予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ   作:王立

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第十四話 練習試合だよ!

 私の車長は、ミカと言う。私たち継続高校戦車道の隊長でもあり、凄腕の指揮官だ。しかし、とてもじゃないが、尊敬できる人ではない。何かといつも捻くれているし、何を考えているかが分からない。はっきりと分かることは、戦車道が心の底から好きなこと、そして食に対して貪欲なことだけだ。

 

「楽しみかい? アキ」

 

「まあそりゃあね。強くなった知波単とは、やりたかったし」

 

 今日は、知波単との練習試合。知波単側からの申し出を受けた形だけど、あそこまで躍進している知波単とやれるのは、貴重な機会になりそうだ。

 

「来たようだね」

 

 外套を羽織った黒髪の美少女が、こちらに向かってくる。もはや美しいというより、カッコいいという言葉のほうが似合うかもしれない。その様子はさながら役者のようで、私は少しばかり二・二六事件の映画を思い出してしまった。積雪も相まってそう見えたのだが、知波単出身の彼女にこれを言うのは、流石に憚られる。やめておこう。

 

「ミカさん、お会いできて光栄であります!」

 

「……あ、ああ。こちらこそ」

 

 あのミカが押されている。これが知波単隊長西絹代の熱量か。

 

「本日はよろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

 ミカがカンテレを鳴らし、試合が始まった。私は、BT-42に乗り込み、砲手兼装填手席へと座る。

 

「知波単は、ティーガーを導入したようだ」

 

「えぇ!? 本当!?」

 

「ああ、本当さ。日程調整のときに話されたからね」

 

 ティーガーといえば、ドイツが誇る最強クラスの重戦車。そんな大物を知波単が導入したなんて、これは戦車道史に残ることじゃなかろうか。

 

「それ、大丈夫なの? 勝てる?」

 

「なーに、黒森峰よりは遥かに楽さ。他の車輌は、私たちの火力でもどうにかなる。それにティーガーは、きっと三突と対峙することになるしね」

 

「……あー、唯一防げるのはティーガーだけだもんね。ほんと、インフルにかからなければ、私たちが勝ち上がれたのになあ」

 

 継続には、他校を遥かに凌駕する狙撃手がいる。しかし、彼女は見事にインフルエンザにかかり、サンダース戦に出ることができなかった。それゆえ彼女は、この試合をかなり楽しみにしているらしい。

 でも、ミカの言い分だと……。

 

「もしかして、あの子釣り餌にするの? ティーガーの」

 

 ミカは、黙ってカンテレを弾くだけだった。鬼だ、この人。全快してようやくの試合で、囮役をやらせるなんて。

 

「理不尽も理不尽で、楽しめばいいんだよ。人生、山あり谷ありって言うだろう? 場合によっては、苦痛も快感になるかもしれない」

 

「それは中々にやばい人だよ、ミカ……」

 

 うちの隊長は、マゾヒストの変態なのかもしれない。あぁ、また理想の隊長像からかけ離れていく。こんな調子では、卒業まで持つ気がしない。

 こら、カンテレで誤魔化すな。発言には責任が伴うことを自覚してくれ。

 

「さて、お相手さんはどう出るかな」

 

 偵察をしている味方の無線を待つ。存外無線が入るのは早く、内容としては真っ直ぐに村落へと向かっているということだった。

 

「なるほど。大洗のときのことは、もう覚えてなさそうだ。我慢比べになったら勝てる気がしなかったから、こちらとしては助かるね」

 

「突撃バカから、電撃戦バカになっちゃったねー。勝利経験に固執しちゃうのは、モデル国そっくりだ」

 

「なら、私たちの掌の上だね」

 

 私たち継続高校の戦い方は、ゲリラ作戦。出てきたり引っ込んだりを繰り返して、着実に数を減らしていき、相手の集中力を乱す。そして好機と見たときに一気に奇襲を仕掛け、また引っ込む。

 こういった戦法のため、思い切り突っ込んでくる戦い方をされると、非常にやりやすい。逆に言えば、相手も同じ戦法をしてくると、非常に面倒くさい。一体どっちが先に出るのかという、心理戦に発展するからである。結局それは、痺れを切らしたほうが負けるため、あの知波単の士気でそれをやられてしまったら、たまったものではない。

 

「村に入ったか」

 

「じゃあもう包囲完了だね」

 

「よし、出るぞ」

 

 まずは私たちのほうへ気を逸らし、一部戦力を割かせたところで、村にある雪だるまからT-26が出現。一気に戦力を減らす、上手くいけばフラッグ車ごと撃破できる作戦だ。

 

「……ん?」

 

 どうやらもう雪だるまから、T-26が出てきてしまっていた。おかしい。もう少し待たなければ、作戦としては意味がないはずなのに。

 

「どうしたんだろ」

 

「隊長! すみません。すでにバレてしまったようなので、早めに姿を現しました!」

 

「バレた、か……。一筋縄では行かないな。積雪が甘かったか」

 

 そう言われて村をよく見ると、何輌かのT-26が撃破されており、知波単は一足早く撤退していた。まさか早々に欺瞞がバレるとは、かなり目が鋭いらしい。

 

「まあいい。私たちは、先回りして森へ向かおう。それにうちには、魔女がいる。『白い魔女』がね」

 

 五式中戦車チリが、三輌分もの戦車を撃破する神業を見せたが、そんな神業はこちらからすれば、たいしたことではない。こっちは大学選抜戦で、パーシングを三輌撃破している。……それに、ミカが言うとおり、継続には「白い魔女」がいる。サンダースやプラウダも真っ青な、最強の狙撃手が。

 

「流石にフラッグ車は狙えなかったか。だが、問題ない。相手を混乱させられれば、それで構わないからね。ヨウコ、山を下ってくれ」

 

「分かりました」

 

 フラッグ車ではないにしろ、小隊の隊長クラスの車輌は撃破できたらしい。距離、約1km。我らが継続高校が誇る狙撃手ヨウコの、超遠距離砲撃である。こんな化け物がいるという事実だけで、作戦は大きく揺らぐだろう。ただのテロリストが、核ミサイルの発射ボタンを手中に収めたような、そんな力が彼女にはある。

 私たちはタイガへと入り、相手車輌が来るのを待った。しばらくして、空冷ディーゼルエンジンの騒がしい音が聞こえてくる。

 

「来たね」

 

「敵車輌発見! フラッグ車の姿もあり!」

 

「ティーガーはいるかい?」

 

「いえ。ティーガーの姿は見えません」

 

「ふっ、お誂え向きってやつだ」

 

 尊敬できないとは言っても、ミカの戦術眼はやはり凄まじいものがある。現状の敗因は戦車の性能だけで、もしプラウダほどの車輌を手に入れてしまえば、黒森峰すら完敗させてしまうだろう。その点でいえば、聖グロと似たような状況ではある。尤も、聖グロの車輌よりも酷い状況にあるのが、我が校なのだが。

 ミカは急に黙り込む。これは、最大限まで引きつけろという意味だ。そして、彼女のカンテレが四音鳴らされる。「コウゲキカイシ」の指示。この音で私たちは、無限軌道を回し始める。確かに目視で確認できる場所に、知波単の車輌はいた。

 

 ミカのカンテレが軽快な音を鳴らし始めた。

 ──Säkkijärven polkkaa。失われた故郷を想うフィンランドの民謡である。

 

「ミッコ、急加速」

 

「あい……っよ!」

 

 一気に速度を上げ、チヘの前を横切り超信地旋回をする。BTシリーズは超信地旋回ができない戦車だが、脚周りの改造の賜物である。この絶好の機会を逃すわけもなく、私はトリガーを引いて側面装甲を撃ち抜いた。

 

「左に下がって」

 

「はーい」

 

 全力で左側にバックすると、後ろにいたチトの撃ってきた弾を見事に避けていた。流石だ。ミカにはそこまで視えている。

 すぐさま近づいて、私は防盾を撃ち抜き、次弾を装填する。二輌目も撃破。まだまだ行ける。

 

「エースがお出ましだ」

 

 ミカはそう言って、キューポラから顔を出す。前方からは、チリが全速力で向かってくるのが見えた。

 

「ミッコ、止まって」

 

「え?」

 

「いいから」

 

 ミカの唐突な指示に、ミッコは困惑する。もちろん私も困惑しており、なぜそんなことを言うのだろうと思った。そんなことをしていたら、やられてしまうではないか。

 ……しかし、やられはしなかった。チリも停止していたのだ。

 

「ミカ、どういうこと?」

 

「これは、あくまでも練習試合。勝利のみを追求する試合じゃない」

 

「それは、確かにそうだけど……。でも試合を止める必要はないじゃん。それに知波単を成長させなきゃ、意味ないんじゃないの?」

 

「止まったわけじゃないし、彼女たちへ助言するべきことも理解している。だから大丈夫だ。これは、儀式のようなもの。今の知波単はもう公式戦でやってないから、これを機に見ておくといい」

 

「もー、何言ってるのかさっぱりだよー」

 

 私はいじけながら、ハッチからチリの様子を覗く。チリもまた、キューポラから車長が顔を出していた。

 

「やぁやぁ我こそは! 知波単一の戦車乗り、玉田流の次期当主、玉田環なり! 継続一の戦車乗りよ、手合わせ願う!」

 

 ……名乗り。名乗りだ。かつて武士がしていた名乗り口上の文化は、知波単にもあったのか。それならば、戦車を止めたのも納得がいくし、試合が全く止まっていないのも理解できる。これも試合の内なのだから。

 

「やぁやぁ我こそは。継続一の戦車乗り、島田流の元次期当主、島田ミカなり。知波単一の戦車乗りよ、その勝負、受けて立とう」

 

 島田流? 彼女は今、島田流の元次期当主と言ったのか?

 

 確かに島田流の娘は、若かった。西住流が高校生だというのに、大学生ながらも彼女はまだ十三歳。高校生の娘はいないのかと、ずっと不思議だった。

 もしこの理由が、勘当された娘がいたという話だったら。家から離れた娘がいたという話だったら。何もおかしくはない。辻褄は合う。やけに高い練度も、流派にいたということで説明がつく。点と点が繋がった。今まで生きてきた中で、最大の衝撃だ。

 

「これ以上を語るつもりはない。他校には黙っておきなよ」

 

 ミカは冷淡にそう言って、再びカンテレを鳴らし始める。

 

 ──Tule, tule tyttö, nyt kanssani tanssiin, kun polkka niin herkästi helkähtää. Hoi! Hepo surkoon ja hammasta purkoon, kun sillä on ihmeesti suurempi pää!《おいで娘よ私と踊ろう、ポルカの音色は優しく響いている。さあ! 頭でっかちな馬は歯軋りをしているぞ!》

 

 

 

「さあ、私と踊ろうか。知波単一の戦車乗りさん」

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