私の車長は、ミカと言う。私たち継続高校戦車道の隊長でもあり、凄腕の指揮官だ。しかし、とてもじゃないが、尊敬できる人ではない。何かといつも捻くれているし、何を考えているかが分からない。はっきりと分かることは、戦車道が心の底から好きなこと、そして食に対して貪欲なことだけだ。
「楽しみかい? アキ」
「まあそりゃあね。強くなった知波単とは、やりたかったし」
今日は、知波単との練習試合。知波単側からの申し出を受けた形だけど、あそこまで躍進している知波単とやれるのは、貴重な機会になりそうだ。
「来たようだね」
外套を羽織った黒髪の美少女が、こちらに向かってくる。もはや美しいというより、カッコいいという言葉のほうが似合うかもしれない。その様子はさながら役者のようで、私は少しばかり二・二六事件の映画を思い出してしまった。積雪も相まってそう見えたのだが、知波単出身の彼女にこれを言うのは、流石に憚られる。やめておこう。
「ミカさん、お会いできて光栄であります!」
「……あ、ああ。こちらこそ」
あのミカが押されている。これが知波単隊長西絹代の熱量か。
「本日はよろしくお願いします!」
「よろしく」
ミカがカンテレを鳴らし、試合が始まった。私は、BT-42に乗り込み、砲手兼装填手席へと座る。
「知波単は、ティーガーを導入したようだ」
「えぇ!? 本当!?」
「ああ、本当さ。日程調整のときに話されたからね」
ティーガーといえば、ドイツが誇る最強クラスの重戦車。そんな大物を知波単が導入したなんて、これは戦車道史に残ることじゃなかろうか。
「それ、大丈夫なの? 勝てる?」
「なーに、黒森峰よりは遥かに楽さ。他の車輌は、私たちの火力でもどうにかなる。それにティーガーは、きっと三突と対峙することになるしね」
「……あー、唯一防げるのはティーガーだけだもんね。ほんと、インフルにかからなければ、私たちが勝ち上がれたのになあ」
継続には、他校を遥かに凌駕する狙撃手がいる。しかし、彼女は見事にインフルエンザにかかり、サンダース戦に出ることができなかった。それゆえ彼女は、この試合をかなり楽しみにしているらしい。
でも、ミカの言い分だと……。
「もしかして、あの子釣り餌にするの? ティーガーの」
ミカは、黙ってカンテレを弾くだけだった。鬼だ、この人。全快してようやくの試合で、囮役をやらせるなんて。
「理不尽も理不尽で、楽しめばいいんだよ。人生、山あり谷ありって言うだろう? 場合によっては、苦痛も快感になるかもしれない」
「それは中々にやばい人だよ、ミカ……」
うちの隊長は、マゾヒストの変態なのかもしれない。あぁ、また理想の隊長像からかけ離れていく。こんな調子では、卒業まで持つ気がしない。
こら、カンテレで誤魔化すな。発言には責任が伴うことを自覚してくれ。
「さて、お相手さんはどう出るかな」
偵察をしている味方の無線を待つ。存外無線が入るのは早く、内容としては真っ直ぐに村落へと向かっているということだった。
「なるほど。大洗のときのことは、もう覚えてなさそうだ。我慢比べになったら勝てる気がしなかったから、こちらとしては助かるね」
「突撃バカから、電撃戦バカになっちゃったねー。勝利経験に固執しちゃうのは、モデル国そっくりだ」
「なら、私たちの掌の上だね」
私たち継続高校の戦い方は、ゲリラ作戦。出てきたり引っ込んだりを繰り返して、着実に数を減らしていき、相手の集中力を乱す。そして好機と見たときに一気に奇襲を仕掛け、また引っ込む。
こういった戦法のため、思い切り突っ込んでくる戦い方をされると、非常にやりやすい。逆に言えば、相手も同じ戦法をしてくると、非常に面倒くさい。一体どっちが先に出るのかという、心理戦に発展するからである。結局それは、痺れを切らしたほうが負けるため、あの知波単の士気でそれをやられてしまったら、たまったものではない。
「村に入ったか」
「じゃあもう包囲完了だね」
「よし、出るぞ」
まずは私たちのほうへ気を逸らし、一部戦力を割かせたところで、村にある雪だるまからT-26が出現。一気に戦力を減らす、上手くいけばフラッグ車ごと撃破できる作戦だ。
「……ん?」
どうやらもう雪だるまから、T-26が出てきてしまっていた。おかしい。もう少し待たなければ、作戦としては意味がないはずなのに。
「どうしたんだろ」
「隊長! すみません。すでにバレてしまったようなので、早めに姿を現しました!」
「バレた、か……。一筋縄では行かないな。積雪が甘かったか」
そう言われて村をよく見ると、何輌かのT-26が撃破されており、知波単は一足早く撤退していた。まさか早々に欺瞞がバレるとは、かなり目が鋭いらしい。
「まあいい。私たちは、先回りして森へ向かおう。それにうちには、魔女がいる。『白い魔女』がね」
五式中戦車チリが、三輌分もの戦車を撃破する神業を見せたが、そんな神業はこちらからすれば、たいしたことではない。こっちは大学選抜戦で、パーシングを三輌撃破している。……それに、ミカが言うとおり、継続には「白い魔女」がいる。サンダースやプラウダも真っ青な、最強の狙撃手が。
「流石にフラッグ車は狙えなかったか。だが、問題ない。相手を混乱させられれば、それで構わないからね。ヨウコ、山を下ってくれ」
「分かりました」
フラッグ車ではないにしろ、小隊の隊長クラスの車輌は撃破できたらしい。距離、約1km。我らが継続高校が誇る狙撃手ヨウコの、超遠距離砲撃である。こんな化け物がいるという事実だけで、作戦は大きく揺らぐだろう。ただのテロリストが、核ミサイルの発射ボタンを手中に収めたような、そんな力が彼女にはある。
私たちはタイガへと入り、相手車輌が来るのを待った。しばらくして、空冷ディーゼルエンジンの騒がしい音が聞こえてくる。
「来たね」
「敵車輌発見! フラッグ車の姿もあり!」
「ティーガーはいるかい?」
「いえ。ティーガーの姿は見えません」
「ふっ、お誂え向きってやつだ」
尊敬できないとは言っても、ミカの戦術眼はやはり凄まじいものがある。現状の敗因は戦車の性能だけで、もしプラウダほどの車輌を手に入れてしまえば、黒森峰すら完敗させてしまうだろう。その点でいえば、聖グロと似たような状況ではある。尤も、聖グロの車輌よりも酷い状況にあるのが、我が校なのだが。
ミカは急に黙り込む。これは、最大限まで引きつけろという意味だ。そして、彼女のカンテレが四音鳴らされる。「コウゲキカイシ」の指示。この音で私たちは、無限軌道を回し始める。確かに目視で確認できる場所に、知波単の車輌はいた。
ミカのカンテレが軽快な音を鳴らし始めた。
──Säkkijärven polkkaa。失われた故郷を想うフィンランドの民謡である。
「ミッコ、急加速」
「あい……っよ!」
一気に速度を上げ、チヘの前を横切り超信地旋回をする。BTシリーズは超信地旋回ができない戦車だが、脚周りの改造の賜物である。この絶好の機会を逃すわけもなく、私はトリガーを引いて側面装甲を撃ち抜いた。
「左に下がって」
「はーい」
全力で左側にバックすると、後ろにいたチトの撃ってきた弾を見事に避けていた。流石だ。ミカにはそこまで視えている。
すぐさま近づいて、私は防盾を撃ち抜き、次弾を装填する。二輌目も撃破。まだまだ行ける。
「エースがお出ましだ」
ミカはそう言って、キューポラから顔を出す。前方からは、チリが全速力で向かってくるのが見えた。
「ミッコ、止まって」
「え?」
「いいから」
ミカの唐突な指示に、ミッコは困惑する。もちろん私も困惑しており、なぜそんなことを言うのだろうと思った。そんなことをしていたら、やられてしまうではないか。
……しかし、やられはしなかった。チリも停止していたのだ。
「ミカ、どういうこと?」
「これは、あくまでも練習試合。勝利のみを追求する試合じゃない」
「それは、確かにそうだけど……。でも試合を止める必要はないじゃん。それに知波単を成長させなきゃ、意味ないんじゃないの?」
「止まったわけじゃないし、彼女たちへ助言するべきことも理解している。だから大丈夫だ。これは、儀式のようなもの。今の知波単はもう公式戦でやってないから、これを機に見ておくといい」
「もー、何言ってるのかさっぱりだよー」
私はいじけながら、ハッチからチリの様子を覗く。チリもまた、キューポラから車長が顔を出していた。
「やぁやぁ我こそは! 知波単一の戦車乗り、玉田流の次期当主、玉田環なり! 継続一の戦車乗りよ、手合わせ願う!」
……名乗り。名乗りだ。かつて武士がしていた名乗り口上の文化は、知波単にもあったのか。それならば、戦車を止めたのも納得がいくし、試合が全く止まっていないのも理解できる。これも試合の内なのだから。
「やぁやぁ我こそは。継続一の戦車乗り、島田流の元次期当主、島田ミカなり。知波単一の戦車乗りよ、その勝負、受けて立とう」
島田流? 彼女は今、島田流の元次期当主と言ったのか?
確かに島田流の娘は、若かった。西住流が高校生だというのに、大学生ながらも彼女はまだ十三歳。高校生の娘はいないのかと、ずっと不思議だった。
もしこの理由が、勘当された娘がいたという話だったら。家から離れた娘がいたという話だったら。何もおかしくはない。辻褄は合う。やけに高い練度も、流派にいたということで説明がつく。点と点が繋がった。今まで生きてきた中で、最大の衝撃だ。
「これ以上を語るつもりはない。他校には黙っておきなよ」
ミカは冷淡にそう言って、再びカンテレを鳴らし始める。
──Tule, tule tyttö, nyt kanssani tanssiin, kun polkka niin herkästi helkähtää. Hoi! Hepo surkoon ja hammasta purkoon, kun sillä on ihmeesti suurempi pää!《おいで娘よ私と踊ろう、ポルカの音色は優しく響いている。さあ! 頭でっかちな馬は歯軋りをしているぞ!》
「さあ、私と踊ろうか。知波単一の戦車乗りさん」