予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ   作:王立

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玉田環以外の家の人は、オリキャラになります。ご了承ください。


第十一話 御母上でありますな!

 古びた木の門を開ける。鍵は掛かっておらず、なんと不用心なことかとも思ったが、これも流派の人間の余裕なのだろう。母親が出てくることはない。先に屋敷から姿を見せたのは、使用人の鶴江さんの姿だった。

 

「た、環お嬢様⁉ お帰りになられたのですか⁉」

 

「お母様に用がありまして……」

 

 鶴江さんは「まあ」と口に手を当てると、私に近づき腕を掴んだ。自分の家なのだから、こうされなくとも分かるは分かる。しかし私には、老いた彼女の背中がとても頼もしく見えた。それゆえ、特に文句を言うこともなく、私は彼女に運ばれることにした。

 しばらくすると、かなりの大きさの部屋の前に立っていた。間違いない。母の部屋だ。私はノックをし、中から「どうぞ」という声がしたのを聞いてから、静かに襖を開けた。

 

「鶴江、何の用……環⁉」

 

 母は駆け足で私のほうへ来た。それなりに心配していたのだろうか。

 

「あなた、まだ試合あるんでしょ? 練習してなきゃ駄目じゃない」

 

 まさか、試合を観てくれていたとは。あんな勝手に逃げ出したというのに、私を怒っていないのか。しかし、それでもやることは変わらない。

 

「しかも次は決勝戦だし……」

 

「──お母様」

 

 言葉を遮る。疑問符を浮かべたような顔をした彼女に対して、私は思い切り頭を下げた。

 

「迷惑をかけてしまい、本当にすみませんでした!」

 

 この二年間の罪への懺悔。とても一言でできるとは思わないが、それでも精一杯に気持ちをぶつけた。母からの言葉はない。軽蔑か、困惑か。不安が募る中、ようやく聞き慣れた声が耳に入った。

 

「顔を上げなさい、環」

 

 そう言われ、ゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは、優しく微笑む母の顔だった。

 

「気にすることないわ。私も昔、周りから卑怯だなんだって言われたことがあったし。みんな玉田流なんて流派、知らないからね」

 

 私の顔を見ながら、母はいたずらっぽく笑う。

 話を聞く限り、どうやら母も私と同じ経験をしていたらしい。西住流と島田流が幅を利かせる現状、流派と言っても誰も信じてくれず、信じたとしても流派ごと軽蔑される。そんな苦しい状況に身を置き、母も逃げ出そうと思ったことがあったそうだ。

 

「でもそんなときにお母様……あなたのお祖母様から、玉田流の歴史について聞かされたの。それを今、あなたにも伝えるわ」

 

 初めて聞く玉田流の歴史。「『西住流や島田流に陥れられた』というのは、事実無根だからね」という言葉から始まり、母の口からは約七十年前の玉田流について語られた。

 

 戦前において、玉田流はかなりの力を持っていた。それこそ西住流や島田流に匹敵するほどに。そして戦術の特徴から、ある組織より目をつけられた。旧陸軍、帝国陸軍である。帝国陸軍はその権威を背景に、玉田流に対して戦争への協力を迫り、さもなくば流派を解散させると脅した。それほどまでに当時の陸軍にとって、玉田流の奇襲戦法は魅力的なものだったのだ。

 こういったこともあってか、他の二流派と違い、玉田流は帝国陸軍に深く関わることとなった。ノモンハン事件やマレー作戦、大陸打通作戦などの戦車が参加した戦闘については、玉田流の人間が作戦立案に携わったほか、戦場にも必ずいたと言われている。しかしその結果、戦後は別の組織に目をつけられてしまった。

 ──GHQだ。帝国陸軍の作戦の多くに関わっていた玉田流は、流派としての弱体化を余儀なくされた。国内からは戦争を指導した流派として非難され、戦車道の人間からも「戦車道と戦争を結びつけた者たち」として、白い目で見られた。そしていつの日か存在すら忘れられ、今に至るという。

 

「こういった苦境に立たされてきたのが、私たち玉田流なの。流派というのは、人と人が必死に紡いできた大切な想い。私はそれを、こんなところで失いたくないわ。今のあなたには荷が重いかもしれないけど、同じような気持ちであってほしいのよ」

 

「誠に僭越ながら……このことを知っているのは?」

 

「玉田流でも一部。後はしほさんとか千代さんとか、各流派のトップは知ってるわね。今でも気にかけてくれるし」

 

 だから西住さんは、私のことを悪く思っていなかったのか。彼女の母である西住しほが、誤った情報は絶対に伝えないよう注意していたのだろう。

 

「でも脅されていたとはいえ、やっぱり戦車道の流派として戦争に関わってしまったことに対しては、何も思わないわけじゃないわ。お祖母様の悔しさや罪悪感は、私が玉田流を再興させることで精算したい」

 

 先を見据える目。こんな顔の母を見るのは、戦車に乗っているときぐらいだ。口を挟むのもおこがましい、本当に尊い想いだと私は思う。……しかし、これだけは、この部分だけは訂正させてほしい。

  

「──お母様。私じゃありません、私”たち”です」

 

「環……」

 

 帰ってきたからには、その覚悟は私にもある。まだ実力不足かもしれないし、まだ名も知られていないかもしれない。──が、私には副隊長として、知波単学園を優勝に導く責務があるのだ。それを果たしさえすれば、少しは玉田流の名も通るはずだろう。精算と言うなら、この二年間の親不孝の精算は結果で示したい。

 

「ふふ、目つきが変わったわね。あなた」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「よし! じゃあ今日の夕食は、あなたの大好きなコロッケにしましょう!」

 

 そう言って、母は台所へと向かった。髪を結って、エプロンを着る。その様子がどうも懐かしく、私は自然と笑みを溢してしまった。

 

「お母様、私も手伝います!」

 

 今日ぐらいは副隊長でなく、一人の娘として過ごしても許されるだろう。何しろ、二年もこの時間を忘れていたのだ。そんな親子の時間を邪魔できる者など、きっとどこを探してもいないはずである。

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