二十年ぶりに開催されたこの無限軌道杯も、ついに終わりを迎えようとしている。ダージリンさん率いる聖グロリアーナ女学院、西さん率いる知波単学園。予想外の決勝戦だったが、そのおかげで会場は今までにないほどの盛り上がりだった。私自身も、ここまで盛り上がっている戦車道の試合を観るのは、初めてかもしれない。
「西住殿! 知波単の隠し玉は何でしょうね!」
「うーん、どうだろう。案外他の国の戦車かも」
「私はオイ車な気がするんですが……確かに、無難にその可能性もありますね」
「ゆかりん、オイ車って何?」
「これです! 帝国陸軍の超重戦車です!」
優花里さんが戦車図鑑を取り出して、オイ車の載っているページを沙織さんに見せた。沙織さんはその大きさにすこぶる驚いている。私としてはマウスのほうがよっぽど怖いが。
とは言っても、確かに知波単のシークレット枠は、私も気になるところだ。本来なら、五式中戦車チリがその枠に入るはずだった。しかし知波単は、チリを公開してまでそのシークレット枠を守った。聖グロはこれ以上のシークレット枠がないため、知波単の隠された車輌が戦局を左右することは間違いない。
「あら、あんたたちも来てたのね」
「あ、アリサさん」
サンダース大付属の参謀で、次期隊長のアリサさん。以前より、ずっと凛々しくなったような気がする。前の知波単との試合で、心動かされるものがあったのだろうか。観戦していた私ですら感動したあの試合。実際に戦っていたら、もっと心に残っていたのは必然かもしれない。
「あれ? ケイさんはいないんですね」
「隊長は、あっちにいるわよ。三年生でつるんでるわ」
「もう打ち上げだな、あれ」
麻子さんがボソッと呟いた。ポップコーンにジュースどころか、ピザにシャンパン。カチューシャさん、ノンナさん、アンチョビさんと各校隊長が揃い踏みだが、確かに打ち上げをしているようにしか見えない。周りには迷惑かけないでねと心の中で呼びかけながら、私はモニターのほうに目を戻した。
というか、角谷先輩たちもいたような気がするけど……気のせいか。そういうことにしておこう。
「みんなで集まって反省会かしら?」
「え、エリカさん!?」
「何よ。私が顔出すの、そんなに珍しい?」
はっきり言って珍しい。一応は和解したものの、未だに気まずいのである。何しろ向こうは当たりが強く、こっちは引っ込み思案なために、周りから見ていじめられていると勘違いされてしまうのだ。
エリカさんもなんだかんだで気にしているようで、それは私も同じこと。そう見られているのかと思うと、話すのを躊躇してしまうがためにこうなる。ゆえに和解後も、数えるほどしか話していない。
「みほさん。そろそろ始まりますよ」
「あ、ほんとだ。エリカさんも一緒に観ない?」
「まああなたがそう言うなら……」
「ふっ、ツンデレね」
「あ? 何よ」
「何でもありませーん」
喧嘩はやめてほしいなと思いつつ、画面に映っているダージリンさんを見た。どうやら今回からは、車内映像が声付きで中継されるようだ。今までよりも臨場感溢れる観戦になりそうである。
「全車、前進」
ダージリンさんの掛け声で、車輌が動き始める。知波単は西さんが映っているのかと思いきや、そういうわけではなかった。
「西殿の車輌が、シークレット枠なんでしょう。それならまだ見せられませんし」
なるほど。確かにその予想は正しそうだ。となると、知波単の動向は掴みにくくなる。なにせ隊長の考えていることが分からなければ、私たちは彼女たちの作戦を、車輌の動きから予想することしかできない。まあそれも以前までの戦車道観戦のようなものなので、特別嫌なわけでもないが。
聖グロはまず、巡航戦車を前に出した。おそらくは威力偵察だろう。エリカさんとの試合でもやっていたことだ。知波単のほうは、特にこれといった動きはない。強いて言えば、散開していることぐらいか。
「きっとゲリラ戦をやるつもりね」
「アリサさん、すぐに分かるんですね。やっぱすごいです」
華さんが手を合わせて言った。アリサさんは照れたのか、少し顔を赤らめる。
「まあそこのお嬢様が、電撃戦で大失敗してるわけだし、ゲリラ戦含めた機動防御戦術が妥当なはずよ。あなたたちも、相当に苦しめられたでしょ?」
「ジャングルのやつかー。お肌にも悪いし、知波単すごい強かったもんな〜」
ああいった試合は、正直もうやりたくない。仕掛けられたからには付き合うしかないが、眠らずに指揮をとり続けるのは精神面への負担が凄まじいのだ。判断力も鈍るし……。
「というか、さり気なく私のことディスったわね、あなた」
「事実は事実よ。後進が一速しか出ない戦車で、後先考えずに突っ込むのは愚策でしょ。違う? ……ま、私も大負けしてるから人のこと言えないけどね」
「それを言われたら、何も言えないわね。ま、あのときの私、プラウダの成功体験で舞い上がってたし?」
半ばヤケになりながら、エリカさんは言った。
やっぱりエリカさんは舞い上がっていたのかと、自分の予想が正しかったことを確認する。何か裏をかく作戦で成功したら、それに固執してしまう人は多いのだ。そしてエリカさんも、その中の一人だった。
知波単の車輌は定位置についたのか、あまり動かなくなる。真っ先に会敵しそうなのは、副隊長である玉田さんの部隊だった。
「チリは、半自動装填装置が搭載された強力な戦車です。装填ではかなりのアドバンテージが取れますし、玉田殿の腕も相まって一番の障壁でしょうね!」
「私たちを撃破したのも、玉田さんでしたよね。話によれば、あの人も流派を背負ってるそうです」
玉田流。夜襲を得意とする流派で、戦前はもっと大きかったとか。今は遅れを取ってしまっているが、本来の「ニンジャ戦法」は島田流ではなく、玉田流のものだったはずだ。お母さんが「玉田流だけには気をつけなさい」と口を酸っぱくして言っていたのを思い出す。実際、私たちあんこうチームは彼女のチハに撃破されており、彼女が知波単のエースなのは誰が見ても揺るぎない事実だろう。
この前の練習試合のとき、そんな玉田さん本人から相談を持ちかけられた。笑顔で戦車に乗っている様子を見るに、きっと親御さんとは和解できたのだと思う。わだかまりがなくなって、嬉しい限りである。
「でもそんなエースの部隊なのに、主砲が弱っちいね。何でだろ?」
玉田さんの部隊は、一式中戦車チヘで構成されている。確かにエース部隊なら、長砲身75mmのチトのほうで構成すべきだ。沙織さんの言うとおり、私も疑問である。
「巡航戦車を相手するからでしょうね。それならチヘの主砲でも十分戦える。むしろエース部隊だからこそ、そんな弱い戦車を化かせられるのよ」
「私がヴィーゼル部隊を作ったのと同じ理由ね」
「ああいう軽戦車ほどまでは行かないけど、機動力が高くて火力が低い戦車を、装甲が薄い戦車に使うのは有効な手段だわ。知波単なんて重戦車がいないんだし、そりゃ弱い戦車でなんとかしたいでしょうよ」
「適材適所……いや戦力の温存か」
「それでいてチリを出すのは、やっぱ玉田殿への絶大な信頼感でしょうか。いや、さらなる戦力温存の可能性もありますね。シークレット枠がありますし」
アリサさんは、サンダースを参謀として支えているだけはあって、状況分析が非常に的確だ。論理的で筋が通っていて、思わず頷いてしまう。他の学校でいえば、これほどの名参謀はそれこそ聖グロや知波単ぐらいにしかいない。今からでもエキシビションが楽しみである。
いよいよ試合は動き出したらしく、聖グロの巡航戦車部隊と知波単のエース部隊が会敵した。巡航戦車部隊は、夏季の黒森峰のように森を抜けてきたらしい。それを岩陰から窺っていた玉田さんたちが奇襲をかけ、戦闘は始まる。ローズヒップさんの乗るクロムウェルは、やられる様子を一切見せず、暴れまわっていた。しかし他は別だ。一輌、二輌とクルセイダーがやられていく。これが練度の差なのだなと痛感させられた。知波単は疾風のごとく、すぐにその場から去っていく。
「ダージリン様、ごめんなさいですわ! 威力偵察のつもりが……」
「まあいいわ。相手方の作戦は分かったから」
ダージリンさんは動じることはなく、澄ました顔で紅茶を飲む。ローズヒップさんたちは全速力で戻っていき、本隊と合流した。そんな中、不審な動きをしている車輌がいた。
「あれ? 知波単のフラッグ車と西さんの車輌、全然違うところに向かってるね。……チト? が、後ろについてきてるけど」
知波単のフラッグ車、つまりは二式軽戦車ケトと西さんのシークレット枠の車輌、そしてそれに随伴するチトは、北西方向にある街へと向かっていた。あそこは私たちが黒森峰から逃げる際に、向かった場所だ。河川と、山間の石橋を渡ると辿り着く。フラッグ車を、安全な場所に置きたいのが理由だろうか。
「でもダージリンさんは、それも予想済みってことでしょうか。6ポンド砲搭載のマチルダⅡ、そしてチャーチルがいます」
「私たちが向かったときも、Ⅲ号とマウスがいたな。北側のチームは、何かしら配置しておくのが通例なんだろう」
「シークレット枠は、会敵したときに初めて明かされます。それが何なのかで、戦局は大きく変わりますね〜」
そうだ。結局は知波単側のシークレット枠によって、戦局の行方は変わる。オイ車という線は、あのスピードからしてもうありえない。それならば一体何なのか。もう一輌のチリか、それともまた違う戦車か……。
「あ、そろそろ会敵するよ!」
沙織さんのその言葉で、全員がモニターを注視した。チャーチルの車載カメラの映像が映っているモニターを。
「──なっ⁉」
真っ先に声を上げたのはエリカさんだった。チャーチルに乗るルクリリさんは、手に持っているティーカップを落としてしまうほどの衝撃。言葉すら発せていなかった。
「私、みんなほど戦車詳しくないから不安なんだけどさ……みぽりん、あれって……」
「うん、間違いない」
──Ⅵ号戦車ティーガーE型。かつて欧州の地で最強の名を欲しいままにした重戦車が、思いもよらない学校に使われていたのである。
「……なるほど。そういうことでしたか」
「優花里さん?」
何やらボソボソと独り言を呟いていたようなので、少し気になって話しかけてみる。優花里さんは「ああ、すみません」と言った後、ニッコリと笑って説明し始めた。
「実は大戦中、日独間ではティーガーを日本に輸出する話があったんです。潜水艦に乗せる予定だったので、日本の制海権喪失で頓挫したんですがね」
「そうなんだ! じゃあそれってつまり……」
「──知波単のセオリーには反していない。そう言いたいんでしょ?」
「はい。そういうことになりますね」
優花里さんが言っていたことは、確かにあったような覚えがある。最終的には、ノルマンディーに投入されて撃破されたんだっけか。私もうろ覚えの知識だからなんとも言えないが、知波単がこれを使っても日本戦車を使うという伝統には反していないということだけは、はっきり分かる。
エリカさんは複雑な表情で、森林迷彩のティーガーを見ていた。私のお姉ちゃん……尊敬すべき隊長が乗っていた戦車と同じなのだから、いろいろと思うところがあるのだろう。
「……来年の戦車道は荒れるわね」
アリサさんの言葉に、私は黙って頷いた。それほどまでに、この出来事は衝撃だった。下手すれば、私たちの優勝よりもずっと。
「ダージリンさん……」
エリカさんが小さな声で呟く。目まぐるしい成長を遂げている彼女の憧れは、お姉ちゃん以外にもいたようだ。
そしてそれは、私にもいる。エキシビションのときは苦笑しながら答えたが、今なら胸を張って言えるだろう。あの人の精神力は、そこから来る統率力は、本当に素晴らしい。
「──西さん、がんばって」
一頭の猛虎が、けたたましい雄叫びを上げる。俗世間を知らない淑女たちを動揺させるには、それだけで十分であった。試合の趨勢が今、傾いた。