃないから、参考にはならないかもしれないけど」
玉田は、うんうんと勢いよく頷きながら、西住さんの話に耳を傾ける。
「やっぱり、実際に会って話すのが一番いいと思います。ちゃんと活躍できれば、認めてくれるはずですから。私も、お母さんからは許してもらえてるみたいだし」
戦車道の流派というのは、やり方は違えど勝利を追求する点は同じ。ゆえに活躍さえすれば、結構大目に見てもらえるらしい。私が玉田に言ったことが、それなりに役に立ちそうで安心した。
「数日ぐらいは帰ってもいいぞ、玉田。母親というのは、何者にも変えられぬものだ」
私がそう言うと、玉田は目を丸くして私の顔を見た。少し瞳を揺らした後、「ありがとうございます!」と大きく頭を下げる。喜んでくれたのなら、なによりだ。
そもそも仕送りを受けている時点で、玉田とその母親が最悪な関係とは到底思えない。それならば、仲直りは早いほうがいいだろう。わだかまりをなくしていけば、決勝も清々しい気持ちで戦えるはずである。
「玉田のことまで、すみません。我々はこれで失礼しようと思います」
「はい。決勝も、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます、西住さん。秋山さんも教えてくださり、助かりました」
「いえいえ。私は強い知波単が見れるだけで、十分ですから」
秋山さんは、ニコッと屈託のない笑顔を私に向けた。私もそれに笑顔で応えながら、「本当にありがとうございました」と言って、大洗を出た。帰る途中、私は携帯でミカさんの電話番号を探す。
「ミカ……ミカ……あった!」
大学選抜戦のときに、一応全員とは交換しておいたのだ。こういったときのためにと思ったが、やっておいて良かったと思う。
「す、すみません。知波単学園の西ですが……」
かくして、継続高校と練習試合をすることが決まった。敗退しながらも受け入れてくれた、その懐の深さに感謝しながら、私は学園艦へと戻る。玉田はそのまま両親に会いに行くらしく、私とはここでお別れらしい。
接岸した学園艦の階段を登り、甲板に出たそのときだった。私に向かって、誰かが話しかけてきた。
「おい、西」
「はい? ……あ、辻隊長! ご無沙汰しております!」
「もう隊長じゃないから、先輩で構わんよ」
辻つつじ。私が隊長になる前の、知波単の隊長である。先輩もまた、伝統と改革の間で揺れ動いていた人物だった。結局、大々的な改革はできず、私に全てを託して早期に隊長をやめた。今思えば、かなり思い切った判断だったと思う。
「にしても、やはりお前に託して正解だったな。ここまで変わり、大洗、サンダースを打ち破るとは。ベスト4を取ったときの戦術に固執してしまってからここまで、本当に随分と長い年月が経ったものだな」
「いえいえ、私はそんな……みんなががんばってくれたおかげですよ」
「そう謙遜するな。チームというのは、統率する者がいなければどうやっても変わらんものだ」
先輩の真摯な言葉を受け止め、ただただ「ありがとうございます」とだけ言う。頭では分かっているものの、照れと傲慢な人間と思われたくないという気持ちから、あまり表立って言いたくはない。でも結局、皆がいなければ勝てなかったわけで、何か間違ったことを言っているわけでもないだろう。
「ですが、先輩がなぜここに?」
「あのだな。お前に渡したいものがあったんだ。ちょっと来てくれ」
そう言われ、先輩の後を付いていく。着いた先は、戦車の格納庫だった。先輩は鞄を開け、棒のようなものを取り出す。
「まずはこれだ」
「軍刀……でありますか?」
「ああ。やはり隊長たるもの、何か他の高校とは違う要素があると、味方の士気も上がるだろう。これは、私からのプレゼントだ。まあ模造刀ではあるがな」
「なんと! 本当によろしいのですか⁉ ありがとうございます!」
見た目からして、九八式軍刀だろうか。まさかこんなものを貰えるとは思ってもいなかったため、人目を気にせずに興奮してしまった。銃刀法の関係で模造刀とはいえ、高いのには変わりない。本当に先輩には、頭が上がらないな。
しかし、これで終わりではないらしい。先輩が私に見せたい、渡したいものはこれからだという。
「よし、じゃあ西。格納庫に入るぞ」
鍵を使って、格納庫のドアを開ける。格納庫には、最近導入したばかりの戦車や、以前使っていた戦車、全く日の目を見ない戦車など様々だった。先輩は一番奥へと進み、地面の土を払う。
「先輩、これってまさか……」
「そのまさかだ。ここには地下へと繋がる、隠し通路がある。隊長にのみ伝えられる、知波単の秘密だ」
土を完全に払いきったそこには、鉄製のハッチがあったのである。先輩が、固くなったそのハッチを開ける。少しカビ臭い匂いが漂いながらも、中にはしっかりと下まで続く階段があった。しかも、かなり幅と天井が広い。
先輩の後に続いて、下へと降りる。下は、これといった照明もなく真っ暗で、先輩の持つ懐中電灯だけが頼りだった。しばらく歩いた後、私は壁にぶつかった。
「行き止まりですかね?」
「違う。よく見てみろ」
先輩が懐中電灯を照らすも、あまりよく分からない。先輩はフッと笑った後、右に歩いていき、何かスイッチのようなものを押した。すると、ジジジと機械音が鳴り、バンと電気が点く。いきなり明るくなったために、反射的に目を閉じてしまった。やがて光に慣れ、ゆっくりと目を開ける。
「これは……⁉」
「我が知波単における秘密兵器。しかし、歴代の隊長は皆、伝統に反するからと使ってはこなかった。これを使えるとするなら……西、お前しかいない」
全高3m。全幅3.7m。厚さ100mmの正面装甲にして、口径88mmの主砲。間違いない。これは……。
「ティーガー戦車……」
森林迷彩が施された“虎”が、私の眼前に堂々と構えていた。
「動くんですか……?」
「レストアはした。問題ないはずだ」
そう言って、先輩はまた違うスイッチを押す。今度は階段が凹んでいき、坂へと変化した。これで戦車が、上に行けるようになったわけか。まるでカラクリ屋敷だ。
「ほら、乗れ。操縦は私がしてやる」
言われるがままに、私はキューポラへと向かった。今まで乗ってきた日本戦車とは、全くもって違う高さ。あぁ、これが重戦車の大きさか。これがドイツ戦車の力強さか。
「では、行くぞ。準備はいいか?」
「……はい!」
「──六号重戦車『虎』、発進!」
この日初めて、知波単で虎が吼えた。その咆哮は気高く、勇ましいものだった。時代が、変わった瞬間だった。